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「どうして……いーちゃんが?」
思考に耽っていたらしく、困惑気味に呟かれたユーリの言葉にハッとする。
視線が握っていた手に向けられていたので、そっと手を離した。嫌な顔はしていなかったけれど、僕なんかに触られるのは嫌だろう。
そういえばユーリの意識はまだハッキリしてないのかな?
「えっと……ねぇ、痛いとこはない? 大丈夫?」
「痛いとこ……? ないけど……」
「良かったぁ。あっ、さっきは手なんか握ってごめんね。ユーリが倒れたって聞いてビックリしちゃって……つい……」
「……心配してくれてるのか? ごめん、俺……」
「ユリウス様っ! 目が覚めたのですね!」
「あぁ、無事で良かったです!!」
「おい、みんな! ユリウス様が目を覚ましたぞ!」
「うわっ!」
ユーリが目を覚まし、喋るのを見て安心した取り巻きたちが僕を押し退ける。わっと囲まれた彼の姿は、あっという間に人だかりで見えなくなってしまった。
先ほど、僕も割り込んでユーリの側へ駆けつけてしまったから、押し出された事に文句は言えないけれど。久しぶりにまともに会話が出来たから、もう少しだけ喋りたかった。なんて、つい未練がましく思ってしまう。
「イネス、大丈夫か?」
尻餅を着いた僕に、駆け寄ってきたベンが手を差し伸べてくれた。僕の代わりに「あいつら本当に酷いよな」と憤ってくれたので、口元がほころぶ。自分のために怒ってくれる友人の態度がとても嬉しい。
「ありがとう、ベン」
「押し潰される前に退散しようぜ」
「うん」
ありがたくその手を取り、人だかりから抜け出した。お尻についた砂をぱたぱたと払っていると、相手が誰か状況はどうだったかと興味津々に訊かれた。なんだ、それが目的だったのかと冷めた眼差しを送るも、ベンは「だって気になるじゃん」と悪びれもせずに笑った。
隠す必要はなかったけれど、答える前に救護のマチュア先生を連れたヘレウス先生が戻ってきた。先生は増えた人垣に眉をひそめる。
「はぁ、さっきより人が増えてるじゃないか。おいこらお前たち……俺は動くなと言っていた筈なんだが聞いてなかったのか?」
「ボクたちは、ただユリウス様が心配だったんです!」
「そうですよ、ユリウス様に何かあったらと思うと怖くて怖くて……」
「でも、ユリウス様が先ほど目を覚ましたんですよ!」
「だから嬉しくてつい、足が動いてしまったんです」
「あーうるさい騒ぐな。いいからお前らはどけ。今からユリウスをマチュア先生に診てもらう」
「はぁい……」
「分かりました……」
ヘレウス先生に手で追い払われ、渋々と取り巻きたちが離れる。クラスメートたちも大人しく先生が通るスペースを空けたことで、マチュア先生に診察されるユーリの姿が見えた。
「あー、ユリウス様だったのか」
「うん」
「なんともないといいな」
「うん……」
ベンも確認出来たようで、僕を慰めるように肩をポンと叩いてくれた。
怪我はなくとも、他者の魔力の残滓が体内に異常をきたし、後から不調になる場合がある。僕の属性が水だから、先ほどユーリの状態を確認した時に体内のマナの流れくらいは把握できたけれど、素人に詳しく分かる筈もない。マチュア先生は、王立病院で働いていたことがある優秀な癒し手だから、問題なく治してくれるだろう。何もないと良いけれど……。
「うん、怪我はなさそうですね。体内に相手の魔力の残滓もなく、彼自身のマナも安定している。何も問題はありません」
「そうか、それは良かった。ラグウェルの魔法は打ち消したようなんだが、相性の悪い属性だったみたいでな。まさか魔力の余波で気絶するとは思わんかった」
「おや、咄嗟の判断を誤ってしまったんですか。ユリウスくんにしては珍しい……。余波を受ける前に防げそうなのに」
「そうだな、俺もそう思っていたから驚いた。だが天才と云えどあいつはまだ学生。相手を侮り油断することもあるだろうさ」
「うーん、もしかしたら試合前に体調を崩していた可能性もありますね……。ユリウスくん、今の気分はどうですか?」
なるほど、ユーリが倒れたのはそういうことだったのか。
みんなと同様に、先生たちの話に耳を傾けていると、口を閉ざしたまま不安そうに僕を見つめるユーリと目が合った。いつもと違うその様子に違和感を覚える。なんだろう。
「あれ、もしかして記憶が……」
まだ混濁している?
僕の呟きに反応したのかユーリが立ち上がり、ローブの裾を翻して僕の前まで来ると、ぎゅっと抱き込んできた。突然のことに驚いて身を固くする。ユーリの行動に、周囲も目を白黒させていた。
「えっ、なっ、なんだぁ? なぁ、おいイネス。ユリウス様どうしちまったんだよ」
「えっと……?」
ビックリしたベンに尋ねられたけれど、僕だって意味が分からない。仲が良かった頃も人前で抱き締められたことはないし、こんなこと初めてだ。
マチュア先生は問題ないと言っていたけれど、もう一度診察してもらわないと。
身を捩ると、ユーリの両腕の力がこもり、より体が密着してしまった。ふんわりと仄かに香る石鹸が良い匂いだけれど、身長差によって顔の位置が彼の肩下辺りに埋もれるので、少し息苦しい。
あっ、ユーリのローブに僕の汗や涎が付いてしまったらどうしよう……。
助けを求めて視線を投げても、ベンは首を横に振っただけだ。友達が困っているというのに、一人でどうにかしろと目が語っていた。悲しい。さっきは助けてくれたのに。
動けないなら仕方ないかと、ユーリの腕の中にいる状態で、理由を問うことにした。
「えっと、急にどうしたのですか。僕なんかに抱きついて……誰かと間違えてませんか?」
「っ!」
「あっ、もしかして誰か分かってなかったとか? ええと、僕はイネスですよ。聞こえてますかユリウス様?」
「……な、んで……そんな話し方……」
「え?」
あぁ、目が覚めた後にユーリの呼び方に口調が引っ張られて、昔のように渾名で呼んで話していたからか。疎遠になってからは周囲に合わせて喋り方を変えていた。今までずっと指摘されたことはなかったのに、急にどうしたんだろう。
僕を抱き締めたまま、黙り込んでしまったユーリをどう慰めるべきか。背中を撫でてあげたいが、そんなことされても迷惑だろう。空中でうろうろしていた両手を腿の脇へとそっと下ろし、ユーリの言葉を待った。
暫くして落ち着いたのか、ゆっくりと体を離したユーリは、僕を真顔で見つめてくる。
記憶がしっかりしてきたのかも。抱き締めた相手が嫌いな僕だと認識して固まっちゃったかな?
何を言うべきか、迷う。
ずっと見つめ合うのも落ち着かず、目を反らす。ユーリはまだ喋らないし、なんの動きもない。気まずい。おそるおそる視線を戻すと、彼はゆっくり瞬きをした後、首を傾げた。
「いーちゃん……あいつら誰だ? ここも知らないとこだし、落ち着かない。早く家に帰ろう」
「……えぇ?」
一部始終を見守りつつ耳を傾けていたクラスメートたちは、ざわついた。ヘレウス先生も動揺しているようで、自分のツルツル頭の後頭部をしきりに撫でている。
どうやらユーリは記憶が混濁しているどころか、大変なことになっていたらしい。
僕はマチュア先生へ、震える声で呼び掛ける。
「ま、マチュア先生。大変です、ユーリ……ユリウス様の記憶が……」
「……うーん。……怪我はないけど、どうやら一時的に記憶を失っているようだね」
マチュア先生はユーリを見ると、困ったように眉を下げた。
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