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251話、場の空気に飲まれて暴走し出しす黒龍

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「結局、余もやるのか……」

「当たり前じゃん! もうっ、食べるのが遅いよ~。ずっと待ってたんだからね!」

 実に平和な昼食が終わるや否や。食器類の片づけを始めたアルビスを、フローガンズが無理やり引っ張り出し、戦闘の定位置までつけたまではいいが。
 いかんせん、アルビスは乗り気じゃない。サニーが居るし、戦っている姿をあまり見せたくないのだろう。

「ったく、戦闘狂め。一応、ヴェルインとカッシェ、ファート、ウィザレナやレナとの戦闘を見ていたが、なんだ? あの素人丸出しの戦いは? 素質はあるのに、実力を二割も出せていないんじゃないか?」

「修業は沢山してきたけど、実戦はあまりしてないの! だからこうして、みんなにお願いしてるんじゃんか」

「なに? 実戦の経験がほとんど無いだと? ……はぁ。素質は確かなのだが、なんだか勿体ないな」

「でしょ? 色々学びたいから、アルビス師匠! よろしくお願いします!」

 満面の笑みを見せたフローガンズが、健気にお辞儀をする。これだと副将戦は、戦闘というよりも修行になりそうだな。

「ふむ、よかろう。成り行きでなってしまったが、余も貴様の師匠だ。出来る限りの稽古をつけてやる」

「やったー! ありがとうございます!」

 次の大将戦にて、私が控えているのだが……。まさか、本当になってしまうとは。

「では、始めよう。まず確認だ。ヴェルイン戦で開始と共に、氷斬撃を召喚していたな。あれは挨拶変わりにと言っていたが、当然意味があってやったんだよな?」

「もちろん! 牽制や、相手の力量がどんなものか試す為にやってるよ」

「よろしい。しかし貴様は、そこで追撃せず棒立ちしていたな。だから、ヴェルイン達に反撃を許し、貴様は逃げ場を制限され、間合いも詰められてしまった」

「詰められたんじゃなくて、近接戦に持っていきたかったから、あえて近づいてもらったんだよ」

 アルビスめ。ウィザレナ戦が終わるまで、サニーに絵を描かれていたのにも関わらず、戦いをしっかり観戦していたらしい。

「阿呆。今回はたまたま上手くいったから、よかったものの。基本、相手をわざと誘い込むのは、力量を測り終えてからにしろ。相手が実力以上の何かを隠していたら、どうするつもりだ? そこを見誤ると、ファート戦みたいに秒で取って食われるぞ」

「うっ……。た、確かに」

「氷斬撃自体は悪くない。無詠唱で何度も使えるから、出だしに相手の虚を衝けるだろう。しかし、その後が疎かだ。『古怪狼の凍咆』など織り交ぜて、相手の出方を強制的に変えたり、制限する事も可能なはず。挨拶で仕掛けるのはいいが、本当に挨拶だけで終わらせるんじゃない」

 つまり先制攻撃は、次の手に繋げられるよう活かせと。私の場合、杖を持った状態で使用する、無詠唱の上位魔法が該当するかな。
 フローガンズは、至近距離から長距離までと、ほぼ全ての距離から攻撃が出来る。私だったら、距離を詰められるのが一番嫌だから、初手で火の壁を召喚して空中に逃げるだろう。
 そして、距離を十分稼ぎつつ、魔法壁を展開。次に、召喚魔法を使用する。たぶんこれが、今の私にとって定石なる戦い方だ。
 フローガンズに戦い方を教示するのはいいけど、そこそこに留めて欲しい。動きが早くて近接格闘を得意とするフローガンズは、魔女の私にとって苦手な相手なのだから。

「で、でもさ? 最初っから畳み掛けちゃうのは、なんだかつまんないじゃん」

「……つまらん? 命を懸けねばならない戦いがつまらん、だと?」

 フローガンズ、今のは完全に失言だ。アルビスが放った低い声量から察するに、割と真面目に怒ったぞ。
 腕を組んだアルビスが、無言でフローガンズの元へ歩き出す。そのまま、ほぼゼロ距離にまで迫ると、アルビスは何も分かっていなさそうなフローガンズを見下した。

「待ちわびた実戦に、胸躍るのは分からなくもない。しかし、命を懸けず楽しむ為に戦いたいのであれば、貴様に実戦は勧められん。隅で組手でもやっていろ」

「く、組手……?」

 圧の強い説教を始めたアルビスが、「それにだ」と加え、顔をズイッとフローガンズに近づける。

「本来であれば、ファートとの闘いで何も出来ずに絶命していた貴様が、小生意気な口を叩くんじゃない。ここで死なれるのは、ただ余らに迷惑を掛けるだけだ。己の命を軽んじて死にたいのであれば、誰の目にも留まらぬ場所で独りで果てろ」

「んっ……」

 改めて現実を突きつけられたフローガンズが、唇をキュッと噤んだ。ひとまず、なぜフローガンズがああまでして、他者と戦いたい理由は分かったものの。
 心を抉る痛烈な言い方だけど、アルビスの言っている事は正しい。ルシルの忠告が無く、本体でファート戦に挑んでいたら、フローガンズは確実に死んでいた。
 だからファートも、ルシルに確認していたのだろう。何をしても大丈夫、フローガンズを殺しても構わないのだとな。
 あの確認は、ファートなりの優しさだ。もし、通常の戦いを挑んでいたら、相当手を抜き、違う形でフローガンズに勝利を収めていただろう。

「フローガンズ。貴様が死んだら、悲しむ者は居るか?」

「え?」

「え? じゃない。貴様が死んだら、悲しむ者は居るかと聞いているんだ」

「悲しむ、人……」

 アルビスが新しい質問を投げ掛けると、フローガンズの同心円眼が左右に泳ぎ出し、こうべを垂らしていった。

「……たぶん、あたしの師匠」

「そうか。なら貴様は、その師匠を二度悲しませた事になるぞ」

「あっ……」

 戦いとは何か、招く結果により、誰に影響を及ぼすのか説いたアルビスが、小刻みに震え出したフローガンズの頭にそっと手を添えた。

「貴様は、師匠を悲しませる為に戦いをしたいのか?」

「……したくない」

「ならば、師匠を悲しませない為にも、強くなれ。実戦でも楽しむ余裕が生まれる程、貴様の尊い命に危機が届かぬ程、相手に有無を言わさぬ程、圧倒的なまでにな」

「……うん、分かった」

 ……おい、待ってくれ。アルビス。まだ私が、後に控えているんだぞ? 美談に持ち込むのはいいけど、いくらなんでも場の空気に飲まれ過ぎだ。ちゃんと師匠としての役目を、果たそうとしないでくれ。

『なあ、アカシック。止めた方がいいんじゃねえか? あいつら』

『アルビスさんの事ですから、フローガンズさんを徹底的に鍛えようとすると思いますけど……』

 私と同じ危機感を抱き、心配し始めたルシルとディーネの『伝心でんしん』が、頭の中から響いてきた。

『あ、アルビスを怒らせたくないから、このまま流れに任せる……』

『ああ、水を差すなってか。色々大変だな、お前も』

『不本意な形だけどよお、不老不死になれてよかったじゃあねえかあ』

『そ、そうだな。これに関しては、シャドウに感謝しておくよ』

 事の次第によっては、私も本気を出さざるを得なくなる。大丈夫かな? 雪原地帯に『天翔ける極光鳥』や『光柱の管理人』、『竜のくさび』を召喚しても。
 いや。地形の大きな変化や、相手の心配をしている場合じゃない。なんせ相手は、私と五十年以上掛けて、命を懸けた戦いをしてきたアルビスに鍛え上げられる予定の、フローガンズなのだから。
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