88 / 138
88.一人の朝
しおりを挟む
がさがさという音でアデルジェスの意識がぼんやりと覚醒する。
窓から弱々しい光が入っているのか、室内は薄暗い。早朝のようだ。
隣に寝ていたミゼアスが寝台をそっと抜け出すのが見えた。だが、まだ起きる時間には早いだろう。おそらく用足しにでも行ったのだろうと思い、アデルジェスは眠気に抗うことなく目を閉じた。
再びアデルジェスが目を覚ますと、隣にミゼアスはいなかった。寝台のミゼアスがいた場所もすっかり冷えている。
窓から差し込む光は大分しっかりとしていて、やや遅い朝といった時間のようだ。
早朝に抜け出して、そのまま戻ってこなかったのだろうか。一人の寝台はとても広く感じられ、アデルジェスの心は寂寥感に包まれた。あのあどけない寝顔を見られなかったことも残念だ。
気落ちしたままアデルジェスは服を着て、隣の部屋に移動する。
広い部屋には誰もいない。アデルジェスは途方に暮れてしまった。
とりあえず卓の上にあった水差しを取り、杯に水を注いで飲んでみる。風味付けがされているようで、ほんのりと甘くてさわやかだ。
一人で水を飲んでいると、扉を叩く音がした。ミゼアスが戻ってきたのかとアデルジェスは期待したが、入ってきたのは見習いのアルンだった。
「おはようございます……」
見ればアルンも何やら元気がない様子だった。水色の瞳は不安げに揺れ、声にも張りがない。
「おはよう……どうしたの? 元気がないみたいだけれど……」
「いえ……えっと、ミゼアス兄さんから伝言です。急用で夕方まで戻ってこられないので、悪いけれど散歩に行くなり部屋で過ごすなり適当にしていて、とのことです」
「え……」
アデルジェスはその言葉をすぐに理解できなかった。徐々に言葉の内容がしみこんでくると、落胆が心に重く沈んでくる。
明日の昼前には島を出ることになっている。ゆっくりできるのは今日が最後なのだ。それなのにミゼアスと過ごせないなんて……と、アデルジェスは目の前が暗くなっていくようだった。
「ミゼアス兄さん……ちょっと様子が変でした。娼館主様と話していたみたいなんですけれど……『これだから貴族は』なんて吐き捨てるように言っていて……怖い顔をしていました……」
不安げにアルンが話す内容に、アデルジェスははっとする。
昨日、アデルジェスはフェリスに殺されかけたのだった。理由はミゼアスから聞いたが、グリンモルド伯爵にも何らかの思惑があるようなことも言っていた。
これからグリンモルド伯爵夫人であるジャニスに追及するということだったが、もしかしてその関連で何かあったのだろうか。
「でも……何か揉め事があったのだとしても、ミゼアス兄さんなら何とかしちゃうんだと思います。いつもそうですし……。それよりもアデルジェスさん、せっかくミゼアス兄さんとゆっくりできる最後の日だったのに……僕ではミゼアス兄さんの代わりになるはずもないですし、ご不満でしょうけれど、お話相手とか無聊を慰めるお手伝いをいたします。何でも言ってください」
自らの不安を押し込め、アルンは寂しげではあったものの微笑みすら浮かべて見上げてくる。その健気さにアデルジェスは胸を打たれた。思わず抱きしめたくなるくらいだった。
こんな子供が気を遣ってくれているのに、自分だけしょげかえっているわけにはいかない。
「俺のことは大丈夫だよ。アルンは学校に行かなきゃいけないんじゃないのかな。俺は散歩にでも行ってくるから気にしないでいいよ。ありがとう」
窓から弱々しい光が入っているのか、室内は薄暗い。早朝のようだ。
隣に寝ていたミゼアスが寝台をそっと抜け出すのが見えた。だが、まだ起きる時間には早いだろう。おそらく用足しにでも行ったのだろうと思い、アデルジェスは眠気に抗うことなく目を閉じた。
再びアデルジェスが目を覚ますと、隣にミゼアスはいなかった。寝台のミゼアスがいた場所もすっかり冷えている。
窓から差し込む光は大分しっかりとしていて、やや遅い朝といった時間のようだ。
早朝に抜け出して、そのまま戻ってこなかったのだろうか。一人の寝台はとても広く感じられ、アデルジェスの心は寂寥感に包まれた。あのあどけない寝顔を見られなかったことも残念だ。
気落ちしたままアデルジェスは服を着て、隣の部屋に移動する。
広い部屋には誰もいない。アデルジェスは途方に暮れてしまった。
とりあえず卓の上にあった水差しを取り、杯に水を注いで飲んでみる。風味付けがされているようで、ほんのりと甘くてさわやかだ。
一人で水を飲んでいると、扉を叩く音がした。ミゼアスが戻ってきたのかとアデルジェスは期待したが、入ってきたのは見習いのアルンだった。
「おはようございます……」
見ればアルンも何やら元気がない様子だった。水色の瞳は不安げに揺れ、声にも張りがない。
「おはよう……どうしたの? 元気がないみたいだけれど……」
「いえ……えっと、ミゼアス兄さんから伝言です。急用で夕方まで戻ってこられないので、悪いけれど散歩に行くなり部屋で過ごすなり適当にしていて、とのことです」
「え……」
アデルジェスはその言葉をすぐに理解できなかった。徐々に言葉の内容がしみこんでくると、落胆が心に重く沈んでくる。
明日の昼前には島を出ることになっている。ゆっくりできるのは今日が最後なのだ。それなのにミゼアスと過ごせないなんて……と、アデルジェスは目の前が暗くなっていくようだった。
「ミゼアス兄さん……ちょっと様子が変でした。娼館主様と話していたみたいなんですけれど……『これだから貴族は』なんて吐き捨てるように言っていて……怖い顔をしていました……」
不安げにアルンが話す内容に、アデルジェスははっとする。
昨日、アデルジェスはフェリスに殺されかけたのだった。理由はミゼアスから聞いたが、グリンモルド伯爵にも何らかの思惑があるようなことも言っていた。
これからグリンモルド伯爵夫人であるジャニスに追及するということだったが、もしかしてその関連で何かあったのだろうか。
「でも……何か揉め事があったのだとしても、ミゼアス兄さんなら何とかしちゃうんだと思います。いつもそうですし……。それよりもアデルジェスさん、せっかくミゼアス兄さんとゆっくりできる最後の日だったのに……僕ではミゼアス兄さんの代わりになるはずもないですし、ご不満でしょうけれど、お話相手とか無聊を慰めるお手伝いをいたします。何でも言ってください」
自らの不安を押し込め、アルンは寂しげではあったものの微笑みすら浮かべて見上げてくる。その健気さにアデルジェスは胸を打たれた。思わず抱きしめたくなるくらいだった。
こんな子供が気を遣ってくれているのに、自分だけしょげかえっているわけにはいかない。
「俺のことは大丈夫だよ。アルンは学校に行かなきゃいけないんじゃないのかな。俺は散歩にでも行ってくるから気にしないでいいよ。ありがとう」
3
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる
ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。
・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。
・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。
・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。
クールな義兄の愛が重すぎる ~有能なおにいさまに次期当主の座を譲ったら、求婚されてしまいました~
槿 資紀
BL
イェント公爵令息のリエル・シャイデンは、生まれたときから虚弱体質を抱えていた。
公爵家の当主を継ぐ日まで生きていられるか分からないと、どの医師も口を揃えて言うほどだった。
そのため、リエルの代わりに当主を継ぐべく、分家筋から養子をとることになった。そうしてリエルの前に表れたのがアウレールだった。
アウレールはリエルに献身的に寄り添い、懸命の看病にあたった。
その甲斐あって、リエルは奇跡の回復を果たした。
そして、リエルは、誰よりも自分の生存を諦めなかった義兄の虜になった。
義兄は容姿も能力も完全無欠で、公爵家の次期当主として文句のつけようがない逸材だった。
そんな義兄に憧れ、その後を追って、難関の王立学院に合格を果たしたリエルだったが、入学直前のある日、現公爵の父に「跡継ぎをアウレールからお前に戻す」と告げられ――――。
完璧な義兄×虚弱受け すれ違いラブロマンス
《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。
かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年
好きになったのは異世界の王子様でした(ルーシェン編)
カム
BL
「異世界で働きませんか?」
偽営業マンみたいな男、如月隼人にスカウトされたので、再び異世界トリップすることにした修平。
運が良ければまたルーシェン王子と会えるかも、そんな期待を抱いて王宮にやってきたけれど…。
1week本編終了後の番外編です。
一番続編希望の多かった王子様とのその後の話なので、他の攻めキャラは登場しません。
王子様×主人公
単独で読めるように簡単なあらすじと登場人物をつけていますが、本編を読まないと分かりにくい部分があるかもしれません。
本編のネタバレあり。
お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!
MEIKO
BL
本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。
僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!
「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」
知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!
だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?
※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募するお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる