私、悪役令嬢でしたっけ?……あら、茶柱が立ちましたわ

にとこん。

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7話

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「グレイ、そちらへ行きますの? ……まぁ、少しだけご一緒いたしましょうか」

朝の光が差す中、レーヴェンロー邸の庭園をふらふらと進む黒猫グレイを、シャルロットは今日も当然のように追っていた。猫が導く先に何があるのか――そんなことは、彼女にとってさほど重要ではない。

香りと空気と気配。  
それらが心地よい方角へ、自然と歩いていけばいいのだ。

いつしか邸を出て、石畳の道を抜け、気がつけば荘厳な白壁が目前に現れていた。

「……あら、ここは神殿の裏手ではございませんか?」

巨大な礼拝堂の裏庭。一般の参拝者は足を踏み入れぬ場所。  
だが門は開いており、グレイは慣れた様子で奥へと入っていった。

シャルロットはそのまま、彼のあとを追った。

中庭の奥、小さな東屋に数人の老人たちが集まっていた。

法衣を纏い、杖を持つ者。香炉の前で目を閉じている者。  
いずれも白髪をたたえた神殿の老神官たち。  
ここは、神託の精度を支える“霊感保持者たち”の茶会所だった。

「……どなたかと思えば、あの猫か。今日も導きのままに来たのかね?」

「あら、失礼いたします。……グレイ様がお世話になっておりますの」

そう言ってシャルロットが礼をとると、老人たちの目が一斉に開かれた。

「その声……この気配……」

「誰だ、おまえは」

「公爵令嬢、シャルロット=ド=レーヴェンローと申しますわ。突然の訪問で恐縮ですが、皆様のお茶の時間を乱してしまいましたかしら?」

「……レーヴェンロー? あの……?」

「はい、よく“悪役令嬢”などと呼ばれておりましたが、最近は“ふわふわ”とも」

場の空気が沈黙に包まれる。

シャルロットは気にする様子もなく、取り出した茶器を並べ始めた。ハーブ菓子の籠も添えて。

「よろしければ、一服差し上げたくて。グレイ様がお導きくださったのですもの」

誰も止める者はいなかった。  
彼女の手際、立ち上る香、そしてなにより――その静けさの中にある“何か”に、老人たちは圧されていた。

数分後、東屋にはラベンダーとジャスミンの混じる柔らかな香りが満ちていた。

「……この味……懐かしい」

「いや、これは……“あの方”の調合に似ている」

「まさか、また“流れ”が動き出すのか……?」

ざわめく声を前に、シャルロットは首を傾げる。

「“あの方”とは、どなたかしら。……お好みに合って何よりですわ」

その様子を、少し離れた回廊から見ていたのは、神官長ミカエルだった。

隠しきれない警戒の眼差しで彼女を見つめながら、そっと息を吐く。

「……やはり、“ただの娘”ではないな。見えているのか――それとも、流れそのものか」

背筋がすうっと冷たくなる感覚を、彼は久しく忘れていた。

そしてグレイは、老人たちの足元で満足げに丸くなった。

その日以来、神殿の霊感会合には“紅茶の時間”が追加されたという。
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