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5話.恋人(偽)が出来る
しおりを挟む悲報。俺のルームメイトで親友でもあり相棒である時雨が、俺を村八分にした張本人・レガフォーのリーダーと恋人になるかもしれない件について。
ついにこの学園の風習に染まった時雨が、ボーイズでラブする世界の住人になる日が来ようとはな。猛アタックされて押し負けたか?
この場合、俺はどう声を掛けたらいいんだろ。ノーマルだった時雨が俺じゃなくて他の男を好きになったことを嘆けばいいのか、普通に『幸せになれよ』と生暖かく見守るべきなのか。
そんなことを考えていた俺の横で、二人は何やら楽しそうにしてる……いや、嘘ついた。正確にはドヤ顔で肩をがっしりと組む俺様くんの腕から抜け出そうと、時雨が必死にもがいている。
「時雨……幸せにな!」
冗談めかして涙を拭うフリをしつつ祝いの言葉を贈ってみると、時雨は青ざめた顔で勢いよく首を横に振った。思ったよりも必死に否定してきたので、二人に愛が芽生えた訳ではなさそうだ。少なくとも今は。
必死になったおかげか、隙をついて俺様くんの腕から、なんとか抜け出せたようだ。
「違うんだ。こいつとは絶対にそういうのはないっ! 葉は俺とこいつ、どっちの言葉を信じるんだ?」
「……………時雨、かな?」
「そこは即答してくれよ!」
焦ってる時雨が面白くてついイタズラしてしまった。でも、全力で否定するのは後々その相手とくっつくフラグだぞ。本当に付き合っちゃうかもしれないから気を付けろよ。漫画で知識を蓄えたから、俺は恋愛模様にはちょっとばかし詳しいんだ。
ごめんごめんと軽く謝ってみせたが、それが気に入らなかったらしく、ぎろりと睨まれた。はい、もう言いません。ほんとごめんなさい。
「おい、何だ二人で見つめ合って。俺様を無視してんじゃねぇぞ!」
俺様くんが俺たちの間に割り込んできて、視界が彼の背中で遮られた。いや、近いし邪魔なんだけど。時雨が深い溜め息を吐いたのが聞こえたので、ちょっと横にずれて、二人の様子を窺う。
「一条には悪いけど、何度告白されても俺はお前と付き合うつもりがないんだ。お前にはそういう感情を持てない。だから諦めてくれよ。それと、俺のことをまるで自分の所有物みたいに言いふらすのは、やめてくれないか?」
「フッ、分かってるさ。お前の性的指向が女性だというのはな。でもな、そんな性差なんて些細なこと、俺様と付き合っていく内に気にならなくなるだろうよ。俺様と一緒にいりゃ、いずれお前も俺様の魅力に気付く。他の奴なんか目に入らなくなる位、惚れさせてやるよ」
「……えっ。俺、断ると確かに伝えたよな?」
その自信は一体どこから来るんだ? お前の好きな相手はあからさまにドン引きしているのに。ポジティブ過ぎて、逆に感心してしまうだろうが。
二人の不毛なやり取りを眺めていると、周囲から他の人の気配を感じた。チラッと視線を移すと、カウンターの奥から二人のカフェ店員とパティシエがこっそりと覗いているのが見える。
「一条様、ファイトです!」
「くっ、一条様に見初められるなんて誰だよ、あいつは。心底羨ましい!」
「ああ、扇谷様が困ってる。頼まれたとは言え、一条様には連絡をしない方が良かったんだろうか……」
無表情で事務的なウェイターが、楽しそうにぐっと拳を握って応援していた。隣で悔しそうにハンカチを噛んでいるのはテイクアウト担当の店員さんだ。時雨を熱烈に歓迎していたパティシエは、ハラハラした表情で成り行きを見守っている。
……暇なのかな? ならばと、俺は彼らに向かって、手を上げて出来なかった注文をしようと試みた。
「すみませーん、今月限定メニューの『トロピカル・エトワール』を一つ下さい!」
まぁ、当然のごとく無視されたけどな。そんな気はしていた。
仕方ないから今日は諦めて大人しく部屋に戻ろう。また明日来るよ。
視線を戻すと二人はまだ押し問答を続けている様子で、時雨の顔には疲労感が浮かんでいた。
俺様くんは話が通じないタイプだ。そんな厄介な相手に気に入られるなんて、時雨も大変だな。俺なんか怒らせた時にハブ宣言を食らったのに、言った本人に忘れ去られてたんだが。俺様くんにとって、俺は覚える価値もないどうでもいい存在らしい。
「……はぁ、もう話にならないな」
「なんだよ、もう帰るってのか? もう少し俺様の側にいろよ」
「これ以上あんたと話す気はないんだよ。どうせ何を言っても無駄だろ……?」
「なんだ、照れてるのか?」
「だから、なんでそう……違うって言ってるだろうがっ!」
放っておいたら永遠に話がループしそう。埒が明かないので、ここは手を貸してやるか。いい加減、時雨が可哀想になってきたからな。
「なぁ、俺様くん……じゃなくて、一条様。時雨は俺の、なんであまり構わないでくれますか?」
「なんだと?」
勿論「俺の」の後に入るのは相棒である。恋人とは一言も言ってない。
俺の助け舟に、時雨はぱっと顔を輝かせたかと思うと、すぐにニヤリと悪い笑みを浮かべた。なんだその顔は、何を企んでる?!
嫌な予感に、俺の口元がひくりと引きつった。違うよね、時雨は優しいから、いくら俺様くんの求愛を避けたいからって、俺を巻き込むなんて酷いことしないもんね?
「一条、もう一度はっきり言う。俺はお前とは付き合えない。隠していたが……実は、そこにいる葉と俺は恋人同士なんだ」
お前ぇぇぇぇっ! おのれ、裏切ったな! 折角、言葉をぼかしてたのに!
万一、さっきの発言について突っ込まれても「いやいや、相棒としてですよ。俺、男には興味ないですから」って笑って流せたのに!
なんかいつの間にかカフェに集まってきた学園の生徒たちが、遠巻きに次々と伝言ゲームを始めているし。多分俺様くんを見にきただけなんだろけど……。何言われてるのか想像するだけで怖いよぉ!
頼むから、伝言ゲームでよくありがちな現象が起こりますように。間違った内容が伝わって、恋が変になれ!
「嘘だろ? こんな冴えない顔した貧相な奴がシグレの恋人だって? 見るからに金もセンスも無ぇコイツを……俺様の恋人の座を断ってでも選ぶっていうのか?」
俺様くんは驚愕の表情を浮かべ、震える手で俺を指差した。ボロクソに言いたい放題だなおい。
「当たり前だろ。そこが落ち着くのに」
「時雨さん帰ったらちょっとお話いいですか?」
「それに葉と一緒にいると面白いし……可愛いよ?」
「……アリガトウ」
「これが可愛いだと?! ハッ、まさかシグレは……」
「あぁ、そうだ。俺はタチなんだ」
「えっ、マジで!?」
「ん?」
俺の驚いた声に俺様くんの視線が突き刺さる。嫉妬に燃えていた目が、今は疑いの目に変わった。
「恋人なのに、知らないのか?」
「……セックスはその、まだ……してない。こいつ、ウブだからさ」
「誰が男となんてもごっ」
俺の抗議は、時雨の手で口を塞がれてしまった。冗談じゃない、男と合体なんて焼き肉食べ放題一万円券をもらってもゴメンだっての!
「葉、俺たちが付き合ってること、もうこいつに隠さなくていいんだ。帰ったら一緒にジャンボプリンでも食べような。な?」
時雨の目が黙ってろと語っている。どうやらプリンを奢るって条件で協力して欲しいらしい。男が好きだと思われるのは嫌だけど、仕方ない。プリンのためだと、小さく頷いてみせた。
「シグレ……お前、本当にコイツと付き合ってんのか?」
「勿論だ。なぁ、葉?」
「ソウダネ」
「……無理強いしているんじゃねぇだろうな?」
「どの口がそれを言うんだよ!?」
俺と時雨のツッコミがキレイにハモると、俺様くんはムッと不機嫌そうな顔をした。
「兎に角、そういうことだから諦めてくれ。俺、絶対に葉と別れる気はないから」
「ソウヨワタシタチラブラブナノヨ」
「悪いけど、葉は少し黙っててくれ」
「うす」
折角援護してやったのに、言い方が棒だって? 俺はバカ正直だから嘘ついてもすぐ分かるって家族や友達から言われたけど、そこまで酷いか?
俺様くんはまだ疑わしそうな目をしている。いや、動揺して声をあげた俺の所為なんだけども。
なので、俺は時雨の腕を絡めてくっついてみた。端から見たら「仲が良いなぁ」くらいの感想しかないが、俺様くんから見たらこれは恋人マウントになる筈。案の定、彼は嫉妬の表情を浮かべて俺を睨んでくる。
うーん、チョロい。時雨のことを本気で好きなんだなって気持ちは伝わるけど……。
でも、恋愛は一人でするもんじゃない。俺様くん──いや、一条には悪いけど、俺は時雨の相棒であいつの味方だからな。残念だけど、時雨が嫌がるならお前には任せられない。
「一条」
俺と一条が睨み合っていると、時雨の落ち着いた声が響いた。一条の視線がすっとそちらに向く。
「俺にとって、葉は本当に大事な存在なんだ。こいつフードバカだからあんまり気にしてないけど……」
おい、バカとはなんだ。せめてフードラヴァーと呼んでくれよ。
「お前が葉にしたことを考えると、あんたを許す訳にはいかない」
「こいつにしたことだと?」
心当たりがないらしく、一条は困惑した表情を浮かべた。
「まさか……あの噂でも耳にしたのか? だが俺様はコイツと寝てなんかいない。そもそも趣味じゃねぇ」
噂って、親衛隊に自慰を手伝わせる話か?
そっちじゃないよ、恐ろしい勘違いをするな。あと俺も一条は趣味じゃない。お前が女性だったら、少しは興味を持ったかもしれないが。
「あんたのそういう所が、嫌いなんだ」
そう言った時雨の表情はどこか切な気で。戸惑う俺の手を引き、カフェを出る。離れる前に一度だけ振り返ると、ぽかんとした一条がその場に立ち尽くしていた。
無言で前を歩く時雨を見て、俺は不安になる。もしかして、時雨も本当は一条のことが好きなんじゃ──。
寮の部屋に戻ると、それまで黙っていた時雨が「よしっ!!」と大声でガッツポーズを決めた。
「さすがにこれで諦めただろう。俺の恋人があいつの言葉でハブにされていたのを知ったら、気まずくなるよな。少しは罪悪感も沸くだろ? よしよしっ! ああ、悪いな葉、お前の立場を利用して。でも助かったよ、ありがとな」
──好きじゃなかったね。
ご機嫌そうに俺の頭をぐしゃぐしゃと撫で、洗面所に向かう時雨の背中を見送りながら、俺は少しだけ一条が気の毒に思えたかもしれない。
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