43 / 343
42話、唯一の天敵
しおりを挟む
途中で私達の存在に気が付いたらしく、アルビスが細めた龍眼を私に合わせてきた。お構い無しに頂上へ近づき、地面に足を付ける。
そのまま『ふわふわ』でサニーを下ろし、乗っていた漆黒色の箒を消す。黙ったまま顔を上げてみれば、更に細くなっているアルビスの龍眼と、巨大な顔が視界に映った。
どういう訳か。私に向けている龍眼には疑心や不安、僅かな殺意も篭っているように見え、様々な感情が入り乱れているようにも感じた。
「アカシック・ファーストレディ。ここに人間を連れて来るとは、一体何を企んでるんだ?」
開口一番に、アルビスが意図の掴めない質問を始めた。その言葉と口調には、かなりの怒りが含まれている。着いて早々、訳が分からないまま機嫌を損ねてしまったようだ。
「いきなり来てすまない。今日は、二つの用事があってここに来たんだ」
アルビスが放った質問は一旦無視し、これ以上刺激しないよう、無難に返す私。興味が私の質問返しに向いたのか、アルビスの重厚感がある右眉が跳ね上がる。
「用事、ねえ。とりあえず言ってみろ」
「ありがとう。まず一つ目は、お礼を再度言いにだ」
「お礼? なんのだ?」
「数年前、お前が鱗を二枚くれただろ?」
一つ目の説明を始めた私は、足にしがみついているサニーの頭に手を乗せた。
「そのお陰で、当時赤ん坊だったこの子が、今こうして元気でいられている。だから、もう一度お礼を言いに来たんだ」
「ほう。その小娘が、例の弱ってた赤ん坊か」
内容の一部を伝えると、アルビスの龍眼に宿っていた殺意が無くなり、その龍眼をサニーに移す。
「ああ。お前の鱗が無かったら、完璧に近い秘薬が作れず、この子が死んでたかもしれないんだ。あの時は鱗を二枚もくれて、本当にありがとう」
「数年の時を経て、またお礼を言いに来るとはな。貴様にしては殊勝な心構えだ。余計な詮索をしてしまう程にな」
詮索をされるのも無理はない。数十年前の私は、アルビスの部位を狙いに、頻繁にここへ訪れていた。
そして訪れる度に十日前後に渡り、地形をことごとく変化させる戦いに明け暮れていた。あの時に比べると、数年前のやり取りや、今こうして争う事無く喋っていられるのは奇跡に近い。
一応、これも戦いだ。アルビスの鼻につく挑発を受け流し、サニーに絵を描かせるという、私一人の戦い。私の対応次第では、全てが無駄になってしまう可能性がある。気を付けなければ。
「別に、今日はお前に何もしないさ。変な詮索はしなくていい」
「ふんっ、どうだか。で、二つ目の用事はなんだ?」
「ああ、ちょっと待っててくれ」
二つ目の用事。それは、サニーにアルビスの絵を描かせる事。なので私は準備をするべく、布袋から画用紙と大量の色棒が入った袋を出し、サニーに差し出す。
「ほら、サニー。絵を描かせて下さいと言ってこい。自己紹介も忘れずにな」
「うんっ」
まったく慄いた様子もなく、笑顔で頷くサニー。今からサニーは、恐怖そのものを具現化した様な魔物と対峙するというのに。なぜ笑顔でいられるのだろうか。
この前サニーは、砂漠地帯で恐怖と危機感を学んだ。だがそれは、実際に目にしたからであり、今回はまだ何もしていない。
アルビスがなんかしらの暴力的な行動を起こさない限り、サニーは普段通りのままだろう。そうか、これはその都度教えないといけないな。
両手で大事そうに画用紙と色棒が入った袋を受け取ったサニーが、アルビスの方へ向く。そのまま歩き出しだ直後、突然サニーの周りに透明色の魔法壁が展開した。
今回はサニーとの距離が近く、私もギリギリ魔法壁の中に入ったので、私を召喚する召喚魔法は発動しなかった。
「小娘、そこで止まれ」
「ふぇっ?」
アルビスの怒りを帯びた口調の命令に、サニーはピタリと歩みを止める。
魔法壁が発動したという事は、アルビスはサニーに殺意か敵意を向けている。初めてここに来た時、アルビスは変な事を言っていたな。それと何か関係しているのだろうか?
「アカシック・ファーストレディ。なぜこの小娘を余に近づけたんだ?」
これは、サニーに直接二つ目のお願いを言わせられる雰囲気ではない。サニーに対して警戒心があまりにも強すぎる。
「機嫌を損ねたのであれば謝ろう。二つ目の用事は、その子にお前の絵を描かせてやりたいんだ」
「余の絵、だと?」
私を睨みつけていた鋭い龍眼が下に移り、サニーを再び捉える。理由が分かって殺意か敵意を消したのか、サニーを守っていた魔法壁が消え、アルビスの龍眼が私の方へ戻った。
「嘘は言ってないようだが、まずは確証を得たい。それが得られるまで、小娘はそこを動くな」
「はいっ」
自分の事を小娘と言われているのを理解していたのか、サニーがその場で背筋を正す。
「確証?」
アルビスがやたらと警戒している理由が分かりそうなので、興味を持って質問をする私。
「ああ。確か貴様は、変身魔法を使えたよな?」
「変身魔法……。久しく使ってないが、精度の高い魔法を使える。お前もよく知ってるだろ?」
変身魔法。その名の通り、他者や色々な物体に変身が出来る魔法だ。昔はよく龍に変身してアルビスに近づき、虚を衝いていた。
だが、なぜ今頃になって、変身魔法の名が出てきたのかが分からない。
「散々騙されてきたからな、身を以て知ってる。でだ、その小娘は本当に貴様の娘であり、別の誰かを変身させてないか、その証拠を出せ。もしくは、正直に言え。返答次第では、分かってるな?」
最後は崩して言ったが、アルビスは私達を殺すつもりだ。その証拠に、口の中が赤く光り出している。いつでも灼熱のブレスを吐けるよう、先制攻撃の準備しているな。
証拠を出せと言われても、出せる訳がない。目の前に居るサニーは間違いなく本物。誰かを変身させてなどいない。が、それについての説明が出来なければ、証拠も提示が出来ない。
となると、正直に言うしか道はない。アルビスはなぜ、四歳のサニーにここまで警戒しているのか。先にそれを突っついておこう。
「なんでお前は、この子をそこまで警戒してるんだ? 理由が知りたい」
「当たり前だ。余にとって、ブラックドラゴンにとって人間は最大の天敵。警戒しない方がおかしいだろ」
「人間が、天敵?」
「そうだ。人間は滑稽でしぶとく、そして欲深い愚かな生き物だ。で、証拠は出せるのか? 正直に言えるのか? 早くしろ」
アルビスの天敵が人間? 初めて知ったぞ、そんな事。アルビスにとって人間は、眼中にすら無い存在だと思っていた。
そもそも普通の人間なんて、アルビスに近づく事さえ不可能だ。敵意を持って少しでも近づけば、灼熱のブレスで跡形も無く蒸発してしまうだろう。
なぜ人間が天敵なのか気になるが、これ以上問う事も出来ない。早くサニーに向けられた警戒を解き、楽にしてやらなければ。
「正直に言うと、お前を満足させる事の出来る証拠は出せない。その子は本当に私の娘だからな。信用してくれないか?」
「なるほど、普通ならそう言うだろう。が、貴様はよく余の眼を欺いてきたからな。何か行動で示せ」
正直に言えば、注文が増える。これは、昔の私の行いのせいなのだが……。行動で示す、か。頭に浮かんできたのは、とにかく誠意の篭った謝罪。
どうせ謝ってしまうんだ。過去アルビスにしでかしてきた行為を全て、洗い流してしまおう。そして最後に、もう二度と手を出さないと誓う。これしかない。
「なら、過去の事を全て謝ろう。そして、もうお前には二度と手を出さないし、攻撃しないとも誓う」
「……ほうっ?」
多少の興味を抱いてくれたのか、アルビスの声色が若干弾んでいる。やや手応えありだ。
しかしアルビスの龍眼には、まだ多大なる疑心が宿っているのか、限界まで細まったままである。
「謝るのは簡単だ。その場凌ぎの口約束でしかない。余は、行動で示せとも言ったはずだ。それは一体どうするんだ?」
「なら、土下座をしよう。お前が満足するまで、何分でも、何十分でも、何時間でもだ」
「土下座だと?」
「ああ、今からやる。ちゃんと見ててくれ」
土下座。過去の私であれば、圧倒的に屈辱な行為だ。けれど今なら、なんて事はない。考えるまでもなく、全て私が悪いのだから。当然の行為とも言えよう。
何時間土下座をすれば、アルビスは許してくれるだろうか? 長丁場になるから、それだけは覚悟しておこう。
顔を下に向けてから右膝を地面に突き、左膝を突けようとした途端。「待て、アカシック・ファーストレディ」という声が聞こえてきたので、アルビスに顔を向ける。
目で捉えたアルビスの龍眼には、今まで篭っていた物全てが無くなっていて、私と見合わせた後、アルビスの龍眼がサニーへ滑った。
「小娘、余の前まで来い」
「はいっ!」
「……おいアルビス、私はまだ土下座をしてないぞ? いいのか?」
「いい」
そう短く言ったアルビスの龍眼が、再び私の方へ向く。
「そんな無様な貴様の姿なぞ、拝みたくもないわ。ただの虚勢かと思ってみれば……。まさか、本当にやるとはな。少々驚いてしまったぞ」
私を止めた理由を述べ始めたアルビスの視線が右にズレ、砂埃が撒き上がる程の鼻息を漏らした。
「分かった、余が折れよう。一旦は信じてやる」
「……そうか、ありがとう」
訳が分からないまま折れてくれたお陰で、やや不燃焼気味であるが……。これで信用を得られたんだ、素直に従っておこう。
なんの臆する事もなくアルビスに近づいていったサニーが、歩みを止める。すると黙っていたアルビスの巨大な顔が、サニーに寄っていった。
「小娘、名はなんと言うんだ?」
「はじめまして、サニーですっ! よろしくお願いします!」
暴風の風切り音にも負けない声量で自己紹介し、ペコリと頭を下げるサニー。
「ほう、躾はちゃんとされてる様だな。で、サニーとやら。貴様は何しにここまで来たんだ?」
「アルビスさんの絵が描きたくて、ここまで来ました! 描いてもいいですかっ?」
「なるほど、ちょうど暇を持て余してた所だ。余を描くのであれば、凛々しく、雄々しく、そして気高く描け」
「りりしく……?」
流石に四歳児には理解出来なかったのだろう。サニーの頭が右に傾いている。表情は見えないが、たぶん青い瞳をきょとんとさせているに違いない。
「……とにかく、かっこよく描け」
「かっこよく……、わかりましたっ!」
相変わらずサニーの胆力と素直さは凄まじい。あのアルビスさえたじろいでいる。だが、あの二十m以上はある巨体を、一体どんな風に描くのだろうか?
絵の出来次第では、アルビスの機嫌を損ねてしまう可能性も無くもないが……。まあ、サニーは絵が上手い。心配しないで見守っていよう。
そのまま『ふわふわ』でサニーを下ろし、乗っていた漆黒色の箒を消す。黙ったまま顔を上げてみれば、更に細くなっているアルビスの龍眼と、巨大な顔が視界に映った。
どういう訳か。私に向けている龍眼には疑心や不安、僅かな殺意も篭っているように見え、様々な感情が入り乱れているようにも感じた。
「アカシック・ファーストレディ。ここに人間を連れて来るとは、一体何を企んでるんだ?」
開口一番に、アルビスが意図の掴めない質問を始めた。その言葉と口調には、かなりの怒りが含まれている。着いて早々、訳が分からないまま機嫌を損ねてしまったようだ。
「いきなり来てすまない。今日は、二つの用事があってここに来たんだ」
アルビスが放った質問は一旦無視し、これ以上刺激しないよう、無難に返す私。興味が私の質問返しに向いたのか、アルビスの重厚感がある右眉が跳ね上がる。
「用事、ねえ。とりあえず言ってみろ」
「ありがとう。まず一つ目は、お礼を再度言いにだ」
「お礼? なんのだ?」
「数年前、お前が鱗を二枚くれただろ?」
一つ目の説明を始めた私は、足にしがみついているサニーの頭に手を乗せた。
「そのお陰で、当時赤ん坊だったこの子が、今こうして元気でいられている。だから、もう一度お礼を言いに来たんだ」
「ほう。その小娘が、例の弱ってた赤ん坊か」
内容の一部を伝えると、アルビスの龍眼に宿っていた殺意が無くなり、その龍眼をサニーに移す。
「ああ。お前の鱗が無かったら、完璧に近い秘薬が作れず、この子が死んでたかもしれないんだ。あの時は鱗を二枚もくれて、本当にありがとう」
「数年の時を経て、またお礼を言いに来るとはな。貴様にしては殊勝な心構えだ。余計な詮索をしてしまう程にな」
詮索をされるのも無理はない。数十年前の私は、アルビスの部位を狙いに、頻繁にここへ訪れていた。
そして訪れる度に十日前後に渡り、地形をことごとく変化させる戦いに明け暮れていた。あの時に比べると、数年前のやり取りや、今こうして争う事無く喋っていられるのは奇跡に近い。
一応、これも戦いだ。アルビスの鼻につく挑発を受け流し、サニーに絵を描かせるという、私一人の戦い。私の対応次第では、全てが無駄になってしまう可能性がある。気を付けなければ。
「別に、今日はお前に何もしないさ。変な詮索はしなくていい」
「ふんっ、どうだか。で、二つ目の用事はなんだ?」
「ああ、ちょっと待っててくれ」
二つ目の用事。それは、サニーにアルビスの絵を描かせる事。なので私は準備をするべく、布袋から画用紙と大量の色棒が入った袋を出し、サニーに差し出す。
「ほら、サニー。絵を描かせて下さいと言ってこい。自己紹介も忘れずにな」
「うんっ」
まったく慄いた様子もなく、笑顔で頷くサニー。今からサニーは、恐怖そのものを具現化した様な魔物と対峙するというのに。なぜ笑顔でいられるのだろうか。
この前サニーは、砂漠地帯で恐怖と危機感を学んだ。だがそれは、実際に目にしたからであり、今回はまだ何もしていない。
アルビスがなんかしらの暴力的な行動を起こさない限り、サニーは普段通りのままだろう。そうか、これはその都度教えないといけないな。
両手で大事そうに画用紙と色棒が入った袋を受け取ったサニーが、アルビスの方へ向く。そのまま歩き出しだ直後、突然サニーの周りに透明色の魔法壁が展開した。
今回はサニーとの距離が近く、私もギリギリ魔法壁の中に入ったので、私を召喚する召喚魔法は発動しなかった。
「小娘、そこで止まれ」
「ふぇっ?」
アルビスの怒りを帯びた口調の命令に、サニーはピタリと歩みを止める。
魔法壁が発動したという事は、アルビスはサニーに殺意か敵意を向けている。初めてここに来た時、アルビスは変な事を言っていたな。それと何か関係しているのだろうか?
「アカシック・ファーストレディ。なぜこの小娘を余に近づけたんだ?」
これは、サニーに直接二つ目のお願いを言わせられる雰囲気ではない。サニーに対して警戒心があまりにも強すぎる。
「機嫌を損ねたのであれば謝ろう。二つ目の用事は、その子にお前の絵を描かせてやりたいんだ」
「余の絵、だと?」
私を睨みつけていた鋭い龍眼が下に移り、サニーを再び捉える。理由が分かって殺意か敵意を消したのか、サニーを守っていた魔法壁が消え、アルビスの龍眼が私の方へ戻った。
「嘘は言ってないようだが、まずは確証を得たい。それが得られるまで、小娘はそこを動くな」
「はいっ」
自分の事を小娘と言われているのを理解していたのか、サニーがその場で背筋を正す。
「確証?」
アルビスがやたらと警戒している理由が分かりそうなので、興味を持って質問をする私。
「ああ。確か貴様は、変身魔法を使えたよな?」
「変身魔法……。久しく使ってないが、精度の高い魔法を使える。お前もよく知ってるだろ?」
変身魔法。その名の通り、他者や色々な物体に変身が出来る魔法だ。昔はよく龍に変身してアルビスに近づき、虚を衝いていた。
だが、なぜ今頃になって、変身魔法の名が出てきたのかが分からない。
「散々騙されてきたからな、身を以て知ってる。でだ、その小娘は本当に貴様の娘であり、別の誰かを変身させてないか、その証拠を出せ。もしくは、正直に言え。返答次第では、分かってるな?」
最後は崩して言ったが、アルビスは私達を殺すつもりだ。その証拠に、口の中が赤く光り出している。いつでも灼熱のブレスを吐けるよう、先制攻撃の準備しているな。
証拠を出せと言われても、出せる訳がない。目の前に居るサニーは間違いなく本物。誰かを変身させてなどいない。が、それについての説明が出来なければ、証拠も提示が出来ない。
となると、正直に言うしか道はない。アルビスはなぜ、四歳のサニーにここまで警戒しているのか。先にそれを突っついておこう。
「なんでお前は、この子をそこまで警戒してるんだ? 理由が知りたい」
「当たり前だ。余にとって、ブラックドラゴンにとって人間は最大の天敵。警戒しない方がおかしいだろ」
「人間が、天敵?」
「そうだ。人間は滑稽でしぶとく、そして欲深い愚かな生き物だ。で、証拠は出せるのか? 正直に言えるのか? 早くしろ」
アルビスの天敵が人間? 初めて知ったぞ、そんな事。アルビスにとって人間は、眼中にすら無い存在だと思っていた。
そもそも普通の人間なんて、アルビスに近づく事さえ不可能だ。敵意を持って少しでも近づけば、灼熱のブレスで跡形も無く蒸発してしまうだろう。
なぜ人間が天敵なのか気になるが、これ以上問う事も出来ない。早くサニーに向けられた警戒を解き、楽にしてやらなければ。
「正直に言うと、お前を満足させる事の出来る証拠は出せない。その子は本当に私の娘だからな。信用してくれないか?」
「なるほど、普通ならそう言うだろう。が、貴様はよく余の眼を欺いてきたからな。何か行動で示せ」
正直に言えば、注文が増える。これは、昔の私の行いのせいなのだが……。行動で示す、か。頭に浮かんできたのは、とにかく誠意の篭った謝罪。
どうせ謝ってしまうんだ。過去アルビスにしでかしてきた行為を全て、洗い流してしまおう。そして最後に、もう二度と手を出さないと誓う。これしかない。
「なら、過去の事を全て謝ろう。そして、もうお前には二度と手を出さないし、攻撃しないとも誓う」
「……ほうっ?」
多少の興味を抱いてくれたのか、アルビスの声色が若干弾んでいる。やや手応えありだ。
しかしアルビスの龍眼には、まだ多大なる疑心が宿っているのか、限界まで細まったままである。
「謝るのは簡単だ。その場凌ぎの口約束でしかない。余は、行動で示せとも言ったはずだ。それは一体どうするんだ?」
「なら、土下座をしよう。お前が満足するまで、何分でも、何十分でも、何時間でもだ」
「土下座だと?」
「ああ、今からやる。ちゃんと見ててくれ」
土下座。過去の私であれば、圧倒的に屈辱な行為だ。けれど今なら、なんて事はない。考えるまでもなく、全て私が悪いのだから。当然の行為とも言えよう。
何時間土下座をすれば、アルビスは許してくれるだろうか? 長丁場になるから、それだけは覚悟しておこう。
顔を下に向けてから右膝を地面に突き、左膝を突けようとした途端。「待て、アカシック・ファーストレディ」という声が聞こえてきたので、アルビスに顔を向ける。
目で捉えたアルビスの龍眼には、今まで篭っていた物全てが無くなっていて、私と見合わせた後、アルビスの龍眼がサニーへ滑った。
「小娘、余の前まで来い」
「はいっ!」
「……おいアルビス、私はまだ土下座をしてないぞ? いいのか?」
「いい」
そう短く言ったアルビスの龍眼が、再び私の方へ向く。
「そんな無様な貴様の姿なぞ、拝みたくもないわ。ただの虚勢かと思ってみれば……。まさか、本当にやるとはな。少々驚いてしまったぞ」
私を止めた理由を述べ始めたアルビスの視線が右にズレ、砂埃が撒き上がる程の鼻息を漏らした。
「分かった、余が折れよう。一旦は信じてやる」
「……そうか、ありがとう」
訳が分からないまま折れてくれたお陰で、やや不燃焼気味であるが……。これで信用を得られたんだ、素直に従っておこう。
なんの臆する事もなくアルビスに近づいていったサニーが、歩みを止める。すると黙っていたアルビスの巨大な顔が、サニーに寄っていった。
「小娘、名はなんと言うんだ?」
「はじめまして、サニーですっ! よろしくお願いします!」
暴風の風切り音にも負けない声量で自己紹介し、ペコリと頭を下げるサニー。
「ほう、躾はちゃんとされてる様だな。で、サニーとやら。貴様は何しにここまで来たんだ?」
「アルビスさんの絵が描きたくて、ここまで来ました! 描いてもいいですかっ?」
「なるほど、ちょうど暇を持て余してた所だ。余を描くのであれば、凛々しく、雄々しく、そして気高く描け」
「りりしく……?」
流石に四歳児には理解出来なかったのだろう。サニーの頭が右に傾いている。表情は見えないが、たぶん青い瞳をきょとんとさせているに違いない。
「……とにかく、かっこよく描け」
「かっこよく……、わかりましたっ!」
相変わらずサニーの胆力と素直さは凄まじい。あのアルビスさえたじろいでいる。だが、あの二十m以上はある巨体を、一体どんな風に描くのだろうか?
絵の出来次第では、アルビスの機嫌を損ねてしまう可能性も無くもないが……。まあ、サニーは絵が上手い。心配しないで見守っていよう。
1
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
側妃に追放された王太子
基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」
正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。
そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。
王の代理が側妃など異例の出来事だ。
「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」
王太子は息を吐いた。
「それが国のためなら」
貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。
無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる