ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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152話、どうして、こんな状況に

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 永遠に続く闇の中。輪郭の無い体を何かに撫でられたような感覚がして、霧散していた意識が目前の闇に集中し出していく。嗅覚が蘇ったのか、闇から若草の匂いが漂ってきた。
 聴覚も戻ってきて、『サー』っと草が擦れ合うような颯爽とした音が聞こえてきた。突然、闇が白く色付いてきたかと思えば。横に一閃の光が走り、闇が瞬いて開いていく。

「……ん」

 白に染まった視界の先。朧気に見えてきたのは、左右に揺れている雑草群。更に視野が遠くへ伸びていくと、そこで初めて、私は地面に寝っ転がっている事を理解した。

「……ここは?」

 眠気にも似た倦怠感に囚われた上体を起こし、大きなあくびをする私。重い瞼を無理矢理こじ開け、辺りを見渡してみた。
 左側。小さな波を打つように、緑々しい草原がどこまでも続いている。真ん中もそう。たまに剥き出しの土が隆起した山が、点在した景色。
 右側。左側や真ん中とほぼ同じ。風にたなびく草が地平線まで伸びていて、分厚くも柔らかそうな雲が浮かんだ空とぶつかっている。

「何が、一体どうなってるんだ? 私は確か、ピピラダの洞穴に居たはず―――」

 ……そうだ。私は、サニーとピピラダ、ピピラダの仲間達と共に居た。だが、今はどこを見渡しても、ハルピュイアの影一つすら見えない。この場に居るのは、私一人だけだ。

「……おい、嘘だろ? サニーーッ! ピピラダーーッ!!」

 いや。ここは遮蔽物がほとんど無い大草原だ。名前を叫ぶだけじゃ、いくらなんでも効率が悪すぎる。箒を召喚して、空から捜索した方が―――。

「そう吠えてねえで、上を向いてみろよ。魔女さんよ」

「は?」

 思考を遮る声に、泳いでいた視野が一気に広がり。私の意に反し、声がした方へ仰いでいく。

「……な、なんだ、これ?」

 この謎の大草原に来て、初めて拝んだ空には、優に百を超える、ほぼ透明に近い若草色をした球体が浮かんでいた。
 その球体一つ一つの中には、横たわってピクリとも動かないハルピュイア達が居た。しかし、死んではいないようだ。どのハルピュイア達も、ゆっくりと呼吸をしている。
 その球体群の中央。パッと見、妖精の姿に近く。どこか生意気な印象を受ける、無邪気ながらもワンパクな笑みをした少年が浮いていた。

 浅緑色をした、狩人を彷彿とさせる服装。耳は、エルフのように長くて先が尖っている。身の丈にあった弓を持っているけど、あれはマナを凝縮させ、私の杖のように具現化させた物だ。
 ふわふわと柔らかそうな若草色の短髪に、活力に満ちた緑色の瞳。そんな、エルフのようにも見えて、妖精を思わせる姿をした少年の横に、サニーが―――。

「サニー!!」

「よう、アカシック。やっと、お前と会える日が―――」

「そこのお前! 今すぐサニー達を解放しろ!!」

「―――へ?」

 クソッ! 私が馬鹿みたいに寝ている間に、一体何があったんだ!? 状況は見るからに最悪だ。ハルピュイアの数が、ピピラダの洞穴に居た時よりも多い。もしかしたら、集落に居た全員が囚われたのかもしれない。
 あとあいつ、私とサニーの関係を知っているな? でなければ、すぐ隣に付けるはずがない。もしかして、盾に利用するつもりか? ……おのれ、ふざけやがって!!

「いいか!? サニー達に指一本でも触れてみろ!? 今すぐにでもお前を氷像にして、命乞いする暇も与えずに砕き殺してやるッ!!」

「はあっ!? ちょちょ、ちょっと待て! なんでそんな敵意剥き出しなんだよ!?」

「ふざけるのも大概にしろ!! サニー達を人質に取ってる奴が、敵以外のなんだっていうんだ!!」

「ひ、人質ぃ!? ……あっ。ああ、なるほど……?」

 首を左右に動かし、勝手に自己解決したような声を漏らした少年が、「ふん」と鼻を鳴らす。

「この状況、意図したもんじゃねえんだが。暴走したウンディねえが、アルビスを人質に取った時の光景に似てやがんなあ」

「……は? ウンディ、ねえ?」

 何かと違和感を覚える呼び方だが、もしかしてウンディーネ様の事か? それに今、あいつは間違いなくアルビスの名を言った。私達しか知らないはずのやり取りを、なぜあいつが?
 叫び倒して眠気が吹き飛び、意識や感覚がハッキリとしてきたお陰か。あの少年から、ウンディーネ様からも感じる、大精霊独特の強烈な魔力を帯びている事が分かった。とどのつまり、あいつは……。
 あの少年の正体が、私の中でほぼ確定すると、少年は持っていた弓を粒子状に変えて消し。両手を前に合わせ、軽く頭を下げた。

「すまん、アカシック。てめえがブチ切れるのも、充分理解出来る。それに、何の説明も無しに、ここへ連れて来ちまった俺にも落ち度があんな。が、俺が敵じゃないのだけは分かってほしい」

 私は何も言っていないのに、武装を解除した。敵意、殺意も無し。死角を突けば、難なく倒せてしまいそうな隙だらけの謝罪。……一旦、信じてみるか?
 しかし、それが演技で、もし私の信用を裏切った場合。私はもう、ウンディーネ様以外の『大精霊』を、全員敵と見做す事になるだろう。

「なら、警告だけしておく。もし、下手な真似を少しでもしてみろ? これから二度、大精霊の言葉には耳を傾けないし。お前を含めた以後の大精霊を、全員私の敵だと認識するからな?」

「……おいおい、冗談だろ? 第一印象がウンディ姉より最悪じゃねえかぁ……。はぁ~っ……、俺まであいつらに怒られちまう―――」

『す、すみませんアルビスさん! こちらの方で、未曽有の大問題が発生し、ああっ! 声が向こうにも届いちゃってる!』

「―――あ?」

「む?」

 たぶん、『風の大精霊』であろう少年が、露骨に落胆し出して頭を抱えた矢先。焦りに焦っているウンディーネ様の声が、頭の中から響いてきた。

「ちょっと『シルフ』さん!? 何故あなたまで、人質を取るような大罪を犯したのですか!?」

「ふおっ!?」

 不意に右側から、ウンディーネ様のおしとやかな怒号が直接耳に届いたせいで、体を大きく波立たせる私。
 体中の波が収まり、声がした方へ慌てて向くと。移り変わった視界の先には、いつの間にここへ繋げたのだろうか。
 空中で水の波紋を立たせている『水鏡の扉』の前で、紺碧の三叉槍の槍先を少年にかざしている、ウンディーネ様の姿があった。

「おまっ……!? おい、ウンディ姉! また性懲りもなく、勢いだけで駆け付けてきやがったな!? 俺の左右をよく見てみやがれ!」

「左右?」

 突如として現れ、少年を叱り出したウンディーネ様が、言われた通りに怒気を宿す視線を外し、左右に流していく。

「……あれ? サニーさん達を囲っているそれ、『風獄』ではなくて『風の揺りかご』じゃないですか」

 大精霊間だけに伝わる状況を、簡単に把握するや否や。ウンディーネ様の声色が、みるみる落ちていった。
 『風の揺りかご』。名前だけ聞くと、対象者を死に至らしめる効果は無さそうだが……。
 先に出た『風獄』とやらは、それなりに殺意の高そうな名前をしていた。ウンディーネ様が見間違えたという事は、きっと姿形が似ているのだろう。

「そうだ! けどアカシックには、これが人質を取ってるように見えたんだよ!」

 ウンディーネ様が落ち着きを取り戻すも。逆に怒り出した少年が、蔑みを含んだ眼差しでウンディーネ様を見下し、不貞腐れ気味に腕を組んだ。

「まあ、それも仕方ねえよなあ。何の説明も無しに、アカシックをここへ連れて来た俺も悪いっちゃ悪いけど。この状況、ウンディ姉がアルビスを人質に取った時と、どこか似てるんだよなあ~。アカシックが誤解しちまうのも無理はねえぜ」

「……あっ」

 ほんの僅かな罪を認めたものの。……あの少年、まさか。残り全ての罪を、ウンディーネ様になすり付けようとしているな?
 が、ウンディーネ様も、思い当たる節があり過ぎるせいか。紺碧色の顔を気まずそうに引きつらせ、深海の如く青ざめさせていった。
 まあ……。『シルフ』という大精霊が、サニー達を人質に取っているように見えてしまったのは、アルビスの件が頭の中で重なってしまったからでもある。
 けど、それが無くとも。あの状況を目の当たりにしたら、私は先ほどと同じように吠えていたと思う。

「……あ、アカシックさん!!」

「とあっ!?」

 粗方、現在の状況をまとめ終えたと同時。涙目になり始めたウンディーネ様が、紺碧の三叉槍を雑に投げ捨て、私の両肩を掴んできた。

「あのっ! あ、あの子が人質を取ったと誤解してしまったのは……。やっぱり、私のせい、なんでしょうかぁ……?」

「うっ……」

 今にも泣き出しそうで、涙声で問い掛けてきたウンディーネ様から、そっと視線を逸らす私。この、外れてほしいという気持ちがひしひしと伝わってくる質問、ものすごく答え辛い。
 しかし、どうする? もし『違います』と答えても、シルフは納得せずに追撃をしてくるだろうし。『そうです』と言ってしまえば、ウンディーネ様にトドメを刺してしまう。
 双方納得のいく答えを出せれば、一番良いのだけれども……。そんな都合が良過ぎる答えなんて、今の私では思い浮かぶはずもなく。
 けど、沈黙を貫いていると、ウンディーネ様に感付かれてしまう。一応、場を引き延ばす為に、何か言葉を発しておかないと。

「……あ、あの、その~、ですね? なんと、言いますか……」

「おい、アカシック! 相手が大精霊だからって、遠慮や忖度する必要は一切ねえぞ! ハッキリ言っちまえ!」

「ええ、もうこの際です! 全てを受け入れますので、真実をお答え下さい!」

 ……私は今日、ピピラダ達の容態を確認する為に、渓谷地帯へ訪れただけだというのに。どうして、こんな状況に追いやられてしまったんだ?
 もう、サニー達を解放して帰りたくなってきた。なのに対し、罪をなすりつけようとしているシルフと、泣きながら問い詰めてくるウンディーネ様が、そうはさせてくれない。
 アルビス。お前は今、どこに居るんだ? 一人では正解を導き出せない私を、助けてくれ……。
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