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しおりを挟む目を覚ました僕は、ここ数週間で見慣れたユーリの部屋で横になっていた。窓の外はすっかり暗くなっていて、カーテンの隙間からは月明かりが差し込んでいる。
ぼんやりとした頭で横に視線を向けると、すぐ側に彼の姿があった。ベッド脇にあるランプの光に照らされたユーリと目が合うと、彼はホッとしたように表情を緩め、そっと僕の手を握った。
「体の調子はどうだ? どこか痛むところはないか?」
「……うん、大丈夫。ユーリが助けてくれたから」
そう答えた直後、記憶が一気に蘇る。
確か……ルベルが雇った男に媚薬を飲まされ、犯されかけたんだった。
慌てて体を起こして、自分の状態を確かめる。ぶたれた頬の痛みはないので、ユーリが回復魔法をかけてくれたんだろう。それに、体の火照りもすっかり引いている。ということは、つまり……僕はユーリと最後までしたんだろうか。顔がかぁっと熱くなる。
「その……媚薬の効果が切れているみたいなんだけれど。あの後、もしかして……僕たち、最後までしちゃった、のかな……?」
恐る恐る尋ねると、ユーリはふっと笑って首を振った。
「残念ながら、してないよ。イネスが気を失った直後に、すぐに解毒したからな。それに、最後までするのは『俺の記憶が戻ってから』と約束しただろ?」
「あ……そっか……」
確かにあの日の放課後、僕たちは約束をした。ユーリの記憶が戻っても、両想い同士だったらセックスをする、と。
初体験を記憶がないまま迎えるのは嫌だったから、約束をちゃんと守ってくれたことが嬉しかった。
でも……ほんの少しだけ。あのまま抱かれても良かったのに、と惜しむ気持ちも少なからずあった。
「イネス、どうした?」
黙り込んでしまったからか、ユーリが心配そうに僕の顔を覗き込んできた。僕は慌てて笑顔を作り、首を横に振る。
「ううん、何でもないよ!」
「そう?」
「えっと、助けに来てくれて本当にありがとう。ユーリからもらったネックレス、部屋に置いてきちゃってて……僕の所為で面倒かけちゃったね。解毒までしてくれて、ごめん……」
「気にするな。イネスを守るのは、俺にとって当然のことだ」
「うっ、あ……うん……」
真っ直ぐな目でそう言われると、大切に思われているのを実感して、嬉しくなっちゃうよ。
「でも、どうして僕たちが旧倉庫にいるって分かったの?」
「応接室に、薄汚れた挙動不審な男が『イネスを助けて』って飛び込んできたんだ。半信半疑で向かったが、結果的には正解だったよ。ただ……少し遅れたのが悔やまれるな。イネスの柔肌を、あんな奴らに晒してしまうなんて」
ユーリは眉間に皺を寄せ、悔しそうに唇を噛んだ。
多分、その『薄汚れた挙動不審な男』は、ルックのことだと思う。ユーリが応接室にいることを知っていたのは、僕が直接教えた彼以外いない筈だから。ルベルに脅されていたのに、勇気を振り絞って僕を助けようとしてくれたんだ。後で巻き込んでしまったことを謝って、お礼もしっかり伝えないと。
「それと……ルベルはどうなったの?」
二人の男たちに襲われかけた時にユーリが現れ、助けてくれたことは覚えている。でも、ルベルがどうしていたかまでは思い出せない。
高笑いしながら命令した後、すぐに倉庫を後にしたのか。それとも男たちと同じくユーリの魔法に巻き込まれたのか。ルベルのことは好きじゃないけれど、怪我をしていないといいな……。
「ああ、心配する必要はないぞ。アレならもう学園にはいない」
「……え?」
「事件のことはすぐに学園長に報告した。証拠もあったから、即日追放処分になったよ。一週間前、クラスメートの前でイネスに暴力を振るった件もあったしな」
「そう、なんだ。ルベルは実家に戻ったのかな……」
そう呟く僕に、ユーリは肩をすくめる。
「さぁな。もう二度と関わるつもりもないし、何してようと興味はない。自分の愚かな行為を反省してるならば良いが……まぁ、あの性格だ。死ぬまで恨み言を吐き続けて、ろくな人生を送ることはないだろう」
表情ひとつ変えず、そう淡々と言うユーリに、僕は口をつぐんだ。
すぐに学園を出て行ったのなら、大きな怪我はしてないのだろう。それは良かったけれど……夜に出歩くのは危険だから、帰るのは翌朝でも良かったのに。先生達も止めなかったのかな?
それに、追放処分を受けたルベルは、魔術師の資格を永遠に失ってしまった。無資格の平民という身分では、彼が夢見ていた王都への進出も諦めざるを得ないだろう。少し可哀想な気もするけれど、部外者を無断で学園内に呼び込んで騒動を起こしてしまったのだから、仕方ないのかもしれない。
「それより……イネスに、謝らなきゃいけないことがある」
「ん、なに?」
「今までアレの態度には思うところがあったのに……イネスに頼ってもらいたくて、敢えて放置していた。あんなことが起きる前にプライドなんて捨てて、お前を守るべきだったのにな。……すまない」
「そんな! ユーリが謝る必要なんて無いよ。僕を助けるためにお守りだって作ってくれたし、今回だって助けに来てくれた。ちゃんと、守ってくれてるよ」
項垂れるユーリを見て、胸がちくりと痛んだ。元気付けるように両手でユーリの手を包み込むと、すぐにぎゅっと握り返される。
「……なぁ、イネス」
「ん?」
「この先も……俺と一緒にいてくれるか?」
「え……?」
「俺の記憶が戻ったとしても。ずっと、傍にいてくれる?」
その問いかけに、息を呑んだ。意味を理解するより先に胸がざわつき、不安に襲われる。
「……え、もしかして。記憶が……戻ったの?」
ユーリがこくりと頷いた瞬間、ざあっと血の気が引いた。
どうして? いつ、記憶が戻ったの?! まさか、僕が目覚める時にはもう──?
「ごっ、ごめんなさいっ!! すぐ出ていくから!」
反射的にユーリの手を振りほどき、ベッドから出て離れようとした瞬間、背中を抱きすくめられた。
「待て、イネス!!」
「で、でも……! 記憶が戻ったなら、嫌いな僕なんかと一緒にいたくないよね。だから……」
「なっていない。嫌いになんかなってない。だから落ち着いて……俺から、逃げないでくれ」
抱き締める腕は力強いのに、その声は震えている。まるで見捨てられるのを恐れているようで、それが不思議で僕は少しずつ冷静さを取り戻した。
「…………記憶が戻ってるのに、僕のこと嫌いになってないの?」
「あぁ。嫌うどころか……イネスのことが、好きなままだ」
「なんで……? どうして、記憶が戻ったのにまだ好きなの?」
身をよじって顔を見上げると、ユーリは一瞬だけ視線を泳がせてから口を開いた。
「……前にも言ったが、嫌ったことなんてない。ただ嫉妬して、イネスに八つ当たりしてただけなんだ。謝る機会を逃して、ずっと冷たくしてて……本当に悪かった」
「嫉妬……って、いつ?」
「……イネスに、近づく奴らに。俺以外の男と笑いながら話すのが嫌だった。俺じゃない男が勧めた……ただ甘ったるいだけで、お前には似合わない香水をつけていたのも。……イネスは俺の恋人なのに」
思わず言葉を失った。あの香水は、僕がユーリを誰にも渡したくなくて買ったものだったのに。あの時怒っていたのは、僕じゃなくて……ローグさんに向けてだったの?
なら、この五年間ずっと……僕は勘違いして、お互い謝れずにいたってこと?
なんだか力が抜け、崩れ落ちそうになった僕を、ユーリがしっかりと抱き留めてくれた。
「そうだったんだ……。僕、ユーリに嫌われたと思って……好きだけど、諦めなくちゃって……」
「俺は諦めるつもりなんて一度もなかった。ずっとイネスだけを愛してきた。それとも……嫉妬深くて心の狭い俺なんか、嫌いになったか? もう一緒にいたくない?」
青と緑の二色の瞳が、切なげに揺れている。
ランプの灯りによって潤んで見え、胸がズキッと痛む。そんな顔して……ずるいよ、ユーリ。
「嫌いになんてなれないよ。……僕も、ユーリのことだけを……愛してるし、傍にいたい」
「そうか……ありがとう」
そう答えると、ユーリの表情がやわらぎ、顔が近付いてきた。目を閉じれば、唇がそっと重なり合う。触れるだけの優しい口づけは、やがて舌が絡まり合う深いものへと変わり、息が苦しくなるまで続いた。
唇が離れると、呼吸を整える僕の頬を撫でながら、ユーリは微笑む。
「これで……改めて、両思いになったな」
「うん……」
「これからはもう二度と離さない。覚悟しろよ?」
真剣な眼差しにこくりと頷くと、再び強く抱き締められる。僕も背中に腕を回して、ぎゅっと抱き締め返した。
心がようやく通じ合った幸福を噛み締めていると、耳元に唇が寄せられる。
「……イネス」
吐息がかかり、体がびくんと跳ねる。
「ひゃっ! な、なに?」
「約束していた続き……今、してもいいか?」
「えぇっ!?」
ついさっき誤解が解けて、両思いになったばかりなのに……もう? ちょっと早くない?
「漸く受け入れてもらえたんだ。早くイネスを抱きたい。それに……あのクソモブ共に触られた場所、全部、俺で上書きしたいなって。ダメか?」
こてりと首を傾げ、子犬みたいな瞳でおねだりされてしまったら、拒める訳がない。
急なことで心の準備は全然出来ていないけれど。約束していたし……僕も望んでいたことだ。
「うぅ……。や……優しく、してね?」
真っ赤になった顔で伝えると、ユーリは嬉しそうに目を細め、額に口づけた。
「あぁ、勿論だ」
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