うぅあおん…

くろ

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海に面した温泉街

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目前に広がる景色は、昨日の雨のどんよりとしたそれとは一変して、もうじき昼に差し掛かろうとする明るい日差しで、鮮明に視界を彩っていた。
前方にまっすぐと伸びた道路の両側に沿って、温泉街を形作る、旅館・お土産屋などが立ち並んでいる。温泉街といっても、観光客がひっきりなしに来るような人気スポットではない。自虐的に言えば“寂れた”温泉街で、全国の人気観光地ランキングだと、下から数えた方が早くに名前が上がることは間違いない。

後方には遊歩道が横に伸び、その片側に沿うようにして高さ1メートル程の防波堤が続いている“らしい”。つまり、前に真っ直ぐに伸びた道路とは、T字路でつながっている形になっている“らしい”。
防波堤を超えると砂浜が一面に敷かれ、その先には海水浴のできる青々とした海が広がっている“らしい”。もうあと3ヶ月もすれば海水浴のシーズンになり、寂れた温泉街に、年に一度の賑わいが訪れる。
先ほどから“らしい”と頻発しているのは、ワシがそれらを一度も見たことが無いからだ。
なぜならワシは、遊歩道のど真ん中にそびえ立つ、海を背にして設立された、この近辺の開発に尽力した人物の胸像だからだ。

ワシが設立されてから、かれこれもう60年近くの歳月が経つ。
設立当初のツヤは失せ、ブロンズのザラついた緑が全体に広がり、否が応でも朽ちた印象を、見るものに与える。
ワシが朽ちていくのと同時に、この温泉街も寂れていくようで、どうしようもない寂寥感に襲われる。
暗い話はやめよう。

像と言えば、待ち合わせの目印。有名どころでは、東京渋谷の『ハチ公』の『ハチ公前』などが連想されるのではなかろうか?
同じように、ワシもよく待ち合わせ場所に使用される。
もっとも、わしの場合は『禿げジジイ前』であるが。
禿げの胸像といえば、悪ガキの悪戯による痛ましい破損等が憂慮されそうだが、その傷跡がどこにも見受けられないのは、石造りの高い台座に据えられることによって、頂点までの高さが3メートルにも届きそうな位置にあるからであろう。禿げ頭を叩こうにも、子供の身長ではもちろんのこと、大人の身長でも難しい。時たまカラスの糞が命中し、その映えた白を見たものが笑うぐらいである。

3人の親子連れがワシに近づいてきた。
そう言えば世間はゴールデンウィーク真っ只中であった。観光客だろうか?
女の子は5歳ぐらいか?両の親も、ワシより大分年下のように伺える。30~40歳ぐらいか。いずれにしても、若い3人だ。
奥さんが旦那さんにカメラを渡し、ワシの両隣に娘と2人で並んだ。旦那さんがシャッターを押し、誰のものか知らんがゴミを落として帰って行った。
観光地としてどんどん寂れていき、たまに来る観光客はゴミを落としていく。こうしてゴミに埋もれるばかりで、町は活性化していくこともなく、衰退していくのであろう…

今度は一人の青年が近寄ってきた。年の頃は30前半といったところか。どこにでもいそうな平凡な出で立ちだが、近くでよく見ると、知った人物であった。幼い頃の青年はよく海水浴に来ておったし、花火をやりにきたりもした。社会人になってからも何年か刻みではあるが、ちょくちょく顔を見せに来る。今回は約3年ぶりの再会である。
青年は、ワシの傍に立ててある、ワシについての説明書きを、これまで一度も目に留めることもなかったくせに、この時は丹念に読み、実は背後にも隠してある説明書きも見付けて、これも丹念に読み、今度はまた前に回ってスマホのカメラをワシの顔に一杯まで近づけてシャッターを押した。残念ながら身長が足りないようで、見下したようなワシの顔しか撮れなかったようだ。そして今度は、ワシの顔の前まで近寄せたスマホのカメラのレンズを、逆に向けてシャッターを押した。ワシ目線の景色の写真を、一体何に使おうというのか?
しばらくワシの前で、撮った写真を確認すると、青年は納得した様子でその場を離れた。一緒にゴミも消えていた。
と、そこへ先ほどの家族連れが帰ってきた。何やら必死に探し物をしている様子。そこへ、まだ遠くまでは離れていなかった青年が戻ってきて、何かを手渡した。感謝する家族連れが手に渡されたものは、先ほどのゴミだ。いや、ずっとワシがゴミと思っていたそれは、ボロボロの小銭入れだった。

まだまだ捨てたものではないとはこの事か。
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