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五年前、ユーリとの仲が疎遠になった「ちょっとした出来事」は、僕が欲を出して身の丈に合わない商品を買ったことが、原因だったと思う。
僕たちがシュベルグス魔法学園に入学すると、整った顔立ちと才能に溢れたユーリは村よりもずっと沢山の人達に囲まれた。中には当然、僕より可愛くて綺麗な人達がいて、彼が他の誰かに取られてしまうのではないかと、不安でたまらなかった。
成績順で振り分けられた寮も、クラスも異なり、村ではずっと側にいてくれたユーリとの時間が減って、寂しさと独占欲が募る毎日。あの頃は「ユリウス様に近付くな」と嫌がらせを受けることも多く、心が弱っていたから、余計にユーリを引き留める確実な手段が欲しかったんだ。
ある日、学園に月一でやってくる移動販売商人のローグさんに相談した所、都で大人気の『恋人を虜にする魔法のアイテム』というフレーズを謳うフェロモン香水をオススメされた。一吹きすれば魅力を引き出せるというその香水を使えば、ユーリは僕にもっと夢中になってくれるかもしれない。そう思った僕は、なけなしのお小遣いをはたいて香水を購入した。
甘い匂いのする香水を纏うと、なんだか大人になったようで少しだけ自信が持てた。放課後、ユーリをデートに誘おうと彼に近付く。僕から誘うのは初めてで、緊張でいっぱいだった。
「ねぇユーリ、今日の放課後って……」
でも、約束することは出来なかった。僕を見たユーリの顔が驚きから、次第に険しい表情へと変わっていく。眉をひそめて僕を見下ろす姿に、心臓が嫌な音を立てた。
「……どうしたんだ、その臭い。香水なんて今までつけたことなかったよな」
「う、うん。えっと、あの……ローグさんにオススメされたんだけど……」
「ローグ? 誰だよそれ」
「あ……月一で移動販売に来る青髪のお兄さんだよ」
「あぁ。で、そいつに買ってもらったのか?」
「えっ? 違うよ、自分で買ったの。これを使えば魅力的になれるらしくて、都で人気があるんだって。ローグさんが匂いも良いし、効果があるって教えてくれて……。でも、ユーリは甘い匂い、好きじゃなかった……かな?」
「へぇ、そいつに勧められたから、そんなの買ったんだ……」
舌打ちが聞こえた。
僕のことを邪魔だって、バカにしてきた人と同じような冷たい目をして。
「なにそれ、全然いーちゃんには似合わないって。臭いも好きじゃないし、ソレ捨てた方が良いよ」
「あっ、ごめ……」
「ったく、ムカつく……Nキャラの癖に、クソがっ」
「えっ……」
「ははっ、なんか馬鹿馬鹿しくなってきたな」
「あの、ユーリ……」
「黙れ。悪いけど俺、暫くイネスとは話したくないかも……」
「あっ……」
香水、気に入らなかったみたいだ。ムカつくって……言われたし。Nキャラの癖にって……なに? 馬鹿馬鹿しいって、僕とは話したくないって……。
ショックで何も言えなかった。震えながら黙り込んでいると、ユーリは無言のまま僕を見つめた後、背を向けて立ち去る。
その場に立ち尽くす僕の足は、まるで地面に縫い付けられたように一歩も動かなかった。本当はすぐにでも追いかけて「もう香水なんて使わないから、僕を嫌わないで」って言いたかったのに。
「ぷっ。嫌われてやんの」
「平凡の癖に勘違いして色気付いちゃってさぁ、似合ってないのにおかしい~」
「自分がユリウス様には不釣り合いなの、まだ気付いてないのかもね」
「文武相応って言葉知ってるかな、後輩くん」
「漸くユリウス様も、目を覚まされたようだな」
「幼馴染みというだけで、今まで仲良くしてもらえたんだから、ありがたく思いなよ」
「こいつだけはないって思ってたから、スッキリしたわ。ユリウス様のお相手、次は誰だろうな。今度は相応しい人を見つけて頂きたい所だが……」
「今のところはマリオ先輩かリオン様かルベルじゃね?」
「やっぱその三人だよなぁ!」
僕がユーリの機嫌を損ねる様子を見ていた彼らが嘲笑う声を上げる。
ユーリが優しく笑って「お嫁さんにしてあげる」って約束してくれたから、周りからの悪口も嘲笑も、ちょっとした嫌がらせも全部我慢できたのに。
僕は耐えきれず、逃げるように寮まで走った。
学園に来て、初めてぐすぐすと泣きじゃくる僕を見た同室のルックは、おろおろしながらも一晩中話を聞いて慰めてくれた。少し気が楽になったのでそのお礼として、彼に香水を押し付けておいた。僕にはもう不要なものだし、捨てるには勿体なかったから。
もしかしたら、明日になればユーリも機嫌を直して許してくれるかもしれない。そう思っていたけれど、彼が僕に話しかけてくることはなかった。もう僕とは目も合わせたくないのか、視線が合うと顔を反らされ、無視されてしまう。
やっぱり香水に頼って、ユーリの気持ちをどうにかしようなんて、思っちゃいけなかったんだ。そんな浅ましい考えをしていたのがバレて、嫌われたのかもしれない。
これ以上、ユーリから冷たい態度を取られたくなくて、自分から話しかける勇気も持てず、この日以降、僕とユーリの距離はどんどん広がっていったのだった。
そんな過去の出来事と同様に、僕が原因なのが分かっているのに、何もしないまま仲違いするのはもう嫌だ。同じ失敗を繰り返したくない。だから、今回は僕がちゃんと勇気を出して謝ろうと決めたんだ。
腕を拘束されていた魔法は解けていたので、ネクタイをほどき、床に落ちていたシャツを拾い上げて羽織る。
扉を開けると、ユーリはリビングのライトグレー色をした布製のソファに俯いて座っていた。
胸がドキドキする。
深呼吸を一つして、気持ちを落ち着けながら歩みを進めた。
ユーリの前に立つと、彼の膝に置かれた手が一瞬動いたが、顔はまだ下を向いたままだ。もう一度、深呼吸してから、僕はユーリの頭をぎゅっと抱き締める。
「っ、イネス?!」
驚いた声を上げたユーリに、僕はそのまま話しかけた。
「さっきは、脅すようなこと言ってごめんね。トイレに行った後だったから、汚い所をユーリに触られたくなくて必死だったんだ。……まだ、僕のこと嫌いになってない? 許してくれる?」
「いや、嫌いになる筈ないだろ。許すも何も、イネスは悪くない。俺が少し調子に乗りすぎたのが悪かったんだ」
「じゃあ……ケンカ両成敗ってことで、仲直りしたいな」
「あぁ……俺も、仲直りしたい」
ユーリは謝罪を受け入れてくれた。僕の腰を抱き寄せて、両腕の力を込めてくる。
今回は無事に仲直り出来て、本当に良かった……。ほっと一安心したけれど、もう一つ、言いたいことがあるから覚悟を決めなくちゃ。
「ユーリ」
「ん?」
「一回、手を離してくれる?」
「………………あぁ」
渋々といった様子で腕を下ろすユーリが子供みたいに可愛くて、思わず笑みが零れる。おかげで緊張が少し和らいだ。
両頬を挟んで顔を上げさせると、触れるだけのキスを彼の唇に落とした。ユーリの目が驚きに開かれる。
「好きだよ、ユーリ」
僕の告白に、ユーリは下唇を噛みしめて、ぐっと堪える表情をした。
「俺も、好きだ。ずっとずっと、イネスだけを愛してる」
「うん、ありがとう。嬉しい」
「…………くっ」
再び腰を抱かれて、僕の胸元に顔を埋めてくる。ユーリも喜んでくれているのかな?
「イネス……今すごく、お前とキスしたいんだが……」
「……キスだけでいいの?」
「は?」
「体、キレイにしたから……マーキングの続きを……してくれないのかなって……」
「……いいのか?」
「うん。お仕置きじゃなくて、その……恋人らしく、お互い抱きしめ合いながら、キスもしてくれると、その、嬉しい……です……」
瞬間、僕はベッドの上でユーリに押し倒されていた。すぐに唇が重なり、何度も何度もキスを交わす。ユーリは余裕がないらしく、僕を強く抱きしめながら、ぐいぐいと僕のお尻に自分の下半身を押し付けながら舌を捻じ込んで、口内を好き勝手に味わい、全力で僕を貪ってくる。遠慮なんてない。でも、それが今の僕にはとてもたまらなく嬉しいものだった。
息が乱れる中、僕はユーリをぎゅっと抱き締めて、最後に要望を耳元で囁いた。
「優しく、してね……」
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