ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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118話、誰にでも自慢ができる母親は、人知れずに“嬉”しがる

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 さっきサニーは、なんで私を呼び止めたのだろうか? 何か言いた気な顔をしているけど、すごく気になる。
 もしかしたら、何か食べたい物でもあるのかもしれない。空から『タート』を見た後、聞いてみるとしよう。
 じっと私の顔を見てきているサニーに横目を送りつつ、中央階段の右脇に居る兵士の元へ近づいていく。兵士も私達に気付いたようで、無精ヒゲが生えている顔をこちらへ合わせてきた。

「あの、すみません」

「はい、なんでしょう?」

「箒で空高くまで飛びたいので、それの許可が欲しいんです」

「どういった理由で飛ぶんですか?」

 初めて許可を貰いに来たけども、理由まで問われるのか。この兵士が嘘を見抜ける洞察力を持っていないと、あまり意味が無い気がするが……。まあいい、普通に話そう。

「娘に、タートの全てを空から見せてやりたいんです」

「ふむ。落下等の対策はお済で?」

 流石はタートと言うべきか。箒で飛ぶだけで、何度も質問をされるとは。ピースと一緒に居た頃は、法令も少なく自由に行動出来ていたというのに。ちょっと息苦しいな。

「それは完璧です。飛んでる間は、娘を宙へ浮かし続け。私達の周りに下位の風魔法を張るので、強風で吹き飛ばされる事もありません」

「宙へ浮かす……? すみませんが、ちょっと見せてもらっていいですか?」

「はい、いいですよ」

 質問というよりも、興味が強そうなお願いに応えるべく、指を鳴らし、サニーに『ふわふわ』を発動させる。手足をぶらぶらさせているサニーを顔の高さまで浮かせると、私は兵士に顔を戻した。
 兵士もサニーの姿を認めてから、私に顔を戻してきたものの。何かを思案するように、茶色の瞳が細まった。

「こんな感じです」

「黒いローブに、赤い瞳……。もしかしてあなた、アカシックさんですか?」

「えっ? なんで私の名を?」

「ああ、やっぱり!」

 私の名前が分かった途端、兵士の顔が嬉々としたものへと変わる。

「昨日、交易地区にある菓子屋に居ましたよね?」

「ええ、居ました」

「その菓子屋で、子供を風魔法で浮かばせてましたよね?」

「はい、浮かばせてました」

 なんでこの兵士は、私の動向をそこまで知っているんだ? 声を弾ませて語っているから、やましい事ではないのだろうけど。
 そのやや興奮気味でいる兵士が、手の平を腰辺りまで落とした。

「その子供の中に、これぐらいの魔女が居ましたよね?」

「ああ、居ました。魔法がとても上手な子でした」

「その子、実は私の娘なんですよ」

「あっ、そうなんですね」

 だから、私の名前と動向を知っていたのか。しかし、タートはかなり広いというのに、こんな偶然があるだなんて。
 この兵士は、魔法使いではなくただの人間だから、きっと母親が魔女なのだろう。それで魔女の子が、父であるこの兵士に話をしたんだな。

「ええ! いや~、娘がすごく喜んでましたよ。わたしの魔法を褒めてくれて、宙に浮かせて遊んでくれた優しい魔女と出会った、とね」

「そんな事を言ってたんですね。しかし、すみません。子供達の期待に応える為に、勝手に宙へ浮かせてしまって」

「いえいえ! アカシックさんが謝る必要はありません。むしろ感謝をしてるんです」

「感謝?」

 抜けた声で返事をすると、兵士は顔を微笑ませながらうなずいた。

「昨日、娘が豪語してたんです。わたしもアカシックさんのような、人を笑顔にする事が出来る魔女になりたい! と。その言葉を聞いた時、涙が出るほど感激しましてね! だからアカシックさんには、いつかお礼を言いたかったんです」

 周りに聞こえる程の声量で説明した兵士が、深々と一礼をする。

「ありがとうございます、アカシックさん。あなたのお陰で、娘に大きな夢が出来ました」

「あいやっ。私は、そんな大それた事をしてません。ただ子供達を喜ばせたいだけで、宙に浮かせたまでです」

「その喜ばせたいという気持ちが大事なんです! 現に子供達は笑顔になり、娘に至っては明確な夢を持ちましたからね。このご恩は、一生忘れません」

「は、はあ……。そこまで言われますと、ちょっと恥ずかしいですね」

 もう、困惑する事しか出来ない。私が昨日した事と言えば、魔女の子が使用した魔法を褒め、子供達を宙へ浮かせたぐらいだ。
 たったそれだけ。そんな些細で当たり前のような出来事なのに、ここまで喜ばれ、一人の魔女に大きな夢まで持たせてしまうとは……。切っ掛けとは、何で生まれるのか分からないものだな。
 それに私は、予期せぬお礼に弱いみたいだ。いや、たぶん慣れていないのだろう。どう言葉を返せばいいのか分からないし、なんだか体の奥がむず痒い。

「お母さんって、そんなにすごい人なの?」

 話に入ってこれなかったサニーが、私の横で言う。

「ああ! 君のお母さんは、子供達に笑顔や素敵な夢を与えてくれる、とても素晴らしいお母さんだよ」

「……とても、すばらしいっ、お母さんっ!」

 何の恥かし気もなく熱弁する兵士に、今日一番の笑顔を見せるサニー。初めてタート内に入った時よりも、何倍も嬉しそうな顔をしている。
 そんな口を大きく広げて喜んでいるサニーが、私に顔を移してきては、無邪気に微笑んだ。
 なんだ、その微笑みは? サニーの笑みは幾度となく見て、全て目に焼き付けてきたが、今までで一番可愛いじゃないか。

「やけに嬉しそうにしてるな」

「えへへっ。すごくいい事があったからね」

「良い事? 何があったんだ?」

「今はないしょ。それよりもお母さん、早く空に行こっ!」

「あっ、ああ、そうだったな」

 本来は、空を飛ぶ許可を貰いに、兵士の元へ来たんだ。話が大分逸れてしまったけれど、そろそろサニーにタートの全容を見せてやらないと。

「すみません。そういう事なので、空へ飛んでもいいですか?」

「おっと、そうでしたね。三階層までは自由に飛行が出来ますけど、四階層からは禁止されてるので、お気を付け下さい」

「分かりました、では」

 ようやく許可を貰えたので、水平にかざした左手に、漆黒色の箒を召喚。指招きをして、サニーを箒に跨がせる。
 私もサニーと寄り添う形で箒に跨ると、指を鳴らして風魔法を発動。すると私達の周りに、音も無く薄緑色の風が覆い始めた。これで上空へ行こうとも、強風に煽られる心配はない。

「それじゃあ、監視の方をお願いします」

「了解です。いい空の旅を」

「兵士さん、いってきまーすっ!」

 箒をしっかりと握っていたサニーが、兵士に向かって手を振り出した。危ないからちゃんと握っててほしいのだが……。ゆっくり上昇すればいいか。
 兵士の前なので、細心の注意を払っているていを装いつつ、ふわりと上昇を開始。普段は、こんなに遅く上昇なんてしないから、そこはかとなくもどかしい。
 ただ真上に昇るだけで暇なので、なんとなく下を覗いてみる。視線の先、手を振り返している兵士の姿。歩く速度よりも遅く、徐々にその姿が小さくなっていく。
 顔を前にやると、既に四階層よりも高く飛んでいたようで。薄っすらと霞んで見える城が、視界のちょうど真ん中に映り込んだ。

「サニー、城が見えるぞ」

「城? わっ、本当だ!」

 兵士に手を振り続けていたサニーが、顔を前にやった途端、城に向けて歓喜の声を飛ばした。かなり大きかったから、城の入口を見張っている兵士に聞こえていそうだ。
 この国を見守るにふさわしく、まるで汚れを知らないと言わんばかりな白が濃い壁。所々にある赤い三角屋根も、清掃が行き届いている。
 全体像は、屈強な面構えで威風堂々。私がここに住んでいた時は、頼り甲斐がなさそうで、もっとこじんまりとしていたというのに。数十年の時を経て、あの城も成長したんだな。

「サニー、もっと上まで行ったら絵を描くか?」

「ううん。描いてる時間がもったいないから、見た景色を全部覚えて、お家に帰ってから描く」

「そ、そうか」

 描いている時間が勿体ない……。確かに、今日という時間は限りなく短い。その時間を絵に費やすのも惜しんでいる訳か。
 しかし、さらりとすごい事を言ったな。見た景色を全部覚えるとか、八歳になったばかりの子とは思えない発言だ。
 なら、ここからは、サニーの邪魔をする訳にはいかない。余計な会話を交えると、脳裏に焼き付けた景色が朧気になってしまうだろうし。

「ふっふふ~んふ~ん、ふ~んふ~んふ~ん」

「む?」

 私も景色に集中しようとした矢先。サニーが体を左右に揺らし始め、鼻歌まで歌い出した。景色にまったく集中していないようだが、とても上機嫌な様子でいる。

「さっきもそうだったけど、すごく嬉しそうにしてるな」

「うんっ! たぶん今までで、一番嬉しいことがあったからね」

「ほう。なんだそれは?」

 軽い気持ちで質問をしてみると、サニーは体を揺らすのを止め、微笑ましている顔を私に合わせてきた。

「お母さんが、兵士さんにすごく褒められてたとこ」

「私が?」

「うんっ! 昨日お母さんが、ここへ連れて来てくれる約束をしてくれた時も嬉しかった。入口の前にいた兵士さんが、私をお姫様にしてくれた時も嬉しかった。初めてここへ来た時も、すごく嬉しかったし。色んな物を食べられて、ものすごく嬉しかったんだ。でもね」

 言葉を止めたサニーが、再び柔らかな笑みを浮かべる。

「お母さんが、とても素晴らしいお母さんだって褒められてた時が、何よりも一番嬉しかったんだ」

「あっ……」

 サニーの喜びが、私の耳に届いた直後。体の中にある空気が全て押し出されるような感覚がして、全身と心までもが小刻みにふるっと震えた。
 頭部が、ちりちりとしていてくすぐったい。箒を握っている両手が、落ち着きを無くしてそわそわしている。涙が出てきたのか、視界が少しだけ潤んできた。息を何度も飲んでいるのが、自分でも分かる。
 この感覚。いや、この感情には覚えがある。遠い遠い昔に置いてきた、心から湯水のように湧き出してくる抑えきれない感情。
 ピースが、私の頭を撫でてくれていた時にも。私を抱きしめてくれていた時にも感じていた物。ああ……。私は今、とても“嬉”しがっているんだ。

「……そうか、そうかっ。サニーは、私が褒められてたのが、一番嬉しかったんだな」

「うん! 今までで一番嬉しかった! お母さんは、誰にでも自慢ができるすごいお母さんだよ!」

「誰にでも自慢ができる、すごいお母さん、かぁ。そうかぁ……!」

 私の震えに震えている声に、サニーは微笑みで応え、顔を城へ戻した。そうか。サニーにとって私は、誰にでも自慢ができるすごいお母さんなのか! もう嬉しすぎて、胸の奥までくすぐったい。
 子供達を喜ばせる為にした、なんて事はない行為が、一人の魔女に大きな夢を持たせ。その夢を聞いた親が喜び。感謝の言葉が、私とサニーの元へ届き。
 サニーが、人生の中で一番の喜びを覚え。その想いが、私をこんなにまで喜ばせてくれた。切っ掛けって何で生まれるのか、本当に分からないものだなぁ。

「……ふふっ」

「えっ? お母さん、いま何か言った?」

「いや、なにも。それよりもサニー、下を見てみろ。タートの全容がかなり見えてきたぞ」

「うわっ、本当だ! でも、まだ全部は見えないや。本当に広いなぁ」
 
 サニーが下へ注目した隙を突き、どこか遠くの空へ顔を仰ぐ私。喜びの感情が爆発しそうで、抑えるので精一杯だ。
 すまない、サニー。お前は下を見ているだろうけど、私はしばらくの間、真上の空を眺めている。上を向いていないと、喜びの感情が全て涙に変わって、零れ落ちてしまいそうだから。
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