病み墜ちした騎士を救う方法

無月陸兎

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 ヴィルヘルトに抱き締められて、もうどれくらい経っただろう。
 落ち着くまで待つつもりではいたけれど、俺を抱く腕は一向に緩む気配がない。
 弱ったな……これは長引きそうだぞ。

「ヴィルヘルト、そろそろ離れて」
「…………嫌です。離れたくありません」

 やっぱり駄目か。予想はしていたが、拒否されてしまった。

 家の近くにヴィルヘルトが現れたということは、陽真たちもこの辺りにいる可能性が高い。そうすると、俺の死亡フラグが復活する可能性もある訳で……。
 死んだことにはなってるものの、魔人化した黒月蓮を神子が討伐するイベントは、原作通りにこなせていない。その所為で、強制的に俺が魔人化したり、魔人に見間違われて殺されては困る。
 三年前、魔物に腕を切り落とされ、呑み込まれた時の痛みが脳裏に過る。もう痛くて死ぬような目に遭うのは絶対に嫌だ。

 なので姿を隠すためにも、まずはヴィルヘルトには家へ入ってもらいたい。
 少し談笑でもして、落ち着いたところで帰ってもらおう。”ただのレン“として静かに暮らしたいから、俺のことは忘れて欲しいと頼むつもりだ。説得するには、神子に戻らなくて良い理由を考えておかなきゃな。

 それに……血の臭いがそろそろキツくて、限界だった。
 さっきのスライム型の魔物だけじゃ、こうはならない。ここに来るまで、道中で相当な数を斬ってきたんだろう。

「じゃあ、せめて家に入らない? ゆっくり話そうよ」

 そう誘えば、ヴィルヘルトは暫く黙ったまま動かなかったが、やがてこくりと小さく頷いた。
 腕の力がわずかに緩み、身体が離れる。
 すると、ヴィルヘルトはハッとしたように目を見開く。

「……申し訳ありません。服を汚してしまいました……」

 視線を下げると、俺の服にも赤黒いシミが出来ていた。返り血のついた鎧のまま抱き締められたら、汚れるのは当然だ。それを気にする余裕すらないほど、俺と生きて再会出来たことが嬉しかったのだろう。
 そう考えると、なんだか胸の辺りが少しくすぐったくなった。

「洗えばきっと大丈夫だよ。……家に入る前に、軽く汚れを落とそうか」
「かしこまりました」

 ヴィルヘルトは立ち上がると、以前と同じように俺へ手を差し伸べてくる。
 懐かしく思いながら素直にその手を取って立ち上がった瞬間──指先に力が込もり、ぎゅっと握られた。少し揺らしてみたが、離すつもりはないらしい。

「……あの、ヴィルヘルト?」
「はい」

 不安そうな顔で、じっと見つめられては強く言えなくなる。

「いや……洗い場はこっちだよ」

 諦めて、握られた手をそのまま引いて、洗い場へ向かうことにした。


 洗い場で鎧についた血を落とす時も、ついでにと貸したシャワーの間も。
 そして今──ハーブティーを渡して椅子に座らせた後でさえ、ヴィルヘルトは俺のすぐ側から離れようとしなかった。
 少しでも距離を取ろうものなら、不安そうに視線を彷徨わせ、確かめるように俺の名前を呼ぶ。まるで、一瞬でも目を離せば、俺の存在が消えてしまうとでも思っているみたいに。

 俺がハーブティーを飲み終えると、向かいに座っていたヴィルヘルトは、両手で包むようにずっと持っていたカップを机に置く。静かに立ち上がって動く彼を目で追いかけると、俺の前で床に膝をついた。

「取り乱した姿をお見せしてしまい、申し訳ありません」

 突然の行動に、思わず目を見張る。

「いや、大丈夫だよ。気にしないで。それより、落ち着いたのなら椅子に座って話を──」
「いいえ。まずは謝らせてください」

 俺の言葉を遮り、ヴィルヘルトは深く頭を下げた。

「レン様の信頼を裏切り、心を傷つけ、あまつさえ……お守りすることすら出来ませんでした」

 顔も上げぬまま、彼は絞り出すような声で続ける。
 
「全ては、私の弱さが原因です。貴方以外を捨てる覚悟も、魔物から最後まで守り抜く力も……私は何一つ持ち合わせていなかった」
「ヴィルヘルト……」
「本当に、申し訳ありませんでした」

 胸の奥が、きゅっと締め付けられる。
 少し迷ってから、俺は口を開いた。

「……確かに、少しショックは受けたよ」
「っ……」
「でも、ヴィルヘルトが家族の方を選んだ気持ちも分かる。家族は、大事だもん。だから、責めるつもりはないよ」
「しかし──」

 ヴィルヘルトの握った拳が白くなるほど力を込められ、小さく震えている。

「それに、俺だって魔物との戦いでは何も出来なかった。加護があれば、ヴィルヘルトと一緒に魔物を倒せたかもしれないのに。だから、そんなに自分を責めないでほしいな」

 暫くの沈黙の後、ヴィルヘルトはゆっくりと顔を上げた。

「レン様は……お優しいですね」

 俺へ真っ直ぐに向けられた碧の瞳が、かすかに揺れている。

「ですが、私は自分を許せません。あの時、腕を失うべきだったのは私だ。貴方が犠牲になる必要など、なかったのです」

 そう言った彼の表情には、自己嫌悪が滲んでいた。悔しそうに唇を噛み、視線を伏せる。

「次こそは、必ず……」

 そして、意を決したように再び俺を真っ直ぐに見つめた。

「今度こそ、レン様をお守りしたいのです」
「いや、俺なんかより陽真と朔夜を守ってあげた方が……」
「図々しい願いだとは承知しています。ですが、どうか……私をここに置いてはいただけませんか?」
「えっ……?」
「どのような命令でも構いません。貴方の失われた腕の代わりに、雑用や身の回りの世話でも。私に出来ることなら、何でも致します」

 再び、彼は深く頭を下げる。

「どうか……今度こそ、私に償う機会をお与えください」
「つ、償いなんていらないよ。ヴィルヘルトには神子の手伝いをして欲しいから……」
「はい、私の神子はレン様だけです。ですから、どうかお傍に居させてください。もう二度と……貴方の側から離れたくない」
「……っ!」

 言葉に詰まる俺の左手を、ヴィルヘルトは祈るように両手で包み込む。跪いた姿勢から上目遣いで見つめられて、思わずドキリとする。

「お願いします、レン様」

 必死さが、痛いほど伝わってきた。
 戻ってきてくれなんて言われると予想していたが、俺の側にいたいだなんて。
 帰ってもらうつもりだったのに。
 これは、思っていた以上に、説得が難しくなりそうだ……。


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みんなの感想(1件)

スノウ
2026.02.16 スノウ

続きが気になりすぎる😍

解除

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