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177話、怒りを向ける順序
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なんだ、あれ? なんでサニーがボロボロの服を着て、足枷を引きずっているんだ? まるで奴隷じゃないか。この一時間も満たない間に、一体何があった?
そして、アルビス達。なんでお前らは、あんな姿になったサニーを前にして平然と見ていられるんだ? 訳が分からない。理解が追いつかない。目の前にある現実を、頭が拒絶している。
意識が朦朧してきた。喉に熱い何かが込み上げてきて、嘔吐きそうだ。でも、ここで声を出したら私の存在がバレてしまう。
……どうする? 急いでサニーを助け出して、この山を氷山にしてしまうか? しかし、アルビス達は、なぜサニーをゴブリンに売ったんだ? その経緯が気になる。
だとすれば、アルビス達を問い詰めるのが先だ。私の意識が怒りの感情に飲み込まれる前に、まだ正常な判断が出来ている内に、早く!
視野がだんだん狭まってきた私は、箒の先を着た方向へ戻し、指を二回鳴らしながら急発進させる。
すぐ背後から、焦り倒した五人分の叫び声が聞こえるので、『ふわふわ』と『ぶうーん』を掛けたみんなが、私に付いてきているはず。
十分掛けてきた道を二十秒以内で戻り、白の光に埋め尽くされた入口を突破する。そのまま急停止し、悲鳴を発しながら私の頭上を飛び越していく五人の姿を認めてから、再び指を鳴らして新たな『ふわふわ』を発動。
各々バラバラの体勢をしつつ、空中で静止し。指招きで五人を私が居る方へ振り向かせて、更にもう二度指を鳴らす。
五人の両腕を大きく広げさせて、風魔法で両腕を固定して磔状態にし、透明化の魔法を解除した。
「あ、アカシック・ファーストレディ!? 貴様、買い出しに行ってたはずじゃ……?」
「……なんでなんだ、みんな?」
「む?」
「なんで……、なんでサニーをゴブリンに売った!? 今すぐ答えろ!!」
「は? ……はあっ!? ちょ、ちょっと待て、アカシック・ファーストレディ! 何か勘違いしてないか!?」
「出て来い! “火”、“風”、“水”、“土”、“氷”、“光”!」
説得を試みようとしてきたアルビスに、私が本気である事を証明するべく、六属性の杖を同時に召喚する。
ちょうど手前に召喚された氷の杖を掴み、龍眼をひん剥いているアルビスへ杖先をかざした。
「あ、アカシック殿! 事情を説明するから、一旦落ち着いて、その杖を下ろしてくれ!」
「ウィザレナの言う通りです! アカシック様、アルビス様を攻撃するのはやめて下さい!」
右隣からウィザレナ達の訴えが聞こえてきたので、横目だけ流す私。
「ふざけるのも大概にしておけよ? あんな姿になったサニーを見て、落ち着ける訳がないだろ?」
「ああ……、やっぱレディも見てたのか。タイミングが最悪だったし、何も知らねえであんな物を見たら、怒るのも無理はねえな」
全てを悟ったようにヴェルインがボヤいたので、視界をヴェルインへ持っていく。
「レディ。ここに来たって事は、サニーちゃんの置き手紙を読んだんだよな?」
「読んだ。みなさんの夢を叶えるために、ゴブリンさんのお家に行ってきますと書いてあった」
「それだ! アカシック・ファーストレディ!」
ヴェルインが話している途中、必死なアルビスの声が割って入ってきた。
杖先を下げながらアルビスに視線を戻すと、あいつは強張っていた肩を一気に下げ、大きくて長いため息を吐いた。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。サニーはゴブリン達の夢を一つずつ叶える為に、いちいち服装まで変えて劇紛いな事をしてるんだよ」
「劇?」
「そう。安全性に特化し、質の高い小道具を揃えた魔王ごっこの延長線みたいな物だ。あまりにも質が高かったせいで、余も関心して見てた」
劇。つまり先のサニーは、ゴブリンの願いを叶える為に、奴隷役を演じていたというのか? しかし、それだけでは信じられない部分がいくつかある。
「鉄球付きの足枷は、どう説明するんだ? 見た目からして、明らかに本物だったぞ」
「あれの材質は、中が空洞の木だ。ウィザレナとレナでも、片手で持てるほどに軽い。なるべく本物に寄せるよう、光沢を放つ特殊な塗料を使用してる」
「重みで土が抉れてたぞ」
「サニーが歩く部分だけ、空気を大量に含んだふわふわな土を敷いてあるんだ。後で確認してくれれば分かる」
私が攻撃をしてこないと踏んだのか、アルビスの口調が普段通りに戻ってきた。
……よくよく思えば。非力なサニーが、重い鉄球を引きずりながら歩ける訳がない。
「それにだ、アカシック殿。もし、サニー殿に傷を付けようもならば、私達がお前らを骨も残さず殲滅すると先に釘を刺してあるし、ゴブリン殿も下手な真似は絶対にしないと誓ってる。だから、安心して欲しい」
「ウィザレナの凍てついた警告も、なかなか迫力があったがよお。一番すごかったのは、やっぱアルビスの脅しだな」
「だな。龍の姿に戻り『今から貴様らの願いを叶えるのは、ブラックドラゴンである余と、アカシック・ファーストレディの愛娘だ。何かあった時は、分かってるな?』と警告して、口に灼熱のブレスを溜めた時は、私も身の毛がよだったぞ」
まだ六属性の杖を消していないというのに。磔状態の五人は、余裕のある表情で振り返りまで始めてしまった。
もしもサニーに何かがあった時の為に、ウィザレナは事前に釘を刺した。そしてアルビスも、龍の姿に戻り、ゴブリン達を念入りに脅した。
空白の流れが埋まっていく度に、私の体が強張っていく。また早とちりをしてしまい、やらかしてしまったのかと、全身の血の気が引いていく。
「み、みんな? もう何個か、聞きたい事がある」
「む、なんだ?」
すぐに会話を中断したアルビスが、穏やかな顔を私へ向けてきてくれた。
「なんで、私が買い出しから帰って来るまで、待っててくれなかったんだ?」
「あ……。それは、だな」
後ろめたくもあり、ばつが悪そうに言葉を濁したアルビスの龍眼が、私から逃げるように右へ逸れていった。
が、諦めたように息を漏らし、私の方に戻ってきた。
「それについては、余らも謝らなくてはならない。すまなかった、アカシック・ファーストレディ」
「サニー様が、私達の静止を聞き入れてくれなかったんです」
アルビスの後を追う、どこかしおらしさがあるレナの声。
「サニーが?」
「はい。もちろん私達は、アカシック様の考えが第一だと思い、サニー様を説得して引き留めようとしたんです。ですが、一刻も早くゴブリン様達の願いを叶えたかったサニー様は、『置き手紙をすれば大丈夫』だと言って話を聞いてくれず。仕方なく、私達が折れてしまったんです」
「そして結果、こうなってしまった訳だ。無論、余もサニーを止めらなかった事を後悔してるし。貴様があの場を目撃して、勘違いしてしまうのも無理はないと思ってる」
「それによお、ゴブリンもあざといよなあ。わざわざ、レディだけが出払うタイミングを見計らって、全員で押しかけてくるんだもんよ」
呆れた声色でヴェルインも加わってきたので、体ごとヴェルインへ向ける。
「どういう事だ?」
「ほら。お前って、昔は『迫害の地』で最強冷徹の魔女だっただろ? 若いゴブリンもお前の存在を怖がってたし、狙ってやったと長老が言ってたぜ」
「長老?」
「次世代のゴブリン達を治める老ゴブリンだ。長老だけ唯一、外で悪事の限りを尽くした後。色んな種族から追い込まれて、ここへ逃げ込んできたゴブリンの生き残りらしい」
アルビスから補足は入ったので、私は顔だけアルビスに移した。
「それで、長老以外のゴブリンは、全員この地で生まれた穢れなきゴブリンだ。当然、悪事の働き方も分からん。しかし、長老のくだらない武勇伝を聞いてる内に、演技でもいいからやりたくなってきたらしいんだ。そして、人間の少女であるサニーに白羽の矢が立ったと、長老から説明を受けた」
「けど長老曰く、アカシックさんの存在がどうしても邪魔だったらしいわ。絶対に断られると、涙目になりながら語ってたわよ」
視界外から流れてきた、クスクスと笑うカッシェさんの声。空白が全て埋まった途端、氷の杖を握っていた手から力が抜け。周りに浮遊していた杖が、光の粒子と化し、風に乗って消えていった。
ああ、まただ。またやらかしてしまった……。『風の瞑想場』で、初めてシルフと出会った時のように。今回も早とちりをして、今度はみんなに怒りと牙を剥いてしまった。
最悪だ……。もう、みんなに合わせる顔がない。反応を窺うのも怖い。とりあえず、みんなを磔にしている風魔法と『ふわふわ』を早く解除しないと。
心が痛む罪悪感が生まれ、目頭が熱くなっていく顔を地面に俯かせてた私は、指を二回鳴らし、周りを確認しないまま二つの魔法を解除した。
「ふい~、やっと解放された。いや~、鬼気迫るレディちゃんの怒鳴り声よ。思わず昔を思い出しちまったぜ」
「あの時、私は居なかったけど。確かアカシックさんに、火柱で焼き殺されそうになったんだっけ?」
「そうそう。もう七年前になるのか、遠い笑い話になっちまったなあ」
だんだん近づいてくる、ヴェルインとカッシェさんの昔話。しかし、私は地面を向いたままなので、二人がどんな表情をしているのか分からない。
気まずさと視線のやり場に困っていると、草が綺麗に生い茂った地面の中に、アルビスの黒い革靴が映り込んだ。
「アカシック・ファーストレディ? 急に元気がなくなったようだが、大丈夫か?」
「……私が酷い勘違いしたせいで、お前らを攻撃しそうになったんだぞ? 申し訳なくて、もう顔向けが出来ない……」
「その勘違いは、至極当然な勘違いだ。むしろ、何も知らないままあの状況を見て、勘違いをしない方がおかしい。それに、サニーを止められなかった余の責任もある。本当にすまなかった、アカシック・ファーストレディ」
「謝らないでくれ。全部、私が悪いんだ……」
「いや、貴様は何も悪くない。だから、一旦顔を上げてくれ」
優しい口調で言われてしまったので、視線を逸らしつつ恐る恐る顔を上げ。一度だけアルビスに目を合わせてから、すぐに逃がした。
「落ち込んでる時の貴様、なんだか女々しくて可愛いな」
「は、はあっ!? お前、いきなり何を言ってんだ!?」
とんでもない戯言を言われたせいで、勢いよくアルビスに顔を戻してみれば。あいつは、口角を緩く上げて凛とほくそ笑んでいた。
「元気は戻ったか? アカシック・ファーストレディ」
「は? あっ……。お前、私をからかったな?」
「そうでもしないと、話を聞いてくれないと思ってな。どうやら、効果てきめんだったようだ」
……こいつ、とんでもない場面で、とんでもない事を平気で言ってきたな。お陰で、色々と馬鹿らしくなってきてしまった。
そんな、私に傷心している時間すら与えてくれないアルビスが、一歩下がってから腕を組んだ。
「しかし、貴様は偉いよ。よくあそこで怒りで我を失い、ゴブリンを殲滅しなかったな」
「その選択肢もあったけど。どうしてサニーを慕ってるお前らが、あんな事をしたのか気になったんだ。だから先に問い詰める為に、ここまで連れて来た」
「なるほど。余が貴様の立場に居たら、怒りに身を任せてゴブリンをブレスで蒸発させてたぞ。そして、後になって後悔してただろう。サニーに、『どうして、あんなひどい事をしたの』と叱られながらな」
私が先にやらかそうとしていた事を、自分の身に置き換えて代弁したアルビスが、私の両肩に両手を置いてきた。
「あの場面での最悪な一手は、ゴブリンの殲滅だ。が、貴様は最適解の行動を移し、そして最後に余らの話を信じてくれた。今回悪いのは、全て余らなんだ。なので、貴様が落ち込む必要はない。だから、いつもの貴様に戻ってくれ」
「お前の冷やかしのせいで、もうとっくにそんな気分じゃなくなってるよ」
「……そうか。なら、安心した」
変な間があったけど、たぶん私の表情を窺っていたな。どうやら、私の言った事が嘘じゃないと察してくれたらしく。
私の肩から手を離したアルビスは、今度は背を向けてしゃがみ込み、顔だけ振り向いてきた。
「さあ、広場に戻るぞ。乗れ、アカシック・ファーストレディ」
「は……? な、なんで、お前の背中に? 箒に乗って戻るから、立ってくれ」
「怒って疲れてるだろ? 怒りとは、自分では気付きにくいものだが、案外体力を消費してるもんなんだ。罪滅ぼしも兼ねて連れて行きたいから、余の背中で休んでてくれ」
「恥ずかしいからことわ、ふぉっ!?」
本音も交えて断ろうとした矢先。背中から誰かに押されたような軽い衝撃が走り、足がもつれて倒れていく私。
受け身も取れず、覆いかぶさる形でアルビスの背中に落ちると、そのまま両足をガッチリ捕まれ、私を背負い直した。
「なんだ、すごく軽いな。飯はちゃんと食ってるのか?」
「いつもお前の前で、お前が作った料理を残さず食べてるだろ!? というか誰だ!? 今私を押したのは―――」
もがきながら後ろを向いてみると、移り変わった視界の先。両前足を前に突き出し、口角を吊り上げて邪悪な笑みを浮かべているヴェルインと目が合った。
「レディちゃ~ん。似合ってるぜぇ、その姿ぁ~。か~わいい~。後でぇ、サニーちゃんに描いてもらおっとぉ~」
「……お前、覚えてろよ?」
「煮るなり焼くなり、好きにしてくれ。それよりもだ、レディ。たぶん戻った頃には、さっきよりも驚くもんが見れるぞ」
依然として私の両足を離してくれないアルビスが、洞窟に向かって歩き出した中。
後頭部に両前足を回しつつ、私達の隣に付いたアルビスがニヤリと笑う。
「驚くもの?」
「レディなら間違いなく、「は?」って言う催しだ。まっ、楽しみにしててくれ」
私に遺言を残したヴェルインが、くわっと獣特有のあくびをした。私が『は?』という催し? なんだそれ、嫌な予感しかしないぞ?
つまり、サニーの奴隷姿よりも、とんでもない何かが行われるという事だろ? でも、ヴェルインにそう宣言されてしまったからには、なんだか意地でも言いたくなくなってきた。
決めた。この先で何が起ころうとも、何か目を疑う物が行われていようとも、絶対に『は?』とは言わない。せめて、自信満々に言ってきたヴェルインの宣言だけは打ち砕いてやる。
そして、アルビス達。なんでお前らは、あんな姿になったサニーを前にして平然と見ていられるんだ? 訳が分からない。理解が追いつかない。目の前にある現実を、頭が拒絶している。
意識が朦朧してきた。喉に熱い何かが込み上げてきて、嘔吐きそうだ。でも、ここで声を出したら私の存在がバレてしまう。
……どうする? 急いでサニーを助け出して、この山を氷山にしてしまうか? しかし、アルビス達は、なぜサニーをゴブリンに売ったんだ? その経緯が気になる。
だとすれば、アルビス達を問い詰めるのが先だ。私の意識が怒りの感情に飲み込まれる前に、まだ正常な判断が出来ている内に、早く!
視野がだんだん狭まってきた私は、箒の先を着た方向へ戻し、指を二回鳴らしながら急発進させる。
すぐ背後から、焦り倒した五人分の叫び声が聞こえるので、『ふわふわ』と『ぶうーん』を掛けたみんなが、私に付いてきているはず。
十分掛けてきた道を二十秒以内で戻り、白の光に埋め尽くされた入口を突破する。そのまま急停止し、悲鳴を発しながら私の頭上を飛び越していく五人の姿を認めてから、再び指を鳴らして新たな『ふわふわ』を発動。
各々バラバラの体勢をしつつ、空中で静止し。指招きで五人を私が居る方へ振り向かせて、更にもう二度指を鳴らす。
五人の両腕を大きく広げさせて、風魔法で両腕を固定して磔状態にし、透明化の魔法を解除した。
「あ、アカシック・ファーストレディ!? 貴様、買い出しに行ってたはずじゃ……?」
「……なんでなんだ、みんな?」
「む?」
「なんで……、なんでサニーをゴブリンに売った!? 今すぐ答えろ!!」
「は? ……はあっ!? ちょ、ちょっと待て、アカシック・ファーストレディ! 何か勘違いしてないか!?」
「出て来い! “火”、“風”、“水”、“土”、“氷”、“光”!」
説得を試みようとしてきたアルビスに、私が本気である事を証明するべく、六属性の杖を同時に召喚する。
ちょうど手前に召喚された氷の杖を掴み、龍眼をひん剥いているアルビスへ杖先をかざした。
「あ、アカシック殿! 事情を説明するから、一旦落ち着いて、その杖を下ろしてくれ!」
「ウィザレナの言う通りです! アカシック様、アルビス様を攻撃するのはやめて下さい!」
右隣からウィザレナ達の訴えが聞こえてきたので、横目だけ流す私。
「ふざけるのも大概にしておけよ? あんな姿になったサニーを見て、落ち着ける訳がないだろ?」
「ああ……、やっぱレディも見てたのか。タイミングが最悪だったし、何も知らねえであんな物を見たら、怒るのも無理はねえな」
全てを悟ったようにヴェルインがボヤいたので、視界をヴェルインへ持っていく。
「レディ。ここに来たって事は、サニーちゃんの置き手紙を読んだんだよな?」
「読んだ。みなさんの夢を叶えるために、ゴブリンさんのお家に行ってきますと書いてあった」
「それだ! アカシック・ファーストレディ!」
ヴェルインが話している途中、必死なアルビスの声が割って入ってきた。
杖先を下げながらアルビスに視線を戻すと、あいつは強張っていた肩を一気に下げ、大きくて長いため息を吐いた。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。サニーはゴブリン達の夢を一つずつ叶える為に、いちいち服装まで変えて劇紛いな事をしてるんだよ」
「劇?」
「そう。安全性に特化し、質の高い小道具を揃えた魔王ごっこの延長線みたいな物だ。あまりにも質が高かったせいで、余も関心して見てた」
劇。つまり先のサニーは、ゴブリンの願いを叶える為に、奴隷役を演じていたというのか? しかし、それだけでは信じられない部分がいくつかある。
「鉄球付きの足枷は、どう説明するんだ? 見た目からして、明らかに本物だったぞ」
「あれの材質は、中が空洞の木だ。ウィザレナとレナでも、片手で持てるほどに軽い。なるべく本物に寄せるよう、光沢を放つ特殊な塗料を使用してる」
「重みで土が抉れてたぞ」
「サニーが歩く部分だけ、空気を大量に含んだふわふわな土を敷いてあるんだ。後で確認してくれれば分かる」
私が攻撃をしてこないと踏んだのか、アルビスの口調が普段通りに戻ってきた。
……よくよく思えば。非力なサニーが、重い鉄球を引きずりながら歩ける訳がない。
「それにだ、アカシック殿。もし、サニー殿に傷を付けようもならば、私達がお前らを骨も残さず殲滅すると先に釘を刺してあるし、ゴブリン殿も下手な真似は絶対にしないと誓ってる。だから、安心して欲しい」
「ウィザレナの凍てついた警告も、なかなか迫力があったがよお。一番すごかったのは、やっぱアルビスの脅しだな」
「だな。龍の姿に戻り『今から貴様らの願いを叶えるのは、ブラックドラゴンである余と、アカシック・ファーストレディの愛娘だ。何かあった時は、分かってるな?』と警告して、口に灼熱のブレスを溜めた時は、私も身の毛がよだったぞ」
まだ六属性の杖を消していないというのに。磔状態の五人は、余裕のある表情で振り返りまで始めてしまった。
もしもサニーに何かがあった時の為に、ウィザレナは事前に釘を刺した。そしてアルビスも、龍の姿に戻り、ゴブリン達を念入りに脅した。
空白の流れが埋まっていく度に、私の体が強張っていく。また早とちりをしてしまい、やらかしてしまったのかと、全身の血の気が引いていく。
「み、みんな? もう何個か、聞きたい事がある」
「む、なんだ?」
すぐに会話を中断したアルビスが、穏やかな顔を私へ向けてきてくれた。
「なんで、私が買い出しから帰って来るまで、待っててくれなかったんだ?」
「あ……。それは、だな」
後ろめたくもあり、ばつが悪そうに言葉を濁したアルビスの龍眼が、私から逃げるように右へ逸れていった。
が、諦めたように息を漏らし、私の方に戻ってきた。
「それについては、余らも謝らなくてはならない。すまなかった、アカシック・ファーストレディ」
「サニー様が、私達の静止を聞き入れてくれなかったんです」
アルビスの後を追う、どこかしおらしさがあるレナの声。
「サニーが?」
「はい。もちろん私達は、アカシック様の考えが第一だと思い、サニー様を説得して引き留めようとしたんです。ですが、一刻も早くゴブリン様達の願いを叶えたかったサニー様は、『置き手紙をすれば大丈夫』だと言って話を聞いてくれず。仕方なく、私達が折れてしまったんです」
「そして結果、こうなってしまった訳だ。無論、余もサニーを止めらなかった事を後悔してるし。貴様があの場を目撃して、勘違いしてしまうのも無理はないと思ってる」
「それによお、ゴブリンもあざといよなあ。わざわざ、レディだけが出払うタイミングを見計らって、全員で押しかけてくるんだもんよ」
呆れた声色でヴェルインも加わってきたので、体ごとヴェルインへ向ける。
「どういう事だ?」
「ほら。お前って、昔は『迫害の地』で最強冷徹の魔女だっただろ? 若いゴブリンもお前の存在を怖がってたし、狙ってやったと長老が言ってたぜ」
「長老?」
「次世代のゴブリン達を治める老ゴブリンだ。長老だけ唯一、外で悪事の限りを尽くした後。色んな種族から追い込まれて、ここへ逃げ込んできたゴブリンの生き残りらしい」
アルビスから補足は入ったので、私は顔だけアルビスに移した。
「それで、長老以外のゴブリンは、全員この地で生まれた穢れなきゴブリンだ。当然、悪事の働き方も分からん。しかし、長老のくだらない武勇伝を聞いてる内に、演技でもいいからやりたくなってきたらしいんだ。そして、人間の少女であるサニーに白羽の矢が立ったと、長老から説明を受けた」
「けど長老曰く、アカシックさんの存在がどうしても邪魔だったらしいわ。絶対に断られると、涙目になりながら語ってたわよ」
視界外から流れてきた、クスクスと笑うカッシェさんの声。空白が全て埋まった途端、氷の杖を握っていた手から力が抜け。周りに浮遊していた杖が、光の粒子と化し、風に乗って消えていった。
ああ、まただ。またやらかしてしまった……。『風の瞑想場』で、初めてシルフと出会った時のように。今回も早とちりをして、今度はみんなに怒りと牙を剥いてしまった。
最悪だ……。もう、みんなに合わせる顔がない。反応を窺うのも怖い。とりあえず、みんなを磔にしている風魔法と『ふわふわ』を早く解除しないと。
心が痛む罪悪感が生まれ、目頭が熱くなっていく顔を地面に俯かせてた私は、指を二回鳴らし、周りを確認しないまま二つの魔法を解除した。
「ふい~、やっと解放された。いや~、鬼気迫るレディちゃんの怒鳴り声よ。思わず昔を思い出しちまったぜ」
「あの時、私は居なかったけど。確かアカシックさんに、火柱で焼き殺されそうになったんだっけ?」
「そうそう。もう七年前になるのか、遠い笑い話になっちまったなあ」
だんだん近づいてくる、ヴェルインとカッシェさんの昔話。しかし、私は地面を向いたままなので、二人がどんな表情をしているのか分からない。
気まずさと視線のやり場に困っていると、草が綺麗に生い茂った地面の中に、アルビスの黒い革靴が映り込んだ。
「アカシック・ファーストレディ? 急に元気がなくなったようだが、大丈夫か?」
「……私が酷い勘違いしたせいで、お前らを攻撃しそうになったんだぞ? 申し訳なくて、もう顔向けが出来ない……」
「その勘違いは、至極当然な勘違いだ。むしろ、何も知らないままあの状況を見て、勘違いをしない方がおかしい。それに、サニーを止められなかった余の責任もある。本当にすまなかった、アカシック・ファーストレディ」
「謝らないでくれ。全部、私が悪いんだ……」
「いや、貴様は何も悪くない。だから、一旦顔を上げてくれ」
優しい口調で言われてしまったので、視線を逸らしつつ恐る恐る顔を上げ。一度だけアルビスに目を合わせてから、すぐに逃がした。
「落ち込んでる時の貴様、なんだか女々しくて可愛いな」
「は、はあっ!? お前、いきなり何を言ってんだ!?」
とんでもない戯言を言われたせいで、勢いよくアルビスに顔を戻してみれば。あいつは、口角を緩く上げて凛とほくそ笑んでいた。
「元気は戻ったか? アカシック・ファーストレディ」
「は? あっ……。お前、私をからかったな?」
「そうでもしないと、話を聞いてくれないと思ってな。どうやら、効果てきめんだったようだ」
……こいつ、とんでもない場面で、とんでもない事を平気で言ってきたな。お陰で、色々と馬鹿らしくなってきてしまった。
そんな、私に傷心している時間すら与えてくれないアルビスが、一歩下がってから腕を組んだ。
「しかし、貴様は偉いよ。よくあそこで怒りで我を失い、ゴブリンを殲滅しなかったな」
「その選択肢もあったけど。どうしてサニーを慕ってるお前らが、あんな事をしたのか気になったんだ。だから先に問い詰める為に、ここまで連れて来た」
「なるほど。余が貴様の立場に居たら、怒りに身を任せてゴブリンをブレスで蒸発させてたぞ。そして、後になって後悔してただろう。サニーに、『どうして、あんなひどい事をしたの』と叱られながらな」
私が先にやらかそうとしていた事を、自分の身に置き換えて代弁したアルビスが、私の両肩に両手を置いてきた。
「あの場面での最悪な一手は、ゴブリンの殲滅だ。が、貴様は最適解の行動を移し、そして最後に余らの話を信じてくれた。今回悪いのは、全て余らなんだ。なので、貴様が落ち込む必要はない。だから、いつもの貴様に戻ってくれ」
「お前の冷やかしのせいで、もうとっくにそんな気分じゃなくなってるよ」
「……そうか。なら、安心した」
変な間があったけど、たぶん私の表情を窺っていたな。どうやら、私の言った事が嘘じゃないと察してくれたらしく。
私の肩から手を離したアルビスは、今度は背を向けてしゃがみ込み、顔だけ振り向いてきた。
「さあ、広場に戻るぞ。乗れ、アカシック・ファーストレディ」
「は……? な、なんで、お前の背中に? 箒に乗って戻るから、立ってくれ」
「怒って疲れてるだろ? 怒りとは、自分では気付きにくいものだが、案外体力を消費してるもんなんだ。罪滅ぼしも兼ねて連れて行きたいから、余の背中で休んでてくれ」
「恥ずかしいからことわ、ふぉっ!?」
本音も交えて断ろうとした矢先。背中から誰かに押されたような軽い衝撃が走り、足がもつれて倒れていく私。
受け身も取れず、覆いかぶさる形でアルビスの背中に落ちると、そのまま両足をガッチリ捕まれ、私を背負い直した。
「なんだ、すごく軽いな。飯はちゃんと食ってるのか?」
「いつもお前の前で、お前が作った料理を残さず食べてるだろ!? というか誰だ!? 今私を押したのは―――」
もがきながら後ろを向いてみると、移り変わった視界の先。両前足を前に突き出し、口角を吊り上げて邪悪な笑みを浮かべているヴェルインと目が合った。
「レディちゃ~ん。似合ってるぜぇ、その姿ぁ~。か~わいい~。後でぇ、サニーちゃんに描いてもらおっとぉ~」
「……お前、覚えてろよ?」
「煮るなり焼くなり、好きにしてくれ。それよりもだ、レディ。たぶん戻った頃には、さっきよりも驚くもんが見れるぞ」
依然として私の両足を離してくれないアルビスが、洞窟に向かって歩き出した中。
後頭部に両前足を回しつつ、私達の隣に付いたアルビスがニヤリと笑う。
「驚くもの?」
「レディなら間違いなく、「は?」って言う催しだ。まっ、楽しみにしててくれ」
私に遺言を残したヴェルインが、くわっと獣特有のあくびをした。私が『は?』という催し? なんだそれ、嫌な予感しかしないぞ?
つまり、サニーの奴隷姿よりも、とんでもない何かが行われるという事だろ? でも、ヴェルインにそう宣言されてしまったからには、なんだか意地でも言いたくなくなってきた。
決めた。この先で何が起ころうとも、何か目を疑う物が行われていようとも、絶対に『は?』とは言わない。せめて、自信満々に言ってきたヴェルインの宣言だけは打ち砕いてやる。
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