私、悪役令嬢でしたっけ?……あら、茶柱が立ちましたわ

にとこん。

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11話

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「この道をまっすぐ進んで、右の角に“薬草屋の赤い庇”があれば正解ですのよね……」

誰に言うともなく呟きながら、シャルロットは王都の賑やかな市場を歩いていた。

今日は紅茶の茶葉を買い足すための外出。  
たったそれだけの用件で、シャルロットが出掛けて一時間――すでに彼女は、市場の中央通りから三筋ほど外れた、裏通りの石畳を歩いていた。

「グレイ? ……あら、今日はついて来ていらっしゃらなかったかしら」

心なしか猫の導きがない日は、より一層迷いやすい――  
そう感じながら、シャルロットはふと、古びた屋根の下に腰かけていた老婆に目をとめた。

腰が曲がり、手には重そうな籠。前に進もうにも、通行人に押されてままならない様子だ。

「まぁ、お手伝いしましょうか。重たそうですわね」

「……え?」

「わたくし、このあたりには詳しくありませんけれど、持ち上げるくらいならできますの」

シャルロットがにこやかにそう言うと、老婆は戸惑ったように眉をひそめ、そして次の瞬間、顔をほころばせた。

「……あんた、貴族のお嬢さんじゃないのかい」

「ええ。けれど今日は、茶葉のために庶民の道を選びましたの」

籠を抱えたまま、彼女はまるで旧知の友と歩くように老婆と並んだ。  
歩きながら、老婆はぽつぽつと語り出した。

「息子夫婦が戦に出ててね。孫の面倒を見ながら、こうして買い物を……だけど、最近は手が震えて」

「お辛いでしょう。……わたくしも、幼い頃は病気で何も持てませんでしたのよ」

「……あんた、本当に“あのお方”に似てるねえ」

「“お方”?」

「昔、神殿の奥にいた方だよ。香の調合が得意で、声が柔らかくて。……今はもう、名前も誰も覚えちゃいないけど」

シャルロットは少しだけ目を細めて微笑んだ。

「きっと、とても素敵な方だったのでしょうね」

会話の終わりに小さな茶会でも開けたら――  
そう考え始めた頃、今度は道端で座り込んでいる小さな子供たちの姿が見えた。泥のついた手、空っぽの目。

「お腹が空いてるのかしら。けれど……お茶ならございますわ」

そう言って、シャルロットは広場の脇にしゃがみこみ、小さな布を広げ始めた。  
ティーカップは持ち歩き用の簡易なもの。菓子もないが、香りだけでも人を和ませる。

「ちょっとだけ、お湯をいただけます?」

「ほらよ、嬢ちゃん。久しぶりだな」

声をかけてきたのは、旅商人ティアゴだった。埃まみれの外套姿で、背負い籠には乾燥させたばかりの茶葉。

「良いもの、入ってるぜ。あんたが喜びそうな――“夜明け草”の新芽入りだ」

「まあ、なんて素敵な再会ですこと。では、今日の主役にしましょう」

シャルロットは旅商人から茶葉を受け取り、即興でブレンドを始めた。

数分後――路地裏に、ふんわりと優しい香りが立ちのぼる。

子供たちが小さな湯呑みを両手で抱え、老婆は目を潤ませながら、その香りに鼻を近づけた。

「……幸せって、こういう時間のことかもしれませんわね」

そう呟いたシャルロットの言葉が、誰に届いたのかは分からない。  
けれどその場にいた全員が、同じ空気を吸っていた。

そして――

「“ふわふわ様”って本当にいるんだって。今日、あの方から紅茶をもらったのよ!」

「優しくて、お日様みたいな香りがしたって……おばあちゃんが言ってた」

そんな噂が、翌日には王都の子供たちの間で語られ始めた。

それがどれほど広がり、どれほど神殿にとって“やっかいな神格化”の種になるか――  
そのとき、シャルロットはまだ知らない。

「お嬢様……またですか……」

日も暮れかけた頃、セバスティアンがそっと背後に現れた。彼の表情には諦念と安堵と、ほんの少しの微笑みがあった。

「グレイに導かれましたの。……きっとこの方たちと、お茶を飲む必要があったのでしょう」

「そう、でございますね」

夜風が吹き抜ける。小さな路地裏の茶会は、しばしそのまま続いた。
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