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234話、とりあえず、一旦帰ろう
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「……よし、よし。纏まってきたぞ」
時間にして、数分程度だろうか。寝ているアルビスの頭を撫でていたら、不意に視界外からシルフの声が聞こえてきたので、そちらに顔を向けた。
頭を抱え、地面に突っ伏していたシルフはというと。あぐらをかいて座っていて、肩を落としながらため息を吐いている最中だった。
「つまりだ。アカシックは時の魔力を保持してて、父親がフォスグリア爺さん、母親がオーラ姉の可能性があるんだな?」
「ああ、それで合ってる」
「で? そのどっちかから産まれたお前は、人間と時の精霊の混血だと?」
「割合は、ほぼ人間らしいけどな。限りなくゼロに近い割合で、時の精霊の血が混じってるらしいぞ」
私もさっき聞いたばかりの話だから、その事実をまだ完全に信じられていない。というよりも、実感が湧いていない状態だ。
「はぁ、なるほどなぁ……。ほぼゼロに近い血の濃度だから、俺達も気付けなかった訳か。今更だけどよ、オーラ姉まで知ってるって事は、シャドウ兄が大体暴露してそうだな」
ここを同調してもいいのか分からず、一旦シャドウに視線を送ってみると、腕を組んで立っていたシャドウは、目を瞑りつつ小さく頷いてきた。
「そうだな。時の穢れに侵される前のフォスグリアは、すごく温厚だったとか。私がレムさんに保護される一年前ぐらいに、『ヴェリーオーラ』がいきなり消息を絶っただとか、大雑把に教えてもらった」
「ま、マジか。オーラ姉が消息を絶ったのは、大精霊間だけで留めてる、外部漏洩厳禁の秘匿情報だってのによお。……まあ、お前が時の大精霊の娘だって分かった今なら、知ってても大丈夫───」
「あ、あの……、シルフ様。すみません……」
「ん? ……あっ」
視界の左側から、なんともばつが悪そうなアルビスの声が聞こえてきたので、恐る恐る視線を左に持っていく。
見下ろした、視線の先。強張った顔が青ざめ切っていて、滝のような大汗をかいたアルビスが、口元をヒクつかせながら私達の顔を見返していた。
「……あ、アルビス? お前、いつから起きてたんだ?」
「す、少し前からです……。アカシックに頭を撫でられているのが、あまりにも心地よくて……。寝たフリをして、身を委ねていました……」
「プッ。く、クフフフフ……!」
やや遠くから流れてきた、シャドウの吹き出し笑い。
流し目であいつの様子を確かめてみると、シャドウは顔を後ろに逸らし、肩を小刻みに震わせていた。たぶんあれ、素で笑っていそうだな。
「シルフ。アルビスは、私の大事な家族なんだ。咎めるのはよしてくれよ?」
「別に、どうこうするつもりは、これっぽっちもねえけど……。ああ~……。まあ、アルビスは信用出来る奴だ。せっかくだし、最後まで付いてきてくれ」
「わ、分かりました! このアルビス、命を懸けてアカシックを護る所存でございます。なので、まず」
急激に声色を低くしたアルビスに、強烈な敵意と殺意が宿り、未だ笑っているシャドウに凍てついた龍眼が移っていく。
「アカシックの命を狙う狼藉者は、等しく排除せねばなりません。シルフ様、あいつの抹殺許可を余に下さい」
「阿呆、与える訳ねえだろ。それにシャドウ兄の実力は、俺達の中でも随一だ。まともに戦ったら、俺はシャドウ兄の足元にも及ばねえ。もしシャドウ兄が本気で暴れたら、俺達でも助けられねえからな。お前が怒り狂う理由は充分分かってるけど、頼むから今は抑えてくれ」
「そんなッ!? ……いえ。承知致し、ました」
アルビス、まったく腑に落ちていないんだろうな。まるで拗ねた子供のように口を尖らせて、私に抱きついてきてしまった。
「……悔しい。余らの敵が、目の前に居るのに……」と、悔恨に満ちたか細い呟きが、耳に届いてくる。意識があるままシャドウに操られて、私を痛めつけた挙句、間接的に殺してしまったんだ。
あんな目に遭わされたばかりだし、ここまでシャドウを恨むのも無理はない。無論、私だってシャドウを許すつもりは毛頭無いぞ。
だから、この瞬間だけは、アルビスの味方に付いてやらないと。そう決めた私は、アルビスを抱き返し、あいつの肩に顎を置いた。
「辛かったよな、お前も。いつか必ず共闘して、シャドウを倒すぞ」
「……当たり前だ。あいつだけは、何があっても絶対に許さん───」
言葉を溜めたアルビスが、急に私からガバッと離れ。なんだか嫌な予感がする希望を見出した龍眼を、私に合わせてきた。
「アカシック、『天照らす極楽鳥』だ。そいつを召喚すれば、憎きあいつを抹殺する事が出来るんじゃないか?」
「あ、確かに」
「おーい、てめえら。聞こえてんぞ? 世界が半壊しちまうから、変な気は起こすなよ?」
呆れ返ったシルフの制止に、やや暴走気味のアルビスが「なら」と続ける。
「余らとあいつを、『風の瞑想場』へ連れて行って下さい。そこで『天照らす極楽鳥』を召喚すれば、世界に被害は及ばないはずです」
「世界に配慮した提案を出しても、じゃあとはならねえよ。アルビス、一旦落ち着け。とりあえず先に、沼地帯に帰るぞ。話の続きは、明日の夜が更けてから再開する」
「沼地帯……? あっ、サニー!」
「そうだ!」
私の治療には、約十日間以上掛かっている。それに、アルビスの話によれば、サニーは水と食料をロクに摂取しておらず、体調が著しくないらしい。
まずい、まずいぞ。一刻も早く沼地帯に帰って、サニーを安心させてやらないと!
「し、シルフ! サニーの目の前に、『水鏡の扉』的な物を召喚してくれ!」
「ちょっと待ってくれ。シャドウ兄、ノーム爺さんは生きてんのか?」
「致命傷は与えていないから、その内にでも起きると思うよ」
「そうか。なら、『風の瞑想場』に送っとくか」
どこか気だるそうに立ち上がったシルフが、ノームに構えた指を向けて『パチン』と鳴らす。
すると、尻を突き出して倒れているノームの地面に、緑色の魔法陣が出現し。淡く光り出したかと思えば、ノームの体が徐々に、地面へ沈んでいった。
「で? フローガンズは寝てるだけか?」
「そうだね。彼女は、もうそろそろ起きると思うよ」
「じゃあ、とりあえず一緒に連れて帰るか。次は、ボロボロで血まみれのお前らだ」
どんどん話を進めていくシルフが、今度は私達に構えた指を差し、有無を言わさず再び鳴らす。どうやら、私達に使用したのは、変身魔法のようで。
視界が、煌めく緑色の粒子で満たされていき。数秒して薄れていくと、『ふわふわ』を掛けたフローガンズを隣に付けて、帰る準備を終えたシルフが見えてきた。
「うっし、ここには暫く用は無え。さっさと帰るぞ」
「しばらくって、またここに来る時が来るのか?」
「フォスグリア爺さんと戦う日が来たらな。ほれ、お前らも立て」
大雑把に急かすシルフの指示に従い、抱えているプネラを起こさないよう立ち上がる。夢の中で、少し進展があったのか。涙は止まっていて、表情が少しほころんでいた。
「アカシック。プネラを抱っこするから、余に渡してくれ」
微笑むプネラの顔を見て、一安心している中。視線を前にやると、両手を私に差し出しているアルビスが居た。
「お前が?」
「そうだ。両手が塞がってたら、サニーを抱きしめてやる事が出来ないだろう? 沼地帯に帰ったら、サニーを強く抱きしめてやってくれ」
「……ああ、そうだな。ありがとう」
アルビスの配慮に甘え、抱えていたプネラを、アルビスの両手にそっと降ろす。アルビスもアルビスで、プネラを優しく抱きかかえてくれた。
「シャドウ兄。罠の解除が済んだら、俺に『伝心』してくれな。んじゃ、あばよ」
「クフフフフ。これが最後の別れになるかもしれないのに、冷たいねぇ」
「必ず帰って来るって信じてるからだよ。わざわざ言わせんな」
「そうかい。なら、一年後ぐらいにまた会おう」
曖昧な再会時期を決めたシャドウが、私達に背を向けた。これ以上、語る事は無いと。出会ってから半日も経っていないだろうけど、なんだかあいつらしさを感じる別れ方だ。
『導きの光風』
不意を突くシルフの詠唱らしき声に、ほぼ無意識に振り返ってみると、移り変わった視界の先に、見上げるほど高く、幾重にも波紋を立たせた薄緑色の水面らしき物があり。
その水面を隔てた、更に先。両目を限界まで見開き、驚いた様子で口に手を添えているディーネの姿。
そのディーネの横。両膝を抱え、顔を膝に埋めて座っているサニーが───。
「……おい、嘘だろ?」
……サニー。お前、どれだけ食事や水を取らなかったんだ? 腕と足が、ちょっと細くなっているじゃないか。
「俺達やゴブリンが、いくら説得しても微動だにしなくてよ。サニーちゃんが寝てる間、ウンディ姉が治癒魔法を夜通ししててくれたんだ。頼む、アカシック。早く行ってやってくれ」
シルフの掠れた声を合図に、震え始めた視界が前へ動き出し、『導きの光風』を通り抜けていき。視界を覆っていた薄緑色が、一気に晴れていった。
「サニーさん、サニーさんっ! アカシックさんが帰って来ましたよ!」
ディーネが声を嬉々と弾ませて、サニーの背中をポンポンと叩くも、サニーは顔を上げようともしない。サニーは、本当に生きているんだろうな?
再生したばかりの心臓が、暴れんばかりに鼓動を早めていく。もしかしたらという、最悪の結末が頭に過り、呼吸も乱れてきた。
「……サニー」
絞り出した私の声が、サニーの耳に届いてくれたのか。ディーネの言葉に、まったく反応しなかったサニーの体が、ピクンと波打ち。
塞ぎ込んでいた顔が、ゆっくり上がり始め。隠れていたサニーの顔が、露わになる。
ようやく見せてくれたサニーの青い瞳には、分厚い暗雲が掛かっているがの如く曇っていて、生気という光が全て失われていた。
「……おかあ、さん」
私を認めてくれようとも、サニーの色褪せた表情は、真顔を保ったまま。
……ああ、そんな。ディーネの治癒魔法のお陰で、多少はマシになっているのだろうけど。頬も、見るからにこけている。
潤んできた視界が、急激にサニーの元へ近づいていき。気が付けば私は、サニーを強く抱きしめていた。
「ごめん。待たせてしまってごめんよ、サニー……!」
「……お母さん。……う、うっ、うわぁぁぁああーーーーんっ!!」
これだけ強く抱きしめているというのに、サニーの体温がほとんど感じ取れない。逆に、サニーの涙で湿っていく右肩が、酷く凍てついたように感じる。
……十日間以上も離れ離れになっていたんだ。寂しかったよな、怖かったよな。ごめん。本当にごめんよ、サニー。
時間にして、数分程度だろうか。寝ているアルビスの頭を撫でていたら、不意に視界外からシルフの声が聞こえてきたので、そちらに顔を向けた。
頭を抱え、地面に突っ伏していたシルフはというと。あぐらをかいて座っていて、肩を落としながらため息を吐いている最中だった。
「つまりだ。アカシックは時の魔力を保持してて、父親がフォスグリア爺さん、母親がオーラ姉の可能性があるんだな?」
「ああ、それで合ってる」
「で? そのどっちかから産まれたお前は、人間と時の精霊の混血だと?」
「割合は、ほぼ人間らしいけどな。限りなくゼロに近い割合で、時の精霊の血が混じってるらしいぞ」
私もさっき聞いたばかりの話だから、その事実をまだ完全に信じられていない。というよりも、実感が湧いていない状態だ。
「はぁ、なるほどなぁ……。ほぼゼロに近い血の濃度だから、俺達も気付けなかった訳か。今更だけどよ、オーラ姉まで知ってるって事は、シャドウ兄が大体暴露してそうだな」
ここを同調してもいいのか分からず、一旦シャドウに視線を送ってみると、腕を組んで立っていたシャドウは、目を瞑りつつ小さく頷いてきた。
「そうだな。時の穢れに侵される前のフォスグリアは、すごく温厚だったとか。私がレムさんに保護される一年前ぐらいに、『ヴェリーオーラ』がいきなり消息を絶っただとか、大雑把に教えてもらった」
「ま、マジか。オーラ姉が消息を絶ったのは、大精霊間だけで留めてる、外部漏洩厳禁の秘匿情報だってのによお。……まあ、お前が時の大精霊の娘だって分かった今なら、知ってても大丈夫───」
「あ、あの……、シルフ様。すみません……」
「ん? ……あっ」
視界の左側から、なんともばつが悪そうなアルビスの声が聞こえてきたので、恐る恐る視線を左に持っていく。
見下ろした、視線の先。強張った顔が青ざめ切っていて、滝のような大汗をかいたアルビスが、口元をヒクつかせながら私達の顔を見返していた。
「……あ、アルビス? お前、いつから起きてたんだ?」
「す、少し前からです……。アカシックに頭を撫でられているのが、あまりにも心地よくて……。寝たフリをして、身を委ねていました……」
「プッ。く、クフフフフ……!」
やや遠くから流れてきた、シャドウの吹き出し笑い。
流し目であいつの様子を確かめてみると、シャドウは顔を後ろに逸らし、肩を小刻みに震わせていた。たぶんあれ、素で笑っていそうだな。
「シルフ。アルビスは、私の大事な家族なんだ。咎めるのはよしてくれよ?」
「別に、どうこうするつもりは、これっぽっちもねえけど……。ああ~……。まあ、アルビスは信用出来る奴だ。せっかくだし、最後まで付いてきてくれ」
「わ、分かりました! このアルビス、命を懸けてアカシックを護る所存でございます。なので、まず」
急激に声色を低くしたアルビスに、強烈な敵意と殺意が宿り、未だ笑っているシャドウに凍てついた龍眼が移っていく。
「アカシックの命を狙う狼藉者は、等しく排除せねばなりません。シルフ様、あいつの抹殺許可を余に下さい」
「阿呆、与える訳ねえだろ。それにシャドウ兄の実力は、俺達の中でも随一だ。まともに戦ったら、俺はシャドウ兄の足元にも及ばねえ。もしシャドウ兄が本気で暴れたら、俺達でも助けられねえからな。お前が怒り狂う理由は充分分かってるけど、頼むから今は抑えてくれ」
「そんなッ!? ……いえ。承知致し、ました」
アルビス、まったく腑に落ちていないんだろうな。まるで拗ねた子供のように口を尖らせて、私に抱きついてきてしまった。
「……悔しい。余らの敵が、目の前に居るのに……」と、悔恨に満ちたか細い呟きが、耳に届いてくる。意識があるままシャドウに操られて、私を痛めつけた挙句、間接的に殺してしまったんだ。
あんな目に遭わされたばかりだし、ここまでシャドウを恨むのも無理はない。無論、私だってシャドウを許すつもりは毛頭無いぞ。
だから、この瞬間だけは、アルビスの味方に付いてやらないと。そう決めた私は、アルビスを抱き返し、あいつの肩に顎を置いた。
「辛かったよな、お前も。いつか必ず共闘して、シャドウを倒すぞ」
「……当たり前だ。あいつだけは、何があっても絶対に許さん───」
言葉を溜めたアルビスが、急に私からガバッと離れ。なんだか嫌な予感がする希望を見出した龍眼を、私に合わせてきた。
「アカシック、『天照らす極楽鳥』だ。そいつを召喚すれば、憎きあいつを抹殺する事が出来るんじゃないか?」
「あ、確かに」
「おーい、てめえら。聞こえてんぞ? 世界が半壊しちまうから、変な気は起こすなよ?」
呆れ返ったシルフの制止に、やや暴走気味のアルビスが「なら」と続ける。
「余らとあいつを、『風の瞑想場』へ連れて行って下さい。そこで『天照らす極楽鳥』を召喚すれば、世界に被害は及ばないはずです」
「世界に配慮した提案を出しても、じゃあとはならねえよ。アルビス、一旦落ち着け。とりあえず先に、沼地帯に帰るぞ。話の続きは、明日の夜が更けてから再開する」
「沼地帯……? あっ、サニー!」
「そうだ!」
私の治療には、約十日間以上掛かっている。それに、アルビスの話によれば、サニーは水と食料をロクに摂取しておらず、体調が著しくないらしい。
まずい、まずいぞ。一刻も早く沼地帯に帰って、サニーを安心させてやらないと!
「し、シルフ! サニーの目の前に、『水鏡の扉』的な物を召喚してくれ!」
「ちょっと待ってくれ。シャドウ兄、ノーム爺さんは生きてんのか?」
「致命傷は与えていないから、その内にでも起きると思うよ」
「そうか。なら、『風の瞑想場』に送っとくか」
どこか気だるそうに立ち上がったシルフが、ノームに構えた指を向けて『パチン』と鳴らす。
すると、尻を突き出して倒れているノームの地面に、緑色の魔法陣が出現し。淡く光り出したかと思えば、ノームの体が徐々に、地面へ沈んでいった。
「で? フローガンズは寝てるだけか?」
「そうだね。彼女は、もうそろそろ起きると思うよ」
「じゃあ、とりあえず一緒に連れて帰るか。次は、ボロボロで血まみれのお前らだ」
どんどん話を進めていくシルフが、今度は私達に構えた指を差し、有無を言わさず再び鳴らす。どうやら、私達に使用したのは、変身魔法のようで。
視界が、煌めく緑色の粒子で満たされていき。数秒して薄れていくと、『ふわふわ』を掛けたフローガンズを隣に付けて、帰る準備を終えたシルフが見えてきた。
「うっし、ここには暫く用は無え。さっさと帰るぞ」
「しばらくって、またここに来る時が来るのか?」
「フォスグリア爺さんと戦う日が来たらな。ほれ、お前らも立て」
大雑把に急かすシルフの指示に従い、抱えているプネラを起こさないよう立ち上がる。夢の中で、少し進展があったのか。涙は止まっていて、表情が少しほころんでいた。
「アカシック。プネラを抱っこするから、余に渡してくれ」
微笑むプネラの顔を見て、一安心している中。視線を前にやると、両手を私に差し出しているアルビスが居た。
「お前が?」
「そうだ。両手が塞がってたら、サニーを抱きしめてやる事が出来ないだろう? 沼地帯に帰ったら、サニーを強く抱きしめてやってくれ」
「……ああ、そうだな。ありがとう」
アルビスの配慮に甘え、抱えていたプネラを、アルビスの両手にそっと降ろす。アルビスもアルビスで、プネラを優しく抱きかかえてくれた。
「シャドウ兄。罠の解除が済んだら、俺に『伝心』してくれな。んじゃ、あばよ」
「クフフフフ。これが最後の別れになるかもしれないのに、冷たいねぇ」
「必ず帰って来るって信じてるからだよ。わざわざ言わせんな」
「そうかい。なら、一年後ぐらいにまた会おう」
曖昧な再会時期を決めたシャドウが、私達に背を向けた。これ以上、語る事は無いと。出会ってから半日も経っていないだろうけど、なんだかあいつらしさを感じる別れ方だ。
『導きの光風』
不意を突くシルフの詠唱らしき声に、ほぼ無意識に振り返ってみると、移り変わった視界の先に、見上げるほど高く、幾重にも波紋を立たせた薄緑色の水面らしき物があり。
その水面を隔てた、更に先。両目を限界まで見開き、驚いた様子で口に手を添えているディーネの姿。
そのディーネの横。両膝を抱え、顔を膝に埋めて座っているサニーが───。
「……おい、嘘だろ?」
……サニー。お前、どれだけ食事や水を取らなかったんだ? 腕と足が、ちょっと細くなっているじゃないか。
「俺達やゴブリンが、いくら説得しても微動だにしなくてよ。サニーちゃんが寝てる間、ウンディ姉が治癒魔法を夜通ししててくれたんだ。頼む、アカシック。早く行ってやってくれ」
シルフの掠れた声を合図に、震え始めた視界が前へ動き出し、『導きの光風』を通り抜けていき。視界を覆っていた薄緑色が、一気に晴れていった。
「サニーさん、サニーさんっ! アカシックさんが帰って来ましたよ!」
ディーネが声を嬉々と弾ませて、サニーの背中をポンポンと叩くも、サニーは顔を上げようともしない。サニーは、本当に生きているんだろうな?
再生したばかりの心臓が、暴れんばかりに鼓動を早めていく。もしかしたらという、最悪の結末が頭に過り、呼吸も乱れてきた。
「……サニー」
絞り出した私の声が、サニーの耳に届いてくれたのか。ディーネの言葉に、まったく反応しなかったサニーの体が、ピクンと波打ち。
塞ぎ込んでいた顔が、ゆっくり上がり始め。隠れていたサニーの顔が、露わになる。
ようやく見せてくれたサニーの青い瞳には、分厚い暗雲が掛かっているがの如く曇っていて、生気という光が全て失われていた。
「……おかあ、さん」
私を認めてくれようとも、サニーの色褪せた表情は、真顔を保ったまま。
……ああ、そんな。ディーネの治癒魔法のお陰で、多少はマシになっているのだろうけど。頬も、見るからにこけている。
潤んできた視界が、急激にサニーの元へ近づいていき。気が付けば私は、サニーを強く抱きしめていた。
「ごめん。待たせてしまってごめんよ、サニー……!」
「……お母さん。……う、うっ、うわぁぁぁああーーーーんっ!!」
これだけ強く抱きしめているというのに、サニーの体温がほとんど感じ取れない。逆に、サニーの涙で湿っていく右肩が、酷く凍てついたように感じる。
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