きみを待つ

四葉 翠花

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50.二つの手

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 懐かしい陽気な音がする。
 子馬が駆けるような、楽しげで素朴な曲だ。かつて村の祭りでよく演奏されていたと、ぼんやり思い出す。にぎやかな人々のざわめきすら聞こえてくるようだ。
 すると、踊りとは呼べないようなでたらめな仕草で、それでも楽しそうに跳ね回っている小さな少年の姿があった。
 懐かしい幼馴染の姿だ。離ればなれになる前の、幼い頃のままだった。

「フェイちゃんも踊ろうよ」

 幼馴染が笑って手を差し出す。懐かしく、愛しい水色の瞳に釘付けになる。

 ああ、そうだ。自分はフェイだ。本名はフェイミゼアス。大きくなれば男性略称のミゼアスという名で呼ばれることになるが、まだ幼い今はフェイだ。
 今まで、夢を見ていたらしい。ミゼアスと呼ばれ、多くの男たちの相手をするという恐ろしい夢だ。なんて長く、つらい夢だったことだろう。
 目の前にいる幼馴染の姿を見て、胸に安堵と幸福感が広がる。まだ自分の身体は綺麗なままだ。そして大きくなったら、この大好きな幼馴染と結ばれるのだ。

「ね、フェイちゃん。一緒に行こうよ。そして踊ろう。ずっと、ずっと……」

 差し出された幼馴染の手に、己の手を伸ばす。
 どこか遠くから子供の声が聞こえてくるような気がする。しかし、よくわからない。目の前の幼馴染は笑っている。
 ゆっくりと伸ばした手が、幼馴染の手に触れようとする。

「ダメ! フェイちゃん、そっちじゃない!」

 突然響いた声にびくっと手を引っ込める。
 振り返れば、そこにも幼馴染の姿があった。しかし、手を差し出している幼馴染よりもかなり年上に見える。

「行っちゃダメだよ。こっちに戻ろう?」

 後からやってきた幼馴染がそう言って、手を伸ばす。心配そうな水色の瞳が向けられている。
 六、七歳くらいの小さな幼馴染、そして十三、四歳ほどの大きな幼馴染。年齢は明らかに違うのに、どちらも同じ人物に思える。

 両方の幼馴染を見比べ、ミゼアスは唐突に気付いてしまった。
 もう、ミゼアスは十五歳になる。ということは、幼馴染は十三歳になるかならないかだろう。
 後からやってきた幼馴染が本物だ。

 一瞬だけの、幸福で安らかな希望が霧散していく。
 自分はもう、無垢だったフェイではない。不夜島の白花、ミゼアスなのだ。
 男たちの相手をしてきたのは、夢などではない。今見ているものこそが、夢なのだ。

「……戻ったら、きみがいるのかい? きみも一緒に戻って、僕のところに来てくれるのかい? きみがいないのなら、僕は戻りたくない……」

 昔の姿の幼馴染は、死の使いだろうか。笑みを浮かべたまま、手を差し出し続けている。
 幼い日の楽しい思い出の中に閉じ込められるのだとしたら、それもよいかと思えた。幼い日の懐かしさを味わってしまった今、それはあまりに甘美で幸せな誘惑だった。

「ごめん……一緒に行くことはできないみたい。でも、いつか本当に会えるから。だから戻って、待っていて。このまま向こうに行っちゃったら、もう二度と会えなくなるんだよ」

 謝りながら、大きな幼馴染は必死に呼びかけてくる。水色の瞳が真剣さを帯びてミゼアスを見つめている。
 ミゼアスがずっと恋焦がれていた瞳だ。
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