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※暴力表現有
私が生まれ育った田舎村には、何もなかった。能力がないから泥にまみれて働くしかない村人に、イモみたいな顔をした男共。村全体に漂う動物と糞尿の悪臭、流行遅れの服飾、馬車が通りにくい不便な道。
そんな最低な村に、ただ一人、美しい姿で生まれたのが私。唯一、泥のような茶色っぽい瞳が気に食わなかったが、それ以外は完璧だった。そんな私がこんな低俗な村の男共に嫁いで一生を終えるなんて……想像するだけでゾッとする。田舎なんて私には相応しくない。もっと輝ける場所に行くべきなのだ。例えば、そう──王都こそが私には相応しいだろう。こんな村などさっさと捨てて、王都で成り上がってやる!
平民には珍しい魔力持ちだと判明した時は、やはり自分は特別な存在なのだと誇らしく思った。王都の貴族社会こそが、私のいるべき世界なのだと確信もした。
だが、私の魔力は貴族に養子入りする程ではなかったらしい。……とても悔しかった。貴族になることが叶わないと知った時、すべてが色褪せて見えたものだ。それでも、私は諦めなかった。どんな手を使ってでも、私は王都で華やかに生きる。そのためには、ただの『少し魔法が使えるだけの平民』で終わるわけにはいかない。
そう決意し、私はシュベルグス魔法学園の初等部に通うことにした。平民だけの小さな学校だが、卒業試験に合格すれば魔術師になれる。資格があれば王都で働くことも出来るだろう。私は美しさを磨き、努力を続けた。そして、ユリウス様と運命の出会いを果たしたのだ。
彼を見た瞬間、私は思った。完璧だ、と。比類なき美貌と、他者を圧倒する魔法の才能を持つあの方なら、私に相応しい。彼が伴侶となり、私の隣にいれば、箔が付く。私の未来は間違いなく輝かしいものになるだろう。幸いなことに、ユリウス様も私に好意を抱いてくれているらしい。私の瞳の色を好ましいとおっしゃり、平民では滅多に口に出来ない高級なチョコレートに例えてくださった。素晴らしいとは思わないか?
ユリウス様は私に惹かれている癖に、恥ずかしがり屋なのか愛を囁くことはなかったが、別に構わなかった。だって、誰よりも彼に近かったのは私だけなのだから。そして、私たちはゆっくりと愛を育んでいった。
卒業後は、帝都で国家魔術師に登り詰めるユリウス様を、傍で寄り添い、帝都の華やかな暮らしを共に歩む。そんな未来を夢見ながら。
……なのに、目障りな奴が視界に入ってきて、邪魔をしてくる!
そうだ、貴様のことだ平凡! ただの幼馴染みの癖に、ユリウス様に気にかけられるのが当然だと思っているな。毎回、わざとらしく彼の気を引こうとする、浅ましい奴め。底辺の癖にすり寄ってきて、烏滸がましいんだよ。反吐が出る!
ついにはクラスの奴を唆して事件まで起こし、あの方の記憶を奪った。昔から仲が良かったと嘘を吹き込み、貧相な体でユリウス様を篭絡して、私から彼を奪ったのだ。本来、傍にいるのは私だった。愛されるべきなのは私だというのに!
しかも、あろうことか嫁の座を狙っているというではないか。そんなの絶対に許せない!!
ユリウス様の隣に立つのは、私だけでいい。私の幸せは、誰にも邪魔させない!
貴様は、二度とユリウス様の視界に入るべきではない。昔のように、嫌われてろ! 貴様の存在など……ユリウス様の記憶から、完全に消し去られるべきなのだ!!
興奮したように自分の思いを吐き出すルベルを前に、僕は眉をひそめた。
「……僕、ルベルはユーリのことを純粋な憧れから好きになったと思っていたんだけれど。違ったんだね」
ルベルのことは苦手だった。でも、ユーリを想う気持ちだけは誰よりも強かったから、そこだけは好感を持っていたのに……。
「君が好きなのは、ユーリじゃなくて君自身じゃないか。彼を手に入れて、自分の欲を満たしたいだけなんでしょう? そんなの、愛じゃないよ」
怒りを抑えるように、ぎゅっと手を握り締める。キッと睨み付けると、ルベルの瞳が見開かれた。
「ユーリの記憶が戻って、僕のことをまた嫌いになってもいい。別れるのだって……悲しいけれど、覚悟してるから問題ない。他人同士に戻っても、僕はずっとユーリの幸せを願うよ。だから、自分のためだけにユーリを利用しようとする君を許せないんだ。僕なんかより、ルベルの方がよっぽどユーリに相応しくない」
「……は? この私が……相応しくない、だと……?」
「記憶が戻ったとしても、君にだけはユーリを渡したくない。だって、自己愛しかない君が、ユーリを幸せに出来る筈がないんだから」
「うるさい! この生意気な平凡がっ!!」
怒鳴り声と共に、ルベルの手が勢いよく振り上げられる。次の瞬間、激しい痛みが頬に走った。
「分かったような口を利くなっ! 何様のつもりだ、このクズが!!」
怒りを込めた平手打ちが、左右交互に容赦なく叩き込まれる。男たちに両肩を押さえつけられていた僕は、抵抗すら出来なかった。頬がじんじんと熱を持ち、視界が揺れる。
それでも、僕は耐えた。ルベルの自己愛にまみれた想いを認めたくなかったから。
「おいおい、勘弁してくれよルベル。ただでさえ冴えない顔なんだ。ボコボコにされたら、萎えちまうって」
「貴様、私のやることに文句をつける気かっ!?」
「おお、こわ。折角の美人が台無しだぜ」
ルベルは鋭い眼光で、顎髭の男を睨みつけるが、彼は意に介さず、ニヤついたままだ。
「後ろからヤっちまえば、顔なんて見えねぇだろうが」
「それはそうだけどよ……。ヤるなら、やっぱ綺麗な方が興奮するだろ?」
「ひひっ、お前はほんと面食いだなぁ。俺は、金さえ貰えりゃ相手がどんなのでも構わねぇんだわ。コレも貰ったことだしな」
紫色の髪をした男が、懐から瓶を取り出した。ピンク色の液体が入ったそれを、見せつけるように揺らす。
なんの魔法薬を使う気なんだ?
警戒して体を強張らせた僕の頭に、ばしゃりと液体がかけられた。粘つく感触と共に、甘ったるい匂いが鼻を刺す。
「うわっ、原液かよ。容赦ねぇな、お前……」
「これでお前も楽しめるだろ? さ、依頼主様のご要望だ。邪魔者が入る前に、済ませるぞ」
「おう、やるか。つーわけで、始めちまっていいんだな、ルベル?」
「……あぁ、いいだろう」
ルベルは腕を組み直し、冷ややかな目で僕を見下ろす。
「わざわざ私が貴様のために奮発して、強めの媚薬を買ってやったんだ。恋人でもない男共に股を開いて乱れてる姿を見たら、流石のユリウス様も目が覚めることだろう。おい、お前たち! 早くこいつをこいつをぐちゃぐちゃに犯して壊せ。その後は淫紋を刻んで、オークの巣穴にでも放りこんでやるよ。私はユリウス様と幸せになるが、貴様は醜い魔物の孕み袋として惨めな人生を送るんだな! あははははっ!」
狂気じみたルベルの笑い声が、倉庫内に響き渡った。
「嫌だ、やめて! 離してよ!」
「おい、暴れんな」
必死にもがいて抵抗するけれど、力が及ばなかった。紫色の髪をした男が、僕を床に押し倒し、容赦なく押さえつけてくる。床に溢れた液体が頬を濡らし、濃厚な甘い香りが鼻を刺す。吐き気がこみ上げ、視界がぼやけてきた。
この魔法薬、媚薬ってルベルは言っていたっけ。なら、水魔法で洗い流せば少しは楽になるかもしれない。そう思って魔力を集めようとするけれど、頭がぼんやりしていてうまく集中できない。
「こっちにも飲ましてやるよ」
顎髭の男がナイフを抜き、動けずにいる僕の制服を切り裂いてくる。裂けた布の隙間から、とろりとした液体が素肌に垂れ、体が震えた。冷たい筈なのに、不思議と熱い。息が荒くなり、自分の呼吸音がうるさく感じる。全身が火照ってきて、理性が段々と薄れていくのが怖かった。
「ひひっ、そろそろ効いてきたか? ほら、我慢しないでおねだりしてみせろよ」
「いや……だ! ぼ、僕に……触らないで……!」
「おわっ、すげぇ数の痕だな。愛されてるねぇ。顔は地味でも、体の具合は悪くないってことか?」
「ひっ……!」
気持ち悪いのに、触られる度に体が勝手に反応してしまうのが嫌だ。好きでもない見知らぬ人達にこれ以上触られたくないのに。なにより一番嫌なのは、ユーリに触れられた時と同様に体が反応し始めていることだ。ユーリと触れ合った幸せな思い出を塗り潰され、汚されていくような気がして悔しい。僕はぐっと、唇を強く噛み締めた。
どうして、僕はいつもうまく出来ないんだろう……。
後悔ばかりが、頭の中をぐるぐると巡る。
ルックを利用されたとはいえ、ルベルの罠にあっさりとかかってしまった。ネックレスを持ってきていれば、媚薬の効果を無効に出来たかもしれないのに。守ろうとしてくれたユーリの気持ちは、僕が油断したことで無駄になってしまった。
もし、あの夜……記憶が戻ったらと言わず、素直に抱かれていたら……。
視界がぼやけ、一筋の涙が頬を伝っていく。
……ユーリ。
心の中で名前を呟いた瞬間、空気が唸りを上げ、僕を襲っていた二人が吹き飛ぶ。勢いよく棚に体が叩きつけられた男たちは短い呻き声をあげ、棚と共に倒れた。
ぼんやりとした意識の中、その様子を眺めていた僕はゆっくりと顔を上げ、扉を背に立っていた人物を確認する。ユーリだ。ユーリが、いる。
「イネス!」
彼は僕の名前を呼びながら駆け寄り、脱力した僕の身体を、優しく抱き起こしてくれた。
……助けに、来てくれたんだね。
心配そうに僕を覗き込む彼の顔を見た瞬間、張り詰めていた緊張がぷつりと切れた。ホッとしたのか、力が抜けて、意識がふわりと遠のいていく。
「ごめん、ね……」
目蓋を閉じながら掠れた声で小さく謝ったけれど、ユーリにちゃんと届いただろうか?
それを確かめる余裕もないまま、僕の意識はそのまま闇の中へと落ちていった。
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