悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。

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婚約編

51話

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帝国議会に突如として響いた勅命――「ルゥナ=フェリシェを嫁に迎えよ」。  
それは、まるで雷鳴が落ちたような衝撃であった。

皇帝自らの言葉とあって、その影響は凄まじかった。  
帝国の名家、騎士団の将、宰相の嫡子、辺境領主の若き後継者……。  
名乗りを上げた男たちの名簿は瞬く間に十を越え、次の瞬間には貴族界の争奪戦が静かに、だが確実に始まっていた。

「この機を逃してなるものか」  
「皇帝陛下の寵を得た令嬢を迎えれば、家名は盤石となろう」  
「政略の軸にして、次代の帝国の母に据えるべし!」

理屈はそれぞれに違えど、彼らの目的はひとつだった。  
ルゥナ=フェリシェという“奇跡を起こす存在”を、己が家に迎えること。

帝都の広場では早くも「祝福の婚約者選び」と銘打たれた非公式の噂が飛び交い、酒場では「誰が一番相応しいか」で賭けまで始まった。  
中には“婿立候補者限定の詩朗読会”なる奇妙な催しまで開催され、参加者は真顔で恋の詩を吟じていたという。

だが――当の令嬢はというと、まったく別の時間を生きていた。

その日、ルゥナは帝都南の公園にて、白い日傘を片手にベンチへ腰を下ろしていた。  
隣には猫、膝には籠入りのサンドイッチ。そして、手元の新聞を広げながら、ふと漏らす。

「まあ……今度は“ご婚約候補者が殺到”ですの?」

それは、あくまで“面白い記事”を眺めるような口調だった。  
深刻さも緊張もない。  
まるで、どこか遠くの国の出来事でも読んでいるかのような目だった。

そこへ、控えの者が一通の書簡を届けてくる。  
差出人は帝国宮内庁。内容は、皇帝の勅命の正式通達と、候補者の選定についての要請書だった。

受け取ったルゥナは、書面を一読し、ため息すらつかずに静かに首を傾げた。

「……まあ、どなたかと結婚するということでございますのね。  
それで、わたくしは――誰と結婚していただけるのでしょうか?」

周囲にいた侍従たちが固まった。  
そして一拍遅れて、別の意味で凍りついた。

「……い、いえ。令嬢が“お相手をお選びになる”のでございますが……」

「まあ、それはそれは。では、皆さまお優しそうな方に見受けられますし……」

その後も彼女は、選定基準についてまったく関心を示さなかった。  
「どなたか、お茶のお供になってくださる方がいらっしゃればそれで」と、実にあっさりとしたものである。

帝都が“次期帝妃の座”を巡り狂乱するその裏で、  
本人は、今日の紅茶に合わせる砂糖の分量について猫と相談していた。

風は、その日も穏やかに吹いていた。  
だが、帝国貴族たちの胸には、それを上回る“焦燥”の風が吹き荒れていた。
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