僕を嫌っていた幼馴染みが記憶喪失になったら溺愛してきた

無月陸兎

文字の大きさ
20 / 28

20

しおりを挟む

※暴力表現有



 私が生まれ育った田舎村には、何もなかった。能力がないから泥にまみれて働くしかない村人に、イモみたいな顔をした男共。村全体に漂う動物と糞尿の悪臭、流行遅れの服飾、馬車が通りにくい不便な道。
 そんな最低な村に、ただ一人、美しい姿で生まれたのが私。唯一、泥のような茶色っぽい瞳が気に食わなかったが、それ以外は完璧だった。そんな私がこんな低俗な村の男共に嫁いで一生を終えるなんて……想像するだけでゾッとする。田舎なんて私には相応しくない。もっと輝ける場所に行くべきなのだ。例えば、そう──王都こそが私には相応しいだろう。こんな村などさっさと捨てて、王都で成り上がってやる!

 平民には珍しい魔力持ちだと判明した時は、やはり自分は特別な存在なのだと誇らしく思った。王都の貴族社会こそが、私のいるべき世界なのだと確信もした。
 だが、私の魔力は貴族に養子入りする程ではなかったらしい。……とても悔しかった。貴族になることが叶わないと知った時、すべてが色褪せて見えたものだ。それでも、私は諦めなかった。どんな手を使ってでも、私は王都で華やかに生きる。そのためには、ただの『少し魔法が使えるだけの平民』で終わるわけにはいかない。
 そう決意し、私はシュベルグス魔法学園の初等部に通うことにした。平民だけの小さな学校だが、卒業試験に合格すれば魔術師になれる。資格があれば王都で働くことも出来るだろう。私は美しさを磨き、努力を続けた。そして、ユリウス様と運命の出会いを果たしたのだ。

 彼を見た瞬間、私は思った。完璧だ、と。比類なき美貌と、他者を圧倒する魔法の才能を持つあの方なら、私に相応しい。彼が伴侶となり、私の隣にいれば、箔が付く。私の未来は間違いなく輝かしいものになるだろう。幸いなことに、ユリウス様も私に好意を抱いてくれているらしい。私の瞳の色を好ましいとおっしゃり、平民では滅多に口に出来ない高級なチョコレートに例えてくださった。素晴らしいとは思わないか?
 ユリウス様は私に惹かれている癖に、恥ずかしがり屋なのか愛を囁くことはなかったが、別に構わなかった。だって、誰よりも彼に近かったのは私だけなのだから。そして、私たちはゆっくりと愛を育んでいった。
 卒業後は、帝都で国家魔術師に登り詰めるユリウス様を、傍で寄り添い、帝都の華やかな暮らしを共に歩む。そんな未来を夢見ながら。

 ……なのに、目障りな奴が視界に入ってきて、邪魔をしてくる!

 そうだ、貴様のことだ平凡! ただの幼馴染みの癖に、ユリウス様に気にかけられるのが当然だと思っているな。毎回、わざとらしく彼の気を引こうとする、浅ましい奴め。底辺の癖にすり寄ってきて、烏滸がましいんだよ。反吐が出る!
 ついにはクラスの奴を唆して事件まで起こし、あの方の記憶を奪った。昔から仲が良かったと嘘を吹き込み、貧相な体でユリウス様を篭絡して、私から彼を奪ったのだ。本来、傍にいるのは私だった。愛されるべきなのは私だというのに!
 しかも、あろうことか嫁の座を狙っているというではないか。そんなの絶対に許せない!!
 ユリウス様の隣に立つのは、私だけでいい。私の幸せは、誰にも邪魔させない!
 貴様は、二度とユリウス様の視界に入るべきではない。昔のように、嫌われてろ! 貴様の存在など……ユリウス様の記憶から、完全に消し去られるべきなのだ!!



 興奮したように自分の思いを吐き出すルベルを前に、僕は眉をひそめた。

「……僕、ルベルはユーリのことを純粋な憧れから好きになったと思っていたんだけれど。違ったんだね」

 ルベルのことは苦手だった。でも、ユーリを想う気持ちだけは誰よりも強かったから、そこだけは好感を持っていたのに……。

「君が好きなのは、ユーリじゃなくて君自身じゃないか。彼を手に入れて、自分の欲を満たしたいだけなんでしょう? そんなの、愛じゃないよ」

 怒りを抑えるように、ぎゅっと手を握り締める。キッと睨み付けると、ルベルの瞳が見開かれた。

「ユーリの記憶が戻って、僕のことをまた嫌いになってもいい。別れるのだって……悲しいけれど、覚悟してるから問題ない。他人同士に戻っても、僕はずっとユーリの幸せを願うよ。だから、自分のためだけにユーリを利用しようとする君を許せないんだ。僕なんかより、ルベルの方がよっぽどユーリに相応しくない」
「……は? この私が……相応しくない、だと……?」
「記憶が戻ったとしても、君にだけはユーリを渡したくない。だって、自己愛しかない君が、ユーリを幸せに出来る筈がないんだから」
「うるさい! この生意気な平凡がっ!!」

 怒鳴り声と共に、ルベルの手が勢いよく振り上げられる。次の瞬間、激しい痛みが頬に走った。

「分かったような口を利くなっ! 何様のつもりだ、このクズが!!」

 怒りを込めた平手打ちが、左右交互に容赦なく叩き込まれる。男たちに両肩を押さえつけられていた僕は、抵抗すら出来なかった。頬がじんじんと熱を持ち、視界が揺れる。
 それでも、僕は耐えた。ルベルの自己愛にまみれた想いユーリへの恋心を認めたくなかったから。

「おいおい、勘弁してくれよルベル。ただでさえ冴えない顔なんだ。ボコボコにされたら、萎えちまうって」
「貴様、私のやることに文句をつける気かっ!?」
「おお、こわ。折角の美人が台無しだぜ」

 ルベルは鋭い眼光で、顎髭の男を睨みつけるが、彼は意に介さず、ニヤついたままだ。

「後ろからヤっちまえば、顔なんて見えねぇだろうが」
「それはそうだけどよ……。ヤるなら、やっぱ綺麗な方が興奮するだろ?」
「ひひっ、お前はほんと面食いだなぁ。俺は、金さえ貰えりゃ相手がどんなのでも構わねぇんだわ。コレも貰ったことだしな」

 紫色の髪をした男が、懐から瓶を取り出した。ピンク色の液体が入ったそれを、見せつけるように揺らす。
 なんの魔法薬を使う気なんだ?
 警戒して体を強張らせた僕の頭に、ばしゃりと液体がかけられた。粘つく感触と共に、甘ったるい匂いが鼻を刺す。

「うわっ、原液かよ。容赦ねぇな、お前……」
「これでお前も楽しめるだろ? さ、依頼主様のご要望だ。邪魔者が入る前に、済ませるぞ」
「おう、やるか。つーわけで、始めちまっていいんだな、ルベル?」
「……あぁ、いいだろう」

 ルベルは腕を組み直し、冷ややかな目で僕を見下ろす。

「わざわざ私が貴様のために奮発して、強めの媚薬を買ってやったんだ。恋人でもない男共に股を開いて乱れてる姿を見たら、流石のユリウス様も目が覚めることだろう。おい、お前たち! 早くこいつをこいつをぐちゃぐちゃに犯して壊せ。その後は淫紋を刻んで、オークの巣穴にでも放りこんでやるよ。私はユリウス様と幸せになるが、貴様は醜い魔物の孕み袋として惨めな人生を送るんだな! あははははっ!」

 狂気じみたルベルの笑い声が、倉庫内に響き渡った。


「嫌だ、やめて! 離してよ!」
「おい、暴れんな」

 必死にもがいて抵抗するけれど、力が及ばなかった。紫色の髪をした男が、僕を床に押し倒し、容赦なく押さえつけてくる。床に溢れた液体が頬を濡らし、濃厚な甘い香りが鼻を刺す。吐き気がこみ上げ、視界がぼやけてきた。
 この魔法薬、媚薬ってルベルは言っていたっけ。なら、水魔法で洗い流せば少しは楽になるかもしれない。そう思って魔力を集めようとするけれど、頭がぼんやりしていてうまく集中できない。

「こっちにも飲ましてやるよ」

 顎髭の男がナイフを抜き、動けずにいる僕の制服を切り裂いてくる。裂けた布の隙間から、とろりとした液体が素肌に垂れ、体が震えた。冷たい筈なのに、不思議と熱い。息が荒くなり、自分の呼吸音がうるさく感じる。全身が火照ってきて、理性が段々と薄れていくのが怖かった。

「ひひっ、そろそろ効いてきたか? ほら、我慢しないでおねだりしてみせろよ」
「いや……だ! ぼ、僕に……触らないで……!」
「おわっ、すげぇ数の痕だな。愛されてるねぇ。顔は地味でも、体の具合は悪くないってことか?」
「ひっ……!」

 気持ち悪いのに、触られる度に体が勝手に反応してしまうのが嫌だ。好きでもない見知らぬ人達にこれ以上触られたくないのに。なにより一番嫌なのは、ユーリに触れられた時と同様に体が反応し始めていることだ。ユーリと触れ合った幸せな思い出を塗り潰され、汚されていくような気がして悔しい。僕はぐっと、唇を強く噛み締めた。

 どうして、僕はいつもうまく出来ないんだろう……。

 後悔ばかりが、頭の中をぐるぐると巡る。
 ルックを利用されたとはいえ、ルベルの罠にあっさりとかかってしまった。ネックレスを持ってきていれば、媚薬の効果を無効に出来たかもしれないのに。守ろうとしてくれたユーリの気持ちは、僕が油断したことで無駄になってしまった。
 もし、あの夜……記憶が戻ったらと言わず、素直に抱かれていたら……。
 視界がぼやけ、一筋の涙が頬を伝っていく。

 ……ユーリ。

 心の中で名前を呟いた瞬間、空気が唸りを上げ、僕を襲っていた二人が吹き飛ぶ。勢いよく棚に体が叩きつけられた男たちは短い呻き声をあげ、棚と共に倒れた。
 ぼんやりとした意識の中、その様子を眺めていた僕はゆっくりと顔を上げ、扉を背に立っていた人物を確認する。ユーリだ。ユーリが、いる。

「イネス!」

 彼は僕の名前を呼びながら駆け寄り、脱力した僕の身体を、優しく抱き起こしてくれた。
 ……助けに、来てくれたんだね。
 心配そうに僕を覗き込む彼の顔を見た瞬間、張り詰めていた緊張がぷつりと切れた。ホッとしたのか、力が抜けて、意識がふわりと遠のいていく。

「ごめん、ね……」

 目蓋を閉じながら掠れた声で小さく謝ったけれど、ユーリにちゃんと届いただろうか?
 それを確かめる余裕もないまま、僕の意識はそのまま闇の中へと落ちていった。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

才色兼備の幼馴染♂に振り回されるくらいなら、いっそ赤い糸で縛って欲しい。

誉コウ
BL
才色兼備で『氷の王子』と呼ばれる幼なじみ、藍と俺は気づけばいつも一緒にいた。 その関係が当たり前すぎて、壊れるなんて思ってなかった——藍が「彼女作ってもいい?」なんて言い出すまでは。 胸の奥がざわつき、藍が他の誰かに取られる想像だけで苦しくなる。 それでも「友達」のままでいられるならと思っていたのに、藍の言葉に行動に振り回されていく。 運命の赤い糸が見えていれば、この関係を紐解けるのに。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

隣の席のイケメンに懐かれた

しょうがやき
BL
隣の席のイケメンに懐かれた平凡男子の話

冷淡彼氏に別れを告げたら溺愛モードに突入しました

ミヅハ
BL
1年前、困っていたところを助けてくれた人に一目惚れした陽依(ひより)は、アタックの甲斐あって恩人―斗希(とき)と付き合える事に。 だけど変わらず片思いであり、ただ〝恋人〟という肩書きがあるだけの関係を最初は受け入れていた陽依だったが、1年経っても変わらない事にそろそろ先を考えるべきかと思い悩む。 その矢先にとある光景を目撃した陽依は、このまま付き合っていくべきではないと覚悟を決めて別れとも取れるメッセージを送ったのだが、斗希が訪れ⋯。 イケメンクールな年下溺愛攻×健気な年上受 ※印は性的描写あり

【完結】王宮勤めの騎士でしたが、オメガになったので退職させていただきます

大河
BL
第三王子直属の近衛騎士団に所属していたセリル・グランツは、とある戦いで毒を受け、その影響で第二性がベータからオメガに変質してしまった。 オメガは騎士団に所属してはならないという法に基づき、騎士団を辞めることを決意するセリル。上司である第三王子・レオンハルトにそのことを告げて騎士団を去るが、特に引き留められるようなことはなかった。 地方貴族である実家に戻ったセリルは、オメガになったことで見合い話を受けざるを得ない立場に。見合いに全く乗り気でないセリルの元に、意外な人物から婚約の申し入れが届く。それはかつての上司、レオンハルトからの婚約の申し入れだった──

言い逃げしたら5年後捕まった件について。

なるせ
BL
 「ずっと、好きだよ。」 …長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。 もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。 ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。  そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…  なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!? ーーーーー 美形×平凡っていいですよね、、、、

処理中です...