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12.沈んだ昼
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ステファニアは今のところ後宮第一の女性として不自由なく暮らしていられるが、それは国王の寵愛によってのみ成り立ち、いつ揺らいでもおかしくないものだ。
事情が事情だけに、ゴドフレードの寵愛が別の寵姫に移るということは考えにくい。しかし、仮にゴドフレードが愛する女性を得て、ステファニアが失寵したらどうするだろうかと考えてみる。
おそらく、寂しさや悲しさはあるだろう。それでも、孤独な国王が安らぎを得ることができるというのなら、真心から祝福もできると思えた。
投獄でもされるのなら話は別だが、後宮の片隅でひっそりと生きていくというのなら、それはそれでよかった。今とさほど変わることもない。
そこまで考えたところで、今の暮らしにこれといった不満はないものの、決して満たされているわけではないのだと、ステファニアは苦笑してしまう。
このまま第一寵姫でいられたとしても、そのうち年を取り、ひっそりと忘れ去られてしまうのだろう。子を授かることがありえない以上、いずれそうなる。
今は相手にされていなくても、世継ぎの王子を授かれば正妃になれると望みを持ち続けていられる他の寵姫たちと、毎日のように寝所を共にしながら、それは叶うことがないと知っているステファニアでは、どちらが幸せなのだろうか。
「ステファニア様……? 申し訳ございません! ステファニア様の乳は、今のままで十分素晴らしゅうございます! 私は愚かにも、大きさのみに目がいっておりました。形や手触りも、大変重要な要素なのでございます!」
「……いえ、だから胸は……」
難しい顔で考えこんでしまったステファニアをどう思ったのか、リナはあわてて弁解を始めた。まったくもって見当はずれの内容だったが、ステファニアはあまりのばかばかしさに、呆れつつもくすりと笑いが漏れる。
自らの境遇を考えて暗くなってしまっていた気分も、大分引き上げられたようだ。
「……ありがとう、リナ」
「え……?」
いつも、ステファニアが暗い気分に浸りこんでしまいそうになると、リナが助けてくれる。どれだけ救われたか、わからないくらいだ。
ステファニアは心から感謝の気持ちを伝えるが、リナはよくわからないようで、きょとんとしてしまった。
「ええと、他に何か変わったことはないかしら?」
「あ……そうでした。三日後に宴があるそうです。ステファニア様も出席せよとのことでした」
「宴……ね。仕方がないわよね……」
落ち込むほどではないが、少しだけ憂鬱になりながらステファニアは呟く。
宴に花を添えるため、寵姫たちが出席することは珍しくもない。しかし、ステファニアはどうしても宴が好きになれずにいた。
人と接することが苦手なのだ。親しい相手からの裏切りが、ステファニアを奥手にさせているのかもしれない。
今でこそ、将来を約束したアドリアンのことも、頭の中では整理ができている。
ステファニアがエルドナート侯爵家に養女として引き取られたのは、政略結婚の駒として有用だと、美貌を見初められたからだろう。そうでなければ、わざわざ極上の環境で磨き上げる必要などない。
当然、アドリアンという、侯爵家より格下の相手との結婚が許されるはずもないのだ。
現にステファニアは後宮へと送り込まれた。仮にアドリアンの婚約がなかったとしても、結ばれることなどなかったのだ。
母のことも、心は納得しきれていないものの、理解できる部分はあった。
たいした力ではなかったが、父という後ろ盾を失ってしまったのだ。エルドナート侯爵家の養女になったほうが、ステファニアの未来が明るいのは間違いないだろう。だからこそ、母はステファニアを手放したのだと思えるようになった。
もっとも、母の新しい夫に対するわだかまりは消えておらず、毎日欠かすことのなかった夕暮れの祈りも、あのときから一度も捧げたことはない。
ただ、恨み続けるのではなく、仕方のないことだと諦められるようになっていた。
望みを持たず、諦めることで、ステファニアは後宮の日々をやり過ごしている。
事情が事情だけに、ゴドフレードの寵愛が別の寵姫に移るということは考えにくい。しかし、仮にゴドフレードが愛する女性を得て、ステファニアが失寵したらどうするだろうかと考えてみる。
おそらく、寂しさや悲しさはあるだろう。それでも、孤独な国王が安らぎを得ることができるというのなら、真心から祝福もできると思えた。
投獄でもされるのなら話は別だが、後宮の片隅でひっそりと生きていくというのなら、それはそれでよかった。今とさほど変わることもない。
そこまで考えたところで、今の暮らしにこれといった不満はないものの、決して満たされているわけではないのだと、ステファニアは苦笑してしまう。
このまま第一寵姫でいられたとしても、そのうち年を取り、ひっそりと忘れ去られてしまうのだろう。子を授かることがありえない以上、いずれそうなる。
今は相手にされていなくても、世継ぎの王子を授かれば正妃になれると望みを持ち続けていられる他の寵姫たちと、毎日のように寝所を共にしながら、それは叶うことがないと知っているステファニアでは、どちらが幸せなのだろうか。
「ステファニア様……? 申し訳ございません! ステファニア様の乳は、今のままで十分素晴らしゅうございます! 私は愚かにも、大きさのみに目がいっておりました。形や手触りも、大変重要な要素なのでございます!」
「……いえ、だから胸は……」
難しい顔で考えこんでしまったステファニアをどう思ったのか、リナはあわてて弁解を始めた。まったくもって見当はずれの内容だったが、ステファニアはあまりのばかばかしさに、呆れつつもくすりと笑いが漏れる。
自らの境遇を考えて暗くなってしまっていた気分も、大分引き上げられたようだ。
「……ありがとう、リナ」
「え……?」
いつも、ステファニアが暗い気分に浸りこんでしまいそうになると、リナが助けてくれる。どれだけ救われたか、わからないくらいだ。
ステファニアは心から感謝の気持ちを伝えるが、リナはよくわからないようで、きょとんとしてしまった。
「ええと、他に何か変わったことはないかしら?」
「あ……そうでした。三日後に宴があるそうです。ステファニア様も出席せよとのことでした」
「宴……ね。仕方がないわよね……」
落ち込むほどではないが、少しだけ憂鬱になりながらステファニアは呟く。
宴に花を添えるため、寵姫たちが出席することは珍しくもない。しかし、ステファニアはどうしても宴が好きになれずにいた。
人と接することが苦手なのだ。親しい相手からの裏切りが、ステファニアを奥手にさせているのかもしれない。
今でこそ、将来を約束したアドリアンのことも、頭の中では整理ができている。
ステファニアがエルドナート侯爵家に養女として引き取られたのは、政略結婚の駒として有用だと、美貌を見初められたからだろう。そうでなければ、わざわざ極上の環境で磨き上げる必要などない。
当然、アドリアンという、侯爵家より格下の相手との結婚が許されるはずもないのだ。
現にステファニアは後宮へと送り込まれた。仮にアドリアンの婚約がなかったとしても、結ばれることなどなかったのだ。
母のことも、心は納得しきれていないものの、理解できる部分はあった。
たいした力ではなかったが、父という後ろ盾を失ってしまったのだ。エルドナート侯爵家の養女になったほうが、ステファニアの未来が明るいのは間違いないだろう。だからこそ、母はステファニアを手放したのだと思えるようになった。
もっとも、母の新しい夫に対するわだかまりは消えておらず、毎日欠かすことのなかった夕暮れの祈りも、あのときから一度も捧げたことはない。
ただ、恨み続けるのではなく、仕方のないことだと諦められるようになっていた。
望みを持たず、諦めることで、ステファニアは後宮の日々をやり過ごしている。
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