僕はおよめさん!

四葉 翠花

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第二章 南へ

56.夢の言葉

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 悪夢を見たのだと謝ると、アデルジェスは怒りもせずに、よかったとほっとしたようだった。まだ夜中なので、アデルジェスの腕に包まれてもう一度眠りにつく。
 今度はアデルジェスの温もりのおかげか、ミゼアスは穏やかなまどろみに包まれて朝を迎えることができた。

 ──夢でよかった。

 ミゼアスは目を閉じているアデルジェスの頬に、そっと手を伸ばす。温もりを確かめようとすると、突然手首をつかまれた。
 はっと驚いて目を見開くと、くすくすと笑う声が耳に響く。

「いたずらしようとした?」

 アデルジェスがミゼアスの手首をつかみ、笑いながら引き寄せる。ついばむような口づけが手首をくすぐり、ミゼアスも笑いながら身をよじった。

「やっ……くすぐったいよ……ジェス、起きていたんだ」

「うん、ミゼアスが何かしようとしているみたいだったから、ちょっとびっくりさせようと思って。びっくりした?」

「もう……びっくりしたよ」

 ミゼアスはくすくすと笑い声をこぼしながら、アデルジェスの胸に顔を埋める。他愛もないやり取りが、穏やかな幸福感となってミゼアスを満たしていく。

「あの後、ちゃんと眠れた?」

「あ、うん……夜中に起こしちゃって、ごめん」

「大丈夫だよ。具合が悪くなったとか変な事件じゃなくて、夢でよかったよ」

 怒ることもなく、優しくミゼアスを気遣ってくれるアデルジェス。やはりあれはただの夢で、現実はこんなにも幸せなのだとミゼアスは喜びに包まれる。

「うん……昨日はちょっと蒸し暑かったから、変な夢を見ちゃったのかもしれない」

「確かに暑かったね。やっぱり南方のほうが、夏の訪れも早いのかな」

 今は朝だから涼しいが、それでもじりじりとした熱気が底に潜んでいるかのようだった。
 ここはもう南方に位置する、街道沿いの宿だ。今日の昼過ぎには、大きな町に着く予定になっている。

「夏、かあ……」

 ミゼアスはぼんやりと呟く。去年の夏は何をしていただろうか。こうしてアデルジェスと季節を越えることなど、想像もできなかった。
 アデルジェスに寄りかかったまま、ミゼアスはそっと目を閉じる。思いに浸ろうとして、浮かび上がった言葉にびくっと身を震わせた。

「……どうしたの?」

 心配そうにアデルジェスがミゼアスをのぞきこむ。

「ん……いや、何でもない……」

 ミゼアスは震えそうになる己を抑え、アデルジェスの服を握った。

 ──男娼のくせに。『およめさん』になんて、本当になれると思ったの?

 夢の言葉が蘇り、ミゼアスに襲い掛かる。
 ミゼアスは振り払うように頭を振り、アデルジェスを見上げた。
 どうしたのだろうと心配そうな水色の瞳がミゼアスを映している。幼い頃から恋焦がれていた瞳だ。優しい瞳に不安な言葉は遠ざかり、心に平穏が戻ってきた。

 今、目の前にいるのが愛しい本物のアデルジェスだ。夢の言葉など、所詮はただの夢なのだから気にする必要などない。
 ミゼアスは己に言い聞かせ、アデルジェスに向けて微笑みを浮かべた。
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