ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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67話、腹がへっては目的を果たせぬ

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「む。サニー、海が見えてきたぞ」

「えっ、どこどこっ!? ……うわぁ~っ!」

 景観が毒々しい湿地帯に入り、限界速度で飛び続けて、早三十分。ようやく湿地帯の端まだ来れたようで、突出した黒い岩肌が目立つ草原の向こう側に、目的地の海が見えてきた。
 太陽の光を乱反射させている、空の色とはまた違う雄大な青。懐かしさを覚えるチカチカとした光だ。思わず目が眩み、顔を逸らしてしまいたいほどに。

「海だーっ! 空が下にもあるみたいっ!」

「波が穏やかなら太陽が海に映るだろうし、あながち間違いではないな」

 そう、穏やかであればの話だ。ここは迫害の地である。もちろん普通の海じゃない。街にある平和な海とは違い、海面の下には、海に住んでいる魔物が大量に蠢いている。
 なので年中争いが絶えず、魔物の骨が砂浜に流れ着いてくる訳だ。もうここからでも、砂浜から突き出した骨が見えている。かなり大きい。もしあの骨が竜の類(たぐい)であれば、ファートが喜ぶだろう。
 嬉々とした声を上げ続けているサニーをよそに、更に海へ近づいていく。草原を飛び越え、数多の骨をサニーの視界に入れたくないので、砂浜を少し通り越してから止まった。

「ざざ~ん、ざざ~んって音がするっ。これが波の音かぁ」

「ああ、心地いい音だな」

 他の雑音は一切無いので、さざ波の音だけが等間隔に聞こえてくる。やはりこの音を聞くと、自然と瞼を閉じてしまい、頭の中にピースの顔が浮かんでくるな。
 幼少期の頃、私達を拾ってくれた『レム』さんの教会で共に暮らし。私に『アカシック』という名前を付けてくれた、とても頼れる父のような存在であり。
 常に傍に寄り添い合っていた、優しい兄のような男であり。私の心の拠り所で、結婚まで誓ってくれた、大切な彼であるピース。ああ、逢いたいなぁ。

「お母さんお母さん、早く下に降りよっ!」

「む」

 興奮しているサニーが催促してくるも、私の頭の中からは、ピースの顔は消えない。海に居る間は、消える事は決してないだろう。
 サニーは、ああ言っているが、今日は地面には降りない。砂浜の景観は骨で禍々しさを極めているし、砂浜の下には魔物がそこら中に潜んでいるので、かなり危険なのだ。

「ちょっと待ってろ。面白い場所を作ってやる」

 そう焦らす様に言った私は指を鳴らし、箒の先にぶら下げてある布袋の中に入っている、大きな一枚布に『ふわふわ』をかけた。
 すると、大きな一枚布が布袋からふわりと抜け出し、くるまっていた身を伸ばしていく。そして、私達の隣まで引き寄せると、今度はサニーの体に『ふわふわ』をかけ、大きな一枚布の上に座らせた。

「今日は、そこで過ごすぞ」

「わ、わっ、これ知ってる! 魔法の絨毯だ!」

 絵本で知った知識を披露し、青い瞳をキラキラと輝かせ、ぱふぱふと一枚布を叩き出すサニー。そのはしゃぎ倒している姿は、さながら名の無い童話の主人公。
 魔法の絨毯を手に入れたサニーの不思議な冒険は、これから始まろうとしている。……待てよ? そうか、私が絵本の物語を書くのもアリだな。絵は壊滅的に下手なので、書くとしたら小説か。
 題名は『サニーと魔法の絨毯』。いや、ありきたりだな。『サニーと不思議な魔法の絨毯』……む? 前とほとんど変わってないじゃないか。『サニーとすごい魔法の絨毯』。……ああ、分かった。こっちも絶望的にダメだ。恥を掻く前にやめておこう……。

 全てを始める前から諦めた私も、布袋を手に持ってから自分の体に『ふわふわ』をかけ、魔法の絨毯と化した一枚布に移動する。
 正座をしながら布袋を置き、箒からぶら下がっている状態のファートに顔をやった。

「ファート、起きろ。海に着いたぞ」

「うにゅ……、海ぃ~……? おおっ!?」

 傍から見ると吊るされた白骨にしか見えないファートが、海を認めるや否や。目の部分に黄色の眼光が灯った。なるほど、こいつも興奮し出したな。

「な、ちょっ、なんだこの縄ッ!? ファーストレディ、我に括り付けられてる縄を解いてくれ!」

「括り付けてくれとか、解いてくれとか、注文が多い奴だな」

 ボヤきつつも、私は箒をこちら側に寄せ、ファートの体に括り付けた縄を解こうとする。
 が、飛んでいる間に力が加わっていったのか、固く締まり過ぎて解けそうにもない。仕方ない、風魔法で切ってしまおう。
 指を鳴らし続けて、小さな風の刃を何度も呼び出す。ファートの骨に傷を付けぬよう調整し、縄を少しずつ切っていった。

「もうちょい、もうちょいで切れるああぁぁぁぁぁ……」

 もう少しで切れようとしていたのが……。一皮繋がりだった縄が、ファートの軽い重みに耐え兼ねたのか。突然ブツンと切れてしまい、そのままファートが落下していった。
 サニーが「あっ!」と驚きながら下の様子を覗きに行ったので、私もサニーの体を覆う形で後を追う。
 大小様々な骨が散乱している浜辺を確認してみると、その中で宙に浮いている生き生きとしている骸骨が、私達に向かって元気よく手を振っていた。

「ありがとよ、ファーストレディ! しばらく好き勝手やらせてもらうから、帰る時になったら声をかけてくれ!」

「ああ、分かった」

「ほっ……。ファートさん、いってらっしゃーい!」

 私の体の下に居るサニーが、安心した様な息を漏らし、ファートに負けじと小さな手を大きく振り返す。
 ファートも風魔法を使えて、宙に浮かべるのは知っていたので私は驚かなかったが。本当に優しい愛娘だな、サニーは。
 ……そういえばファートは、物体をすり抜けられる幽体にもなれたはず。わざわざ縄を切らなくても大丈夫だったじゃないか。

「それじゃあサニー、絵を描くか?」

「描く! ……あっ」

 当初の目的を思い出させてあげたと同時に、サニーの腹から『くぅ』と小動物を思わせるような腹の虫が鳴った。
 その音がしてからサニーは自分の腹に顔をやり、真顔になっている顔を私に合わせてきた後、恥ずかし気に苦笑いをする。

「絵を描く前に、昼食にするか」

「うんっ、お腹ぺこぺこになっちゃった」

 私の家から海まで来るのに、おおよそ二、三時間といった所か。朝早く家から出たので、昼食にはまだ早いが、サニーの腹事情を優先しよう。
 一枚布の中央へ戻り、布袋を漁る。中から昼食用のパンを二つ、精霊の泉の水が入っている容器を取り出し、パンをサニーに差し出した。

「ほら、焦って食べるなよ?」

「ありがとう!」

 両手で大事そうにパンを受け取ったサニーが、私の言う事を聞かずにパンを一気に頬張り、満面の笑みで口を動かし出す。
 この頬が膨らんでいるサニーが、また可愛いんだ。ずっと見ていられる。けれども、喉にパンを詰まらせるといけないので、水が入っている容器をサニーの前に置いた。

「パンを飲み込んだら、すぐに飲め」

 まだ口の中にパンが入っているので、黙ったまま大袈裟にうなずくサニー。腹はへっていないけども、私もパンを食べてしまうか。
 前までは新薬の副作用で、食事や睡眠をしなくても平気な体になっていたが。サニーと接していく内に、この二つの副作用は治ってしまっていた。
 睡眠の方は、ゴーレム達を助けた後に治り。食事の方は、気が付いたら治っていた。たぶん、サニーの食事を作り出してからだろう。となると、かなり前になるな。

 あと体に残っている副作用は、致命傷を負わなければ死なない中途半端な不老と、肌で熱さ、寒さを感じ取れないといった、この二つのみ。
 不老は、ピースを生き返らせるまで残っていてほしいが、肌で熱さ、寒さを感じ取れないのは、今すぐにでも消え去ってほしい。
 理由は単純明快。サニーの体の温かさが、私の肌で感じ取れないからだ。忌々しいにもほどがある。この副作用を早く治したくて、これまで何kg分の秘薬を飲んだ事か……。

 目の前にある幸せを感じ取れないまま、やきもきしながらパンを齧る。噛んだ野菜から染み出した酸味が、口の中に広がった途端、『ぐぅ~』という低い音が耳に入り込んできた。
 ……なんだ、今の聞くに堪えない音は? 腹の虫の音に似ていたが、決してサニーの物ではない。断言出来る。となると、必然的に今の音は―――。

「お母さんもお腹がペコペコだったんだね」

「……そうみたいだな」

 やはり、私の腹から鳴った音か……。野菜の酸味で食欲が刺激されたのだろうか? 一つパンを食べ終えたけども、腹は満たされずにへるばかり。野菜を挟んだパンは六つ作ったので、もう一つ食べてしまおう。

「あっ、待ってお母さん! 先に私にちょうだい!」

「む? そんなに腹がへってたのか。ほら」

 パンに手を伸ばすと、遮るようにサニーが催促してきたので、手に持ったパンをサニーに渡す。するとサニーは、貰ったパンを綺麗に二つに割り、片方を私に戻してきた。

「はいっ、半分あげる」

 サニーのやりたい事が分からないものの、せっかくなので半分に割れたパンを貰う私。

「何がやりたかったんだ?」

「えっとね。絵本でこんな事をやってた親子がいたから、私もやってみたくなったの。二人ともね、おいしいって言いながら食べてたんだ」

「なるほどな」

 つまり、サニーがしたこの行為は、絵本の再現という訳か。ならば私は、それに乗っかるべきだな。
 次に言う台詞を頭の中で考えながらパンを大きく齧り、よく噛んでから飲み込んだ。

「うん。サニーがくれたパンは、すごく美味いな」

「ほんと? じゃあ次は、お母さんがパンを半分こにして、私にちょうだい!」

「ああ、分かった。なら特別に、もっと美味くなるおまじないをかけてやろう」

「うわぁ~、やった! 楽しみだなぁ」

 私が分けたパンを早く食べたいのか、持っているパンを急いで食べ出すサニー。今言った私の言葉は、台詞ではなく本音である。
 サニーがくれたパンには、今まで感じた事のない味が含まれていた。たぶんこの味は、サニーがパンに加えてくれた、幸せの味なのだろう。
 食べた瞬間、心身共にほっとするような優しさと。体では感じ取れなかったが、心で娘の温かみを感じ取れたような、幸せがとても深い味だった。

 体では感じないが、心で確かに感じ取れた。どうやら新薬の副作用は、私の心まで冒す事は出来なかったようだ。それとも、たった今治ったのだろうか?
 まあ、それはもうどうでもいい。今は無駄な事を一切考えず、サニーと食事を楽しんでいよう。私の心が温かな幸せで満たされていく、サニーとの楽しい食事を。
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