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第二章 南へ
39.親分
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男の姿が二階に消えていくと、静まり返っていた室内に歓声と拍手が鳴り響く。
「坊や、勇ましいじゃないか」
「度胸があるねぇ」
「坊やの勇気に乾杯!」
賞賛の声と共に、また雰囲気が和やかになっていった。今の出来事を肴に、男や娼婦たちは酒盛りを再開したようだ。
ミゼアスが軽く息をつくと、肩にぽんと手を置かれる。
「……はらはらしたよ」
振り返れば、苦笑しながら大きく息を吐くアデルジェスがいた。いつの間にかアデルジェスもミゼアスの側に来ていたらしい。
「もしミゼアスが殴られそうになっていたら、その前に俺があいつを殴っていた。何もなくてよかったよ」
いとおしげにミゼアスを見つめるアデルジェスの瞳に、ミゼアスは安堵と罪悪感がわきあがってきた。
「……心配かけて、ごめん」
ミゼアスは謝って、アデルジェスに寄りかかる。アデルジェスは困ったように笑いながらも、優しくミゼアスの背中を撫でてくれた。
「あ……あの……ありがとう。えっと、その……あんたの恋人に手出ししようとして、悪かったよ」
難を逃れた少年がおずおずと声をかけてくる。ややばつが悪そうな顔をしていた。
「今の財布は冤罪だろうけれど、人のものに手出しをしようとした報いかもしれないよ。今度からは気をつけるんだね」
アデルジェスに寄り添いながらミゼアスは答える。
「ああ……気をつけるよ。それにしてもあんた、迫力あったね。実はどこかの親分?」
「親分……」
無邪気に放たれた言葉に、ミゼアスは愕然とする。
ミゼアスはアデルジェスの『およめさん』という、可愛い存在なのだ。断じて、『親分』などという無粋な存在ではない。
「いや、僕はジェスの『およめさん』……」
「子分を何十人も従えていそうな貫禄だったよ。どうしたら、あんな凄みが出せるんだ?」
ぼそぼそとしたミゼアスの呟きなど聞こえていないようで、少年はさらに問いかけてくる。その姿は男娼というよりも、年齢相応の少年らしい好奇心にあふれた姿だった。
「僕は『およめさん』……」
「すごいなー、尊敬するよ。財布の場所を当てた観察力といい、あの迫力と威圧感に満ちた態度といい、俺、あんた……いや、親分に弟子入りしたいくらいだ」
やはりミゼアスの呟きなど聞かず、少年はやたらときらきらした眼差しをミゼアスに向けてくる。
だんだんと落ち込んでくるミゼアスの隣で、アデルジェスが小さく噴き出すのが聞こえた。見れば、必死に笑いをこらえているようだ。
「ジェス……」
腹が立ったので、アデルジェスの腰を少しつねってやった。アデルジェスの顔が一瞬、苦痛に歪む。
確かに、ミゼアスは不夜島の白花第一位として長年君臨してきた。
直接抱えていた見習いたちだけではなく、館内の白花たちの面倒も見ていた。相談に乗ったり、もめごとを仲裁したりといった経験は豊富だ。
さらに五花の筆頭として、島全体のことも考えていた。
『親分』というのは、ある意味では正しいのかもしれない。
上役としての振る舞いは身についている。島で上役として過ごした日々は、ミゼアスの中でも誇りとして掲げられているはずだ。
それなのに何故、『およめさん』から遠ざかっていくような気がするのだろうか。妙な悲しさすら覚える。
未だに笑いをこらえきれない様子のアデルジェスも、尊敬の念をこめてくる少年も、どちらも苛立たしい。やりきれない思いが胸に渦巻き、ミゼアスは拳を握り締める。
「……僕は、可愛い『およめさん』なの!」
悲痛なミゼアスの絶叫は、にぎやかなざわめきの中に消えていった。
「坊や、勇ましいじゃないか」
「度胸があるねぇ」
「坊やの勇気に乾杯!」
賞賛の声と共に、また雰囲気が和やかになっていった。今の出来事を肴に、男や娼婦たちは酒盛りを再開したようだ。
ミゼアスが軽く息をつくと、肩にぽんと手を置かれる。
「……はらはらしたよ」
振り返れば、苦笑しながら大きく息を吐くアデルジェスがいた。いつの間にかアデルジェスもミゼアスの側に来ていたらしい。
「もしミゼアスが殴られそうになっていたら、その前に俺があいつを殴っていた。何もなくてよかったよ」
いとおしげにミゼアスを見つめるアデルジェスの瞳に、ミゼアスは安堵と罪悪感がわきあがってきた。
「……心配かけて、ごめん」
ミゼアスは謝って、アデルジェスに寄りかかる。アデルジェスは困ったように笑いながらも、優しくミゼアスの背中を撫でてくれた。
「あ……あの……ありがとう。えっと、その……あんたの恋人に手出ししようとして、悪かったよ」
難を逃れた少年がおずおずと声をかけてくる。ややばつが悪そうな顔をしていた。
「今の財布は冤罪だろうけれど、人のものに手出しをしようとした報いかもしれないよ。今度からは気をつけるんだね」
アデルジェスに寄り添いながらミゼアスは答える。
「ああ……気をつけるよ。それにしてもあんた、迫力あったね。実はどこかの親分?」
「親分……」
無邪気に放たれた言葉に、ミゼアスは愕然とする。
ミゼアスはアデルジェスの『およめさん』という、可愛い存在なのだ。断じて、『親分』などという無粋な存在ではない。
「いや、僕はジェスの『およめさん』……」
「子分を何十人も従えていそうな貫禄だったよ。どうしたら、あんな凄みが出せるんだ?」
ぼそぼそとしたミゼアスの呟きなど聞こえていないようで、少年はさらに問いかけてくる。その姿は男娼というよりも、年齢相応の少年らしい好奇心にあふれた姿だった。
「僕は『およめさん』……」
「すごいなー、尊敬するよ。財布の場所を当てた観察力といい、あの迫力と威圧感に満ちた態度といい、俺、あんた……いや、親分に弟子入りしたいくらいだ」
やはりミゼアスの呟きなど聞かず、少年はやたらときらきらした眼差しをミゼアスに向けてくる。
だんだんと落ち込んでくるミゼアスの隣で、アデルジェスが小さく噴き出すのが聞こえた。見れば、必死に笑いをこらえているようだ。
「ジェス……」
腹が立ったので、アデルジェスの腰を少しつねってやった。アデルジェスの顔が一瞬、苦痛に歪む。
確かに、ミゼアスは不夜島の白花第一位として長年君臨してきた。
直接抱えていた見習いたちだけではなく、館内の白花たちの面倒も見ていた。相談に乗ったり、もめごとを仲裁したりといった経験は豊富だ。
さらに五花の筆頭として、島全体のことも考えていた。
『親分』というのは、ある意味では正しいのかもしれない。
上役としての振る舞いは身についている。島で上役として過ごした日々は、ミゼアスの中でも誇りとして掲げられているはずだ。
それなのに何故、『およめさん』から遠ざかっていくような気がするのだろうか。妙な悲しさすら覚える。
未だに笑いをこらえきれない様子のアデルジェスも、尊敬の念をこめてくる少年も、どちらも苛立たしい。やりきれない思いが胸に渦巻き、ミゼアスは拳を握り締める。
「……僕は、可愛い『およめさん』なの!」
悲痛なミゼアスの絶叫は、にぎやかなざわめきの中に消えていった。
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