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82.貞操の危機は終わらない1
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社会人としてのマナーやプログラミングの基礎といった新人研修を受けた後、晴人はいよいよ配属先が決定した。
これまでは社外の研修会場にしか通っていなかったので、初めて本当の職場に向かうことになる。
不安に心臓の鼓動も早くなっているようだが、配属先で自分の育成担当者だと名乗った相手を見て、晴人はさらに心臓が跳ね上がってしまう。
いっそ、止まってしまうのではと思ったくらいだった。
「セイ……!」
「ああ、よく読めたね、空井君。『静』って書いて、セイ。よくしずかちゃんって言われてまいっているんだ。僕はよくお風呂をのぞかれて困っている女の子じゃないんだよ」
淡々と答える姿は、どう見ても晴人が異世界で出会ったセイそのものだ。
服装こそスーツに変わっていたが、整った顔も涼やかな声もまったく同じで、体格も同じだろう。
体格のことを思い出せば、晴人の頭には刺激の強い貞操喪失体験が浮かび上がってくる。
今思い出してよいことではないとあわてて振り払い、違う場所に目を向けようとすれば、目の前の相手が首から提げている社員証が目に入った。『大谷地 静』という名前が書かれている。
しかし、セイで間違いはないはずなのに、それらしい素振りは見えない。
会社についての事務的な説明をされるだけだ。
「……体調でも悪いの? 顔も少し赤いみたいだし」
説明などまともに頭に入らない晴人に向け、セイが訝しげに尋ねてくる。
「えっ……す、すみません……」
あわてて晴人は謝罪して、頭を切り替えようとする。ここは職場なのだ。自分の物思いに沈んでいてよい場所ではない。
目の前の相手はセイで間違いないはずだが、もしかしたら記憶が残っていないのかもしれない。
そう考えれば不安ではあったが、詳しいことは後にしようといったん置いておくことにする。
何より、たとえ記憶が残っていなかったのだとしても、セイに会えたのだ。
とうとう会うことができたのだと思えば、それだけで晴人の心は温かく満たされた。
「まず、新人研修でもやっただろうけれど、プログラム言語のお勉強だね。実際に何か作ってもらうんだけれど……こういうのをやってみたいっていうのはある?」
ひととおりの説明を終えると、セイは所属部内での研修について話し出した。
実際の業務に入る前にも、部署独自の研修があるらしい。
「たとえば、ゲームを作ってみたいっていうのでもいいんですか?」
「うん、まあ……」
セイは歯切れ悪く、曖昧な返事を呟く。
「やっぱり、ゲームじゃダメですか」
「いや、ゲームを作ること自体はいいんだけれど、ね……」
あまり話したくないといったように、セイは口ごもる。
どうも様子がおかしいことに、晴人は首を傾げた。
これまでは社外の研修会場にしか通っていなかったので、初めて本当の職場に向かうことになる。
不安に心臓の鼓動も早くなっているようだが、配属先で自分の育成担当者だと名乗った相手を見て、晴人はさらに心臓が跳ね上がってしまう。
いっそ、止まってしまうのではと思ったくらいだった。
「セイ……!」
「ああ、よく読めたね、空井君。『静』って書いて、セイ。よくしずかちゃんって言われてまいっているんだ。僕はよくお風呂をのぞかれて困っている女の子じゃないんだよ」
淡々と答える姿は、どう見ても晴人が異世界で出会ったセイそのものだ。
服装こそスーツに変わっていたが、整った顔も涼やかな声もまったく同じで、体格も同じだろう。
体格のことを思い出せば、晴人の頭には刺激の強い貞操喪失体験が浮かび上がってくる。
今思い出してよいことではないとあわてて振り払い、違う場所に目を向けようとすれば、目の前の相手が首から提げている社員証が目に入った。『大谷地 静』という名前が書かれている。
しかし、セイで間違いはないはずなのに、それらしい素振りは見えない。
会社についての事務的な説明をされるだけだ。
「……体調でも悪いの? 顔も少し赤いみたいだし」
説明などまともに頭に入らない晴人に向け、セイが訝しげに尋ねてくる。
「えっ……す、すみません……」
あわてて晴人は謝罪して、頭を切り替えようとする。ここは職場なのだ。自分の物思いに沈んでいてよい場所ではない。
目の前の相手はセイで間違いないはずだが、もしかしたら記憶が残っていないのかもしれない。
そう考えれば不安ではあったが、詳しいことは後にしようといったん置いておくことにする。
何より、たとえ記憶が残っていなかったのだとしても、セイに会えたのだ。
とうとう会うことができたのだと思えば、それだけで晴人の心は温かく満たされた。
「まず、新人研修でもやっただろうけれど、プログラム言語のお勉強だね。実際に何か作ってもらうんだけれど……こういうのをやってみたいっていうのはある?」
ひととおりの説明を終えると、セイは所属部内での研修について話し出した。
実際の業務に入る前にも、部署独自の研修があるらしい。
「たとえば、ゲームを作ってみたいっていうのでもいいんですか?」
「うん、まあ……」
セイは歯切れ悪く、曖昧な返事を呟く。
「やっぱり、ゲームじゃダメですか」
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どうも様子がおかしいことに、晴人は首を傾げた。
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