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130話、涙が枯れるほどの優しさを
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遥か大昔に、時の流れを絶たれた仲間達から激励を贈られ。姿が見えない者達に願いを託されてから、五分ぐらいが経っただろうか。
泣き続けているウィザレナに耐えかねたサニーは、自分の手拭いを差し出し。それに気付いたウィザレナが、『ありがとう、サニー殿』とほくそ笑みながら感謝をを述べ。
止まりつつある感涙を拭い、『すまない、私の涙で汚してしまって。後で綺麗に洗って返す』と言い、サニーに許可を貰ってから内懐にしまい込んだ。
ウィザレナの仲間達は、九百年以上も前に死んだのにも関わらず、魂となってこの里に残り、ウィザレナを見守り続けていた。
ならば、もしかするとピースも、どこかで私を見守ってくれているのだろうか? もし傍に居るのであれば、たった一言でもいい。
内容はなんだって構わない。一桁の数字だろうと、『あ』という短い一文字だっていい。ピース、お前の声が聞きたい……。
けど、それは叶わぬ願いだろう。ウィザレナは、最後に仲間の声を聞けたんだ。なら、私も―――。そんな短絡的な考えで、無い希望を持ち、縋っては駄目だ。
本来であれば、死者の声なんて聞ける訳がない。先の出来事は、あらゆる理や範疇を超えた、エルフの固い絆が成し得た奇跡。そう割り切っておこう。
だから私は、気持ちを切り替えて前に進まねば。いつか、生き返ったピースと再会が出来る、その日まで。
「うわぁ~っ……! お家が浮いてるーっ!」
「これが、空から見た森の景色か。辺り一面深々しい緑だな」
現在私達は、ウィザレナの家を風魔法で宙に浮かばせて、魔物が居ない高高度に居る。最初は、カッコつけて意気揚々に言ってしまったものの……。
家全体を水平にしつつ、一切揺らさずに前へ進めるとなると。かなり高度な技術が必要になってくるし、なおかつ高い集中力を保ち続けなければならない。
おまけに限界速度で飛ぶと、中に居る全員と家具が後方へ吹っ飛んでしまうので、低速度の飛行を強いられている。
「とんでもなく広いだろ? 後ろもずっと続いてるぞ」
「本当だ、ここまで広いとはな。よく長様達は、迷わず里に帰って来れてたものだ」
「自然の大迷宮みたいなもんだからな。土地勘があっても、真っ直ぐ帰るのは難しいだろう」
三百六十度、どこを見渡せど地平線にぶつかる広さである。方向感覚を一度でも失えば、里には一生帰れず、土に還る事になるかもしれない。
ウィザレナは窓に映る景色に釘付けとなり、サニーは動物達の相手をし始めた。頭の上に、小鳥が三羽乗っていて、大人しく座っている一角獣の頭を撫でている。
一角獣もお返しにと、顔をサニーに近づけて頬ずりし出した。なんとも微笑ましい光景だ。ウィザレナ同様、あの子達とも仲良くやっていけそうだ。
そんなサニーが、一角獣の許可を得て背中に跨り、寝そべったまではいいのだが、どうやら心地よかったらしく。しばらくすると、一角獣達と共に眠ってしまった。
「珍しいな。あの子が人間を背中に乗せて、警戒しないまま寝るだなんて。すっかり心を開いてそうだ」
「そういえば、ウィザレナと一緒に暮らしてきたんだったな」
「ああ、そうだ。同じ惨劇を共に味わってきたから、あの子も人間を忌嫌ってる。けど、アカシック殿やサニー殿となら、うまくやってけそうだ」
つまり、あの一角獣も九百年以上生きている事になる。タイミング的にもちょうどいいし、あの子がどんな動物なのか聞いてみるか。
「ウィザレナ。あの子は、一体どういう名前の動物なんだ?」
「なんだ、知らなかったのか? あの子は『ユニコーン』だ」
「……え? ゆ、ユニコーン?」
「そうだ。私達エルフ同様、あの子も盗賊達に狙われててな。存在を隠しながら必死に守ってたんだ」
「は、はあ……」
またとんでもない名前が、サラリと出てきたな……。目撃件数は片手で数えるほどしかない、伝説上の生き物だぞ?
その、生きている内に会えるかすら分からない生き物が、私のすぐ近くに居て。なんならサニーを背中に乗せながら寝ている。
ユニコーンに許可を得てから乗ったけども……。本当に大丈夫かな、あれ? 一角獣の正体を知ってしまった以上、だんだん恐れ多い絵面になってきたぞ。
そういえば、私もさっき額を撫でていたんだよな。どうしよう、勿体なくて手を洗いたくなくなってきた。
しかし……。私の心が闇に堕ちている時に、エルフの里を見つけなくて本当によかった。間違いなく狩っていて、新薬の材料にしていただろう……。
「その様子だと、本当に知らなかったんだな」
「で、伝説上の生き物だからな……。会えて光栄にすら思える」
「ははっ、そう畏まらなくていい。どうせ今日から、毎日会えるようになるんだからな」
腕を組みつつ、平和に満ちた笑顔を浮かべるウィザレナ。そうだ、これから毎日会える様になるんだ。なら、手はちゃんと洗っておこう。
「ユニコーンが居る日常か。慣れるまで、ちょっと時間が掛かりそうだ」
「そう構える事もない。あの子はアカシック殿にも心を開いてるんだ。仲良くしてやってくれ」
「そうだな。分かった、そうする」
そうなってくると、ユニコーンも守る必要がある。家に帰ったら、ウィザレナとユニコーンの為に、サニーが身に付けている首飾りのような物を作っておかないと。
ウィザレナには、そうだな。腕飾りなんかが似合いそうだ。ユニコーンは、邪魔にならない箇所に留められるような、小さい物がいい。
けど、私だけで決めるのもよくはない。後でウィザレナの意見を聞いておこう。どんな装飾がいいか、大きさはどれほどの物がいいかとな。
「おお、これが花畑地帯という場所か!」
突然、ウィザレナが弾けた声を上げたので、私も窓から外の様子を覗いてみた。窓の先には、一面緑の景色は終わっており、今度は全て純白に変わっていた。
その中には、点々と茶色の物体が動いている。かなり遠いから点にしか見えないけども、あれはゴーレムだな。
「アカシック殿。白の中に茶色が混じってるけど、あれがゴーレムという奴か?」
「そうだ。みんな温厚で心優しい奴だから、会ったら挨拶でもしといてやってくれ」
「そうか、分かった。それでなんだが、アカシック殿」
急に小声になったウィザレナが、左側に横目を送った後。そわそわとしながら私に詰め寄ってきた。
「ウンディーネ様は、この地帯に住んでるだろ? どこにいらっしゃるんだ?」
「ああ、えっと……」
私もサニーが寝ている事を確認しつつ、精霊の森がある方面へ指を差す。
「今は遠くて見えないが。こっちから見て左側に、小さな森がある。そこに住んでるぞ」
「左側! ……むう、確かに見えない。ずっと花が続てるし、ここも広いな」
よっぽど見たかったのか。窓にへばりついたウィザレナの長い耳が、しゅんと垂れ下がっていった。表情も分かりやすく、残念そうにしている。
「他の地帯に比べると、花畑地帯はまだ狭い方だ。けど、徒歩で横断するとなると、一日は掛かるかもな」
「一日……、それでも充分広いな。しかし、実にいい景色だ。ここのど真ん中で寝そべったら、さぞ気持ちが良さそうだ」
「心地よい花の柔らかな匂いもするし、居るだけで落ち着いてくるぞ。少ししたら、みんなでここに来るか?」
「いいのか!? アカシック殿達とここへ来たら、絶対に楽しいだろうな! それじゃあ頼む!」
即答で快諾してくれて、嬉しそうに微笑むウィザレナ。しゅんとしていた長い耳もピコピコ動いているし、既に待ち切れなそうでいる。
それにしても、あの耳って器用に動かせるんだな。たぶん怒るだろうけど、なんだか触りたくなってきた。
慌てて首を横に振り、湧いてはいけない好奇心を振りほどいている中。花畑地帯が終わりを迎え、色鮮やかな木々が茂っている『山岳地帯』へ入った。
ここでもウィザレナは、新たな景色に興奮していて、窓が割れんばかりに引っ付いている。山岳地帯を低速度で飛ぶのは初めてだし、私も景色を見るとしよう。
「見てみろアカシック殿! 黄色い葉っぱや赤い葉っぱがあるぞ! あそこのなんて紫色だ! なんて毒々しい色をしてるんだ! 食べたら間違いなく腹を下すな!」
家の下へゆっくり流れていく、紅葉と警告色が入り乱れる木々達。視覚的に涼し気な水色や、錆びの色に近い赤茶もある。
が、色なんてどうでもいい。興奮が止まないでいるウィザレナは、気になる発言をしていた。それは……。
「お前、葉っぱを食うのか?」
「食材をなかなか確保できなかったからな、嫌々食べてた。他にも新芽とか、渋い木の実とか食べてたぞ」
「あ……」
そうだ。ウィザレナは今日という日まで、エルフの加護が効いている範囲内でしか、生活が出来なかったんだ。
そしてその外は、凶悪な魔物と獣で溢れ返っているから、数分の探索でさえ命取りになる。なら当然、食材なんて満足に集められる訳がない。
今のは失言だった。ウィザレナの心を傷付けてしまったかもしれない。本当は、向こうに着いてから言おうと思っていたのだが……。もういい、ここで言ってしまおう!
「ウィザレナ!」
「うおっ!? ど、どうしたアカシック殿? 急に声を荒げて」
「向こうへ着いたら、まずは美味い物をたらふく食わせてやる! 出払って昼は振る舞えない日があるけども、朝昼晩、基本毎日私の家へ来い! 出来立ての料理を腹いっぱいになるまで提供してやる!」
「り、料理を、毎日? いや、いくらなんでもそれは悪い。私は、探索が得意なんだ。そこら辺に成ってる実とかを探し―――」
言っても聞かないウィザレナの両肩に、勢いよく両手を叩きつける私。
「いいか、ウィザレナ? 私に気を利かすな。とりあえず栄養がある物を沢山食べろ。なんなら、食べたい料理を私に言え。どんな料理でも必ず作ってやる。だから、もう二度と葉っぱなんて食うんじゃない。分かったな?」
「あ、アカシック殿……? 顔が、すごく怖いんだが……? い、いいのか? 私が飯時に邪魔をして」
「いい、むしろ当然の事だ。みんなで食べるご飯は、美味しいぞ?」
「皆で食べる、ご飯、か……」
なりふり構わず説得すると、ウィザレナの物思いにふけているような真顔が、少しだけ地面に下がる。数秒すると顔を上げ、天色の潤んだ瞳を微笑ました。
「確かに。家族と一緒に食べてた物は、何もかもが美味しかった。また、そんな体験が出来るなんてなぁ。本当に優しいな、アカシック殿は。優しすぎて、また泣いてしまいそうだ」
「そんな事を言ったら、私は当分お前を泣かし続ける事になるぞ」
「おいおい、やめてくれ。そこまでされたら、嬉し涙が枯れてしまう。ほどほどで頼む」
「すまないが、そこら辺に関しては手加減が出来ない。覚悟しておけ」
「ははっ。体にある水分が、全部嬉し涙になってしまうかもな。分かった、飯時になったら邪魔させてもらう。けど、その時は水も一緒に出してくれ。私が泣き過ぎて死なないようにな」
「ああ、沢山用意しておく」
冗談を交えたウィザレナの微笑ましている右目が、キラリと輝いた。よかった。もうウィザレナには、悲しい涙を流させたりはしない。
ウィザレナは、笑っている顔がよく似合っている。だからこそ、悲痛で歪んだ顔にもさせたくない。待っていろよ、ウィザレナ。もう少しで、私の家がある『沼地帯』に着く。
まずは先ほど言った通り、お前に腹いっぱい美味しい物を食べさせてやるからな。楽しみにしていてくれ。
泣き続けているウィザレナに耐えかねたサニーは、自分の手拭いを差し出し。それに気付いたウィザレナが、『ありがとう、サニー殿』とほくそ笑みながら感謝をを述べ。
止まりつつある感涙を拭い、『すまない、私の涙で汚してしまって。後で綺麗に洗って返す』と言い、サニーに許可を貰ってから内懐にしまい込んだ。
ウィザレナの仲間達は、九百年以上も前に死んだのにも関わらず、魂となってこの里に残り、ウィザレナを見守り続けていた。
ならば、もしかするとピースも、どこかで私を見守ってくれているのだろうか? もし傍に居るのであれば、たった一言でもいい。
内容はなんだって構わない。一桁の数字だろうと、『あ』という短い一文字だっていい。ピース、お前の声が聞きたい……。
けど、それは叶わぬ願いだろう。ウィザレナは、最後に仲間の声を聞けたんだ。なら、私も―――。そんな短絡的な考えで、無い希望を持ち、縋っては駄目だ。
本来であれば、死者の声なんて聞ける訳がない。先の出来事は、あらゆる理や範疇を超えた、エルフの固い絆が成し得た奇跡。そう割り切っておこう。
だから私は、気持ちを切り替えて前に進まねば。いつか、生き返ったピースと再会が出来る、その日まで。
「うわぁ~っ……! お家が浮いてるーっ!」
「これが、空から見た森の景色か。辺り一面深々しい緑だな」
現在私達は、ウィザレナの家を風魔法で宙に浮かばせて、魔物が居ない高高度に居る。最初は、カッコつけて意気揚々に言ってしまったものの……。
家全体を水平にしつつ、一切揺らさずに前へ進めるとなると。かなり高度な技術が必要になってくるし、なおかつ高い集中力を保ち続けなければならない。
おまけに限界速度で飛ぶと、中に居る全員と家具が後方へ吹っ飛んでしまうので、低速度の飛行を強いられている。
「とんでもなく広いだろ? 後ろもずっと続いてるぞ」
「本当だ、ここまで広いとはな。よく長様達は、迷わず里に帰って来れてたものだ」
「自然の大迷宮みたいなもんだからな。土地勘があっても、真っ直ぐ帰るのは難しいだろう」
三百六十度、どこを見渡せど地平線にぶつかる広さである。方向感覚を一度でも失えば、里には一生帰れず、土に還る事になるかもしれない。
ウィザレナは窓に映る景色に釘付けとなり、サニーは動物達の相手をし始めた。頭の上に、小鳥が三羽乗っていて、大人しく座っている一角獣の頭を撫でている。
一角獣もお返しにと、顔をサニーに近づけて頬ずりし出した。なんとも微笑ましい光景だ。ウィザレナ同様、あの子達とも仲良くやっていけそうだ。
そんなサニーが、一角獣の許可を得て背中に跨り、寝そべったまではいいのだが、どうやら心地よかったらしく。しばらくすると、一角獣達と共に眠ってしまった。
「珍しいな。あの子が人間を背中に乗せて、警戒しないまま寝るだなんて。すっかり心を開いてそうだ」
「そういえば、ウィザレナと一緒に暮らしてきたんだったな」
「ああ、そうだ。同じ惨劇を共に味わってきたから、あの子も人間を忌嫌ってる。けど、アカシック殿やサニー殿となら、うまくやってけそうだ」
つまり、あの一角獣も九百年以上生きている事になる。タイミング的にもちょうどいいし、あの子がどんな動物なのか聞いてみるか。
「ウィザレナ。あの子は、一体どういう名前の動物なんだ?」
「なんだ、知らなかったのか? あの子は『ユニコーン』だ」
「……え? ゆ、ユニコーン?」
「そうだ。私達エルフ同様、あの子も盗賊達に狙われててな。存在を隠しながら必死に守ってたんだ」
「は、はあ……」
またとんでもない名前が、サラリと出てきたな……。目撃件数は片手で数えるほどしかない、伝説上の生き物だぞ?
その、生きている内に会えるかすら分からない生き物が、私のすぐ近くに居て。なんならサニーを背中に乗せながら寝ている。
ユニコーンに許可を得てから乗ったけども……。本当に大丈夫かな、あれ? 一角獣の正体を知ってしまった以上、だんだん恐れ多い絵面になってきたぞ。
そういえば、私もさっき額を撫でていたんだよな。どうしよう、勿体なくて手を洗いたくなくなってきた。
しかし……。私の心が闇に堕ちている時に、エルフの里を見つけなくて本当によかった。間違いなく狩っていて、新薬の材料にしていただろう……。
「その様子だと、本当に知らなかったんだな」
「で、伝説上の生き物だからな……。会えて光栄にすら思える」
「ははっ、そう畏まらなくていい。どうせ今日から、毎日会えるようになるんだからな」
腕を組みつつ、平和に満ちた笑顔を浮かべるウィザレナ。そうだ、これから毎日会える様になるんだ。なら、手はちゃんと洗っておこう。
「ユニコーンが居る日常か。慣れるまで、ちょっと時間が掛かりそうだ」
「そう構える事もない。あの子はアカシック殿にも心を開いてるんだ。仲良くしてやってくれ」
「そうだな。分かった、そうする」
そうなってくると、ユニコーンも守る必要がある。家に帰ったら、ウィザレナとユニコーンの為に、サニーが身に付けている首飾りのような物を作っておかないと。
ウィザレナには、そうだな。腕飾りなんかが似合いそうだ。ユニコーンは、邪魔にならない箇所に留められるような、小さい物がいい。
けど、私だけで決めるのもよくはない。後でウィザレナの意見を聞いておこう。どんな装飾がいいか、大きさはどれほどの物がいいかとな。
「おお、これが花畑地帯という場所か!」
突然、ウィザレナが弾けた声を上げたので、私も窓から外の様子を覗いてみた。窓の先には、一面緑の景色は終わっており、今度は全て純白に変わっていた。
その中には、点々と茶色の物体が動いている。かなり遠いから点にしか見えないけども、あれはゴーレムだな。
「アカシック殿。白の中に茶色が混じってるけど、あれがゴーレムという奴か?」
「そうだ。みんな温厚で心優しい奴だから、会ったら挨拶でもしといてやってくれ」
「そうか、分かった。それでなんだが、アカシック殿」
急に小声になったウィザレナが、左側に横目を送った後。そわそわとしながら私に詰め寄ってきた。
「ウンディーネ様は、この地帯に住んでるだろ? どこにいらっしゃるんだ?」
「ああ、えっと……」
私もサニーが寝ている事を確認しつつ、精霊の森がある方面へ指を差す。
「今は遠くて見えないが。こっちから見て左側に、小さな森がある。そこに住んでるぞ」
「左側! ……むう、確かに見えない。ずっと花が続てるし、ここも広いな」
よっぽど見たかったのか。窓にへばりついたウィザレナの長い耳が、しゅんと垂れ下がっていった。表情も分かりやすく、残念そうにしている。
「他の地帯に比べると、花畑地帯はまだ狭い方だ。けど、徒歩で横断するとなると、一日は掛かるかもな」
「一日……、それでも充分広いな。しかし、実にいい景色だ。ここのど真ん中で寝そべったら、さぞ気持ちが良さそうだ」
「心地よい花の柔らかな匂いもするし、居るだけで落ち着いてくるぞ。少ししたら、みんなでここに来るか?」
「いいのか!? アカシック殿達とここへ来たら、絶対に楽しいだろうな! それじゃあ頼む!」
即答で快諾してくれて、嬉しそうに微笑むウィザレナ。しゅんとしていた長い耳もピコピコ動いているし、既に待ち切れなそうでいる。
それにしても、あの耳って器用に動かせるんだな。たぶん怒るだろうけど、なんだか触りたくなってきた。
慌てて首を横に振り、湧いてはいけない好奇心を振りほどいている中。花畑地帯が終わりを迎え、色鮮やかな木々が茂っている『山岳地帯』へ入った。
ここでもウィザレナは、新たな景色に興奮していて、窓が割れんばかりに引っ付いている。山岳地帯を低速度で飛ぶのは初めてだし、私も景色を見るとしよう。
「見てみろアカシック殿! 黄色い葉っぱや赤い葉っぱがあるぞ! あそこのなんて紫色だ! なんて毒々しい色をしてるんだ! 食べたら間違いなく腹を下すな!」
家の下へゆっくり流れていく、紅葉と警告色が入り乱れる木々達。視覚的に涼し気な水色や、錆びの色に近い赤茶もある。
が、色なんてどうでもいい。興奮が止まないでいるウィザレナは、気になる発言をしていた。それは……。
「お前、葉っぱを食うのか?」
「食材をなかなか確保できなかったからな、嫌々食べてた。他にも新芽とか、渋い木の実とか食べてたぞ」
「あ……」
そうだ。ウィザレナは今日という日まで、エルフの加護が効いている範囲内でしか、生活が出来なかったんだ。
そしてその外は、凶悪な魔物と獣で溢れ返っているから、数分の探索でさえ命取りになる。なら当然、食材なんて満足に集められる訳がない。
今のは失言だった。ウィザレナの心を傷付けてしまったかもしれない。本当は、向こうに着いてから言おうと思っていたのだが……。もういい、ここで言ってしまおう!
「ウィザレナ!」
「うおっ!? ど、どうしたアカシック殿? 急に声を荒げて」
「向こうへ着いたら、まずは美味い物をたらふく食わせてやる! 出払って昼は振る舞えない日があるけども、朝昼晩、基本毎日私の家へ来い! 出来立ての料理を腹いっぱいになるまで提供してやる!」
「り、料理を、毎日? いや、いくらなんでもそれは悪い。私は、探索が得意なんだ。そこら辺に成ってる実とかを探し―――」
言っても聞かないウィザレナの両肩に、勢いよく両手を叩きつける私。
「いいか、ウィザレナ? 私に気を利かすな。とりあえず栄養がある物を沢山食べろ。なんなら、食べたい料理を私に言え。どんな料理でも必ず作ってやる。だから、もう二度と葉っぱなんて食うんじゃない。分かったな?」
「あ、アカシック殿……? 顔が、すごく怖いんだが……? い、いいのか? 私が飯時に邪魔をして」
「いい、むしろ当然の事だ。みんなで食べるご飯は、美味しいぞ?」
「皆で食べる、ご飯、か……」
なりふり構わず説得すると、ウィザレナの物思いにふけているような真顔が、少しだけ地面に下がる。数秒すると顔を上げ、天色の潤んだ瞳を微笑ました。
「確かに。家族と一緒に食べてた物は、何もかもが美味しかった。また、そんな体験が出来るなんてなぁ。本当に優しいな、アカシック殿は。優しすぎて、また泣いてしまいそうだ」
「そんな事を言ったら、私は当分お前を泣かし続ける事になるぞ」
「おいおい、やめてくれ。そこまでされたら、嬉し涙が枯れてしまう。ほどほどで頼む」
「すまないが、そこら辺に関しては手加減が出来ない。覚悟しておけ」
「ははっ。体にある水分が、全部嬉し涙になってしまうかもな。分かった、飯時になったら邪魔させてもらう。けど、その時は水も一緒に出してくれ。私が泣き過ぎて死なないようにな」
「ああ、沢山用意しておく」
冗談を交えたウィザレナの微笑ましている右目が、キラリと輝いた。よかった。もうウィザレナには、悲しい涙を流させたりはしない。
ウィザレナは、笑っている顔がよく似合っている。だからこそ、悲痛で歪んだ顔にもさせたくない。待っていろよ、ウィザレナ。もう少しで、私の家がある『沼地帯』に着く。
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