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39話、大人げない魔女とウェアウルフ
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「うぃーっす」
朝食の後片付けをしていると、扉が開く音と共に、待ちわびていたヴェルインの声が聞こえてきた。あいつめ、普段よりも来るのが遅いじゃないか。
「来たな」
木の皿を洗っていた私は、濡れた手を素早く布で拭き取り、先ほど壁に飾ったサニーの絵がある所へ向かう。
そのまま絵を丁寧に外すと、サニーに挨拶を交わしているヴェルインの元へ、額縁を掲げつつ走って行った。
「ヴェルイン、これを見てみろ。さあ早く、ほら」
「お、おおっ!? ……お~、すげえな。レディそっくりじゃねえか。どうしたんだこれ?」
ヴェルインの感銘を受けた感想が聞こえてきたが、額縁が目の前にあるせいで表情が見えない。額物を少し下げて顔を覗かせてみると、ヴェルインは両眉を跳ね上げ、口をすぼめていた。
「サニーが描いてくれたんだ。どうだ、すごいだろ?」
「この絵、サニーちゃんが描いたの!? へえ~、急にえらく上達したなあ。なんか絵の特訓でもさせてやったのか?」
「いや、細い色棒をあげただけだ。まさかここまで上手くなるとは、私も予想していなかった」
「それだけで、こんなに上手くなっちまうもんなの? にわかに信じがたいぜ」
真実を話してみるも、ヴェルインの両目は疑心を宿して丸くなっていくばかり。本当の事なので、これ以上の説明は出来ない。
が、問題はそこじゃない。サニーの目に余る上達具合にはもっと驚いてほしいのだが……。今の目的は、色彩豊かな私に全意識を向けさせる事である。
「それはそうとだヴェルイン。この絵には、一体何色使われてると思う?」
「何色? ……ん~」
ヴェルインの両目が、今度は細くなって絵に近づいていく。正解は八色だが、絶対に分からないだろう。私ですら一色見逃していたのだ。
どれだけ確認しようとも、分かったとしてせいぜい六、七色がいい所。その後に足りない色を指摘し、最後にあの色を教えてしまえば、ヴェルインは驚愕して腰を抜かすに違いない。
さあ、早く答えを言え。そして、一色から八色に飛躍した私に慄くがいい。
「五~……、六……。ああ~、七色か?」
いい線を突いている。だが、一色見逃したな。それがお前の命取りだ。
「七色、ねえ。どの色とどの色だ?」
「やたらと細かく聞いてくんな。え~っと、黒だろ? それと灰色に朱色、赤。薄橙に、紫。後は~、入れていいのか分かんねえけど、茶色か。この七色よ」
やはりこいつも白色を見落としているな。四歳児のサニーが独自で行き着いた、白を際立たせる手法を。
「甘いな」
「へっ?」
「この素晴らしい私の絵には、なんと八色も使われてるんだ」
「八色ぅ? 嘘だろ? あと一色はどこにあんだよ?」
あまりにも興味津々にヴェルインが質問してきたので、私は黙って、ローブの首辺りにある白い紐に指を差した。
「ここだ」
「紐? それ白じゃねえか。……ん?」
再び絵に顔を寄せたヴェルインの目が、左右ひっきりなしに動いている。たぶん、紐の白と画用紙の白を見比べているのだろう。
「……もしかして、この紐の部分、白が塗られてんのか?」
「正解だ」
ようやく八色目を探し当てるも、ヴェルインはまったく驚愕する事無く、呆れ返った顔を私に見せつけた。
「お前よお、白を入れんのはずりぃだろ」
「何を言ってる。白も立派な色だ。そして、これは一見なんの変哲もない白だが、この紐の白は、白をより際立たせる為に一手間加えられた白であり、四歳のサニーが独自で考え付いた手法だ。まだ幼き四歳であるサニーがだぞ? すごいと思わないのか?」
「し、白に対する評価と熱意がすげぇな……。あ~、分かった分かった。白も色だし、この絵は八色だよ。これでいいか?」
認めた。ヴェルインは確かに今、この絵を八色だと認めた。よし、最後の仕上げだ。こいつにトドメを刺してやる。
「でだヴェルイン。昔サニーに描かれたお前の絵は、何色使用されているんだっけか?」
「俺? 俺は三色だけど……、あっ!」
ヴェルインが上げた声色から察するに、私の目論見に気付いたようだ。しかし、もう遅い。お前は認めてしまった。この私の絵が八色だとな。
「どうした三色? 八色も使われてる私に慄いたのか?」
完全に敗北した三色のヴェルインが、顔をわなわなとさせ、八色である私にビッと指を差す。
「お、おま、おまっ! これだけか!? これだけの為にサニーちゃんに絵を描かせたのか!?」
「違う。これは新しい色棒を試す為に、サニーが赴くままに描いてくれたんだ。言わば、自然体で本来なる私の姿だ」
八色、それが完全体なる私の姿。片やヴェルインは、たったの三色。そのあまりに遠い差は、決して埋まる事はないだろう。その現実を突き付けてやる。
「私は八色。お前は三色。これは、揺るぎない事実だ。早く認めてしまった方が楽になるぞ?」
挑発染みた説得を繰り返すと、屈辱で歪んでいるヴェルインの表情が、牙を剥き出しにした威嚇面に変わっていく。
相当悔しいに違いない。だが、なんとなく嫌な予感がする。そして私は少しだけ焦っていて、とてつもない不安に駆られているような気がする。
この正体不明の不安は、一体なんなんだ? まるで原因が分からない。予想ではあるが、早急に取り除かないと、手遅れになりそうな気がしてならない。
私が不安の原因を探っていると、ヴェルインの歪み切っていた顔が、不意に邪悪な笑みへと変貌した。
「……レディ。てめえがその気なら、俺様にも考えがあるぜ」
「なんだと?」
ヴェルインが言い放った一言により、私の正体不明の不安が一気に膨れ上がる。もしかして、この底知れぬ不安は、目の前に居るヴェルインから感じ取っていたものだというのか?
「何を、する気だ?」
駄目だ。これ以上ヴェルインを自由に行動させてはいけない。こいつはまだ敗北を認めていないんだ。なんかしらの手立てで、八色の私に勝とうとしている。
「俺はまだ、てめえと対等に戦う条件を満たしてねえってこった。まあ、見てろ」
そう豪語したヴェルインが口角を鋭く上げると、何かの絵を描いているサニーへ体を向けた。
「サニーちゃ~ん、俺の絵も描いてくれよ~」
「なっ……」
たった今、正体不明の不安の原因が分かってしまった。まずい、今描かれるのは非常にまずい。
一色だった私が八色にまでなってしまったんだ。となると、元々三色だったこいつは、一体何色にまでなってしまうんだ?
私を基準にして計算すると八倍になるから、二十四色。……二十四色だと? なんなんだ、このふざけた数字は? あまりにも絶望的じゃないか。
もしそうなってしまった場合、私は一生ヴェルインに勝てなくなってしまう。どうにかして阻止せねば。
だが、私の意に反し、サニーは描く手を止めてヴェルインに顔を合わせてしまった。
「ヴェルインさんを? うんっ、いいよ!」
「ありがてえ! いっぱい色を使って描いて―――」
「待てっ」
ヴェルインを描かせまいとした私は、高速で二人の間に割って入り、顔をきょとんとさせているサニーに詰め寄る。
「サニー、念の為聞いておくが……。ヴェルインはもちろん、三色しか使わないよな?」
「ヴェルインさん? え~っとね~」
色を確認する為か、サニーは体を横にズラし、私の背後に居るヴェルインを観察し出した。
「耳の色とお腹まわりの色がちがうから、ここで三色でしょ?」
「そこでもう、三色も使うのか……?」
「うん。ズボンの色もちょっとちがう所があるから、ここも二色か三色使いたいな」
これで四、五色。なんという事だ。まだ他の箇所が沢山残っている。それ以上はやめるんだ、サニー。
「目の色もちょっと茶色があるから、そこも二色かな?」
「七色……、七色。そうか」
僅か。ほんの僅かな差であるが、一色だけ私が勝っている。よかった。先に大口を叩いてしまったから、これで負けてしまっていたら、面目丸潰れどころの騒ぎじゃない。
「待てよ、レディ」
ふと背後から、背筋を這いずり回るようなヴェルインの声が聞こえてきた。……なぜだ? なぜ色が確定しているというのに、こんなに自信に満ちた声を出せるんだ?
恐る恐る後ろを向いてみると、目線の先には、悪どい笑みを浮かべ、いやらしい目付きで私を見据えているヴェルインが迫っていた。
「甘えな。俺様にはまだ、隠し玉があるんだよ」
「か、隠し、玉……? 一体なんだ、それは?」
この後の及んで隠し玉だと? はったりだ、そうに違いない。私に勝てないから、悔し紛れの悪足掻きを言っているのだろう。
「見せてやるよお。ニ~ッ」
そう言ったヴェルインが口角をつり上げ、鋭い牙と舌を出してきた。最初から汚れなぞ知らない様でいる、屈託の無い純白の牙。
そして、健康そのものである赤々しい長い舌。これが、ヴェルインの言った隠し玉。普段あまり見せる事のない二色。これでは、九色になってしまう……。
私はまた、ヴェルインに負けてしまうのか? 三年前の屈辱を払えぬまま、たった一匹のウェアウルフに何も出来ず、惨敗を喫してしまうのか?
何か、何かまだ手があるはず。この場を覆す事が出来る、起死回生の一手が。……そうだ。私には、あれがあるじゃないか。よし、全て出してしまおう。
「……それで終わりか?」
「あっ? なんだよ、まだなんかあんのか?」
「ああ、あるさ。見せてやろう。出て来い、“火”、“風”、“水”、“土”、“氷”、“光”」
私の起死回生。それは、六属性の杖を全て出す事。杖を呼ぶ合図を唱えると、まず初めに呼んだ火の杖が、宙に浮かびながら目の前に現れる。
その杖が私の体の周りを回り出すと、次に呼んだ風の杖が同じ様に出てきて。更に水、土、氷、光の順番に現れては、私の周りをゆっくりと囲っていった。
全ての杖を出し終えると、私は腕を組み、敗北が確定した九色のヴェルインを視界に捉える。
「どうだヴェルイン。これが、私の真の姿だ」
「てっめ! 急に杖出したから殺られるかと思ったじゃねえか! 汚えぞ!」
「汚い? なんとでも言え。私は、お前に勝てればそれでいい」
「い、言い切りやがった、こいつ……」
とうとう負けを認めたのか、呆れ顔で耳を垂らしていくヴェルイン。そう、勝てれさえすればいい。結果を残すだけでいいんだ。
これで私は少なくとも十四色。ヴェルインはまだ、瞳を赤くさせる事が出来るので、十色までは増やせる。が、それだけだ。
よし。後はサニーに、今の姿の私を描かせるだけ。勝ちを確信した私は、背後で待っているサニーに体を戻した。
「さあ、サニー。ヴェルインを描いた後、私をもう一度だけ描いて、……む?」
待たせていたサニーを見てみると、目を瞑り、首をカクンとさせている。……もしかして、うたた寝をしているのか?
「……サニー?」
顔を近づけると微かであるが、寝息に似た呼吸音が耳に入り込んできた。間違いない、確実に寝てる。……これだと、無理に起こす事も出来ないな。
「どうしたレディ? 急に固まってよ」
まだサニーの様子が分かっていないヴェルインが、あっけらかんと言う。もうこうなってしまうと、サニーが起きるまで待つしかない。
一気に冷めてしまった私は、鼻からため息をついた後。音を立てずに立ち上がり、ヴェルインの方へ向いた。
「サニーが寝てしまった」
「ありゃ、そうなの?」
ヴェルインも気持ちが冷めたのか、背中が項垂れていく。私は小さく頷き、今度は口からため息を吐いた。
「この勝負、一旦お預けだな」
「だな。……な~んか腹へってきたから、飯くんね?」
「む、そうか。待ってろ、シチューがあるから温め直してやる」
先ほど食べたばかりなのに、私も無性に腹がすいてきてしまった。少し多めに食べてしまおう。
そう決めた私は、周りを飛んでいる杖を消しつつ、二度目の朝食の準備を始めた。
朝食の後片付けをしていると、扉が開く音と共に、待ちわびていたヴェルインの声が聞こえてきた。あいつめ、普段よりも来るのが遅いじゃないか。
「来たな」
木の皿を洗っていた私は、濡れた手を素早く布で拭き取り、先ほど壁に飾ったサニーの絵がある所へ向かう。
そのまま絵を丁寧に外すと、サニーに挨拶を交わしているヴェルインの元へ、額縁を掲げつつ走って行った。
「ヴェルイン、これを見てみろ。さあ早く、ほら」
「お、おおっ!? ……お~、すげえな。レディそっくりじゃねえか。どうしたんだこれ?」
ヴェルインの感銘を受けた感想が聞こえてきたが、額縁が目の前にあるせいで表情が見えない。額物を少し下げて顔を覗かせてみると、ヴェルインは両眉を跳ね上げ、口をすぼめていた。
「サニーが描いてくれたんだ。どうだ、すごいだろ?」
「この絵、サニーちゃんが描いたの!? へえ~、急にえらく上達したなあ。なんか絵の特訓でもさせてやったのか?」
「いや、細い色棒をあげただけだ。まさかここまで上手くなるとは、私も予想していなかった」
「それだけで、こんなに上手くなっちまうもんなの? にわかに信じがたいぜ」
真実を話してみるも、ヴェルインの両目は疑心を宿して丸くなっていくばかり。本当の事なので、これ以上の説明は出来ない。
が、問題はそこじゃない。サニーの目に余る上達具合にはもっと驚いてほしいのだが……。今の目的は、色彩豊かな私に全意識を向けさせる事である。
「それはそうとだヴェルイン。この絵には、一体何色使われてると思う?」
「何色? ……ん~」
ヴェルインの両目が、今度は細くなって絵に近づいていく。正解は八色だが、絶対に分からないだろう。私ですら一色見逃していたのだ。
どれだけ確認しようとも、分かったとしてせいぜい六、七色がいい所。その後に足りない色を指摘し、最後にあの色を教えてしまえば、ヴェルインは驚愕して腰を抜かすに違いない。
さあ、早く答えを言え。そして、一色から八色に飛躍した私に慄くがいい。
「五~……、六……。ああ~、七色か?」
いい線を突いている。だが、一色見逃したな。それがお前の命取りだ。
「七色、ねえ。どの色とどの色だ?」
「やたらと細かく聞いてくんな。え~っと、黒だろ? それと灰色に朱色、赤。薄橙に、紫。後は~、入れていいのか分かんねえけど、茶色か。この七色よ」
やはりこいつも白色を見落としているな。四歳児のサニーが独自で行き着いた、白を際立たせる手法を。
「甘いな」
「へっ?」
「この素晴らしい私の絵には、なんと八色も使われてるんだ」
「八色ぅ? 嘘だろ? あと一色はどこにあんだよ?」
あまりにも興味津々にヴェルインが質問してきたので、私は黙って、ローブの首辺りにある白い紐に指を差した。
「ここだ」
「紐? それ白じゃねえか。……ん?」
再び絵に顔を寄せたヴェルインの目が、左右ひっきりなしに動いている。たぶん、紐の白と画用紙の白を見比べているのだろう。
「……もしかして、この紐の部分、白が塗られてんのか?」
「正解だ」
ようやく八色目を探し当てるも、ヴェルインはまったく驚愕する事無く、呆れ返った顔を私に見せつけた。
「お前よお、白を入れんのはずりぃだろ」
「何を言ってる。白も立派な色だ。そして、これは一見なんの変哲もない白だが、この紐の白は、白をより際立たせる為に一手間加えられた白であり、四歳のサニーが独自で考え付いた手法だ。まだ幼き四歳であるサニーがだぞ? すごいと思わないのか?」
「し、白に対する評価と熱意がすげぇな……。あ~、分かった分かった。白も色だし、この絵は八色だよ。これでいいか?」
認めた。ヴェルインは確かに今、この絵を八色だと認めた。よし、最後の仕上げだ。こいつにトドメを刺してやる。
「でだヴェルイン。昔サニーに描かれたお前の絵は、何色使用されているんだっけか?」
「俺? 俺は三色だけど……、あっ!」
ヴェルインが上げた声色から察するに、私の目論見に気付いたようだ。しかし、もう遅い。お前は認めてしまった。この私の絵が八色だとな。
「どうした三色? 八色も使われてる私に慄いたのか?」
完全に敗北した三色のヴェルインが、顔をわなわなとさせ、八色である私にビッと指を差す。
「お、おま、おまっ! これだけか!? これだけの為にサニーちゃんに絵を描かせたのか!?」
「違う。これは新しい色棒を試す為に、サニーが赴くままに描いてくれたんだ。言わば、自然体で本来なる私の姿だ」
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「私は八色。お前は三色。これは、揺るぎない事実だ。早く認めてしまった方が楽になるぞ?」
挑発染みた説得を繰り返すと、屈辱で歪んでいるヴェルインの表情が、牙を剥き出しにした威嚇面に変わっていく。
相当悔しいに違いない。だが、なんとなく嫌な予感がする。そして私は少しだけ焦っていて、とてつもない不安に駆られているような気がする。
この正体不明の不安は、一体なんなんだ? まるで原因が分からない。予想ではあるが、早急に取り除かないと、手遅れになりそうな気がしてならない。
私が不安の原因を探っていると、ヴェルインの歪み切っていた顔が、不意に邪悪な笑みへと変貌した。
「……レディ。てめえがその気なら、俺様にも考えがあるぜ」
「なんだと?」
ヴェルインが言い放った一言により、私の正体不明の不安が一気に膨れ上がる。もしかして、この底知れぬ不安は、目の前に居るヴェルインから感じ取っていたものだというのか?
「何を、する気だ?」
駄目だ。これ以上ヴェルインを自由に行動させてはいけない。こいつはまだ敗北を認めていないんだ。なんかしらの手立てで、八色の私に勝とうとしている。
「俺はまだ、てめえと対等に戦う条件を満たしてねえってこった。まあ、見てろ」
そう豪語したヴェルインが口角を鋭く上げると、何かの絵を描いているサニーへ体を向けた。
「サニーちゃ~ん、俺の絵も描いてくれよ~」
「なっ……」
たった今、正体不明の不安の原因が分かってしまった。まずい、今描かれるのは非常にまずい。
一色だった私が八色にまでなってしまったんだ。となると、元々三色だったこいつは、一体何色にまでなってしまうんだ?
私を基準にして計算すると八倍になるから、二十四色。……二十四色だと? なんなんだ、このふざけた数字は? あまりにも絶望的じゃないか。
もしそうなってしまった場合、私は一生ヴェルインに勝てなくなってしまう。どうにかして阻止せねば。
だが、私の意に反し、サニーは描く手を止めてヴェルインに顔を合わせてしまった。
「ヴェルインさんを? うんっ、いいよ!」
「ありがてえ! いっぱい色を使って描いて―――」
「待てっ」
ヴェルインを描かせまいとした私は、高速で二人の間に割って入り、顔をきょとんとさせているサニーに詰め寄る。
「サニー、念の為聞いておくが……。ヴェルインはもちろん、三色しか使わないよな?」
「ヴェルインさん? え~っとね~」
色を確認する為か、サニーは体を横にズラし、私の背後に居るヴェルインを観察し出した。
「耳の色とお腹まわりの色がちがうから、ここで三色でしょ?」
「そこでもう、三色も使うのか……?」
「うん。ズボンの色もちょっとちがう所があるから、ここも二色か三色使いたいな」
これで四、五色。なんという事だ。まだ他の箇所が沢山残っている。それ以上はやめるんだ、サニー。
「目の色もちょっと茶色があるから、そこも二色かな?」
「七色……、七色。そうか」
僅か。ほんの僅かな差であるが、一色だけ私が勝っている。よかった。先に大口を叩いてしまったから、これで負けてしまっていたら、面目丸潰れどころの騒ぎじゃない。
「待てよ、レディ」
ふと背後から、背筋を這いずり回るようなヴェルインの声が聞こえてきた。……なぜだ? なぜ色が確定しているというのに、こんなに自信に満ちた声を出せるんだ?
恐る恐る後ろを向いてみると、目線の先には、悪どい笑みを浮かべ、いやらしい目付きで私を見据えているヴェルインが迫っていた。
「甘えな。俺様にはまだ、隠し玉があるんだよ」
「か、隠し、玉……? 一体なんだ、それは?」
この後の及んで隠し玉だと? はったりだ、そうに違いない。私に勝てないから、悔し紛れの悪足掻きを言っているのだろう。
「見せてやるよお。ニ~ッ」
そう言ったヴェルインが口角をつり上げ、鋭い牙と舌を出してきた。最初から汚れなぞ知らない様でいる、屈託の無い純白の牙。
そして、健康そのものである赤々しい長い舌。これが、ヴェルインの言った隠し玉。普段あまり見せる事のない二色。これでは、九色になってしまう……。
私はまた、ヴェルインに負けてしまうのか? 三年前の屈辱を払えぬまま、たった一匹のウェアウルフに何も出来ず、惨敗を喫してしまうのか?
何か、何かまだ手があるはず。この場を覆す事が出来る、起死回生の一手が。……そうだ。私には、あれがあるじゃないか。よし、全て出してしまおう。
「……それで終わりか?」
「あっ? なんだよ、まだなんかあんのか?」
「ああ、あるさ。見せてやろう。出て来い、“火”、“風”、“水”、“土”、“氷”、“光”」
私の起死回生。それは、六属性の杖を全て出す事。杖を呼ぶ合図を唱えると、まず初めに呼んだ火の杖が、宙に浮かびながら目の前に現れる。
その杖が私の体の周りを回り出すと、次に呼んだ風の杖が同じ様に出てきて。更に水、土、氷、光の順番に現れては、私の周りをゆっくりと囲っていった。
全ての杖を出し終えると、私は腕を組み、敗北が確定した九色のヴェルインを視界に捉える。
「どうだヴェルイン。これが、私の真の姿だ」
「てっめ! 急に杖出したから殺られるかと思ったじゃねえか! 汚えぞ!」
「汚い? なんとでも言え。私は、お前に勝てればそれでいい」
「い、言い切りやがった、こいつ……」
とうとう負けを認めたのか、呆れ顔で耳を垂らしていくヴェルイン。そう、勝てれさえすればいい。結果を残すだけでいいんだ。
これで私は少なくとも十四色。ヴェルインはまだ、瞳を赤くさせる事が出来るので、十色までは増やせる。が、それだけだ。
よし。後はサニーに、今の姿の私を描かせるだけ。勝ちを確信した私は、背後で待っているサニーに体を戻した。
「さあ、サニー。ヴェルインを描いた後、私をもう一度だけ描いて、……む?」
待たせていたサニーを見てみると、目を瞑り、首をカクンとさせている。……もしかして、うたた寝をしているのか?
「……サニー?」
顔を近づけると微かであるが、寝息に似た呼吸音が耳に入り込んできた。間違いない、確実に寝てる。……これだと、無理に起こす事も出来ないな。
「どうしたレディ? 急に固まってよ」
まだサニーの様子が分かっていないヴェルインが、あっけらかんと言う。もうこうなってしまうと、サニーが起きるまで待つしかない。
一気に冷めてしまった私は、鼻からため息をついた後。音を立てずに立ち上がり、ヴェルインの方へ向いた。
「サニーが寝てしまった」
「ありゃ、そうなの?」
ヴェルインも気持ちが冷めたのか、背中が項垂れていく。私は小さく頷き、今度は口からため息を吐いた。
「この勝負、一旦お預けだな」
「だな。……な~んか腹へってきたから、飯くんね?」
「む、そうか。待ってろ、シチューがあるから温め直してやる」
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