不夜島の少年~兵士と高級男娼の七日間~

四葉 翠花

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87.約束

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 たまらなく愛しかった。このままさらって逃げたいと思った。この島にミゼアスを縛り付ける鎖を断ち切る力はアデルジェスにはない。それならば二人でどこか遠くに逃げられないだろうか。

「ミゼアス……一緒に逃げられないかな……」

 アデルジェスがぼそりと呟くとミゼアスは嬉しそうに、しかし諦めたような笑みを浮かべた。

「逃げるのは無理だよ……。僕の手を見て。これがある限り、白花だという証拠は消えない。これを持つ者が島を離れれば、守り神のトゥルーテスに食い殺されるんだ。これは脅しじゃなくて、本当の話」

 ミゼアスは手の甲をアデルジェスに見せる。絡み合う蔓と五つの花、そして羽ばたく蝶。とても綺麗でなまめかしい模様が、今は忌々しい。

「それに、五花の僕が逃げるわけにはいかない。島を出るときは正当に出て行く」

 凛とした態度でそう言うミゼアスを、アデルジェスは泣きたくなりながら眺めた。
 ミゼアスのこういうところも好きだ。凛とした気品があり、アデルジェスにはもったいない高嶺の花だと思う。何の助けにもなれない自分が悔しい。

「……僕は島を出ても、帰る場所なんてない。島を出られたら、きみのところに行ってもいいかい? 僕をもらってくれる?」

 震える声で紡がれるミゼアスの言葉に、アデルジェスは胸が熱くなった。ミゼアスを抱く腕に力をこめる。

「もちろん……! ずっと俺の側にいてほしい。その……あまり贅沢はさせてあげられないと思うけれど……」

 最後のほうはぼそぼそと呟く。
 こんなに立派な部屋は用意してやれないだろうし、衣類や食べ物だってもっと安物になってしまうだろう。ミゼアスならば望めば王侯貴族のような贅沢だってできるはずだ。それを思うと申し訳なかった。
 するとミゼアスが吹き出した。

「……やっぱりきみは面白いねぇ。贅沢なんていらないよ。きみさえいればいい。それに、僕だって稼ぐよ」

「ダ、ダメっ! それはダメ!」

 あわてて阻止しようとするアデルジェスに、ミゼアスは首を傾げる。

「何で?」

「その……稼ぐって……ダメだよ……俺が頑張るから……」

 せっかく自分のところに来てくれたとしても、そこでまた身売りをさせるなんてとんでもない話だ。アデルジェスには到底我慢できるものではなかった。

「……何か、誤解していないかい? 僕は歌も楽器もできる。楽士になれるし、他に踊りだってできる。僕は芸事全般に通じているんだ。それに外国語だっていくつかできる。翻訳の仕事だってできるよ」

「あ……はは……そうなんだ……」

 やや憮然とした表情で言うミゼアスに、アデルジェスはごまかすように笑った。
 早とちりしてしまって恥ずかしかった。さらに言えば、ミゼアスのほうが稼ぎそうな気がする。

「だから、安心して。いざとなったら僕がきみを養うくらいできるから、任せて」

 にっこり笑うミゼアスが頼もしくもあったが、アデルジェスは少々複雑な気分だった。
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