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71話、緊張する初めての工程
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「見ただけじゃ、解凍されてきてるのか分からないわね」
朝八時五十八分から冷蔵庫の前に張り込み、九時ピッタリになった瞬間。冷凍庫にあったえんがわを冷蔵庫に移し、早三時間。
卵を取り出すついでに、えんがわを確認してみたけれども。水分は出ておらず、見た目では溶けているのか判断がつかない。
触るのは……、身が崩れてしまいそうだし、やめておいた方がいいわよね?
「ちょっと不安だけど、このままにしておきましょ。さて、お昼ご飯を作ろっと」
今日作るのは、シンプルな『月見うどん』。前回、『サッポロ皆伝、味噌味』を作った時は、包丁を使わなかったけど。今回は、薬味にネギが欲しいので、初めて包丁を使うわよ。
「っと、ハルに留守電を入れておかないとね」
卵を台所に置き、ポケットから携帯電話を取り出して、右耳に当てる。あら? コール音が二回目の途中で途切れちゃった。という事は───。
「私、メリーさん。今、月見うどんを作ろうとしているの」
『おお~、月見うどんか。いいねぇ』
「やっぱり出たのね」
過去の私だったら、知らずに不意を突かれて驚いていたでしょうね。でも、もう分かっているから、同じ轍は踏まないわよ。心に余裕を持って対応出来るわ。
『私も、ちょうど昼食にしようと思ってたんだ。うどんだったら、お湯は大量にあった方がいいから、一番大きい鍋を使った方がいいよ』
「そうね。うどん百gに対して、一ℓのお湯が理想ってあったわ。それで、二番出汁の氷と卵、長ネギを使いたいんだけども、いいかしら?」
『二番出汁の氷と卵、長ネギか。今、長ネギって何本ある?』
「えっと、三本あるわ」
『三本あるなら、今日は足りるかな。オッケー、一本使っちゃっていいよ。余ったら、ラップに包んで冷蔵庫に入れておいてね』
「そう、分かったわ。ありがとう。作り終わったら、また電話するわね。それじゃあ」
『バイバーイ』
直に了承を得られたので、通話を切った携帯電話をポケットにしまい込む。次に、生麺タイプのうどんを持ち、何gあるのか確かめてみた。
「一袋で百二十gだから、お湯の量は1.2ℓあればいいのね」
ちゃんと水の量を計りたいから、二百ml分の計量カップに水を注ぎ。予め用意していた、二ℓ分入る深鍋に水を流し込んでいく。
「これで六杯目……、よし。それで火をつけて、お湯を沸かしてる内に、ネギを刻んでっと」
火が強火になっている事を確認してから、まな板と包丁を持ってきて、水でサッと洗う。それらを布巾で軽く拭き、まな板の上に長ネギを置いた。
「薬味として使うなら、そんなに多くはいらないわよね」
まずは、根っこの部分を切り落とすべく。右手に包丁を持ち、左手を握って猫の手に。そして、根っこ部分の近くに左手を添えて、包丁で切り落とせば!
「わあっ、ちゃんと切れた! この、ザクッていう音が気持ちいいわね」
普段は、ハルの隣で聞いていた音だけども。今日は、この私自ら奏でてやったわ。なんだか、色々感慨深いなぁ。
つい最近まで、包丁は人間の恐怖心を煽る為だけに使っていたというのに。とうとう、真っ当な使い方をしてしまったのだからね。
包丁を用途に合わせて使う都市伝説なんて、たとえ世界広しと言えど、私しかいないはずよ。たぶん。
「えっと? 根っこの部分は、三角コーナーに捨てて。薬味に使うのは、四分の一ぐらいあれば大丈夫よね」
長さ的に、七cmもあれば十分だとして。残った青と白の部分は、境目をザクッと切り落とし。それぞれラップに包んで、冷蔵庫に入れておけばいいわね。
「さあ、問題はここからよ」
薬味に適した切り方は、小口切り。厚さ二、三mm幅に切るらしいけど、初心者の私がそんな薄く切れるのかしら? とりあえず、やってみよう。
「よいしょ、よいしょっ……。これ、難しっ……」
ハルのように『トントントントン』とリズミカルで軽快な音ではなく。『トン……、トン……』と、やたらと遅いのにも関わらず、不格好に厚く切れていく。
「このネギなんて、五mm以上ありそうね」
意識しながら薄く切ったつもりなのに、注意深く眺めてみると、かなり厚く見える。この厚さだと、辛味も強くなっちゃいそうだわ。
「……ここから更に切るのは、なんだか怖いわね。まあ、初めてにしては上出来でしょう。お湯の方は……。うん、沸いたわね」
白が濃い熱々の湯気を昇らせている水面が、鍋底から湧いた大きな泡により小さく暴れている。現在の時刻は、十二時十五分。
うどんの茹で時間は十分丁度なので、十六分になったらうどんを鍋に投入して、二十六分まで茹でればいいわね。
「……よし、なった!」
キッカリ十二時十六分になったと同時に、うどんを袋から取り出して、静かに鍋の中へ入れた。冷たいうどんを入れた事により、お湯の温度が下がってしまったので。
お湯が再沸騰したら、吹きこぼれが起きないよう、強火から弱火に調節。その後、うどんが千切れないように菜箸で優しくほぐせば、後は茹でるだけだ。
「で、待ってる時間が勿体ないから、ここで出汁を作ってっと」
本来、出汁を作るとなると、一時間以上掛かってしまうけれども。今回は、二番出汁を凍らせた大きな氷があるので、溶かすだけで出汁が出来てしまう。
二番出汁は、風味がとても濃いらしいから、水三百mlに対し、出汁氷は六つぐらいあればいいかしら? ……それだと入れ過ぎかも?
いや、ここは別に悩まなくてもいい。とりあえず四つだけ入れて、味見をして薄く感じたら、一個ずつ増やしていけばいいのよ。
「それじゃあ、銀鍋に水を注いで、出汁氷を四つ入れてっと」
前回お世話になった銀鍋に、計量カップを駆使して、水を三百ml入れた後。綺麗な薄茶色をした出汁氷を四つ入れて、銀鍋をコンロに置いて火にかける。
そのまま五分もすれば、お湯が沸騰し。出汁氷もみるみる解けていき、辺りに食欲を刺激する、かつお節が効いた出汁の匂いが立ち込めてきた。
「う~ん、いい匂いっ。さてと、味の方はどうかしらね」
スプーンを手に持ち、沸騰した薄茶色の出汁をすくう。火傷しないよう、息を数回吹きかけて冷まし、ゆっくりすすった。
「あら、ちょうどいいじゃない」
口に少し含んだ出汁を、舌の上で転がしてみれば。薄過ぎず濃過ぎず、このままご飯と一緒に食べても合いそうな風味を感じる。
少しぐらいは薄く感じると思っていたのに。二番出汁って、相当濃いのね。出汁氷を、いきなり六つも入れなくて正解だったわ。
しかし、これだけで十分おいしい。大好きなかつお節の風味が、ダイレクトに伝わってくるから、ついもう一口と飲みたくなってきちゃう。
「っと、そんな事をしてる場合じゃない。今の時間は……、十二時二十四分ね」
つまり、後二分でうどんが茹で上がる。二分もあれば、うどんを入れる丼ぶりとザルが用意出来そうね。ならば、急いで最後の準備に取り掛かろう。
出汁を煮立たせているコンロを弱火に調節して、丼ぶりがある棚へ向かう。気持ち早足で台所に戻り、ザルと共に軽く水洗いをした。
「……よし、二十六分になった!」
秒針が時計の頂点を差した事を認め、コンロの火を全て止めて、深鍋にザルを入れ、菜箸を使ってうどんを集めていく。一本の抜けも無く集め終え、一気に流し台まで移動した。
「それっ、それっ! よいしょっ!」
白い湯気が昇るうどんを、宙に浮かせながら何度も水を切り、丼ぶりに盛り付ける。形を整えたら、次に熱々の出汁を注ぐ。
これで見た目だけは、おいしそうなかけうどんになった。けれども、まだ未完成。
私が食べたいのは、かけうどんじゃない。『月見うどん』よ。最後に生卵を投入するという、一番大事な工程が残っている。
「ここを失敗したら、全てが台無しになる。中身が割れないように、ゆっくりヒビを入れないと……」
卵を持った責任重大な右手が、緊張して少しずつ震えて出してきた。大丈夫よ、私。生卵の割り方は、動画でしっかり学んだじゃない。
落ち着け、焦るな。変に力んでもダメ。平面の部分に、卵を軽く当ててヒビを入れ。殻の割れ目に両手の親指を浅く入れて、ゆっくり左右に開けば……。
「……で、でき、た?」
殻を割る際、思いっ切り閉じてしまった目を、恐る恐る開けてみる。
色付いてきた視界の先。まだお昼だというのに、丼ぶりの中には、まるで満月を彷彿とさせる黄色い物が───。
「……わ、わあっ! 出来た! ちゃんと割れてる!」
熱い出汁に包まれた事により、火が通り始め、薄っすらと半透明になりつつある白身。そして、丼ぶりの右上に鎮座している、無傷を保ったまん丸の黄身!
様々な角度から覗いてみても、やはりどこも割れていない。蛍光灯の光を、美しく反射させているわ!
「はぁ~……。やれば出来るじゃない、私。おいしそぅ~っ。そうだ! ハルに電話しないと!」
月見うどんを食べる前に、まずは報告よ! 手は、卵を割る時に汚れてしまったので、指招きで携帯電話を浮かせて、右耳に当てた。
コール音は、一回、二回、三回目の途中で途切れた。よし、ハル本人が出てくれたわね。
「私、メリーさん。今、月見うどんをちゃんと作れたの」
『へぇ~、よかったじゃん。完璧に作れたんだ?』
「当たり前じゃない。どこからどう見たって、完璧な月見うどんよ」
『マジか、見てみたいなぁ。……そうだ、近くにタブレットある?』
「タブレット? あるけど、なんで?」
『一応、そのタブレットにも写真を撮る機能があるんだけどさ。月見うどんを、撮っておいて欲しいんだよね』
タブレットで、月見うどんの写真を撮る? いいわね、それ。写真に残しておけば、後でハルにも見せられるし、出来栄えである程度の評価もしてもらえる。
……薬味のネギを切るのに、少し失敗しちゃったから、それだけ写らないように撮っておかないと。
「ええ、分かったわ。撮っておくから、後で採点してちょうだいね」
『おお、やったー。それじゃあ、今日は急いで帰るよ。待望のえんがわもある事だしね』
「あんたが言った通り、えんがわは九時に冷蔵庫へ移動しておいたわ。おいしいのを期待してるわよ?」
『任せてちょうだい! っと、ごめん。ちょっと呼ばれちゃったから、通話を切るねー。バイバーイ』
そう話を一方的に終わらせたハルが、通話を切った。呼ばれたって事は、急な用事が入っちゃったのかしら? あの様子だと、次の電話には出てくれないかもしれないわね。
まあ、いいわ。早くタブレットで写真を撮って、月見うどんを食べよっと。
朝八時五十八分から冷蔵庫の前に張り込み、九時ピッタリになった瞬間。冷凍庫にあったえんがわを冷蔵庫に移し、早三時間。
卵を取り出すついでに、えんがわを確認してみたけれども。水分は出ておらず、見た目では溶けているのか判断がつかない。
触るのは……、身が崩れてしまいそうだし、やめておいた方がいいわよね?
「ちょっと不安だけど、このままにしておきましょ。さて、お昼ご飯を作ろっと」
今日作るのは、シンプルな『月見うどん』。前回、『サッポロ皆伝、味噌味』を作った時は、包丁を使わなかったけど。今回は、薬味にネギが欲しいので、初めて包丁を使うわよ。
「っと、ハルに留守電を入れておかないとね」
卵を台所に置き、ポケットから携帯電話を取り出して、右耳に当てる。あら? コール音が二回目の途中で途切れちゃった。という事は───。
「私、メリーさん。今、月見うどんを作ろうとしているの」
『おお~、月見うどんか。いいねぇ』
「やっぱり出たのね」
過去の私だったら、知らずに不意を突かれて驚いていたでしょうね。でも、もう分かっているから、同じ轍は踏まないわよ。心に余裕を持って対応出来るわ。
『私も、ちょうど昼食にしようと思ってたんだ。うどんだったら、お湯は大量にあった方がいいから、一番大きい鍋を使った方がいいよ』
「そうね。うどん百gに対して、一ℓのお湯が理想ってあったわ。それで、二番出汁の氷と卵、長ネギを使いたいんだけども、いいかしら?」
『二番出汁の氷と卵、長ネギか。今、長ネギって何本ある?』
「えっと、三本あるわ」
『三本あるなら、今日は足りるかな。オッケー、一本使っちゃっていいよ。余ったら、ラップに包んで冷蔵庫に入れておいてね』
「そう、分かったわ。ありがとう。作り終わったら、また電話するわね。それじゃあ」
『バイバーイ』
直に了承を得られたので、通話を切った携帯電話をポケットにしまい込む。次に、生麺タイプのうどんを持ち、何gあるのか確かめてみた。
「一袋で百二十gだから、お湯の量は1.2ℓあればいいのね」
ちゃんと水の量を計りたいから、二百ml分の計量カップに水を注ぎ。予め用意していた、二ℓ分入る深鍋に水を流し込んでいく。
「これで六杯目……、よし。それで火をつけて、お湯を沸かしてる内に、ネギを刻んでっと」
火が強火になっている事を確認してから、まな板と包丁を持ってきて、水でサッと洗う。それらを布巾で軽く拭き、まな板の上に長ネギを置いた。
「薬味として使うなら、そんなに多くはいらないわよね」
まずは、根っこの部分を切り落とすべく。右手に包丁を持ち、左手を握って猫の手に。そして、根っこ部分の近くに左手を添えて、包丁で切り落とせば!
「わあっ、ちゃんと切れた! この、ザクッていう音が気持ちいいわね」
普段は、ハルの隣で聞いていた音だけども。今日は、この私自ら奏でてやったわ。なんだか、色々感慨深いなぁ。
つい最近まで、包丁は人間の恐怖心を煽る為だけに使っていたというのに。とうとう、真っ当な使い方をしてしまったのだからね。
包丁を用途に合わせて使う都市伝説なんて、たとえ世界広しと言えど、私しかいないはずよ。たぶん。
「えっと? 根っこの部分は、三角コーナーに捨てて。薬味に使うのは、四分の一ぐらいあれば大丈夫よね」
長さ的に、七cmもあれば十分だとして。残った青と白の部分は、境目をザクッと切り落とし。それぞれラップに包んで、冷蔵庫に入れておけばいいわね。
「さあ、問題はここからよ」
薬味に適した切り方は、小口切り。厚さ二、三mm幅に切るらしいけど、初心者の私がそんな薄く切れるのかしら? とりあえず、やってみよう。
「よいしょ、よいしょっ……。これ、難しっ……」
ハルのように『トントントントン』とリズミカルで軽快な音ではなく。『トン……、トン……』と、やたらと遅いのにも関わらず、不格好に厚く切れていく。
「このネギなんて、五mm以上ありそうね」
意識しながら薄く切ったつもりなのに、注意深く眺めてみると、かなり厚く見える。この厚さだと、辛味も強くなっちゃいそうだわ。
「……ここから更に切るのは、なんだか怖いわね。まあ、初めてにしては上出来でしょう。お湯の方は……。うん、沸いたわね」
白が濃い熱々の湯気を昇らせている水面が、鍋底から湧いた大きな泡により小さく暴れている。現在の時刻は、十二時十五分。
うどんの茹で時間は十分丁度なので、十六分になったらうどんを鍋に投入して、二十六分まで茹でればいいわね。
「……よし、なった!」
キッカリ十二時十六分になったと同時に、うどんを袋から取り出して、静かに鍋の中へ入れた。冷たいうどんを入れた事により、お湯の温度が下がってしまったので。
お湯が再沸騰したら、吹きこぼれが起きないよう、強火から弱火に調節。その後、うどんが千切れないように菜箸で優しくほぐせば、後は茹でるだけだ。
「で、待ってる時間が勿体ないから、ここで出汁を作ってっと」
本来、出汁を作るとなると、一時間以上掛かってしまうけれども。今回は、二番出汁を凍らせた大きな氷があるので、溶かすだけで出汁が出来てしまう。
二番出汁は、風味がとても濃いらしいから、水三百mlに対し、出汁氷は六つぐらいあればいいかしら? ……それだと入れ過ぎかも?
いや、ここは別に悩まなくてもいい。とりあえず四つだけ入れて、味見をして薄く感じたら、一個ずつ増やしていけばいいのよ。
「それじゃあ、銀鍋に水を注いで、出汁氷を四つ入れてっと」
前回お世話になった銀鍋に、計量カップを駆使して、水を三百ml入れた後。綺麗な薄茶色をした出汁氷を四つ入れて、銀鍋をコンロに置いて火にかける。
そのまま五分もすれば、お湯が沸騰し。出汁氷もみるみる解けていき、辺りに食欲を刺激する、かつお節が効いた出汁の匂いが立ち込めてきた。
「う~ん、いい匂いっ。さてと、味の方はどうかしらね」
スプーンを手に持ち、沸騰した薄茶色の出汁をすくう。火傷しないよう、息を数回吹きかけて冷まし、ゆっくりすすった。
「あら、ちょうどいいじゃない」
口に少し含んだ出汁を、舌の上で転がしてみれば。薄過ぎず濃過ぎず、このままご飯と一緒に食べても合いそうな風味を感じる。
少しぐらいは薄く感じると思っていたのに。二番出汁って、相当濃いのね。出汁氷を、いきなり六つも入れなくて正解だったわ。
しかし、これだけで十分おいしい。大好きなかつお節の風味が、ダイレクトに伝わってくるから、ついもう一口と飲みたくなってきちゃう。
「っと、そんな事をしてる場合じゃない。今の時間は……、十二時二十四分ね」
つまり、後二分でうどんが茹で上がる。二分もあれば、うどんを入れる丼ぶりとザルが用意出来そうね。ならば、急いで最後の準備に取り掛かろう。
出汁を煮立たせているコンロを弱火に調節して、丼ぶりがある棚へ向かう。気持ち早足で台所に戻り、ザルと共に軽く水洗いをした。
「……よし、二十六分になった!」
秒針が時計の頂点を差した事を認め、コンロの火を全て止めて、深鍋にザルを入れ、菜箸を使ってうどんを集めていく。一本の抜けも無く集め終え、一気に流し台まで移動した。
「それっ、それっ! よいしょっ!」
白い湯気が昇るうどんを、宙に浮かせながら何度も水を切り、丼ぶりに盛り付ける。形を整えたら、次に熱々の出汁を注ぐ。
これで見た目だけは、おいしそうなかけうどんになった。けれども、まだ未完成。
私が食べたいのは、かけうどんじゃない。『月見うどん』よ。最後に生卵を投入するという、一番大事な工程が残っている。
「ここを失敗したら、全てが台無しになる。中身が割れないように、ゆっくりヒビを入れないと……」
卵を持った責任重大な右手が、緊張して少しずつ震えて出してきた。大丈夫よ、私。生卵の割り方は、動画でしっかり学んだじゃない。
落ち着け、焦るな。変に力んでもダメ。平面の部分に、卵を軽く当ててヒビを入れ。殻の割れ目に両手の親指を浅く入れて、ゆっくり左右に開けば……。
「……で、でき、た?」
殻を割る際、思いっ切り閉じてしまった目を、恐る恐る開けてみる。
色付いてきた視界の先。まだお昼だというのに、丼ぶりの中には、まるで満月を彷彿とさせる黄色い物が───。
「……わ、わあっ! 出来た! ちゃんと割れてる!」
熱い出汁に包まれた事により、火が通り始め、薄っすらと半透明になりつつある白身。そして、丼ぶりの右上に鎮座している、無傷を保ったまん丸の黄身!
様々な角度から覗いてみても、やはりどこも割れていない。蛍光灯の光を、美しく反射させているわ!
「はぁ~……。やれば出来るじゃない、私。おいしそぅ~っ。そうだ! ハルに電話しないと!」
月見うどんを食べる前に、まずは報告よ! 手は、卵を割る時に汚れてしまったので、指招きで携帯電話を浮かせて、右耳に当てた。
コール音は、一回、二回、三回目の途中で途切れた。よし、ハル本人が出てくれたわね。
「私、メリーさん。今、月見うどんをちゃんと作れたの」
『へぇ~、よかったじゃん。完璧に作れたんだ?』
「当たり前じゃない。どこからどう見たって、完璧な月見うどんよ」
『マジか、見てみたいなぁ。……そうだ、近くにタブレットある?』
「タブレット? あるけど、なんで?」
『一応、そのタブレットにも写真を撮る機能があるんだけどさ。月見うどんを、撮っておいて欲しいんだよね』
タブレットで、月見うどんの写真を撮る? いいわね、それ。写真に残しておけば、後でハルにも見せられるし、出来栄えである程度の評価もしてもらえる。
……薬味のネギを切るのに、少し失敗しちゃったから、それだけ写らないように撮っておかないと。
「ええ、分かったわ。撮っておくから、後で採点してちょうだいね」
『おお、やったー。それじゃあ、今日は急いで帰るよ。待望のえんがわもある事だしね』
「あんたが言った通り、えんがわは九時に冷蔵庫へ移動しておいたわ。おいしいのを期待してるわよ?」
『任せてちょうだい! っと、ごめん。ちょっと呼ばれちゃったから、通話を切るねー。バイバーイ』
そう話を一方的に終わらせたハルが、通話を切った。呼ばれたって事は、急な用事が入っちゃったのかしら? あの様子だと、次の電話には出てくれないかもしれないわね。
まあ、いいわ。早くタブレットで写真を撮って、月見うどんを食べよっと。
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