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しおりを挟むこの世界には“魔素“と呼ばれるものが存在している。
目には見えず、はっきり感じ取れるのは神殿で修行を積んだ一部の者だけ。彼らは畏れを込めてそれを“闇“と呼んでいた。
その正体は、ファンタジー世界でよくある魔法の源となるマナだ。
だがこの世界では魔法を扱えるのは魔物だけで、魔素は倒された魔物や魔王の残滓だと、人々は思い込んでいた。魔素が濃くなる程、魔物が発生しやすくなるため、そう考えられるのも仕方がない。
原作の設定では、魔素が人々の負の感情と結びつくことで魔物が生まれるらしい。
だからこの世界では忌むべきものとして扱われているのは、まぁ、間違いではないのだろう。
片腕での生活に四苦八苦していた頃、ふと友人から聞いたゲーム設定を思い出した。
──実体のある魔物を作れるのなら、腕だって作れるんじゃないか?
魔素自体には人体への害はない。神子である俺は魔素を感じられるし、意図的に集めることが出来ないか試してみた。魔素を操るのは思ったより簡単だったが、形を保てるようにするのは流石に難しい。
何度も試行錯誤し、満足に動かせるようになるまでに、結局半年を費やした。
今日も浄化の時と同じ要領で、ゆっくりと目を閉じ、静かに息を整える。
右腕に魔素を集めていくと、あら不思議。温度は感じられないが、人間のような腕が出来ちゃった。
「真っ黒で普通じゃないし、人には見せられないけどね! なんちゃって……」
明るく言ってみたものの、すぐに気分は沈みこんでしまう。
噂を聞いて以来、どうしてもヴィルヘルトのことばかり考えてしまう。
長く、深い溜め息が漏れた。
大切な人っていうのは……恋人ではなく、神子だった俺のことだよな?
あの晩、パーティーを抜け出して話をしようと訪ねてくれたのに。俺はまた傷つくのが怖くて、会話することを拒んだ。
それでも彼は、魔物の襲撃で離れた場所にいたにも関わらず、俺を守ろうと駆けつけてくれた。
そんな状態で、目の前で神子が魔物に殺されたのなら、彼が病んでしまうのも無理はないのかもしれない。
まさか『魔物絶対殺すマン』になる程、好感度が高かったとは思わなかったけど。まぁ、原作でもヴィルヘルトは黒月蓮を気にかけていたくらい、情が深いキャラだからな。
ふと、ゲームでの彼の台詞を思い出す。
『貴方は、私の神子ではない。それは理解しています。しかし……貴方を前にすると、どうしようもなく心が震えるのです。離れたくない、失いたくないと、そう思ってしまう。守るべき神子を喪った私が、このような想いを抱く資格はありません。……ですが、もう隠しきれない。神子様、貴方は私の唯一の光だ。貴方を喪うくらいなら、この命はいらない。たとえ貴方が望まなくとも、私は貴方を守り抜くと誓おう』
……うーん、情が深いというよりは、ちょっと重い人か?
とはいっても、別にヴィルヘルトに限った話じゃない。原作の登場人物はそろって神子に対し、激重な感情を向けていた。
だから少しぐらい、性格が過激になっても、ここでは通常運転の範囲だよな?
育成期間が三年というゲーム設定を踏まえると、そろそろ終盤に差し掛かっている頃だ。
魔王復活を企む魔人三体を倒すと“瘴核”というアイテムを落とす。それを完全に浄化するため、神子と騎士は最後の舞台である聖域へ向かう。
原作ではそういう流れだが、現実でも同じ展開になるのだろうか。ちなみに瘴核を浄化しきれなければ魔王の復活が確定するため、油断はできない。
ヴィルヘルトの様子も気になるし、うまくいってるのか不安だ。
……いや、きっと大丈夫。陽真たちなら、しっかりヴィルヘルトを支えて、世界を救ってくれる筈だ。
「……草むしりでも、しようかな」
気を紛らわすために、畑へ向かうことにした。
魔物が頻繁に現れるようになってから、この家の住人はここを捨てたらしい。
ログハウス造りで、リビングダイニングキッチンに寝室が二つ。浴室とトイレもついていて、屋根裏もある。住み心地は最高だ。
土壌も良く、魔物さえどうにか出来れば、作物も育てやすい。捨てるには惜しい場所だったろうな。
村までは片道約一時間半ちょっとかかるが、おかげでこの世界に来た時よりも大分体力がついた。
草刈鎌を入れた籠を持ち、いつものように扉を開けた瞬間──。
べしゃり。
横の壁に、何かが叩きつけられたような湿った音が響いた。
「…………え?」
視線を向けると、黒い影がずるりと地面に滑り落ちる。形を保てない程に体が裂けた、スライム型の魔物だった。体液がぬるりと地面に広がるのを見て、慌てて距離を取る。
「な、なに……?」
動揺する中、前方の草むらから足音が近づいてくることに気付いた。
魔物かと思い身構えたが、どうやら人のようだ。だが、逆光で顔はよく見えない。
赤黒くまだらに染まった甲冑は、返り血を浴びたのだろうか。
手に握られた剣を地面に引きずり、低い声でぶつぶつと呟きながら歩く姿は、とても不気味だった。
「闇の気配を……強く感じる。はは……は。ただ逃げたと思ったが……魔人の元へ、案内してくれたのか?」
「は──」
その瞬間、剣が目の前に迫っていた。
咄嗟にしゃがみ込めたのは、運が良かったとしか言いようがない。
「ひっ!」
尻餅をつき、そのまま後退る。だが背中には扉があり、これ以上は逃げられそうになかった。避けた拍子に籠を落としてしまい、身を守れそうな物も手元にない。
頭上で木の裂ける音がした。見上げれば、壁に深々と剣が突き刺さっている。それを引き抜こうと、血塗れの男が腕を動かしていた。
盗賊? いや……魔人って、言った? だから俺を殺そうとしてるのか?
長い前髪で表情は見えないが、男の視線が俺自身ではなく、右腕に注がれていることに気付く。
もしかしてこれが原因か?
慌てて魔素で作った右腕を消したが、男は既に剣を振りかぶろうとしていた。
「滅べ」
──殺される……!
左腕で頭を庇い、目をぎゅっと閉じる。
「俺は人間です! 殺さないで!!」
俺の叫びに、男の動きが止まった。
暫しの静寂の後、金属の落ちる音が響く。
恐る恐る目を開けると、すぐ横に剣が落ちていて、心臓が跳ねた。
落ちた拍子に足を切らなくて良かった……!
俺の震えが止まるまでの間、男は微動だにしなかった。不思議に思い、相手の様子を窺おうと顔を上げる。
伸びっぱなしの金髪の前髪から覗く、驚愕に見開かれた碧の瞳。
隈が濃く刻まれ、無精髭が伸びている。
それでも、どこか懐かしい顔がそこにあった。
「…………ヴィルヘルト?」
思わず首を傾げて呟くと、途端に彼の顔が歪んだ。
「レン……様……! 生きて、おられた……。私の……神子……!」
「わっ!」
力強く抱き締められた。その腕は震えていて、胸元に顔を押しつけるように寄せてくる。
苦しくて身動ぎすれば、離さないとばかりに更に力が増す。
耳元で、掠れた声が何度も俺の名前を呼び、謝罪の言葉を紡ぐ。
再会の喜びや、生きていることがバレた焦りよりも、困惑が勝った。
どうしよう……思っていた以上に、ヴィルヘルトが病んでいるかもしれない。
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