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230話、アカシックという魔女の家族
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「で? 私の命を狙ってる、フォスグリアという奴は一体なんなんだ? お前の言ってる事が正しければ、私の人生を狂わせた元凶になるぞ?」
「クフフフフ。やはり、気になるかい?」
「当たり前だ。そいつのせいで、ピースが巻き込まれて犠牲になったんだからな。さあ、シャドウ。お前が知ってる事を、洗いざらい吐いてもらおうか?」
挑発を兼ねるには、あまりにも不格好な姿で問い掛けてみるも。肝心のシャドウは黙り込み、思案をしていそうな視線を右へ逸らしていく。
「さあ、どうしたものかねぇ。洗いざらい吐けと言われても、君とフォスグリアに関する接点は、まだ仮説すら満足に立てられていないのだよ」
「なんだって?」
逸らしていた視線が私に戻ってくるも、龍眼には迷いらしき感情が籠っている。
「当時は君の素性、本名、出身地、家族構成、ありとあらゆる情報が無かったからねぇ。せめて家族が付けた本名さえ分かれば、色々と遡れて君の父と母ぐらいなら断定出来たものの。今になっても尚、二つに一つな状態で、完全には絞り切れていないのだよ」
「え? ちょ、ちょっと待って! 二つに一つって言ったら、私の家族を二択まで絞れてるのか?」
「ああ。父と母、どちらかずつねぇ」
シャドウの返答が、私の眠りそうになっていた鼓動を叩き起こし、酷く速めていった。名前も声も顔も知らない、私の父親と母親。そのどちらかの手掛かりを、シャドウは一人で掴んだ。
……知りたい。いや、今更知ってどうする? 私が産まれてから、既に百十五年は経っているんだぞ? 普通の人間なら、寿命はとっくに尽きている。だから、知ったところで会える訳がない。
けどシャドウは、私のありとあらゆる情報が無かった中で、どうやってそこまで辿り着けたんだ?
「……誰なんだ? 私の父と母は?」
「それを伝えるには、まず君の体内へ入り、判明した事を伝えなければならない」
「判明した事?」
言葉をそのまま質問として返すと、シャドウは小さく頷いた。
「プネラから、君の頭で色が変わる魔力を発見したと報告があっただろ?」
「ああ、夢の中で言われたな」
「その魔力とやらは、僕も海馬付近で確認している。発見した時は、流石に僕も困惑したよ。何故、ただの人間が、この魔力を持っているのかとね。なので、そこから君の体を入念に調べ上げたんだ。そうしたら、一つだけ判明した事がある」
「な、なんだ? その判明した事って」
腕を組んだシャドウが、口角を不敵に上げる。
「君が、人間と精霊の混血だという事実にねぇ」
「……へ? わ、私が、混血?」
私が、人間と精霊の混血。もし、そうだとすると、父親と母親の片方は人間で、もう片方は精霊になってしまうが……。
「そう。限りなく百に近い割合で人間。で、限りなくゼロに近い割合で精霊さ。この割合だったら、人間の純血と大した差異はない。明日からも、人間と名乗っていいだろう。そして最も肝心な、色が変わる魔力」
語り口に感情が乗ってきたのだろう。饒舌になってきたシャドウが、人差し指を立てた。
「その正体は、『時の魔力』さ」
「と、時の魔力? ……時って、時間というか、あの時の事を言ってるのか?」
「その通りだよ。時を司る精霊は、大精霊以外存在していなくてねぇ。現在、行方不明者を入れると、この世で時を司る大精霊は二人しか居ない。つまり、その二人の片方が、君の父か母になるという訳さ」
「おい、待ってくれ。二人しか居ないって事は、つまり……」
それが本当なら、父親か母親のどちらかに、私の命を狙っているフォスグリアが当てはまってしまうじゃないか。
「そう。可能性として、父にフォスグリア。そして、現在も未だ行方不明で、君がレム君に拾われる約一年前に消息を絶った、元時を司る大精霊『ヴェリーオーラ』。こちらが、君の母に挙げられる」
「ヴェリー、オーラ……」
元時を司る大精霊『ヴェリーオーラ』。現在も行方が分からず、もしかしたら、私の母親なのかもしれない人の名前。どちらにせよ、究極の二択。
フォスグリアであろうが、ヴェリーオーラであろうとも。私の家族には、時を司る大精霊が居る事になってしまうのだから。
「な、なんでヴェリーオーラは、行方不明になったんだ?」
「さあね。突然姿をくらましてしまったから、僕を含めた六大精霊は誰一人として、彼女が消息を絶った動機、経緯を把握していないんだ。当時、彼女と親睦が深かったフォスグリアに尋ねても、頑なに口を開こうとはしなかった。そして今では、あのザマさ。所謂、迷宮入りってやつだねぇ」
「……なるほど。聞いても口を開かなかったって事は、フォスグリアは何か知ってそうだな」
「そう考えるのが妥当だろう。クフフフフ。それよりも、君の家族構成が浮かんできてから、色々と憶測が捗るようになったよ」
憶測か。私が時の魔力とやらを微量保持している時点で、父親と母親のどちらかは、フォスグリアかヴェリーオーラで確定と判断していいだろう。
……時を司る大精霊が、私の父親か母親なのか。状況を軽く整理しても、実感がまったく湧いてこない。頭が混乱していくばかりだ。
しかし、結果はどうあれ、私はフォスグリアを許す事は出来ない。たとえ、あいつが私の父親であったとしても、ピースを巻き込んだ罪は償ってもらうぞ。
「フォスグリアが正気を失う前に、レム君に君を託したか。フォスグリアの助言により、ヴェリーオーラがレム君の教会に君を匿わせたか。ふむ、この線だと後者が濃厚かなぁ」
「ん?」
楽しそうにぶつぶつと憶測をし始めたシャドウの言葉に、まだ出ていない不穏が過る情報があったな。なんだか、とてつもなく嫌な予感がするぞ。
「おい、シャドウ。フォスグリアが正気を失う前って、あいつに何かあったのか?」
「おっと、そうだった。確かにこれは、まだ君に言っていなかったねぇ」
口元を握った拳で覆い隠し、明後日を向いていたシャドウのご機嫌そうな顔が、私の方に戻ってきた。
「現在フォスグリアは、時の穢れに侵されている」
「なっ……、なんだって!?」
「前兆が如実に現れたのは、君達がアンブラッシュ・アンカーに襲われた日だったかな。温厚という意味を体現させた彼が豹変したのは、そこからだったと思うよ」
待て、待ってくれ。フォスグリアの性格が温厚だったというのも、私は聞いていないぞ。それに、嫌な予感が当たってしまった。
フォスグリアが、時の穢れに侵されているだって? それだと、まともな精神状態じゃないだろうし、話の真相を聞けなくなってしまうじゃないか。
「……それって、お前以外の大精霊は、知ってるのか?」
「さあ? 当時は、混沌を極めていたからねぇ。皆して取り乱していたから、勘付いたのは僕だけじゃないかな。今も僕の本体がフォスグリアの隣に居るけど、おぞましいまでの殺気と怒気を放っているよ。無論、君と僕に向けてねぇ。忌み子を殺すのに、どれだけ時間を掛けているのだと。おお、怖い怖い」
恐怖を感じている様子が、まるで無いシャドウが肩を竦める。フォスグリアにとって、私は望まれずに産まれた忌み子だと。
それが本音なのかどうなのかも、今では分からないが。私は、何も知らないまま死ぬ気なんて、さらさら無い。
顔を洗って待っていろよ、フォスグリア。何が何でも私はお前に食らいつき、真相を聞き出してやるからな。
「聞きたい事は、山ほどあるけど。どうやら、今はあまり時間が無さそうだな」
「そうだね。僕達がここに居る限り、フォスグリアは状況を確認出来ない。僕が口で虚偽の実況をして、時間を稼いでいる状態さ」
「……そうか。なら、最後にこれだけ質問させてくれ」
そう言葉を止めて、血の匂いを感じながら深呼吸をする。
「お前は、私の味方だと思っていいんだよな?」
「君と契約を交わしてしまったし、ここまで密偵したんだ。僕だって後には引けない。フォスグリアと戦う時になったら、こき使ってくれて構わないよ。僕だってねぇ、彼には溜まっている物が沢山あるんだ。容赦はしない、君が大満足する成果を挙げてみせようじゃあないか」
「おっ、おお……」
質問をしたと同時。シャドウから、寒気を催す怒気と殺意を感じ始めた。その二つの剥き出しな感情は、私に一切向けられていない。
それに今の宣言は、嘘じゃないと確信が出来るほど、色々な思いが詰まっていたような気がする。聞いてしまったからには、私もシャドウを信じないといけない程の思いが。
「わ、分かった。頼りにしてるよ」
「よろしい。それでは、そろそろ君の心臓を頂くよ。ああしかし、如何せん死に様が不格好だなぁ。よし、磔にしよう!」
「え? ……なっ!?」
シャドウが途端に活き活きとし出した矢先。私の垂れ下がっていた右腕が、勝手に挙がり始めたかと思えば。
闇に染まった地面から、紫色をした無数の棘が何本も突き出し、左手同様に右手の平を貫通していった。
「……い、痛くない?」
痛みはおろか、刺さった感触さえ薄い。けど、右手の平から滲み出てきた血は、紫色の棘を滴っていき、私の足元にある巨大な血だまりと混ざっていっている。
「先ほど、君の痛覚を遮断したと言ったじゃないか。何度も同じ事を言わせるんじゃない、学びたまえ。ああ、そうそう。発狂寸前のアルビス君の後始末、頼んだよ」
「は?」
私の目の前まで近づいて来たシャドウの口角が、いやらしく吊り上がっていく。
「アルビス君には、散々ちょっかいを掛けていてねぇ。今は意識を深層まで沈めているから、比較的落ち着いているけれども。僕が君を痛めつけている最中、この目を通して一部始終を何も出来ぬまま眺めていたのだよ。いやぁ、実に滑稽だったなぁ。はち切れんばかりに暴れ回り、狂ったように絶叫し続けていたアルビス君はぁ。今思い出しても、笑いが止まらないよぉ。クフフフフフフフ。やめろ、お願いだからやめてくれシャドウと、何度懇願していた事かぁ。クッフフフフフフ!」
愉悦に歪んだ狂い笑みを浮かべ、癪に障る嘲笑を発するシャドウ。……そうだ。アルビスは夢の中で、シャドウに色々手を焼いたと言っていた。
『常闇地帯』に入る前は、嘘の方角を教え。そのせいで、アルビスは別種のブラックドラゴンに殺され掛けて。挙句の果ては、先の一方的なやり取りを強制的に見せられて、アルビスの精神面までも嬲りやがった。
前言撤回だ。こいつとは、一生掛かっても分かり合える気がしない。よくも、私の大切な家族を何度も弄びやがったな?
「私の命を、フォスグリアから救ってくれたという配慮と心構えには、深く感謝してる。けど、アルビスに手を出したのなら、話は別だ。お前、全ての片が付いたら、覚えてろよ? 私の家族に手を出した事を、必ず後悔させてる」
「もちろんさ。君の治療は、まだ終わっていないのだからねぇ。今度は僕直々、何日、何十日、何百日、何千日と掛けて、君の心が壊れるまで付き合ってあげるよぉ。クフフフフフ。さぁ、どんな実験をしようかなぁ。殺してしまえば全てが元に戻る被検体なんて、そうそう手に入らないからねぇ。今から楽しみでしょうがないよぉ。頼むから、僕から逃げ出さないでおくれよ? アカシック君」
「余計な心配はするな、私から歩み寄って行ってやるよ。今の内に、次の大精霊候補を決めておくん───」
私の中を駆け巡る、残り少ない血が熱くなってきた瞬間。全身から、熱という熱が急激に下がっていく感覚がし出した。
「フォスグリアが、そろそろ痺れを切らしそうでねぇ。話の途中ですまないが、君の生命維持を止めた。後数秒もすれば、君は死に至る」
瞼が、とてつもなく重くなってきた。冷え切った眠気に抗えない。瞬きの回数が無駄に増えていく。シャドウの輪郭が。二重にも三重にも見える。
「まあ、せめてもの情けだ。痛覚は遮断したままにしておくよ。どこに居るのか見当が付かないピース君に逢えるといいねぇ」
シャドウ、もといアルビスの声が、四方に反響していく。
「それじゃあ、アカシック君。永遠にも感じる刹那の間だけ、おやすみ」
目の前が暗くなったと同時。私の左胸らしき辺りで、何かが入り込んだ感触がした。
「クフフフフ。やはり、気になるかい?」
「当たり前だ。そいつのせいで、ピースが巻き込まれて犠牲になったんだからな。さあ、シャドウ。お前が知ってる事を、洗いざらい吐いてもらおうか?」
挑発を兼ねるには、あまりにも不格好な姿で問い掛けてみるも。肝心のシャドウは黙り込み、思案をしていそうな視線を右へ逸らしていく。
「さあ、どうしたものかねぇ。洗いざらい吐けと言われても、君とフォスグリアに関する接点は、まだ仮説すら満足に立てられていないのだよ」
「なんだって?」
逸らしていた視線が私に戻ってくるも、龍眼には迷いらしき感情が籠っている。
「当時は君の素性、本名、出身地、家族構成、ありとあらゆる情報が無かったからねぇ。せめて家族が付けた本名さえ分かれば、色々と遡れて君の父と母ぐらいなら断定出来たものの。今になっても尚、二つに一つな状態で、完全には絞り切れていないのだよ」
「え? ちょ、ちょっと待って! 二つに一つって言ったら、私の家族を二択まで絞れてるのか?」
「ああ。父と母、どちらかずつねぇ」
シャドウの返答が、私の眠りそうになっていた鼓動を叩き起こし、酷く速めていった。名前も声も顔も知らない、私の父親と母親。そのどちらかの手掛かりを、シャドウは一人で掴んだ。
……知りたい。いや、今更知ってどうする? 私が産まれてから、既に百十五年は経っているんだぞ? 普通の人間なら、寿命はとっくに尽きている。だから、知ったところで会える訳がない。
けどシャドウは、私のありとあらゆる情報が無かった中で、どうやってそこまで辿り着けたんだ?
「……誰なんだ? 私の父と母は?」
「それを伝えるには、まず君の体内へ入り、判明した事を伝えなければならない」
「判明した事?」
言葉をそのまま質問として返すと、シャドウは小さく頷いた。
「プネラから、君の頭で色が変わる魔力を発見したと報告があっただろ?」
「ああ、夢の中で言われたな」
「その魔力とやらは、僕も海馬付近で確認している。発見した時は、流石に僕も困惑したよ。何故、ただの人間が、この魔力を持っているのかとね。なので、そこから君の体を入念に調べ上げたんだ。そうしたら、一つだけ判明した事がある」
「な、なんだ? その判明した事って」
腕を組んだシャドウが、口角を不敵に上げる。
「君が、人間と精霊の混血だという事実にねぇ」
「……へ? わ、私が、混血?」
私が、人間と精霊の混血。もし、そうだとすると、父親と母親の片方は人間で、もう片方は精霊になってしまうが……。
「そう。限りなく百に近い割合で人間。で、限りなくゼロに近い割合で精霊さ。この割合だったら、人間の純血と大した差異はない。明日からも、人間と名乗っていいだろう。そして最も肝心な、色が変わる魔力」
語り口に感情が乗ってきたのだろう。饒舌になってきたシャドウが、人差し指を立てた。
「その正体は、『時の魔力』さ」
「と、時の魔力? ……時って、時間というか、あの時の事を言ってるのか?」
「その通りだよ。時を司る精霊は、大精霊以外存在していなくてねぇ。現在、行方不明者を入れると、この世で時を司る大精霊は二人しか居ない。つまり、その二人の片方が、君の父か母になるという訳さ」
「おい、待ってくれ。二人しか居ないって事は、つまり……」
それが本当なら、父親か母親のどちらかに、私の命を狙っているフォスグリアが当てはまってしまうじゃないか。
「そう。可能性として、父にフォスグリア。そして、現在も未だ行方不明で、君がレム君に拾われる約一年前に消息を絶った、元時を司る大精霊『ヴェリーオーラ』。こちらが、君の母に挙げられる」
「ヴェリー、オーラ……」
元時を司る大精霊『ヴェリーオーラ』。現在も行方が分からず、もしかしたら、私の母親なのかもしれない人の名前。どちらにせよ、究極の二択。
フォスグリアであろうが、ヴェリーオーラであろうとも。私の家族には、時を司る大精霊が居る事になってしまうのだから。
「な、なんでヴェリーオーラは、行方不明になったんだ?」
「さあね。突然姿をくらましてしまったから、僕を含めた六大精霊は誰一人として、彼女が消息を絶った動機、経緯を把握していないんだ。当時、彼女と親睦が深かったフォスグリアに尋ねても、頑なに口を開こうとはしなかった。そして今では、あのザマさ。所謂、迷宮入りってやつだねぇ」
「……なるほど。聞いても口を開かなかったって事は、フォスグリアは何か知ってそうだな」
「そう考えるのが妥当だろう。クフフフフ。それよりも、君の家族構成が浮かんできてから、色々と憶測が捗るようになったよ」
憶測か。私が時の魔力とやらを微量保持している時点で、父親と母親のどちらかは、フォスグリアかヴェリーオーラで確定と判断していいだろう。
……時を司る大精霊が、私の父親か母親なのか。状況を軽く整理しても、実感がまったく湧いてこない。頭が混乱していくばかりだ。
しかし、結果はどうあれ、私はフォスグリアを許す事は出来ない。たとえ、あいつが私の父親であったとしても、ピースを巻き込んだ罪は償ってもらうぞ。
「フォスグリアが正気を失う前に、レム君に君を託したか。フォスグリアの助言により、ヴェリーオーラがレム君の教会に君を匿わせたか。ふむ、この線だと後者が濃厚かなぁ」
「ん?」
楽しそうにぶつぶつと憶測をし始めたシャドウの言葉に、まだ出ていない不穏が過る情報があったな。なんだか、とてつもなく嫌な予感がするぞ。
「おい、シャドウ。フォスグリアが正気を失う前って、あいつに何かあったのか?」
「おっと、そうだった。確かにこれは、まだ君に言っていなかったねぇ」
口元を握った拳で覆い隠し、明後日を向いていたシャドウのご機嫌そうな顔が、私の方に戻ってきた。
「現在フォスグリアは、時の穢れに侵されている」
「なっ……、なんだって!?」
「前兆が如実に現れたのは、君達がアンブラッシュ・アンカーに襲われた日だったかな。温厚という意味を体現させた彼が豹変したのは、そこからだったと思うよ」
待て、待ってくれ。フォスグリアの性格が温厚だったというのも、私は聞いていないぞ。それに、嫌な予感が当たってしまった。
フォスグリアが、時の穢れに侵されているだって? それだと、まともな精神状態じゃないだろうし、話の真相を聞けなくなってしまうじゃないか。
「……それって、お前以外の大精霊は、知ってるのか?」
「さあ? 当時は、混沌を極めていたからねぇ。皆して取り乱していたから、勘付いたのは僕だけじゃないかな。今も僕の本体がフォスグリアの隣に居るけど、おぞましいまでの殺気と怒気を放っているよ。無論、君と僕に向けてねぇ。忌み子を殺すのに、どれだけ時間を掛けているのだと。おお、怖い怖い」
恐怖を感じている様子が、まるで無いシャドウが肩を竦める。フォスグリアにとって、私は望まれずに産まれた忌み子だと。
それが本音なのかどうなのかも、今では分からないが。私は、何も知らないまま死ぬ気なんて、さらさら無い。
顔を洗って待っていろよ、フォスグリア。何が何でも私はお前に食らいつき、真相を聞き出してやるからな。
「聞きたい事は、山ほどあるけど。どうやら、今はあまり時間が無さそうだな」
「そうだね。僕達がここに居る限り、フォスグリアは状況を確認出来ない。僕が口で虚偽の実況をして、時間を稼いでいる状態さ」
「……そうか。なら、最後にこれだけ質問させてくれ」
そう言葉を止めて、血の匂いを感じながら深呼吸をする。
「お前は、私の味方だと思っていいんだよな?」
「君と契約を交わしてしまったし、ここまで密偵したんだ。僕だって後には引けない。フォスグリアと戦う時になったら、こき使ってくれて構わないよ。僕だってねぇ、彼には溜まっている物が沢山あるんだ。容赦はしない、君が大満足する成果を挙げてみせようじゃあないか」
「おっ、おお……」
質問をしたと同時。シャドウから、寒気を催す怒気と殺意を感じ始めた。その二つの剥き出しな感情は、私に一切向けられていない。
それに今の宣言は、嘘じゃないと確信が出来るほど、色々な思いが詰まっていたような気がする。聞いてしまったからには、私もシャドウを信じないといけない程の思いが。
「わ、分かった。頼りにしてるよ」
「よろしい。それでは、そろそろ君の心臓を頂くよ。ああしかし、如何せん死に様が不格好だなぁ。よし、磔にしよう!」
「え? ……なっ!?」
シャドウが途端に活き活きとし出した矢先。私の垂れ下がっていた右腕が、勝手に挙がり始めたかと思えば。
闇に染まった地面から、紫色をした無数の棘が何本も突き出し、左手同様に右手の平を貫通していった。
「……い、痛くない?」
痛みはおろか、刺さった感触さえ薄い。けど、右手の平から滲み出てきた血は、紫色の棘を滴っていき、私の足元にある巨大な血だまりと混ざっていっている。
「先ほど、君の痛覚を遮断したと言ったじゃないか。何度も同じ事を言わせるんじゃない、学びたまえ。ああ、そうそう。発狂寸前のアルビス君の後始末、頼んだよ」
「は?」
私の目の前まで近づいて来たシャドウの口角が、いやらしく吊り上がっていく。
「アルビス君には、散々ちょっかいを掛けていてねぇ。今は意識を深層まで沈めているから、比較的落ち着いているけれども。僕が君を痛めつけている最中、この目を通して一部始終を何も出来ぬまま眺めていたのだよ。いやぁ、実に滑稽だったなぁ。はち切れんばかりに暴れ回り、狂ったように絶叫し続けていたアルビス君はぁ。今思い出しても、笑いが止まらないよぉ。クフフフフフフフ。やめろ、お願いだからやめてくれシャドウと、何度懇願していた事かぁ。クッフフフフフフ!」
愉悦に歪んだ狂い笑みを浮かべ、癪に障る嘲笑を発するシャドウ。……そうだ。アルビスは夢の中で、シャドウに色々手を焼いたと言っていた。
『常闇地帯』に入る前は、嘘の方角を教え。そのせいで、アルビスは別種のブラックドラゴンに殺され掛けて。挙句の果ては、先の一方的なやり取りを強制的に見せられて、アルビスの精神面までも嬲りやがった。
前言撤回だ。こいつとは、一生掛かっても分かり合える気がしない。よくも、私の大切な家族を何度も弄びやがったな?
「私の命を、フォスグリアから救ってくれたという配慮と心構えには、深く感謝してる。けど、アルビスに手を出したのなら、話は別だ。お前、全ての片が付いたら、覚えてろよ? 私の家族に手を出した事を、必ず後悔させてる」
「もちろんさ。君の治療は、まだ終わっていないのだからねぇ。今度は僕直々、何日、何十日、何百日、何千日と掛けて、君の心が壊れるまで付き合ってあげるよぉ。クフフフフフ。さぁ、どんな実験をしようかなぁ。殺してしまえば全てが元に戻る被検体なんて、そうそう手に入らないからねぇ。今から楽しみでしょうがないよぉ。頼むから、僕から逃げ出さないでおくれよ? アカシック君」
「余計な心配はするな、私から歩み寄って行ってやるよ。今の内に、次の大精霊候補を決めておくん───」
私の中を駆け巡る、残り少ない血が熱くなってきた瞬間。全身から、熱という熱が急激に下がっていく感覚がし出した。
「フォスグリアが、そろそろ痺れを切らしそうでねぇ。話の途中ですまないが、君の生命維持を止めた。後数秒もすれば、君は死に至る」
瞼が、とてつもなく重くなってきた。冷え切った眠気に抗えない。瞬きの回数が無駄に増えていく。シャドウの輪郭が。二重にも三重にも見える。
「まあ、せめてもの情けだ。痛覚は遮断したままにしておくよ。どこに居るのか見当が付かないピース君に逢えるといいねぇ」
シャドウ、もといアルビスの声が、四方に反響していく。
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