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108話、悩める贈り物
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アルビスに三つ目の夢を伝えてから、数ヶ月以上が経った。
あの時は、ここ数年間を思い返してみても、特に内容が濃い二日間だった。もう、あれ以上の濃密な日は訪れないだろう。
水を司る大精霊である、ウンディーネ様と出会い。なんて事はない会話をしていたと思えば、いきなり態度が急変。出しに使われて殺されそうになったアルビスを助け、そのまま戦闘に突入。
そこで私は負けそうになったものの。奇跡的なタイミングで『奥の手』が発動してくれて、ウンディーネ様に逆転勝ち。
元の場所へ戻って来たら、迷惑を掛けたお詫びとして、ウンディーネ様と契約を交わし。後日、アルビスに私の夢を伝え。心を開いてくれたあいつが、私の中で泣き続けて。
そして、その日にあいつを、私達の家族に向かえ入れた。
ウンディーネ様と戦闘が終わった後。三つ目の夢を伝えた途端、アルビスとの関係が崩れてしまうのではないかと危惧し、終始気が気ではなかったが……。結果的に、全てが丸く収まってくれて一安心している。
そんなアルビスはというと。家族に向かえ入れてから、かなりの頻度で私の家に泊まるようになった。なんでも、私の家は本当に居心地が良く、一秒でも長く居たいかららしい。
だったら、ここに住めばいいのにと提案したのだけれども。あいつは首を横に振り、「貴様とサニーだけの時間が無くなってしまうだろう?」と言われ、断られてしまった。
別に、もう家族になったのだから、気を使わなくてもいいのに。この際だから私の家に、あいつの個室を設けてしまおうか? とても良い案だから、今度考えておこう。
そして愛娘であるサニーは、明日で八歳になる。成長は目まぐるしく、身長は百三十cmと一気に伸びてしまった。
あの玉のように小さかったサニーが、私との身長差が三十cmと少しまで迫ってきている。早いものだなぁ。サニーの母親になると決心してから、ここまで来るのに、本当にあっという間だった。
このままだと、すぐに私より大きくなってしまうかもしれない。だが、それも一つの楽しみである。子供は、いつまでも小さい訳ではない。常日頃から成長し続けている。
だから、サニーがまだ子供の内に、もっと抱っこをしてやらなければ。それに頭を優しく撫でて、いっぱい褒めてやらないと。
だがそれは、今の私では出来ない事である。とても大きな問題を抱えていて、それどころではない。明日はサニーの誕生日だというのに、贈り物がまだ決まっていないだなんて……。
色棒? それはもう、幾度となく上げてきた。なんなら十五日に一回の頻度で、新しい色棒を上げている。
服? これも駄目だ。サニーの成長速度が凄まじいので、何回も買い替えている。まったくもって目新しい贈り物ではない。
絵本? 絵本なぞ、既に五百冊以上ある。目ぼしい物は大体買ってしまったので、今は新しい絵本が書物屋に並ぶのを待っている状態だ。
後は……、思い付かない。今まで与えた事がなく、かつ、サニーがすごく喜ぶような物。これが決まるまでの間は、何も出来そうにないな。
「むう……」
「む? どうした、アカシック・ファーストレディよ。そんなに難しい顔をして」
自分でもどこを見ているのか分からない状態で、腕を組みながら思考を張り巡らせている最中。対面の席に座り、読書をしていたアルビスが反応してきた。
「そんな顔をしてるのか、私は?」
「ああ。余だけではなく、サニーやヴェルインにも悟られそうなほど表情が変わってるぞ」
「そんなになのか……」
前までは、必ず『無表情ながらも』と先に言われていたのに。今の私は、そこまで表情が変わる様になっているのか。アルビスに指摘されるまで、まったく気付かなかった。
あと、アルビスがサニーの事を『小娘』とではなく、名前で呼ぶ様になってから数ヶ月が経ったものの。未だにちょっとした違和感がある。そろそろ慣れておかないと。
しかし、アルビスの奴め。私も名前だけで呼んでも大丈夫だぞと言ったのに対し、『恥ずかしいから、それは無理だ』と真顔でキッパリと言ってくるとは。初心にも程があるぞ。
「いやな、そろそろサニーの誕生日だろ?」
「明日だろう? いやあ、実に楽しみだ。余も貴様らの家族となったからには、盛大に祝うつもりでいる。で、それがどうしたんだ?」
「それで……。サニーに贈る物が、まだ決まってないんだ」
「贈り物、ねえ。なるほど?」
私が悩んでいた理由を明かすと、アルビスは右手に持っていた小さい本を閉じ、テーブルに置く。そのまま腕を組み、背もたれに体を預けた。
「なら、余も一緒に考えてやらねばな。今まで何を上げてたんだ?」
「ありがとう。今までは、色棒とかちょっと高価な服ばかりだな」
「ふむ。それらを上げて、サニーは喜んでたのか?」
「もちろんだ。上げる度に、可愛らしい弾けた笑顔になってた」
そう。あの澄み渡る青空の様に笑っているサニーを見るのが、この上なく好きなんだ。だからこそ、その笑顔が見たくて、贈り物の内容を必死になって考えている。
「ほう、それは是非見てみたいものだ。他には無いのか?」
「ない。サニーが欲しそうな物は大体上げてしまったから、そろそろ新しい物でも上げようとしてる。だからこうして悩んでるんだ」
「なるほど。確かサニーが好きな物は、シチュー、絵描き、読書、『ふわふわ』、『ぶうーん』……」
ぶつぶつと言い出したアルビスが、握った拳を口に当て、龍眼を右に逸らした。口を閉ざして黙り込むと、龍眼は左側に移動しては、眉間にシワが寄り。
再び右側に移動すれば、眉を深くひそめ。眼を強く閉じたかと思えば、私を睨みつけるように瞼を薄く開けた。
「ダメだ、まるで思い付かん。大体、サニーが好きな物は普段から上げてるじゃないか。ここから余らで考えた物を上げるとなると、賭け要素があまりにも強すぎる。一応、本人に聞いてみたらどうだ?」
「サニーに直接聞くのか?」
「そう。明日には、めでたく八歳となる。そろそろ、己のやりたい事も見えてくる年齢だろう。サニーは実に大人しい子だ。故に、やりたい事を我慢してる可能性がある。そこを、母親である貴様がひと押ししてやるのだ」
どうやら、確信を得たのだろう。凛とした笑みを浮かべたアルビスが、右手で力強く握り拳を作った。サニーに直接聞いてみるか。悪くない案だ。
今までの私は、サニーを喜ばせたいが為に、こっそりと隠れて贈り物を準備し、誕生日の当日に贈り物を渡していた。
が、それは私の自己満足に過ぎない。サニーは、空気が読める本当にいい子だ。私に気を使って、喜んでいる演技をしている可能性すらある。
やはりここは、サニーに聞いてみるべきだ。ビックリさせる事が出来なくなってしまうけども、そっちの方が断然にいい。よし、聞いてみよう。
ようやく心に決めた私は、サニーに聞いてみるべく、体を後ろに向ける。視線の先には、大の字で寝そべっているヴェルインの上で、手足をパタパタとさせてはしゃいでいるサニーが居た。
今日はファートも居て、両手で杖を抱きしめて、口をポカンとさせながらサニーの事を見ている。
「サニー、ちょっといいか?」
「なに?」
「何か欲しい物とか、やってみたい事とかないか?」
「ほしい、もの?」
上げていた顔を、ヴェルインの胸元にコテンと落とすサニー。あいつの胸毛、かなり毛深いな。サニーの顔が半分ほど埋まってしまった。
「ほら、明日はお前の誕生日だろ? たまには、お前の意見を聞いてみようと思ってな」
「いいのっ!? え~っと、え~っと!」
やっぱりやりたい事があったのか。上体を起こしたサニーが口元に指を添え、満点の星空の様に輝き出した青い瞳を、天井へ仰いだ。嬉しそうな顔をしている所を察するに、やりたい事はかなり多そうだ。
なるほど。これからは、もっとサニーの意見を聞いてやらねばな。待っているだけでは駄目だ。私が率先して聞いて、極力叶えてあげないと。
「ん~っ……。あっ、そうだ! お母さん、よく買い出しに行ってるでしょ?」
「ああ、行ってるな」
「それについていきたいっ!」
「買い出しに? それでいいのか?」
念を押して聞き返すと、サニーはヴェルインの胸に頭突きをする勢いで頷いた。買い出しに付いて行きたい……。
そういえば、なんでサニーを買い出しに連れて行くという発想が、今まで思い付かなかったんだ? ヴェルイン達が当たり前のように、毎日サニーのお守りをしてくれていたお陰だからだろうか?
まあいい、サニーのやりたい事を聞けたんだ。嬉々と言ってきたから、今一番やりたい事に違いない。なら明日は、サニーと一緒に『タート』へ行こう。
「分かった。それじゃあ明日、一緒に行こう」
「やったー! ありがとう、お母さんっ!」
満面の笑顔で手を限界まで挙げたサニーが、その状態を維持したままヴェルインの胸元に倒れ込み、「ぷはぁっ」と息をする。
「んふふっ、明日が楽しみだなぁ~」
「よかったな、サニーちゃん。明日は大いに楽しんできな」
「うんっ!」
ヴェルインにも激励され、サニーの頭を撫でている光景を認めつつ、体を前に戻す。アルビスはというと、よかったなと言わんばかりに表情をほころばせていた。
「ほらな、あっただろう?」
「そうだな。まさか、買い出しに付いて行きたかっただなんて。予想すらしてなかった」
「聞いてみなければ、分からない事が多々とある。どんなに些細な事でも、サニーにとっては特別な事なのだろう」
「ああ。でも、これで決まった……」
―――待てよ? サニーは、迫害の地から一歩も外へ出た事がない。なので、ごく当たり前な生活を体験した事が無ければ、街や村、国といった、普通の人達が溢れ返っている光景すら目にした事がない。
仮に知っていたとしても、それは絵本で得た知識。その物語染みた出来事を、実際に体験してしまうんだ。全てが初々しくあり、興奮して心の歯止めが効かなくなってしまうだろう。
もしかしたら、サニーが『ここに住みたい』と言い出すかもしれない。しかも、誕生日当日にだ。適当にはぐらかす事も出来なくなってしまう。この願い、かなり危ない橋なのでは……?
「どうした? また難しい表情になって」
「いや……。もし、サニーがタートに住みたいって言い出したら、どうしようかと思ってな」
「いいじゃないか、住ませてやれば。最高の贈り物になるだろう?」
「なるけども……。その場合、お前と離れ離れになってしまうじゃないか。私はそれが嫌なんだ」
「ああ、なるほど……?」
私が危惧していた事を伝えると、アルビスも名残惜しそうな返事をしてきた。が、すぐに何かを思い付いたのか、「なら」と続けた。
「すまんが、二つほど頼みたい事がある」
「頼み事? なんだ?」
「一つ目。この世から絶滅した種族が載ってる書物を買ってきてほしい」
「絶滅? たぶん、書物屋に売ってると思うけど……。なんでそんな物を?」
「それの結果次第では、余がタートへ付いて行ける事になる。理由はまだ言いたくないから、聞かないでくれ」
なぜだろう。最後の言葉には、どこか悲し気な気持ちがこもっていた気がする。気になるけれども、聞かないでくれと言われてしまったから、追求するのはやめておこう。
「分かった。今日の買い出しついでに、書物屋を見てくる。それで、二つ目は?」
「二つ目は、明日の夕食は余が作るから、指定した食材を買ってきてほしいんだ」
「食材? お前、料理出来るのか?」
驚いてしまい、何も考えずに失礼な質問をしてしまったものの。アルビスは得意げな表情をしつつ、悠々と頷いた。
「無論だ。貴様、余が執事をしてた時期があったのを忘れてるだろ? むしろ得意だし、作るのは貴様より上手いぞ?」
「あっ。そういえば、そうだったな……」
ここ最近バタバタしていたせいで、本当に忘れていた。確か貴婦人に匿われて、そこから五十年以上も執事をやっていたんだっけ。
「わ、分かった。明日の夕食は、お前に任せるよ。楽しみにしてる」
「ああ、任せておけ。貴様らの舌を、絶対に唸らせてやるからな。覚悟しておけよ?」
絶対の自信が垣間見える宣言をして、ニヤニヤと不敵に笑い出すアルビス。こんなに怪しいアルビスの顔、初めて見たな……。
しかし、執事の経験がある者の料理か。食べた事が無いので味の想像がつかないけども、アルビスが作る料理だ。私も食べてみたいから、良い食材を買ってこないと。
あの時は、ここ数年間を思い返してみても、特に内容が濃い二日間だった。もう、あれ以上の濃密な日は訪れないだろう。
水を司る大精霊である、ウンディーネ様と出会い。なんて事はない会話をしていたと思えば、いきなり態度が急変。出しに使われて殺されそうになったアルビスを助け、そのまま戦闘に突入。
そこで私は負けそうになったものの。奇跡的なタイミングで『奥の手』が発動してくれて、ウンディーネ様に逆転勝ち。
元の場所へ戻って来たら、迷惑を掛けたお詫びとして、ウンディーネ様と契約を交わし。後日、アルビスに私の夢を伝え。心を開いてくれたあいつが、私の中で泣き続けて。
そして、その日にあいつを、私達の家族に向かえ入れた。
ウンディーネ様と戦闘が終わった後。三つ目の夢を伝えた途端、アルビスとの関係が崩れてしまうのではないかと危惧し、終始気が気ではなかったが……。結果的に、全てが丸く収まってくれて一安心している。
そんなアルビスはというと。家族に向かえ入れてから、かなりの頻度で私の家に泊まるようになった。なんでも、私の家は本当に居心地が良く、一秒でも長く居たいかららしい。
だったら、ここに住めばいいのにと提案したのだけれども。あいつは首を横に振り、「貴様とサニーだけの時間が無くなってしまうだろう?」と言われ、断られてしまった。
別に、もう家族になったのだから、気を使わなくてもいいのに。この際だから私の家に、あいつの個室を設けてしまおうか? とても良い案だから、今度考えておこう。
そして愛娘であるサニーは、明日で八歳になる。成長は目まぐるしく、身長は百三十cmと一気に伸びてしまった。
あの玉のように小さかったサニーが、私との身長差が三十cmと少しまで迫ってきている。早いものだなぁ。サニーの母親になると決心してから、ここまで来るのに、本当にあっという間だった。
このままだと、すぐに私より大きくなってしまうかもしれない。だが、それも一つの楽しみである。子供は、いつまでも小さい訳ではない。常日頃から成長し続けている。
だから、サニーがまだ子供の内に、もっと抱っこをしてやらなければ。それに頭を優しく撫でて、いっぱい褒めてやらないと。
だがそれは、今の私では出来ない事である。とても大きな問題を抱えていて、それどころではない。明日はサニーの誕生日だというのに、贈り物がまだ決まっていないだなんて……。
色棒? それはもう、幾度となく上げてきた。なんなら十五日に一回の頻度で、新しい色棒を上げている。
服? これも駄目だ。サニーの成長速度が凄まじいので、何回も買い替えている。まったくもって目新しい贈り物ではない。
絵本? 絵本なぞ、既に五百冊以上ある。目ぼしい物は大体買ってしまったので、今は新しい絵本が書物屋に並ぶのを待っている状態だ。
後は……、思い付かない。今まで与えた事がなく、かつ、サニーがすごく喜ぶような物。これが決まるまでの間は、何も出来そうにないな。
「むう……」
「む? どうした、アカシック・ファーストレディよ。そんなに難しい顔をして」
自分でもどこを見ているのか分からない状態で、腕を組みながら思考を張り巡らせている最中。対面の席に座り、読書をしていたアルビスが反応してきた。
「そんな顔をしてるのか、私は?」
「ああ。余だけではなく、サニーやヴェルインにも悟られそうなほど表情が変わってるぞ」
「そんなになのか……」
前までは、必ず『無表情ながらも』と先に言われていたのに。今の私は、そこまで表情が変わる様になっているのか。アルビスに指摘されるまで、まったく気付かなかった。
あと、アルビスがサニーの事を『小娘』とではなく、名前で呼ぶ様になってから数ヶ月が経ったものの。未だにちょっとした違和感がある。そろそろ慣れておかないと。
しかし、アルビスの奴め。私も名前だけで呼んでも大丈夫だぞと言ったのに対し、『恥ずかしいから、それは無理だ』と真顔でキッパリと言ってくるとは。初心にも程があるぞ。
「いやな、そろそろサニーの誕生日だろ?」
「明日だろう? いやあ、実に楽しみだ。余も貴様らの家族となったからには、盛大に祝うつもりでいる。で、それがどうしたんだ?」
「それで……。サニーに贈る物が、まだ決まってないんだ」
「贈り物、ねえ。なるほど?」
私が悩んでいた理由を明かすと、アルビスは右手に持っていた小さい本を閉じ、テーブルに置く。そのまま腕を組み、背もたれに体を預けた。
「なら、余も一緒に考えてやらねばな。今まで何を上げてたんだ?」
「ありがとう。今までは、色棒とかちょっと高価な服ばかりだな」
「ふむ。それらを上げて、サニーは喜んでたのか?」
「もちろんだ。上げる度に、可愛らしい弾けた笑顔になってた」
そう。あの澄み渡る青空の様に笑っているサニーを見るのが、この上なく好きなんだ。だからこそ、その笑顔が見たくて、贈り物の内容を必死になって考えている。
「ほう、それは是非見てみたいものだ。他には無いのか?」
「ない。サニーが欲しそうな物は大体上げてしまったから、そろそろ新しい物でも上げようとしてる。だからこうして悩んでるんだ」
「なるほど。確かサニーが好きな物は、シチュー、絵描き、読書、『ふわふわ』、『ぶうーん』……」
ぶつぶつと言い出したアルビスが、握った拳を口に当て、龍眼を右に逸らした。口を閉ざして黙り込むと、龍眼は左側に移動しては、眉間にシワが寄り。
再び右側に移動すれば、眉を深くひそめ。眼を強く閉じたかと思えば、私を睨みつけるように瞼を薄く開けた。
「ダメだ、まるで思い付かん。大体、サニーが好きな物は普段から上げてるじゃないか。ここから余らで考えた物を上げるとなると、賭け要素があまりにも強すぎる。一応、本人に聞いてみたらどうだ?」
「サニーに直接聞くのか?」
「そう。明日には、めでたく八歳となる。そろそろ、己のやりたい事も見えてくる年齢だろう。サニーは実に大人しい子だ。故に、やりたい事を我慢してる可能性がある。そこを、母親である貴様がひと押ししてやるのだ」
どうやら、確信を得たのだろう。凛とした笑みを浮かべたアルビスが、右手で力強く握り拳を作った。サニーに直接聞いてみるか。悪くない案だ。
今までの私は、サニーを喜ばせたいが為に、こっそりと隠れて贈り物を準備し、誕生日の当日に贈り物を渡していた。
が、それは私の自己満足に過ぎない。サニーは、空気が読める本当にいい子だ。私に気を使って、喜んでいる演技をしている可能性すらある。
やはりここは、サニーに聞いてみるべきだ。ビックリさせる事が出来なくなってしまうけども、そっちの方が断然にいい。よし、聞いてみよう。
ようやく心に決めた私は、サニーに聞いてみるべく、体を後ろに向ける。視線の先には、大の字で寝そべっているヴェルインの上で、手足をパタパタとさせてはしゃいでいるサニーが居た。
今日はファートも居て、両手で杖を抱きしめて、口をポカンとさせながらサニーの事を見ている。
「サニー、ちょっといいか?」
「なに?」
「何か欲しい物とか、やってみたい事とかないか?」
「ほしい、もの?」
上げていた顔を、ヴェルインの胸元にコテンと落とすサニー。あいつの胸毛、かなり毛深いな。サニーの顔が半分ほど埋まってしまった。
「ほら、明日はお前の誕生日だろ? たまには、お前の意見を聞いてみようと思ってな」
「いいのっ!? え~っと、え~っと!」
やっぱりやりたい事があったのか。上体を起こしたサニーが口元に指を添え、満点の星空の様に輝き出した青い瞳を、天井へ仰いだ。嬉しそうな顔をしている所を察するに、やりたい事はかなり多そうだ。
なるほど。これからは、もっとサニーの意見を聞いてやらねばな。待っているだけでは駄目だ。私が率先して聞いて、極力叶えてあげないと。
「ん~っ……。あっ、そうだ! お母さん、よく買い出しに行ってるでしょ?」
「ああ、行ってるな」
「それについていきたいっ!」
「買い出しに? それでいいのか?」
念を押して聞き返すと、サニーはヴェルインの胸に頭突きをする勢いで頷いた。買い出しに付いて行きたい……。
そういえば、なんでサニーを買い出しに連れて行くという発想が、今まで思い付かなかったんだ? ヴェルイン達が当たり前のように、毎日サニーのお守りをしてくれていたお陰だからだろうか?
まあいい、サニーのやりたい事を聞けたんだ。嬉々と言ってきたから、今一番やりたい事に違いない。なら明日は、サニーと一緒に『タート』へ行こう。
「分かった。それじゃあ明日、一緒に行こう」
「やったー! ありがとう、お母さんっ!」
満面の笑顔で手を限界まで挙げたサニーが、その状態を維持したままヴェルインの胸元に倒れ込み、「ぷはぁっ」と息をする。
「んふふっ、明日が楽しみだなぁ~」
「よかったな、サニーちゃん。明日は大いに楽しんできな」
「うんっ!」
ヴェルインにも激励され、サニーの頭を撫でている光景を認めつつ、体を前に戻す。アルビスはというと、よかったなと言わんばかりに表情をほころばせていた。
「ほらな、あっただろう?」
「そうだな。まさか、買い出しに付いて行きたかっただなんて。予想すらしてなかった」
「聞いてみなければ、分からない事が多々とある。どんなに些細な事でも、サニーにとっては特別な事なのだろう」
「ああ。でも、これで決まった……」
―――待てよ? サニーは、迫害の地から一歩も外へ出た事がない。なので、ごく当たり前な生活を体験した事が無ければ、街や村、国といった、普通の人達が溢れ返っている光景すら目にした事がない。
仮に知っていたとしても、それは絵本で得た知識。その物語染みた出来事を、実際に体験してしまうんだ。全てが初々しくあり、興奮して心の歯止めが効かなくなってしまうだろう。
もしかしたら、サニーが『ここに住みたい』と言い出すかもしれない。しかも、誕生日当日にだ。適当にはぐらかす事も出来なくなってしまう。この願い、かなり危ない橋なのでは……?
「どうした? また難しい表情になって」
「いや……。もし、サニーがタートに住みたいって言い出したら、どうしようかと思ってな」
「いいじゃないか、住ませてやれば。最高の贈り物になるだろう?」
「なるけども……。その場合、お前と離れ離れになってしまうじゃないか。私はそれが嫌なんだ」
「ああ、なるほど……?」
私が危惧していた事を伝えると、アルビスも名残惜しそうな返事をしてきた。が、すぐに何かを思い付いたのか、「なら」と続けた。
「すまんが、二つほど頼みたい事がある」
「頼み事? なんだ?」
「一つ目。この世から絶滅した種族が載ってる書物を買ってきてほしい」
「絶滅? たぶん、書物屋に売ってると思うけど……。なんでそんな物を?」
「それの結果次第では、余がタートへ付いて行ける事になる。理由はまだ言いたくないから、聞かないでくれ」
なぜだろう。最後の言葉には、どこか悲し気な気持ちがこもっていた気がする。気になるけれども、聞かないでくれと言われてしまったから、追求するのはやめておこう。
「分かった。今日の買い出しついでに、書物屋を見てくる。それで、二つ目は?」
「二つ目は、明日の夕食は余が作るから、指定した食材を買ってきてほしいんだ」
「食材? お前、料理出来るのか?」
驚いてしまい、何も考えずに失礼な質問をしてしまったものの。アルビスは得意げな表情をしつつ、悠々と頷いた。
「無論だ。貴様、余が執事をしてた時期があったのを忘れてるだろ? むしろ得意だし、作るのは貴様より上手いぞ?」
「あっ。そういえば、そうだったな……」
ここ最近バタバタしていたせいで、本当に忘れていた。確か貴婦人に匿われて、そこから五十年以上も執事をやっていたんだっけ。
「わ、分かった。明日の夕食は、お前に任せるよ。楽しみにしてる」
「ああ、任せておけ。貴様らの舌を、絶対に唸らせてやるからな。覚悟しておけよ?」
絶対の自信が垣間見える宣言をして、ニヤニヤと不敵に笑い出すアルビス。こんなに怪しいアルビスの顔、初めて見たな……。
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