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91.凄腕の色事師

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「はあ!?」

 目を丸くしてアデルジェスは叫ぶ。
 凄腕の色事師とはいったいどういうことだろうか。あまりに自らとかけ離れたその言葉に、アデルジェスはただ呆然とするだけだった。

「でも……ごめんなさいね、あなた、正直言って経験が豊富そうには見えなかったわ。あたしはこの話を聞いて、ちょっと首を傾げちゃったんだけれど……」

 ネリーはやや気まずそうに苦笑いを浮かべる。

「い、いや……まったくもってそのとおりだよ。どうしてそんな恐ろしい話が……」

 アデルジェスは愕然と呟く。
 色事師どころか、経験はミゼアスが初めてにして唯一の相手だ。たらしこむなんていう芸当ができるはずもない。

「ミゼアスが部屋に連れ込んで離さないっていうんですもの。今までそんな話、聞いたことがないわ。ミゼアスってとても気位が高くて、客でも気に入らない相手には口すらきかないっていうし。楽しそうにお散歩したり、曲芸見物したりしていたんでしょう?」

「……よく知っているね……」

「ミゼアスが客と一緒に出歩くなんて、今までなかったわ。しかも、客でもないらしいという話が出てきたから、もう大変よ。そこに毎晩、毎晩励んでいるなんていう噂まで流れてきたら大評判になるわよ」

「だから……どうして、そんなに詳しいんだ……」

 がっくりとうなだれながらアデルジェスは呟く。

「だって、ミゼアスは五花ですもの。五花の話題はみんなの関心事よ。色々噂が流れてくるわ」

「そうなんだ……」

「ところで……毎晩励んでいるって、本当?」

 声をひそめて囁かれた問いに、アデルジェスは喉の奥からごふっという変な音を鳴らした。

「な……な……」

「だって……ミゼアスが滅多に床入りしないのは有名な話よ。性交が好きじゃないとか、実は不感症だっていう噂まであるわ」

「……ふかんしょう……」

「床入りのときも、絶対に主導権を相手に握らせないっていう噂があるわ。それが、毎晩組み敷かれて悦んでいるなんて伝わってきたんですもの。相手は凄腕の色事師に違いないって評判よ」

 もう駄目だ。アデルジェスは頭を抱えて俯いた。恥ずかしくて顔を上げられない。
 それにしても何故そこまで伝わっているのだろうか。
 話の流れとしては間違っていないのかもしれないが、結論がとんでもない間違いだ。

 アデルジェスは上手いか下手かのどちらかを選択せよ、と言われたとすれば間違いなく下手の部類に自らを当てはめる。何せ経験が乏しいのだ。当たり前だろう。
 不感症だとか、絶対に主導権を相手に握らせないというところにも疑問はあったが、それは所詮噂なのだし、たいしたことではない。凄腕の色事師という勘違いに比べればささいなことだ。
 やはりこの島に残ることはできない。ここは恐ろしいところだ。

「でも……今日はミゼアスと一緒じゃないのね。あなたもあまり元気がなさそうだし……どうかしたのかしら?」
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