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58話-1、大いにはしゃぐ女天狗
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女天狗のクロから半ば強引な誘いを受けた、当日の朝八時五十分頃。
秋の風でなびいているカーテンの隙間から、眩しい朝日が差し込んでいる花梨の部屋内で、携帯電話から目覚ましの音が鳴り始める。
その煩わしい音をすぐさま止めた花梨は、体に抱きついて寝ているゴーニャと、座敷童子の纏を引き連れながら上体を起こし、いつもより軽く感じる寝ぼけ眼を擦り、大きなあくびをつく。
「……さってと、クロさんが来る前に支度を済ませ―――」
「おはよう花梨、もう来てるぞ」
「へっ?」
体をグイッと伸ばして眠気を飛ばしていると、不意に右側から、独り言を会話に変えるような声が割り込んできた。
虚を突かれた花梨が右側に顔を向けると、テーブルの横に腰を下ろして寄りかかり、大口を開けてあくびをしているクロの姿が目に映り込んだ。
クロも今日は仕事が無いせいか、普段着ている鮮やかな青色をした着物を着ておらず、全体が黄色で、身軽そうな修験装束を身に纏っている。
そのクロが涙を浮かばせている目の下には、夜更かしでもしたのかドス黒いクマが浮かんでおり、見かねた花梨が口を開いた。
「おはようございます、クロさん。その~、大丈夫ですか? 目に下にクマが出来てて、すごく眠たそうですけど……」
「ああ、気にすんな。昨日の夜、気持ちが高揚し過ぎて一睡もできなかっただけだ。それよりも朝飯を用意してあるから、一緒に食っちまおうぜ」
重くも弾んでいるクロの返答に花梨は、クロさんにも、そんな一面があるんだなぁ。私も遠足の前日とかワクワクし過ぎて眠れなかったから、人の事を言えないけど……。と、過去の幼かった自分を思い返す。
だんだんとクロの気持ちが移ってきたのか、花梨も胸を弾ませつつ、未だに体に抱きついて寝ているゴーニャと纏を起こし、ベッドから抜けだして支度を始める。
素早く私服に着替えながら歯を磨き終え、テーブルの前に座りつつ上を覗いてみると、簡素な見栄えながらも嬉しい朝食が並んでいた。
海苔が巻かれている大きなおにぎり。四人分以上はあろうウィンナーと玉子焼きの山。塩コショウで味付けされた大量の細切りピーマン。それに、白い湯気が昇っている豆腐の味噌汁。
過去にも似た朝食は出てきたが、当時には無かった玉子焼きが今回はあり、花梨は満足気な笑みを浮かべて、思わず力強いガッツポーズをする。
「パーフェクト朝食っ! んっはぁ~、美味しそう~」
「簡単な物だが、そこまで喜んでくれるなら何よりだ」
「クロさんが作ってくれるおにぎりって、本当に美味しいんで大好きなんですよ。それじゃあ、いただきまーす!」
「直にそんな事を言われると、なんか照れるな……。まあいい、いただきます」
やや恥じらいを見せているクロを追い、ゴーニャと纏も声を揃えて「いただきます」と、朝飯の号令を唱えると、いつもより賑やかな朝食が幕を開ける。
塩っ気が強く、風味が豊かな海苔が巻かれているおにぎり。二つに割ればパリッと軽快な音を立たせ、中からジュワッと脂が溢れ出るウィンナー。
砂糖が多いながらも、各料理の味を存分に引き立たせていく玉子焼き。塩コショウと苦みの相性が抜群のピーマン。そして、心が安らぐ温かな豆腐の味噌汁。
どの料理を組み合わせて食べても、お互いにまったく喧嘩することなく調和し合い、結託して食欲の天井をグイグイと押し上げていく。
シンプルな朝食であろうとも、これ以上に無いほど完成度が高く感じた花梨は、朝日よりも眩しいとろけきった表情になり、料理の感想が無意識の内に口から漏れ出した。
「んまいっ。最高に、んまいっ……」
「私もこの組み合わせは好きだが……。ちょっと大袈裟すぎやしないか?」
「そんな事ないですよぉ、無限に食べられそう……」
花梨の嘘偽りが無い感想を耳にしたクロは、「そうか、そりゃよかったな」と冷静を装って口にするも、人知れずにほくそ笑む。
纏とゴーニャも無我夢中で食べ進めていき、十五分も経たない内に完食し、天井に向かって一斉に至福のこもったため息をつく。
そこから数分だけ一息つくと、クロがおもむろに立ち上がり「ちょっと待っててくれ」と言い残し、花梨の部屋を後にする。
数十秒もしないでクロは部屋へと戻って来るも、凛とした表情は無残にも崩れていて、デレデレとしただらしない表情になっていた。
両手にはやや古びた桐箱を携えており、首からは、見覚えのある一眼レフカメラとビデオカメラがぶら下がっている。
その別人にすり替わったとさえ思わせるクロが、花梨達が囲んで座っているテーブルの前に腰を下ろすと、持っていた桐箱を花梨とゴーニャに差し出した。
唐突なクロの変貌を静かに見ていた花梨が、呆気に取られた顔を桐箱からクロに移す。
「クロさん、この箱はいったい……? それに、首にぶら下げているカメラって、雹華さんのじゃ?」
「説明は後でする。とりあえず、その桐箱の中に入ってる物を頭にかぶってくれ」
「えっ? 頭に、かぶる……?」
ニヤついているクロの意味深な発言により、花梨の表情が瞬く間に濁っていき、眉間に深いシワを寄せていく。
妖怪から貰った物を身に着けるイコール、その妖怪の姿に変わると決めつけていた花梨は、まさか、これから私とゴーニャは、天狗にでもなるの? と、口元をヒクつかせながら推測を始める。
更に、いやぁ~、まさか真面目なクロさんが、そんな事をさせるハズがないだろう。と、自ら決めつけている考えを否定しつつ、恐る恐る桐箱の蓋を開けた。
中に入っていた和紙を捲ってみると、クロもかぶっている紫色をした小さな帽子みたいな物が入っており、たった今否定した考えが、確たるものへと固まっていく。
中身を確認したせいか、体が石のように硬直してしまった花梨が、白目に近い瞳をクロに向けた。
「く、クロさん? これはいったい、なんで、しょうか……?」
「兜巾だ。ほら、私もかぶってるだろう?」
「そ、それは知っていますけど……。あの、これをかぶったら私達は、どうなって、しまうんですかね?」
花梨の震えた質問に対し、クロはまったく意を介さずビデオカメラを構え、口角をいやらしく上げながら電源ボタンを押す。
「お前は察しがいい奴だ。大体の予想はついてるんだろ?」
「あっ……。じゃあやっぱり、天狗になるんですね、私達……」
「天狗? これをかぶったら、私と花梨はクロみたいな天狗になるのかしら?」
現状をまったく把握していなかったゴーニャが、正解とも言える質問を花梨にすると、その質問を耳にした花梨は、全てを諦めたような顔をしつつコクンと頷く。
「へぇ~。じゃあ天狗になったら、空を飛べるかもしれないわねっ」
「ポジティブだねぇ、ゴーニャさんは……。でも、それはそれで面白そうだ。仕方ない、かぶってみるか」
「よし、いつでもいいぞ。早くかぶってくれ!」
クロが無邪気に声を弾ませて催促すると、姉妹は同時に兜巾を手に取って頭にかぶり、兜巾の横から伸びている紐を顎に結わいた。
すると、二人の背中から大きな黒い翼が出現し、その翼が一斉に上に向かって分散し、二人の姿を覆い隠すように舞い落ちていくと、二人の周りをけたたましいスピードで回り始める。
そして、十秒ほど突風が巻き起こる勢いの回転が続くと、二人を覆い隠して回っていた羽が突然弾け飛び、辺りに霧散して跡形もなく消えていく。
突風の中心に居た二人が徐々に姿を現してくると、その様子を静かに見守っていたクロが、「おおーーっ!!」と、歓喜に溢れた大声を上げた。
クロのはしゃいでる声が耳に入り、変化が終わったのかと予想した花梨は、瞑っていた瞼をゆっくり開け、ゴーニャの方へ目を向ける。
そこには、花梨が購入した白のワンピースを着ているゴーニャの姿は無く、クロも着ているような、修験装束を身に纏っているゴーニャの姿があった。
服全体の色は薄い黄色で、胸元辺りの左右に等間隔で二つずつ、触り心地が良さそうな桃色の結袈裟が付いている。
髪の毛と瞳の色は全てが黒く染まっていて、右手には、黒い羽が連なった九股に別れているウチワを持っており、背中には大きな漆黒の翼が生えていた。
目をキョトンとさせていたゴーニャも、花梨に顔を合わせた途端、表情をハッとさせながら口を開いた。
「花梨っ、クロみたいな姿になってる!」
「そう言うゴーニャもね。やっぱり私も、天狗になっちゃってるのかぁ。あ~あ、背中に真っ黒い翼が生えてるや」
「いいぞぉ二人共! 最高の姿になったじゃないかぁ!!」
姉妹の変化が終わると、クロの興奮が最高潮を突き破ったのか。鼻息を何度も荒げ、左手でビデオカメラを回し、右手で器用に一眼レフカメラを構えて写真を撮り始める。
その極度に興奮しているクロを目にした花梨が、こんなにはしゃいでるクロさん、初めて見たや……。なんか、雹華さんよりもすごい撮り方をしてるなぁ……。と、若干肩を落とす。
あるがままに一人撮影会が始まり、呆然と立ち尽くした姿を激写されている中。不意に横から、思わず顔を手で隠してたくなるような突風が流れてきた。
「花梨っ! この羽で作られたウチワを振ると、すごい風が起きるわっ!」
ゴーニャの興奮している言葉に、花梨は自分が持っている羽のウチワに目をやる。
「へぇ~、このウチワにそんな効果が? よ~しっ、私も思いっきり振って―――」
「だぁぁああーーーッッ!! 待て待て待てっ!!」
「へっ?」
花梨が羽のウチワを振りかざそうとした瞬間、無我夢中で写真を撮り続けていたクロが、叫びながら止めるに入る。
そのクロは、危機迫る緊迫した表情をしており、本当に焦っているのか、額から数滴の汗を垂らしていた。
「それはテングノウチワと言って、仰げば確かに突風が巻き起こる! だが、花梨はここで仰ぐのはやめろ! なんか、とてつもなく嫌な予感がする……」
「嫌な予感、ですか」
オウム返しで言葉を繰り返した花梨が、キョトンとしつつ首を傾げる。
「ああ……。私の予想だが、突風というよりも竜巻が起きそうな気がする」
「んげっ……。もし本当なら私の部屋はおろか、永秋がメチャクチャになっちゃいますね……。でもなぁ、振ってみたい好奇心が……」
永秋を破壊しかねない花梨の好奇心のお陰で、我に戻りつつあるクロが、汗を拭いながら天井に視線を上げる。
そして、妙案が思いついたのか「あっ」と声を漏らし、口角を緩く上げた。
「なら、ススキ畑に行くか。あそこなら大丈夫だろう」
「ああ~、確かに。とても広いですしね。そうましょう!」
「私も行くっ!」
「面白そうだから私も着いていく」
そう話が纏まると、大いにはしゃいでる三人の女天狗と、無表情でいる一人の座敷童子は、花梨達の部屋を後にしてススキ畑に向かっていった。
秋の風でなびいているカーテンの隙間から、眩しい朝日が差し込んでいる花梨の部屋内で、携帯電話から目覚ましの音が鳴り始める。
その煩わしい音をすぐさま止めた花梨は、体に抱きついて寝ているゴーニャと、座敷童子の纏を引き連れながら上体を起こし、いつもより軽く感じる寝ぼけ眼を擦り、大きなあくびをつく。
「……さってと、クロさんが来る前に支度を済ませ―――」
「おはよう花梨、もう来てるぞ」
「へっ?」
体をグイッと伸ばして眠気を飛ばしていると、不意に右側から、独り言を会話に変えるような声が割り込んできた。
虚を突かれた花梨が右側に顔を向けると、テーブルの横に腰を下ろして寄りかかり、大口を開けてあくびをしているクロの姿が目に映り込んだ。
クロも今日は仕事が無いせいか、普段着ている鮮やかな青色をした着物を着ておらず、全体が黄色で、身軽そうな修験装束を身に纏っている。
そのクロが涙を浮かばせている目の下には、夜更かしでもしたのかドス黒いクマが浮かんでおり、見かねた花梨が口を開いた。
「おはようございます、クロさん。その~、大丈夫ですか? 目に下にクマが出来てて、すごく眠たそうですけど……」
「ああ、気にすんな。昨日の夜、気持ちが高揚し過ぎて一睡もできなかっただけだ。それよりも朝飯を用意してあるから、一緒に食っちまおうぜ」
重くも弾んでいるクロの返答に花梨は、クロさんにも、そんな一面があるんだなぁ。私も遠足の前日とかワクワクし過ぎて眠れなかったから、人の事を言えないけど……。と、過去の幼かった自分を思い返す。
だんだんとクロの気持ちが移ってきたのか、花梨も胸を弾ませつつ、未だに体に抱きついて寝ているゴーニャと纏を起こし、ベッドから抜けだして支度を始める。
素早く私服に着替えながら歯を磨き終え、テーブルの前に座りつつ上を覗いてみると、簡素な見栄えながらも嬉しい朝食が並んでいた。
海苔が巻かれている大きなおにぎり。四人分以上はあろうウィンナーと玉子焼きの山。塩コショウで味付けされた大量の細切りピーマン。それに、白い湯気が昇っている豆腐の味噌汁。
過去にも似た朝食は出てきたが、当時には無かった玉子焼きが今回はあり、花梨は満足気な笑みを浮かべて、思わず力強いガッツポーズをする。
「パーフェクト朝食っ! んっはぁ~、美味しそう~」
「簡単な物だが、そこまで喜んでくれるなら何よりだ」
「クロさんが作ってくれるおにぎりって、本当に美味しいんで大好きなんですよ。それじゃあ、いただきまーす!」
「直にそんな事を言われると、なんか照れるな……。まあいい、いただきます」
やや恥じらいを見せているクロを追い、ゴーニャと纏も声を揃えて「いただきます」と、朝飯の号令を唱えると、いつもより賑やかな朝食が幕を開ける。
塩っ気が強く、風味が豊かな海苔が巻かれているおにぎり。二つに割ればパリッと軽快な音を立たせ、中からジュワッと脂が溢れ出るウィンナー。
砂糖が多いながらも、各料理の味を存分に引き立たせていく玉子焼き。塩コショウと苦みの相性が抜群のピーマン。そして、心が安らぐ温かな豆腐の味噌汁。
どの料理を組み合わせて食べても、お互いにまったく喧嘩することなく調和し合い、結託して食欲の天井をグイグイと押し上げていく。
シンプルな朝食であろうとも、これ以上に無いほど完成度が高く感じた花梨は、朝日よりも眩しいとろけきった表情になり、料理の感想が無意識の内に口から漏れ出した。
「んまいっ。最高に、んまいっ……」
「私もこの組み合わせは好きだが……。ちょっと大袈裟すぎやしないか?」
「そんな事ないですよぉ、無限に食べられそう……」
花梨の嘘偽りが無い感想を耳にしたクロは、「そうか、そりゃよかったな」と冷静を装って口にするも、人知れずにほくそ笑む。
纏とゴーニャも無我夢中で食べ進めていき、十五分も経たない内に完食し、天井に向かって一斉に至福のこもったため息をつく。
そこから数分だけ一息つくと、クロがおもむろに立ち上がり「ちょっと待っててくれ」と言い残し、花梨の部屋を後にする。
数十秒もしないでクロは部屋へと戻って来るも、凛とした表情は無残にも崩れていて、デレデレとしただらしない表情になっていた。
両手にはやや古びた桐箱を携えており、首からは、見覚えのある一眼レフカメラとビデオカメラがぶら下がっている。
その別人にすり替わったとさえ思わせるクロが、花梨達が囲んで座っているテーブルの前に腰を下ろすと、持っていた桐箱を花梨とゴーニャに差し出した。
唐突なクロの変貌を静かに見ていた花梨が、呆気に取られた顔を桐箱からクロに移す。
「クロさん、この箱はいったい……? それに、首にぶら下げているカメラって、雹華さんのじゃ?」
「説明は後でする。とりあえず、その桐箱の中に入ってる物を頭にかぶってくれ」
「えっ? 頭に、かぶる……?」
ニヤついているクロの意味深な発言により、花梨の表情が瞬く間に濁っていき、眉間に深いシワを寄せていく。
妖怪から貰った物を身に着けるイコール、その妖怪の姿に変わると決めつけていた花梨は、まさか、これから私とゴーニャは、天狗にでもなるの? と、口元をヒクつかせながら推測を始める。
更に、いやぁ~、まさか真面目なクロさんが、そんな事をさせるハズがないだろう。と、自ら決めつけている考えを否定しつつ、恐る恐る桐箱の蓋を開けた。
中に入っていた和紙を捲ってみると、クロもかぶっている紫色をした小さな帽子みたいな物が入っており、たった今否定した考えが、確たるものへと固まっていく。
中身を確認したせいか、体が石のように硬直してしまった花梨が、白目に近い瞳をクロに向けた。
「く、クロさん? これはいったい、なんで、しょうか……?」
「兜巾だ。ほら、私もかぶってるだろう?」
「そ、それは知っていますけど……。あの、これをかぶったら私達は、どうなって、しまうんですかね?」
花梨の震えた質問に対し、クロはまったく意を介さずビデオカメラを構え、口角をいやらしく上げながら電源ボタンを押す。
「お前は察しがいい奴だ。大体の予想はついてるんだろ?」
「あっ……。じゃあやっぱり、天狗になるんですね、私達……」
「天狗? これをかぶったら、私と花梨はクロみたいな天狗になるのかしら?」
現状をまったく把握していなかったゴーニャが、正解とも言える質問を花梨にすると、その質問を耳にした花梨は、全てを諦めたような顔をしつつコクンと頷く。
「へぇ~。じゃあ天狗になったら、空を飛べるかもしれないわねっ」
「ポジティブだねぇ、ゴーニャさんは……。でも、それはそれで面白そうだ。仕方ない、かぶってみるか」
「よし、いつでもいいぞ。早くかぶってくれ!」
クロが無邪気に声を弾ませて催促すると、姉妹は同時に兜巾を手に取って頭にかぶり、兜巾の横から伸びている紐を顎に結わいた。
すると、二人の背中から大きな黒い翼が出現し、その翼が一斉に上に向かって分散し、二人の姿を覆い隠すように舞い落ちていくと、二人の周りをけたたましいスピードで回り始める。
そして、十秒ほど突風が巻き起こる勢いの回転が続くと、二人を覆い隠して回っていた羽が突然弾け飛び、辺りに霧散して跡形もなく消えていく。
突風の中心に居た二人が徐々に姿を現してくると、その様子を静かに見守っていたクロが、「おおーーっ!!」と、歓喜に溢れた大声を上げた。
クロのはしゃいでる声が耳に入り、変化が終わったのかと予想した花梨は、瞑っていた瞼をゆっくり開け、ゴーニャの方へ目を向ける。
そこには、花梨が購入した白のワンピースを着ているゴーニャの姿は無く、クロも着ているような、修験装束を身に纏っているゴーニャの姿があった。
服全体の色は薄い黄色で、胸元辺りの左右に等間隔で二つずつ、触り心地が良さそうな桃色の結袈裟が付いている。
髪の毛と瞳の色は全てが黒く染まっていて、右手には、黒い羽が連なった九股に別れているウチワを持っており、背中には大きな漆黒の翼が生えていた。
目をキョトンとさせていたゴーニャも、花梨に顔を合わせた途端、表情をハッとさせながら口を開いた。
「花梨っ、クロみたいな姿になってる!」
「そう言うゴーニャもね。やっぱり私も、天狗になっちゃってるのかぁ。あ~あ、背中に真っ黒い翼が生えてるや」
「いいぞぉ二人共! 最高の姿になったじゃないかぁ!!」
姉妹の変化が終わると、クロの興奮が最高潮を突き破ったのか。鼻息を何度も荒げ、左手でビデオカメラを回し、右手で器用に一眼レフカメラを構えて写真を撮り始める。
その極度に興奮しているクロを目にした花梨が、こんなにはしゃいでるクロさん、初めて見たや……。なんか、雹華さんよりもすごい撮り方をしてるなぁ……。と、若干肩を落とす。
あるがままに一人撮影会が始まり、呆然と立ち尽くした姿を激写されている中。不意に横から、思わず顔を手で隠してたくなるような突風が流れてきた。
「花梨っ! この羽で作られたウチワを振ると、すごい風が起きるわっ!」
ゴーニャの興奮している言葉に、花梨は自分が持っている羽のウチワに目をやる。
「へぇ~、このウチワにそんな効果が? よ~しっ、私も思いっきり振って―――」
「だぁぁああーーーッッ!! 待て待て待てっ!!」
「へっ?」
花梨が羽のウチワを振りかざそうとした瞬間、無我夢中で写真を撮り続けていたクロが、叫びながら止めるに入る。
そのクロは、危機迫る緊迫した表情をしており、本当に焦っているのか、額から数滴の汗を垂らしていた。
「それはテングノウチワと言って、仰げば確かに突風が巻き起こる! だが、花梨はここで仰ぐのはやめろ! なんか、とてつもなく嫌な予感がする……」
「嫌な予感、ですか」
オウム返しで言葉を繰り返した花梨が、キョトンとしつつ首を傾げる。
「ああ……。私の予想だが、突風というよりも竜巻が起きそうな気がする」
「んげっ……。もし本当なら私の部屋はおろか、永秋がメチャクチャになっちゃいますね……。でもなぁ、振ってみたい好奇心が……」
永秋を破壊しかねない花梨の好奇心のお陰で、我に戻りつつあるクロが、汗を拭いながら天井に視線を上げる。
そして、妙案が思いついたのか「あっ」と声を漏らし、口角を緩く上げた。
「なら、ススキ畑に行くか。あそこなら大丈夫だろう」
「ああ~、確かに。とても広いですしね。そうましょう!」
「私も行くっ!」
「面白そうだから私も着いていく」
そう話が纏まると、大いにはしゃいでる三人の女天狗と、無表情でいる一人の座敷童子は、花梨達の部屋を後にしてススキ畑に向かっていった。
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