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03.心中宣言

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 進路に関する懸念を抱えながら、ヴァレンは白花唯一の五花であるエアイールのもとを訪れた。
 エアイールはヴァレンが見習い時代からの付き合いで、今では身体の関係もある。ヴァレンにとっては気兼ねなく話ができる、唯一の相手でもあった。

「エアイール、おまえって俺と同い年だよな」

 ヴァレンがふと話を切り出せば、エアイールは不思議そうに首を傾げる。

「何を急に言い出すかと思えば……確かに、同い年ですよ。それがどうしましたか?」

「おまえ、白花を引退した後のことって何か考えてる?」

「えっ……? わたくしは、その……」

 エアイールの頬には、わずかに赤味が差したようだった。口ごもりながら、俯く。
 その姿を見て、ヴァレンはきっと同じように進路が決まっていないのだろうと判断した。

「さっき、娼館主に言われたんだよ。島を出るつもりなら、根回しをしておけともな」

「……何ですって?」

 エアイールの顔が引きつる。徐々に怒気のようなものが発散されていき、ヴァレンは一歩、後ずさった。

「……あなたの幼馴染が島にやってくるそうですね」

 ややあって、地を這うような声がエアイールの口から漏れる。

「幼馴染っていうほどじゃないけど……まあ、昔会ったことがある相手が来るのはそのとおり」

 何を言いたいのかよくわからなかったが、ヴァレンは正直に答えた。
 すると、エアイールから怒気が弱まり、虚ろな瞳がヴァレンの姿を捉える。

「わかりました……あなたを殺して、わたくしも後を追いましょう……」

「い、いや、ちょっと待て。落ち着けよ」

 心中宣言をされ、ヴァレンはあわててエアイールを押し留めようとする。

「あなたが島を出て、わたくしは取り残される……それならば、いっそのこと……」

「いやいや、俺は島を出て行かないから! 島を出るとしても二年後、白花を引退してからだし、そもそも島を出るかどうかも決まってないし!」

 ヴァレンが必死に叫ぶと、鬼気迫るエアイールの表情から、つき物がおちたかのようにふっと険しさがはがれる。口元にはいつもと同じ、穏やかな笑みが浮かび上がってきた。

「ふふ……冗談ですよ」

「…………そう」

 冗談には見えなかった。しかし、そこを指摘するとより恐ろしいことになりそうだったので、ヴァレンは口をつぐむ。

「では、あなたの幼馴染は何をしにいらっしゃるのですか?」

「幼馴染じゃないんだけど……ほら、この間の夕月花騒動があっただろう。そのときに夕月花の生態について教えてくれた人だよ。ミゼアス兄さんの旦那になったジェスさんの同級生だっていう」

「ああ……その方でしたか。本当に言い交わしたなどということはないのですね?」

 すでに態度は普段と変わらなくなっているが、エアイールは念を押してくる。

「だから、ないって……。客として来るつもりだったらしいけれど、この間の礼もしたいから俺が招待するような形にしようと思ってる。小さな宴席を設けようと思うんだけど、どうだろう?」

「よいのではないでしょうか。あなたの身内の問題も解消され、この島に降りかかるかもしれなかった災難を回避できたのですからね。もてなしてさしあげるべきかと思いますよ」

 物分りのよいエアイールの言葉にヴァレンは胸を撫で下ろす。
 ときどきおかしな方向に暴走するとはいえ、やはりエアイールも最高位の五花であり、今は立派な白花第一位なのだ。
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