私、悪役令嬢でしたっけ?……あら、茶柱が立ちましたわ

にとこん。

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32話

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王宮の西庭園。  
白亜の柱が囲む空間には、各地の銘茶と菓子が並び、花々が咲き誇っていた。  
だがその場に漂うのは、祝祭の香りではなく、静かな緊張の気配だった。

主催者は王妃アナスタシア。  
優美な微笑を湛えながらも、その眼差しは鋭く、国を包む亀裂を繕うべく“儀式”を用意していた。

「癒しが必要です。この国に。……香りでも、対話でも、どちらでもよい。まずは、皆で同じ席に着きましょう」

そうして始まったのは“茶会”と呼ばれた討論劇だった。

列席者は王族、貴族、神官、聖女、そして平民代表まで。  
中央には、シャルロット=ド=レーヴェンロー。

彼女はいつものように、香り高い紅茶を丁寧に淹れながら、周囲の視線を一身に受けていた。

「貴女は“悪女”と呼ばれました。神の意志に背く者として。今ここで、その真意を問われています」

最初に声を上げたのは、王太子アルベリヒだった。  
視線には迷いが混じっていたが、それでも己の立場を貫こうとする意志は残っていた。

「香りで人を惑わせ、神託の意味を捻じ曲げる行為は、民を惑わす“偽り”だ」

その言葉に、数名の神官が頷いた。  
だが同時に、平民代表のひとりが立ち上がる。

「いい香りに癒されたことが、罪になるのか。わたしたちの疲れや痛みを和らげてくれたのは、神殿ではなく、あの方のお茶だった」

静かな波紋が、庭に広がっていく。

「“癒し”は、神の御技では?」

「では、神が癒せなかったものを、どう説明するのですか?」

次々に交わされる言葉。  
誰もが、“誰かの正義”を抱えたまま、それをぶつけていた。

リリィはその中心でうつむいていた。  
自分が“聖女”と呼ばれてきた意味を、いまさらながら問い直していた。

そんな中――  
シャルロットは静かにカップを持ち上げ、ほんのひと口だけ口に含んだ。

そして、口を開いた。

「……わたくし、ずっと不思議に思っておりましたの。“悪役”とは、いったい誰が決めるものなのでしょう?」

周囲が静まる。

「罪を犯した者? 規律に背いた者? それとも、“誰かの都合”によって、そう呼ばれる者?」

彼女の声は、落ち着いていて、揺るぎがなかった。

「もしかすると“悪役”とは、誰かの物語を成立させるために選ばれる存在なのかもしれませんわね。……つまり、“必要とされた存在”だと」

王妃が静かに目を伏せる。  
王太子の肩が、わずかに震えた。

「そして、もしもその“物語”が間違っていたのなら――“悪役”もまた、解かれるべきなのですわ」

沈黙。  
それから、ざわめきが起こった。

彼女の言葉は、あまりにも静かで、あまりにも核心に触れていた。  
それは誰を責めるでも、断罪するでもなく――  
“今までの物語”に問いを投げかけるものだった。

「……茶の香りは、罪に問われることはありません。ならば、わたくしの在り方も、問うべきは“香り”ではなく、“選ばれた役割”でございます」

その場に立つ誰もが、自分の中の“正しさ”を見つめ直すことになった。

王妃が一度だけ、深く頷いた。

「この国には、香りが必要ね。……その香りが、真実を導くものであることを、私は信じたい」

そして茶会は、言葉の残り香と、まだ答えの出ない問いを残したまま、ゆっくりと幕を閉じた。
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