悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。

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26話

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「……この小道、見覚えがないような気もいたしますけれど」

月明かりの差す石畳を、ルゥナ=フェリシェは猫を抱えながら、ゆっくりと歩いていた。  
当初は菓子店を目指していたはずだったのだが、道を一本曲がり、また曲がり、さらにもう一本――  
気がつけば、人気のない裏路地へと入り込んでいた。

「……でも、音楽が聞こえますわね。とても華やかで……甘い香りも」

音を頼りに進んだ先には、輝く灯火と人々の喧噪。  
気づけば、壮麗な門の前に立っていた。そこは――

帝国の名門・エンデ侯爵家、その本邸。  
今宵は、大公主催の舞踏会の夜だった。

「……入ってよろしいのかしら?」

少し扉が開いていた。それだけで、ルゥナは何の躊躇もなく、ふらりと入っていった。

そして――

「……お迎えにあがっておりました!」

「ようこそ、聖女さま……いえ、令嬢殿!」

「主賓席はこちらでございます!!」

あまりにも堂々とした入場に、門番も案内係も慌てて対応した。  
誰ひとり、「招待状を」とは言わなかった。  
誰もが“自分が知らないだけで、この令嬢こそ本当の主役なのだ”と信じ込んだのだった。

ルゥナは赤絨毯を通され、最上席のテーブルに案内される。  
甘味が並び、ワインが注がれ、周囲の貴族たちは震えるように挨拶を重ねる。

「……えっと、お嬢様はどちらのご家門で……?」

「まぁ、お菓子を買いに出たところで……」

「“お菓子を買いに出た”=欲望を手放せぬ我らへの警句……!」

「“甘味の香りに誘われて”……なんという詩的なご神託……!」

すでに解釈合戦が始まっていた。

音楽が流れ、舞踏の時間が始まる。

「では、主賓の令嬢より――最初の舞を」

「え? わたくしが、ですの……?」

軽く拒もうとしたその一瞬、ルゥナの足元で猫がくしゃみをした。  
驚いたルゥナがふと体勢を崩し、思わずくるりと一回転。

ふわりと広がるスカート、夜風に揺れる髪、笑顔すら浮かべぬ自然体の所作。  
それは完璧な舞踏の幕開けに見えた。

「……ああ……!」

「なんという気品……!」

「まさに天上の舞……!」

ルゥナは立ち直り、頬に手を当てて小さくつぶやく。

「……あら、わたくし踊るつもりではなかったのですけれど……」

その言葉が、周囲には“舞の奥義は意図せずして開かれる”という新たな伝説として刻まれた。

その夜、舞踏会は“奇跡の夜”と呼ばれ、後世に語り継がれることになる。  
主賓の名を誰も知らぬまま、ただ“迷いの姫”とだけ記されて。

翌朝、ルゥナは静かに歩きながら呟く。

「……結局、ケーキには辿り着けませんでしたわね」
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