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13話
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神殿の東門から出ると、空はすでに西日を帯びていた。
石畳の道に長く影を落としながら、静かな風が白衣の裾をさらう。
混乱の残り香はまだ神殿の奥に燻っているが、シャルロット本人は至って穏やかだった。
「今日もよく歩きましたわね、グレイ」
黒猫は門の柱の上から軽やかに降りると、足元を一回りしてから「ニャ」と短く鳴いた。
シャルロットが小さく頷いたそのとき――門の影から、鋼の靴音が響いた。
「……やはり、ここでしたか」
現れたのは、銀の鎧に身を包んだ青年騎士。
鍛え上げられた体躯に、長身で無駄のない動き。
ヴァルドリア王国近衛騎士団副長――**ジーク=ファルケン**。
その顔には、うっすらと覚悟と、もう一つ、深いため息が刻まれていた。
「ジーク副長殿。お迎えとは、恐縮ですわ」
「……恐縮です、で済む話じゃないんだがな。令嬢、神託を破壊したと聞いてる」
「破壊というより、紙が飛びましたのよ」
ジークは一瞬だけ額を押さえた。
何度目かの“この令嬢の迷子騒動”の収拾係を務めてきた彼にとって、もはや驚きよりも疲労が勝っていた。
「……馬車をご用意してあります。乗っていただければ――」
「あら、結構ですわ。お天気がよろしゅうございますもの、歩きたい気分ですの」
その一言に、ジークは小さく肩を落とす。
「……徒歩、ですね。了解しました。……護衛として付き従います」
「まあ、ご一緒くださるの? うれしゅうございますわ。では途中で、道草を摘んでもよろしいかしら?」
「……は?」
返答を待つまでもなく、シャルロットはすでに道端の石垣に身をかがめていた。
グレイが彼女の足元にまとわりつきながら、気ままに尻尾を振っている。
「このあたりのレモンタイム、香りがよくて。ハーブティーにすると、深い安らぎが得られますの」
「……採取の習慣がある貴族令嬢は、そう多くないと思いますよ」
「お茶の香りに貴賤の区別はありませんもの」
そう言って、シャルロットは摘んだばかりの小枝を鼻先に寄せて香りを確かめた。
その横顔を見ながら、ジークはふと、口を開く。
「……貴女、分かっていてやっているのか。あるいは、本当にただの“ふわふわした令嬢”なのか」
「何が、ですの?」
「神殿も、王宮も、貴女を警戒している。だが、それすら逸らしてしまう。……正面から戦っていないのに、敵意が崩れていく」
シャルロットはしばし立ち止まり、摘んだ草を指先で転がした。
「わたくし、お茶を淹れるときも戦いませんの。香りが逃げてしまいますから」
その返答に、ジークはしばらく言葉を失った。
“ただの”令嬢なのか。
それとも――“何かを知っている者”なのか。
分からない。
だが、危険ではない。
むしろ、護るべきもののような気がしてしまう。
そう思ったとき、ふと彼女が足を止めた。
「ジーク副長殿。……貴方も、幸せになりたいと願う方でいらっしゃいますの?」
「……どうして、そんなことを?」
「今日、そういう方々に、たくさん会いましたの。皆さま、ほんの少しの温もりや香りで満ち足りていく。……とても素敵なことですわね」
ジークは何も言わず、ただ横に並んで歩いた。
言葉はなくても、距離が変わった。
確かに――“ただの護衛”ではない空気がそこにあった。
シャルロットと騎士。
ふたりと一匹は、王都の路地をゆっくりと歩きながら、夕暮れの帰路を進んでいった。
石畳の道に長く影を落としながら、静かな風が白衣の裾をさらう。
混乱の残り香はまだ神殿の奥に燻っているが、シャルロット本人は至って穏やかだった。
「今日もよく歩きましたわね、グレイ」
黒猫は門の柱の上から軽やかに降りると、足元を一回りしてから「ニャ」と短く鳴いた。
シャルロットが小さく頷いたそのとき――門の影から、鋼の靴音が響いた。
「……やはり、ここでしたか」
現れたのは、銀の鎧に身を包んだ青年騎士。
鍛え上げられた体躯に、長身で無駄のない動き。
ヴァルドリア王国近衛騎士団副長――**ジーク=ファルケン**。
その顔には、うっすらと覚悟と、もう一つ、深いため息が刻まれていた。
「ジーク副長殿。お迎えとは、恐縮ですわ」
「……恐縮です、で済む話じゃないんだがな。令嬢、神託を破壊したと聞いてる」
「破壊というより、紙が飛びましたのよ」
ジークは一瞬だけ額を押さえた。
何度目かの“この令嬢の迷子騒動”の収拾係を務めてきた彼にとって、もはや驚きよりも疲労が勝っていた。
「……馬車をご用意してあります。乗っていただければ――」
「あら、結構ですわ。お天気がよろしゅうございますもの、歩きたい気分ですの」
その一言に、ジークは小さく肩を落とす。
「……徒歩、ですね。了解しました。……護衛として付き従います」
「まあ、ご一緒くださるの? うれしゅうございますわ。では途中で、道草を摘んでもよろしいかしら?」
「……は?」
返答を待つまでもなく、シャルロットはすでに道端の石垣に身をかがめていた。
グレイが彼女の足元にまとわりつきながら、気ままに尻尾を振っている。
「このあたりのレモンタイム、香りがよくて。ハーブティーにすると、深い安らぎが得られますの」
「……採取の習慣がある貴族令嬢は、そう多くないと思いますよ」
「お茶の香りに貴賤の区別はありませんもの」
そう言って、シャルロットは摘んだばかりの小枝を鼻先に寄せて香りを確かめた。
その横顔を見ながら、ジークはふと、口を開く。
「……貴女、分かっていてやっているのか。あるいは、本当にただの“ふわふわした令嬢”なのか」
「何が、ですの?」
「神殿も、王宮も、貴女を警戒している。だが、それすら逸らしてしまう。……正面から戦っていないのに、敵意が崩れていく」
シャルロットはしばし立ち止まり、摘んだ草を指先で転がした。
「わたくし、お茶を淹れるときも戦いませんの。香りが逃げてしまいますから」
その返答に、ジークはしばらく言葉を失った。
“ただの”令嬢なのか。
それとも――“何かを知っている者”なのか。
分からない。
だが、危険ではない。
むしろ、護るべきもののような気がしてしまう。
そう思ったとき、ふと彼女が足を止めた。
「ジーク副長殿。……貴方も、幸せになりたいと願う方でいらっしゃいますの?」
「……どうして、そんなことを?」
「今日、そういう方々に、たくさん会いましたの。皆さま、ほんの少しの温もりや香りで満ち足りていく。……とても素敵なことですわね」
ジークは何も言わず、ただ横に並んで歩いた。
言葉はなくても、距離が変わった。
確かに――“ただの護衛”ではない空気がそこにあった。
シャルロットと騎士。
ふたりと一匹は、王都の路地をゆっくりと歩きながら、夕暮れの帰路を進んでいった。
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