僕を嫌っていた幼馴染みが記憶喪失になったら溺愛してきた

無月陸兎

文字の大きさ
21 / 28

21.


 目を覚ました僕は、ここ数週間で見慣れたユーリの部屋で横になっていた。窓の外はすっかり暗くなっていて、カーテンの隙間からは月明かりが差し込んでいる。
 ぼんやりとした頭で横に視線を向けると、すぐ側に彼の姿があった。ベッド脇にあるランプの光に照らされたユーリと目が合うと、彼はホッとしたように表情を緩め、そっと僕の手を握った。

「体の調子はどうだ? どこか痛むところはないか?」
「……うん、大丈夫。ユーリが助けてくれたから」

 そう答えた直後、記憶が一気に蘇る。
 確か……ルベルが雇った男に媚薬を飲まされ、犯されかけたんだった。
 慌てて体を起こして、自分の状態を確かめる。ぶたれた頬の痛みはないので、ユーリが回復魔法をかけてくれたんだろう。それに、体の火照りもすっかり引いている。ということは、つまり……僕はユーリと最後までしたんだろうか。顔がかぁっと熱くなる。

「その……媚薬の効果が切れているみたいなんだけれど。あの後、もしかして……僕たち、最後までしちゃった、のかな……?」

 恐る恐る尋ねると、ユーリはふっと笑って首を振った。

「残念ながら、してないよ。イネスが気を失った直後に、すぐに解毒したからな。それに、最後までするのは『俺の記憶が戻ってから』と約束しただろ?」
「あ……そっか……」

 確かにあの日の放課後、僕たちは約束をした。ユーリの記憶が戻っても、両想い同士だったらセックスをする、と。
 初体験を記憶がないまま迎えるのは嫌だったから、約束をちゃんと守ってくれたことが嬉しかった。
 でも……ほんの少しだけ。あのまま抱かれても良かったのに、と惜しむ気持ちも少なからずあった。

「イネス、どうした?」

 黙り込んでしまったからか、ユーリが心配そうに僕の顔を覗き込んできた。僕は慌てて笑顔を作り、首を横に振る。

「ううん、何でもないよ!」
「そう?」
「えっと、助けに来てくれて本当にありがとう。ユーリからもらったネックレスお守り、部屋に置いてきちゃってて……僕の所為で面倒かけちゃったね。解毒までしてくれて、ごめん……」
「気にするな。イネスを守るのは、俺にとって当然のことだ」
「うっ、あ……うん……」

 真っ直ぐな目でそう言われると、大切に思われているのを実感して、嬉しくなっちゃうよ。

「でも、どうして僕たちが旧倉庫にいるって分かったの?」
「応接室に、薄汚れた挙動不審な男が『イネスを助けて』って飛び込んできたんだ。半信半疑で向かったが、結果的には正解だったよ。ただ……少し遅れたのが悔やまれるな。イネスの柔肌を、あんな奴らに晒してしまうなんて」

 ユーリは眉間に皺を寄せ、悔しそうに唇を噛んだ。

 多分、その『薄汚れた挙動不審な男』は、ルックのことだと思う。ユーリが応接室にいることを知っていたのは、僕が直接教えた彼以外いない筈だから。ルベルに脅されていたのに、勇気を振り絞って僕を助けようとしてくれたんだ。後で巻き込んでしまったことを謝って、お礼もしっかり伝えないと。

「それと……ルベルはどうなったの?」

 二人の男たちに襲われかけた時にユーリが現れ、助けてくれたことは覚えている。でも、ルベルがどうしていたかまでは思い出せない。
 高笑いしながら命令した後、すぐに倉庫を後にしたのか。それとも男たちと同じくユーリの魔法に巻き込まれたのか。ルベルのことは好きじゃないけれど、怪我をしていないといいな……。

「ああ、心配する必要はないぞ。アレならもう学園にはいない」
「……え?」
「事件のことはすぐに学園長に報告した。証拠もあったから、即日追放処分になったよ。一週間前、クラスメートの前でイネスに暴力を振るった件もあったしな」
「そう、なんだ。ルベルは実家に戻ったのかな……」

 そう呟く僕に、ユーリは肩をすくめる。

「さぁな。もう二度と関わるつもりもないし、何してようと興味はない。自分の愚かな行為を反省してるならば良いが……まぁ、あの性格だ。死ぬまで恨み言を吐き続けて、ろくな人生を送ることはないだろう」

 表情ひとつ変えず、そう淡々と言うユーリに、僕は口をつぐんだ。

 すぐに学園を出て行ったのなら、大きな怪我はしてないのだろう。それは良かったけれど……夜に出歩くのは危険だから、帰るのは翌朝でも良かったのに。先生達も止めなかったのかな?
 それに、追放処分を受けたルベルは、魔術師の資格を永遠に失ってしまった。無資格の平民という身分では、彼が夢見ていた王都への進出も諦めざるを得ないだろう。少し可哀想な気もするけれど、部外者を無断で学園内に呼び込んで騒動を起こしてしまったのだから、仕方ないのかもしれない。

「それより……イネスに、謝らなきゃいけないことがある」
「ん、なに?」
「今までアレの態度には思うところがあったのに……イネスに頼ってもらいたくて、敢えて放置していた。あんなことが起きる前にプライドなんて捨てて、お前を守るべきだったのにな。……すまない」
「そんな! ユーリが謝る必要なんて無いよ。僕を助けるためにお守りだって作ってくれたし、今回だって助けに来てくれた。ちゃんと、守ってくれてるよ」

 項垂れるユーリを見て、胸がちくりと痛んだ。元気付けるように両手でユーリの手を包み込むと、すぐにぎゅっと握り返される。

「……なぁ、イネス」
「ん?」
「この先も……俺と一緒にいてくれるか?」
「え……?」
「俺の記憶が戻ったとしても。ずっと、傍にいてくれる?」

 その問いかけに、息を呑んだ。意味を理解するより先に胸がざわつき、不安に襲われる。

「……え、もしかして。記憶が……戻ったの?」

 ユーリがこくりと頷いた瞬間、ざあっと血の気が引いた。
 どうして? いつ、記憶が戻ったの?! まさか、僕が目覚める時にはもう──?

「ごっ、ごめんなさいっ!! すぐ出ていくから!」

 反射的にユーリの手を振りほどき、ベッドから出て離れようとした瞬間、背中を抱きすくめられた。

「待て、イネス!!」
「で、でも……! 記憶が戻ったなら、嫌いな僕なんかと一緒にいたくないよね。だから……」
「なっていない。嫌いになんかなってない。だから落ち着いて……俺から、逃げないでくれ」

 抱き締める腕は力強いのに、その声は震えている。まるで見捨てられるのを恐れているようで、それが不思議で僕は少しずつ冷静さを取り戻した。

「…………記憶が戻ってるのに、僕のこと嫌いになってないの?」
「あぁ。嫌うどころか……イネスのことが、好きなままだ」
「なんで……? どうして、記憶が戻ったのにまだ好きなの?」

 身をよじって顔を見上げると、ユーリは一瞬だけ視線を泳がせてから口を開いた。

「……前にも言ったが、嫌ったことなんてない。ただ嫉妬して、イネスに八つ当たりしてただけなんだ。謝る機会を逃して、ずっと冷たくしてて……本当に悪かった」
「嫉妬……って、いつ?」
「……イネスに、近づく奴らに。俺以外の男と笑いながら話すのが嫌だった。俺じゃない男が勧めた……ただ甘ったるいだけで、お前には似合わない香水をつけていたのも。……イネスは俺の恋人なのに」

 思わず言葉を失った。あの香水は、僕がユーリを誰にも渡したくなくて買ったものだったのに。あの時怒っていたのは、僕じゃなくて……ローグさん販売員に向けてだったの?
 なら、この五年間ずっと……僕は勘違いして、お互い謝れずにいたってこと?

 なんだか力が抜け、崩れ落ちそうになった僕を、ユーリがしっかりと抱き留めてくれた。

「そうだったんだ……。僕、ユーリに嫌われたと思って……好きだけど、諦めなくちゃって……」
「俺は諦めるつもりなんて一度もなかった。ずっとイネスだけを愛してきた。それとも……嫉妬深くて心の狭い俺なんか、嫌いになったか? もう一緒にいたくない?」

 青と緑の二色の瞳が、切なげに揺れている。
 ランプの灯りによって潤んで見え、胸がズキッと痛む。そんな顔して……ずるいよ、ユーリ。

「嫌いになんてなれないよ。……僕も、ユーリのことだけを……愛してるし、傍にいたい」
「そうか……ありがとう」

 そう答えると、ユーリの表情がやわらぎ、顔が近付いてきた。目を閉じれば、唇がそっと重なり合う。触れるだけの優しい口づけは、やがて舌が絡まり合う深いものへと変わり、息が苦しくなるまで続いた。

 唇が離れると、呼吸を整える僕の頬を撫でながら、ユーリは微笑む。

「これで……改めて、両思いになったな」
「うん……」
「これからはもう二度と離さない。覚悟しろよ?」

 真剣な眼差しにこくりと頷くと、再び強く抱き締められる。僕も背中に腕を回して、ぎゅっと抱き締め返した。

 心がようやく通じ合った幸福を噛み締めていると、耳元に唇が寄せられる。

「……イネス」

 吐息がかかり、体がびくんと跳ねる。

「ひゃっ! な、なに?」
「約束していた続き……今、してもいいか?」
「えぇっ!?」

 ついさっき誤解が解けて、両思いになったばかりなのに……もう? ちょっと早くない?

「漸く受け入れてもらえたんだ。早くイネスを抱きたい。それに……あのクソモブ共に触られた場所、全部、俺で上書きしたいなって。ダメか?」

 こてりと首を傾げ、子犬みたいな瞳でおねだりされてしまったら、拒める訳がない。
 急なことで心の準備は全然出来ていないけれど。約束していたし……僕も望んでいたことだ。

「うぅ……。や……優しく、してね?」

 真っ赤になった顔で伝えると、ユーリは嬉しそうに目を細め、額に口づけた。

「あぁ、勿論だ」


感想 7

あなたにおすすめの小説

国民的アイドルの元ライバルが、俺の底辺配信をなぜか認知している

逢 舞夏
BL
「高校に行っても、お前には負けないからな!」 「……もう、俺を追いかけるな」  中三の卒業式。幼馴染であり、唯一無二のライバルだった蓮田深月(はすだ みつき)にそう突き放されたあの日から、俺の時間は止まったままだ。  あれから15年。深月は国民的アイドルグループのセンターとして芸能界の頂点に立ち、俺、梅本陸(うめもと りく)は、アパートでコンビニのサラミを齧る、しがない30歳の社畜になった。  誰にも祝われない30歳の誕生日。孤独と酒に酔った勢いで、俺は『おでん』という名の猫耳アバターを被り、VTuberとして配信を始めた。  どうせ誰も来ない。チラ裏の愚痴配信だ。  そう思っていた俺の画面を、見たことのない金額の赤スパ(投げ銭)が埋め尽くした。 『K:¥50,000 誕生日おめでとう。いい声だ、もっと話して』  『K』と名乗る謎の太客。  【執着強めの国民的アイドル】×【酒飲みツンデレおじさんV】

姉が結婚式から逃げ出したので、身代わりにヤクザの嫁になりました

拓海のり
BL
芳原暖斗(はると)は学校の文化祭の都合で姉の結婚式に遅れた。会場に行ってみると姉も両親もいなくて相手の男が身代わりになれと言う。とても断れる雰囲気ではなくて結婚式を挙げた暖斗だったがそのまま男の家に引き摺られて──。 昔書いたお話です。殆んど直していません。やくざ、カップル続々がダメな方はブラウザバックお願いします。やおいファンタジーなので細かい事はお許しください。よろしくお願いします。 タイトルを変えてみました。

一度も話したことないイケメンのクラスメイトと二人組になったらめちゃくちゃ執着されてた

BL
「はい、じゃあ二人組作って」──あまり人付き合いが得意ではない夏稀(なつき)にとってそれは地獄の言葉。 けれど高校ではちがう。なぜなら新しくできた友達と『二人組』協定を結んだから。 もう二人組なんて怖くないと思っていた矢先、その友達が風邪で欠席。 ほかに組む相手が見つからず、先生と組むことも覚悟する夏稀だったが、そこで声をかけてきたのは美形の転校生──緒川聖夜(おがわ・きよや)だった。 「俺と二人組にならない?」 その一言をきっかけに聖夜は夏稀との距離を急速に縮めてきて──。 執着美形攻め×平凡受けのちょっと不穏な学園BL。 約九万字、全三十話+αの物語です。

処刑エンドの悪役公爵、隠居したいのに溺愛されてます

ひなた翠
BL
目が覚めたら、やり込んだBLゲームの悪役公爵になっていた。 しかも手には鞭。目の前には涙を浮かべた美少年。 ——このままじゃ、王太子に処刑される。 前世は冴えない社畜サラリーマン。今世は冷徹な美貌を持つ高位貴族のアルファ。 中身と外見の落差に戸惑う暇もなく、エリオットは処刑回避のための「隠居計画」を立てる。 囚われのオメガ・レオンを王太子カイルに引き渡し、爵位も領地も全部手放して、ひっそり消える——はずだった。 ところが動くほど状況は悪化していく。 レオンを自由にしようとすれば「傍にいたい」と縋りつかれ、 カイルに会えば「お前の匂いは甘い」と迫られ、 隠居を申し出れば「逃げるな」と退路を塞がれる。 しかもなぜか、子供の頃から飲んでいた「ビタミン剤」を忘れるたび、身体がおかしくなる。 周囲のアルファたちの視線が絡みつき、カイルの目の色が変わり—— 自分でも知らなかった秘密が暴かれたとき、逃げ場はもう、どこにもなかった。 誰にも愛されなかった男が、異世界で「本当の自分」を知り、運命の番と出会う—— ギャップ萌え×じれったさ×匂いフェチ全開の、オメガバース転生BL。

離したくない、離して欲しくない

mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。 久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。 そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。 テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。 翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。 そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

元執着ヤンデレ夫だったので警戒しています。

くまだった
BL
 新入生の歓迎会で壇上に立つアーサー アグレンを見た時に、記憶がざっと戻った。  金髪金目のこの才色兼備の男はおれの元執着ヤンデレ夫だ。絶対この男とは関わらない!とおれは決めた。 貴族金髪金目 元執着ヤンデレ夫 先輩攻め→→→茶髪黒目童顔平凡受け ムーンさんで先行投稿してます。 感想頂けたら嬉しいです!

当て馬的ライバル役がメインヒーローに喰われる話

屑籠
BL
 サルヴァラ王国の公爵家に生まれたギルバート・ロードウィーグ。  彼は、物語のそう、悪役というか、小悪党のような性格をしている。  そんな彼と、彼を溺愛する、物語のヒーローみたいにキラキラ輝いている平民、アルベルト・グラーツのお話。  さらっと読めるようなそんな感じの短編です。

平凡な僕が優しい彼氏と別れる方法

あと
BL
「よし!別れよう!」 元遊び人の現爽やか風受けには激重執着男×ちょっとネガティブな鈍感天然アホの子 昔チャラかった癖に手を出してくれない攻めに憤った受けが、もしかしたら他に好きな人がいる!?と思い込み、別れようとする……?みたいな話です。 攻めの女性関係匂わせや攻めフェラがあり、苦手な人はブラウザバックで。    ……これはメンヘラなのではないか?という説もあります。 pixivでも投稿しています。 攻め:九條隼人 受け:田辺光希 友人:石川優希 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 また、内容もサイレント修正する時もあります。 定期的にタグ整理します。ご了承ください。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。