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19話、ニンニクは正義

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「私、メリーさん。今、あなたに怒りを覚えているの」

『まだ怒ってるの? 帰宅して早々、あんな顔を見せられたら笑うに決まってるじゃんか』

「そう。なら、もっと腹の底から笑わせてあげるわよ?」

『すみません、嘘です。勘弁して下さい……』

 まさか私に、白いヒゲが生えていただなんて……。帰って来たハルに顔を向けた途端、腹を抱えて下駄笑いされてしまった。
 なんでもハルいわく、牛乳を飲むと口周りに生えるらしい。私の澄ました顔も相まって、破壊力抜群だったとの事。振り返ったせいで、また腹が立ってきたわ。
 たぶん、ハルが帰って来るまで飲んでいたせいね。だって、仕方ないじゃない。テレビを観ながらチーズを大事に食べつつ、合間に飲む牛乳が本当においしかったんだもの。

「メリー様、本日の夕食をお持ち致しました。是非、ご賞味頂ければと」

 大きなお盆を両手で持っているハルが、部屋に来たかと思えば。丁寧にお辞儀をし、お皿をテーブルに並べていった。

「なんで畏まってるの? 違和感がすごいわよ?」

「メリー様に無礼を働きました故でございます。謝罪の意を込めまして、このような振る舞いを致しました」

「あれで謝罪するんだったら、あんた、私に毎日する事になるわよ? それにその振る舞い方、逆にムカつくからやめてくれないかしら?」

「確かに、私もそう思ってた。ごめんね」

 なんだか、ハルのテンションと様子がいつもと違う。緩い苦笑いが、いつもよりだらしないし。どことなく楽しそうにしている気もするけど、何か良い事でもあったのかしら?
 とりあえず一旦、体を左右にユラユラと揺らしているハルを無視し、テーブルに視界を移す。今日の夕食は、私がリクエストした通りの餃子だ。
 大皿を隠さんばかりの、一面見事な焦げ目が付いた羽根付き餃子。境目が分かりづらいけど、ラーメン屋で見たメニュー表の絵よりも、テレビで観た餃子よりおいしそうに見える。流石はハルね。

 それに、レタスとトマト、細切りに切られたきゅうりのサラダ。今日の口直しは、サラダとお味噌汁の二つ。
 そして、ハルが二枚の小皿に注いだのは、醤油と透明な液体。ほんのりと酸っぱい匂いがするけど、あれは何だろう?

「ハル。小皿に注いだ透明な液体は、なんなの?」

「これは、お酢だよ。少し食べた後、醤油にはラー油を。お酢にはコショウを加えて食べてみてね。味が変わって、より美味しくなるよ」

「へえ、お酢」

 テレビでは、醤油しか出ていなかったのに。お酢も合うんだ。匂いからして酸っぱそうだけど、食欲がじわじわ湧いてくる匂いね。だんだん口の中に、涎が溜まってきちゃった。

「はい。メリーさんの醤油とお酢。たぶんすぐ無くなると思うから、無くなったら言ってちょうだい」

「分かったわ」

「それじゃあ、いただきまーすっと」

「いただきます」

 今まで言わなかった食事の挨拶を私も言い、見た目が一枚に連なった餃子の羽を箸で割いていく。
 この羽、薄い割には『パリッパリッ』って良い音を鳴らすじゃない。耳が気持ちいい。
 音を楽しんでいる内に一つ分割けたので、待望の姿を見せた餃子を箸で掴み、持ち上げてみる。中身がパンパンで、ずっしりと重い。それに、一つがそれなりに大きい。

「テレビで観た餃子よりも、ずっと大きいわね」

「大判の皮を使ったからね。大きい方がさ、なんだか嬉しいと思わない?」

「確かに、そうね」

 一口餃子っていう小さな餃子もあるようだけど、私はこっちの方がいいかも。だって、いっぱい食べられるのよ? そっちの方が断然嬉しい。
 餃子を醤油にちょんちょんとつけて、次にご飯にもちょんちょんと叩いて、醤油を馴染ませてっと。さあ、食べるわよ!

「わっ、アチチ……。ほふほふほふっ……、んん~っ!」

 パリパリの皮を齧った瞬間。中からはじけ飛ばんばかりに、熱い肉汁が溢れ出してきた。
 この肉汁、とにかくニンニクの風味が強い。醤油の味が一瞬で吹き飛んだ! ハルめ、いくらなんでも入れ過ぎよ! ご飯との相性が抜群じゃない!
 肉汁が滴る具の断面から見えるのは、白と緑色の物体。白いのは、たぶんキャベツだ。
 小さいながらも、シャキシャキとした噛み応えのある食感をしているし。ニンニクの中に、キャベツのスッキリとした甘味が見え隠れしている。

 緑色は、ニラだったかしら? ニラって、香りが強いと聞いたけど。もしかして、ニンニクの中にニラの風味も混じっている?
 それか、後押しをしている? はたまた、全体のコクを底上げしている?
 初めて食べる食材だから、単体の味が分からないわね。まあ、それは今度リクエストに出すとして。
 この餃子、本当においしい! 食欲が際限なく湧いてくる。餃子一つで、ご飯三口いけるわ! 最高っ!

「あっ、ご飯が無くなっちゃった」

「はやっ! おかわり、いる?」

「あるの? なら欲しいわ」

「オッケー。ちょっと待っててね」

 そう了承してくれたハルが、私が差し出したお椀を受け取り、台所に向かって行った。
 ご飯はおかわりも出来るんだ。もっと早く知っていれば、唐揚げを食べた時にもおかわりをしたのに。ちょっと残念ね。

「それじゃあ、お酢の方も試してみようかしら」

 まずは、サラダとお味噌汁を駆使して、餃子の風味で染まった口の中をリセットし。餃子にお酢をつけて、半分ぐらい齧った。

「あら、ここまで味が変わるのね」

 お酢の尖った酸っぱさが、餃子の濃い風味を包んでくれたお陰で、サッパリとした口当たりに変わっている。まるで、まったく別の餃子を食べたような印象を受けてしまった。
 しかし、噛んでいく内に、力強いニンニクの風味がみるみる蘇ってきた。うん、お酢も悪くない。醤油の時とは、また違ったおいしさがある。

「はい、メリーさん。おかわりのご飯だよ」

「ありがとう」

 一杯目の時よりも、多めにご飯を盛ったお椀を私にくれたハルが、対面に座った。

「そうだ。メリーさん、冷蔵庫にあったチーズを食べたんでしょ? どう、美味しかった?」

「ええ、おいしかったわよ。文句があるとすれば、やたらと小さかった事ぐらいかしら」

「あっははは。まあどうやら、気に入ってくれたみたいだね。なら今度、それを使った料理でも作ってみようかな?」

「チーズを使った料理……」

 チーズを使用した料理は、私が知っている限り。よくCMでも観るピザにグラタン、カルボナーラぐらいしか分からないわね。私が知らないだけで、他にも沢山あると思うのだけれども。

「その反応、興味ありそうだね」

「まあね。ねえ、ハル。ピザっておいしいの?」

「ピザか。美味しいけど、種類が豊富にあるから目移りしちゃうんだよね~」

「あんたが迷うほどにあるの?」

「そりゃもう。肉、野菜、海鮮類まで、幅広くあるよ。たとえば~」

 普段通りのテンションに戻ってきたハルが、スマホを取り出し、指を使って画面をなぞり出した。
 テレビを観て、ようやくスマホという物が何か分かったのよ。あれ、色んな物が調べられるらしいじゃない。今度、ハルに頼んで使い方を教えてもらおうかしら?

「ほら、こんなに種類があるんだ」

「あっ、ピザの絵がある」

 ハルが私の前にスマホを置くと、そこには色んな種類のピザが載っていた。チーズと相性が良さそうなじゃがいも。これでもかっていうぐらいに、肉がふんだんに乗ったピザ。
 エビがメインの海鮮ピザに、トマトをメインにした野菜が乗っているピザ。肉と野菜のピザが多いように見えるけど、どれだけの種類があるっていうの? いくら画面を下に滑らせようとも、終わる気配が一向に見えない。
 それに、他の味を組み合わせる事も可能みたいね。合計で、三つか四つほどかしら? 組み合わせも自由自在だなんて、目移りするどころの騒ぎじゃない。選択肢の幅が広すぎて、目が回ってくるわ。

「とんでもない量の種類ね……。あ、一枚一枚の大きさも決められるんだ」

「そうそう。やっぱ食べるなら、ボリューム満点のLサイズがいいなぁ。そうだ、メリーさん。明日の昼、暇?」

「明日の昼? まあ、これといってやる事はないけど」

 ややぼかして返答すると、ハルが何か企んでいそうな笑みをニヤリと浮かべた。

「ならさ。明日の昼、ピザの出前を取るから一緒に食べない?」

「え、出前?」

 出前とは、テレビから得た知識だけど。電話か『いんたぁねっと』という物を使って注文して、料理を家まで運んで来てもらうサービス、だっけ? っていう事は、つまり───。

「ピザを、昼に食べるっていうの?」

「大当たり! 一枚の量が多いから、食べるのを手伝ってほしいんだよね。ねえ、いいでしょ?」

 まさか、お昼から料理が食べられるだなんて。正直に言うと、最近、夕方だけじゃ物足りなくなっていたのよね。
 そうか、お昼にも料理を食べられるんだぁ。まるで夢みたいだわっ!
 っと。嬉しくなっても、表情に出しちゃダメよ。ここはあくまで、ハルに誘われたから仕方なく折れたていで、話を進めないと。

「ハルがそこまで言うなら、手伝ってあげてもいいわよ」

「本当? よかった! メリーさんなら、そう言ってくれると思ったよ。どうせなら、頼むピザを一緒に選びたいし、十一時前ぐらいにここへ来てよ」

「別にいいけど。今決めた方が早いんじゃないの?」

「ほら、今は餃子に集中したいじゃん? それに、食べたい気分って浮気者でさ。今日決めたとしても、明日には絶対に変わっちゃってるんだよね」

「む……」

 言われてみればそうだ。テレビを観ていると、食べたい物がコロコロと変わっていく。それも、数十分毎に。
 だとすれば、長時間使って今日決めたとしても、それは無意味に終わってしまう。
 それに、明日は休日だから、ハルは朝から居るのよね。なんだったら、朝もご飯を食べてみたいなぁ。その内、ハルにお願いしてみようかしら?

「分かったわ。十一時前ぐらいに来るけど、お味噌汁って出るの?」

「作り置きを大量にしてあるから、もう八杯ぐらいは大丈夫かな? たぶん、明日の夜まで持つと思うよ」

「そう。じゃあ、ちゃんと温めておいてね」

「了解。さてさて、そろそろラー油を足してみようかな~」

 話を終えると、ハルはラー油と記された赤い小瓶を手に取り、醤油を注いだ小皿にポタポタと落としていく。なら私も、もう少ししたらラー油を足してみようかしらね。
 そして最後に、お酢にコショウを。餃子を食べる楽しみが、まだ二回も残っている。
 いいわね、一つの料理を食べ進めていく内に味を変えていくのも。新しい楽しみ方を見つけちゃった。
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