100 / 138
100.きっかけはどうあれ
しおりを挟む
アデルジェスの混乱がさらに深くなる。
ミゼアスは自分を見張っていたのか。だから部屋に連れ込み、離さなかったのだ。
そう考えると、アデルジェスには納得がいった。平凡な自分を拉致するようにして側に置いておいたのは、そういうことだったのだ。
しかし、それならば二人で過ごした甘い時間は偽りだったのだろうか。側に繋ぎとめておくための手段だったとでもいうのだろうか。
アデルジェスのことを好きだと言い、島を出て側に行くとまで言ったミゼアス。まさか、それもすべて偽りだったのだろうか。
いや、そんなはずがない。アデルジェスは頭を振った。
例え最初はそうだったのだとしても、今ミゼアスがアデルジェスのことを想ってくれているのは本当なはずだ。その想いまで疑ってはいけない。
自分がしっかりすると決めたのだ。
出会ったきっかけはどうあれ、今アデルジェスとミゼアスは想い合っているのだ。それでよいではないか。
アデルジェスは自らを叱咤する。
「ミゼアスがきみを見張っていたこと、意外だったかね?」
「ええ、まあ……でも、納得もできました」
アデルジェスが思ったとおりに答えると、ウインシェルド侯爵は面白そうに口元を歪めた。
「もっと取り乱すかとも思ったのだが、冷静だな。きみがミゼアスと深い仲なのは知っている。裏切られていたとは思わないのかね?」
「いえ、思いません。きっかけはどうあれ、今ミゼアスは俺のことを想ってくれていますし、俺もミゼアスのことを想っています」
アデルジェスがきっぱりと答えると、ウインシェルド侯爵が目を細める。
「いやいや、優柔不断で流されやすいという話だったが、なかなかしっかりしているではないか。ミゼアスをさらっていこうというのだ、これくらいでなくては困る」
愉快そうにウインシェルド侯爵は言う。
「今までどのような身請け話にも耳を貸さなかったミゼアスが、自ら島を出たいと言い出したのには私も驚いた。私はあの子が十歳のときから知っているが、とても醒めた目をした子供だったよ。それでいて内側に自らの大切なものを押し込めていて、情熱と虚無が混ざり合った暗い魅力のある子だった。あの子が幼いながらに花月琴の名手と聞いたときは、納得したものだ」
「花月琴?」
ミゼアスは花月琴の名手だという話だし、実際に演奏を聴いてもそのとおりだと思った。しかしそれがどう関係あるというのだろうか。
「花月琴というのは、もともとは上流階級の楽器だ。しかし、この島では最重要の必須楽器とされている。それは教養を強調するためだけではなく、この楽器の性質にある。この楽器は何らかの深い情念が大好物なのだよ。情念の薄い者では、どれほど技術があっても音に深みが出ない。娼館という場所において、これほどふさわしい楽器はないだろう?」
娼館といえば愛欲、悲哀、裏切りなど様々な情念の渦巻く場所だ。それを糧とする楽器ならば、この島にはふさわしいだろう。
「例えば、先ほどのヴァレン。彼などは致命的に花月琴の才がない。技術的には問題がないのだが、音がどうしても浅いのだよ。深いことは考えない、思い悩まずに明るく、という本来素晴らしい性質が邪魔をしていてね」
「はは……なるほど……」
思わずアデルジェスは呟く。確かにあのヴァレンの姿からは、情念という言葉は想像がつかない。
「彼はそのためにミゼアスに預けられたのだよ。当時、ミゼアスは確か十四歳だったかな。すでに当代一と呼ばれるくらいの名手だったからね」
ミゼアスは自分を見張っていたのか。だから部屋に連れ込み、離さなかったのだ。
そう考えると、アデルジェスには納得がいった。平凡な自分を拉致するようにして側に置いておいたのは、そういうことだったのだ。
しかし、それならば二人で過ごした甘い時間は偽りだったのだろうか。側に繋ぎとめておくための手段だったとでもいうのだろうか。
アデルジェスのことを好きだと言い、島を出て側に行くとまで言ったミゼアス。まさか、それもすべて偽りだったのだろうか。
いや、そんなはずがない。アデルジェスは頭を振った。
例え最初はそうだったのだとしても、今ミゼアスがアデルジェスのことを想ってくれているのは本当なはずだ。その想いまで疑ってはいけない。
自分がしっかりすると決めたのだ。
出会ったきっかけはどうあれ、今アデルジェスとミゼアスは想い合っているのだ。それでよいではないか。
アデルジェスは自らを叱咤する。
「ミゼアスがきみを見張っていたこと、意外だったかね?」
「ええ、まあ……でも、納得もできました」
アデルジェスが思ったとおりに答えると、ウインシェルド侯爵は面白そうに口元を歪めた。
「もっと取り乱すかとも思ったのだが、冷静だな。きみがミゼアスと深い仲なのは知っている。裏切られていたとは思わないのかね?」
「いえ、思いません。きっかけはどうあれ、今ミゼアスは俺のことを想ってくれていますし、俺もミゼアスのことを想っています」
アデルジェスがきっぱりと答えると、ウインシェルド侯爵が目を細める。
「いやいや、優柔不断で流されやすいという話だったが、なかなかしっかりしているではないか。ミゼアスをさらっていこうというのだ、これくらいでなくては困る」
愉快そうにウインシェルド侯爵は言う。
「今までどのような身請け話にも耳を貸さなかったミゼアスが、自ら島を出たいと言い出したのには私も驚いた。私はあの子が十歳のときから知っているが、とても醒めた目をした子供だったよ。それでいて内側に自らの大切なものを押し込めていて、情熱と虚無が混ざり合った暗い魅力のある子だった。あの子が幼いながらに花月琴の名手と聞いたときは、納得したものだ」
「花月琴?」
ミゼアスは花月琴の名手だという話だし、実際に演奏を聴いてもそのとおりだと思った。しかしそれがどう関係あるというのだろうか。
「花月琴というのは、もともとは上流階級の楽器だ。しかし、この島では最重要の必須楽器とされている。それは教養を強調するためだけではなく、この楽器の性質にある。この楽器は何らかの深い情念が大好物なのだよ。情念の薄い者では、どれほど技術があっても音に深みが出ない。娼館という場所において、これほどふさわしい楽器はないだろう?」
娼館といえば愛欲、悲哀、裏切りなど様々な情念の渦巻く場所だ。それを糧とする楽器ならば、この島にはふさわしいだろう。
「例えば、先ほどのヴァレン。彼などは致命的に花月琴の才がない。技術的には問題がないのだが、音がどうしても浅いのだよ。深いことは考えない、思い悩まずに明るく、という本来素晴らしい性質が邪魔をしていてね」
「はは……なるほど……」
思わずアデルジェスは呟く。確かにあのヴァレンの姿からは、情念という言葉は想像がつかない。
「彼はそのためにミゼアスに預けられたのだよ。当時、ミゼアスは確か十四歳だったかな。すでに当代一と呼ばれるくらいの名手だったからね」
5
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる
ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。
・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。
・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。
・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。
クールな義兄の愛が重すぎる ~有能なおにいさまに次期当主の座を譲ったら、求婚されてしまいました~
槿 資紀
BL
イェント公爵令息のリエル・シャイデンは、生まれたときから虚弱体質を抱えていた。
公爵家の当主を継ぐ日まで生きていられるか分からないと、どの医師も口を揃えて言うほどだった。
そのため、リエルの代わりに当主を継ぐべく、分家筋から養子をとることになった。そうしてリエルの前に表れたのがアウレールだった。
アウレールはリエルに献身的に寄り添い、懸命の看病にあたった。
その甲斐あって、リエルは奇跡の回復を果たした。
そして、リエルは、誰よりも自分の生存を諦めなかった義兄の虜になった。
義兄は容姿も能力も完全無欠で、公爵家の次期当主として文句のつけようがない逸材だった。
そんな義兄に憧れ、その後を追って、難関の王立学院に合格を果たしたリエルだったが、入学直前のある日、現公爵の父に「跡継ぎをアウレールからお前に戻す」と告げられ――――。
完璧な義兄×虚弱受け すれ違いラブロマンス
皇帝に追放された騎士団長の試される忠義
大田ネクロマンサー
BL
若干24歳の若き皇帝が統治するベリニア帝国。『金獅子の双腕』の称号で騎士団長兼、宰相を務める皇帝の側近、レシオン・ド・ミゼル(レジー/ミゼル卿)が突如として国外追放を言い渡される。
帝国中に慕われていた金獅子の双腕に下された理不尽な断罪に、国民は様々な憶測を立てる。ーー金獅子の双腕の叔父に婚約破棄された皇紀リベリオが虎視眈々と復讐の機会を狙っていたのではないか?
国民の憶測に無言で帝国を去るレシオン・ド・ミゼル。船で知り合った少年ミオに懐かれ、なんとか不毛の大地で生きていくレジーだったが……彼には誰にも知られたくない秘密があった。
《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。
かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募するお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる