うぅあおん…

くろ

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気になる男性客

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私の働いている喫茶店は「コネダ珈琲店」と言って、全国にチェーン展開している、割と有名なお店です。
2人掛け以上の席が多いためか、地域性なのかわかりませんが、家族連れや友達連れで来るお客さんが多いです。
1人掛け用の席も一応あります。
窓に面した長テーブルで、横に並んで5人まで座ることができます。
私の地域のコネダでは、この長テーブルを利用するお客さんはあまりいません。
その、あまり利用されない長テーブルを、毎週日曜日の朝10時ぐらいになると必ず利用する1人の男性客がいます。

彼の年齢は30代ぐらい。少し小柄で痩せ型。服装はだいたいいつも同じパーカー。中ほどまで伸びたストレートの黒髪。眼を合わせようとするとすぐに逸らされるので、あまり顔は見ないようにしています。その為、顔の印象はあまりハッキリと思い出せません。
これといって個性のない、地味な全体像なのですが、いつも少しだけ寝癖を立てていて、それがこちらの興味をそそります。
今日も寝癖を立てたままで入店した彼は、いつもの長テーブルに着席しました。

水を持って注文を聞きに行くと、テーブルの上に、これから読む予定であろう本を置いて、今はスマホをいじっていました。
「ご注文の方はお決まりでしょうか?」
「モーニングとブレンドコーヒーで」
「かしこまりました」
毎度のやり取りです。
彼は、必ず、こちらを見ない用事を作って注文をします。今日はスマホをいじっていて、先週は、メニュー表を見ながら、やはりいつものモーニングとブレンドコーヒーを頼むのでした。

その、いつものモーニングとブレンドコーヒーを持って席に向かおうとすると、彼が本を読み始めているのが遠目でわかりました。
近くまで行ったときに、別に覗くつもりはなかったのですが、本の中身が少し目に入ってしまいました。

びっくりしました。見覚えのある中身でした。
『THA雑談』というその本は、会話を中心としたコミュニケーションスキルの向上を目的とした、いわゆる自己啓発本で、口下手をコンプレックスとする私は、何回も読んだ本でした。

私の気配に気づいた彼は、開いた本のページにしおりを挟んで閉じ、頼んだものがテーブルに置かれるのを待ち「ご注文はお揃いでしょうか?」という問いに会釈だけで答えるのでした。

彼がしおりを挟んだページは中盤以降でした。読みやすい本なので、多分ここで全部読んで帰るんだろうなと思った瞬間、なぜか、後半以降のあるページの内容を思い出したい衝動に駆られました。
しかし、中々思い出せません。確か8章の…と、思い出しかけた時、団体のお客さんが入店し、対応に追われ、本のことは頭から離れてしまいました。

それから1時間程すると、彼が本をしまい、帰り支度を始めました。
反射的にレジに立つと、彼を意識したことでまた本の内容が気になり出しました。
彼がレジに近づく。なぜかドキドキします。レジで対面した時、そのドキドキの正体がわかりました。本の内容を思い出したからです。
お会計を終えると、いつもは無言で会釈だけをして店を後にする彼が、今日は少しぎこちなく「ごちそうさまでした」と眼を見て言ってきました。

彼が『THA雑談』の
『第8章 雑談トレーニング~その2、お会計の時に店員さんと一言話す』
を読んだことを私は確信しました。
そして、彼の歯並びが意外と整っていたということを、この時初めて知ったのでした。
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