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omeruta
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臙脂色のソファに腰掛けて男は言った。
「二時間後にもう一度ここに来い。宜しく頼むぞ。」
そう言い残し、男は店を出て行った。
俺はぼんやりと男が座っていたソファに目をやった。
そこには一枚の封筒が残されていた。
それが後に俺達の一家を変えてしまうキッカケとなる。
その男と初めて会ったのは閑静な住宅街から少し外れた所にあるトラットリアに一家の使い数人と訪れた時のことだ。
男は俺達がrosso famiglia(深紅の一家)と知って近付いてきた。
その男は淡々と挨拶を済ませると、俺達の一家のボスとは実の兄弟で、過去に所属していたと言う事を伝えて来た。
「兄貴は何世代も続いているお前達の一家でも一目置かれる存在だった。俺は期待されていなかった腹いせに一家の金を持ち逃げしてトスカーナへ行く道中、頭を撃たれた。」
そう言うと、男は長い前髪を搔き上げ額を見せた。
銃弾の跡が、生々しく残っていた。
「俺は一家に粛清され、死んでいるはずだった。だが生き延びた今、顔を変え、しがない情報屋で飯を食ってる。もしお前達と会った事がバレたら俺は消されるだろう。お前達に消されるとも限らない。それを見越して頼みがある。」
そう言うと、男は身体を前のめりにして静かな声で囁いた。
「お前達の一家に裏切り者がいる。Omeruta(血の掟)を破った者がいる。」
心当たりは無かった。
一家の信頼関係は強固な物だった。
「後でこの店の向かいにあるバーに来い。そこの取り巻きは悪いが来ないでくれ。俺はお前に頼みたいんだ。」
男はそう告げると、足早に店を出て行った。
「お前達、この事はまだ一家に内緒にしておけ。今は混乱を招く。とりあえず俺一人で行く。今日はもう帰れ。」
そう言い残して俺はバーに向かった。
重厚な店の扉を開けると、男は奥のソファに腰掛けてグラッパを飲んでいた。
「言われた通り一人で来てくれたんだな。正直疑ってたんだが悪かった。俺も臆病になったもんだよ。まあ座ってくれ。」
俺はその男の正面に腰掛けた。
「俺はあんたの一家に居た頃はassassino(殺しの請負人)てシンプルな通り名で呼ばれてたんだ。殺した数は百はくだらねぇ。それが今じゃこのザマだよ。」
聞いた事がある通り名だった。
やはりこの男から漂う冷たい殺気は勘違いではなかったのだ。
俺はブランデーを頼み、一口飲むとその男から話を聞いた。
「あんたは唯、二時間後にここに戻って来てくれれば良い。情報料は結構だ。俺は一家を裏切り、兄貴を失望させた。最後に何かしてやりたいんだ。俺はもう長くない。先月情報を売った相手にスパイだと疑われてる。遅かれ早かれ俺は消されるだろう。その前にこれだけはやっておきたいんだ。わかったな。二時間後にもう一度ここに来い。宜しく頼むぞ。」
男は金を置き、店を出て行った。
ふと男が座っていたソファに目をやると一枚の手紙が残されていた。
封を開けると一枚の写真と手紙が出てきた。
そこには、rosso famigliaで一番腕利きの殺し屋、grim reaper(死神)の写真と「彼を粛清しろ」とだけ書かれた手紙が入っていた。
俺は直ぐに家へ向かった。
あの男が言っている事が正しいなら大問題だ。
抗争はあの殺し屋が居ないと成立しない。
だが、Omerutaを破った者は粛清されるのは当然だ。
血の掟だからだ。
次第に灰皿には煙草が山積みになっていく。
もうすぐ約束の時間だ。
俺は身支度を済ませ、胸ポケットに小型のペンナイフを入れると、家を後にした。
男はまたあのソファに腰掛けて居た。
「約束の時間だ。安心してくれ。この店は俺達が何を行おうと干渉しない。その分金は積んだが、もう俺には必要の無いものだから惜しまなかったよ。奥へ来てくれ。」
男は臙脂色のソファから立ち上がるとソファをスライドさせた。
すると、そのソファの下に隠し扉が出てきた。
「付いて来い。この下に裏切り者を監禁した。」
俺達はゆっくりとその地下室へ降りて行く。
掌から冷たい汗が滲んできた。
人を殺すのは初めてだ。
でも、もうここまで来たらやるしか無い。
地下室へ入ると、錆びた椅子に顔をぐるぐる巻きにされた男が座っていた。
「舌を抜いて声帯の一部を切り取ったから声は出ない。さあ、この裏切り者にOmerutaを分からせてやれ。」
俺はおもむろにペンナイフを取り出し、その男の喉元に突き付けた。
「人を殺すのは初めてだろう?躊躇はするな。かえって苦しんでいる姿を目に焼き付ける事になる。しばらく何も食えなくなるぞ。何なら銃を貸しても構わない。ここは防音だ。さっさと終わらせてここを出よう。」
俺はナイフを捨て、銃を手にした。
そして、裏切り者の額に当て、引き金を引いた。
薄暗い部屋に閃光が瞬き、男は頭を仰け反らせ、血を吹き、崩れ落ちた。
ふと、後ろを振り返るとあの男は居なかった。
「おい!どこへ行ったんだ!おい!」
返事は無い。
嫌な予感がした。
俺は裏切り者の顔のテープを少しづつ剥がしていった。
そいつは写真の男でもgrim reaperでも無かった。
「ボス…!」
その男は俺達のボスだった。
その後の事はあまり覚えていない。
恐らく情報屋のあの男は自分の兄貴の事を恨んでいたんだ。
そして裏切り者がいると俺達に告げ、自分の手を汚す事なく目障りな俺達の一家の主君を消す事に成功した。
あの日トラットリアに居た俺の部下達は跡形も無く硫酸で溶かされてしまった。
身動きが出来ない。恐らく車のトランクだろう。
数時間経ち、俺はゆっくり歩かされた。
冷たい風が身体を撫で、歩を進める度、木の枝が折れる音が聞こえる。
恐らく森の中だ。
目元に布が巻かれて前が見えない。
カチャッ…
金属が擦れる音が聞こえたその時、乾いた音と共に、何も聞こえなくなった。
「二時間後にもう一度ここに来い。宜しく頼むぞ。」
そう言い残し、男は店を出て行った。
俺はぼんやりと男が座っていたソファに目をやった。
そこには一枚の封筒が残されていた。
それが後に俺達の一家を変えてしまうキッカケとなる。
その男と初めて会ったのは閑静な住宅街から少し外れた所にあるトラットリアに一家の使い数人と訪れた時のことだ。
男は俺達がrosso famiglia(深紅の一家)と知って近付いてきた。
その男は淡々と挨拶を済ませると、俺達の一家のボスとは実の兄弟で、過去に所属していたと言う事を伝えて来た。
「兄貴は何世代も続いているお前達の一家でも一目置かれる存在だった。俺は期待されていなかった腹いせに一家の金を持ち逃げしてトスカーナへ行く道中、頭を撃たれた。」
そう言うと、男は長い前髪を搔き上げ額を見せた。
銃弾の跡が、生々しく残っていた。
「俺は一家に粛清され、死んでいるはずだった。だが生き延びた今、顔を変え、しがない情報屋で飯を食ってる。もしお前達と会った事がバレたら俺は消されるだろう。お前達に消されるとも限らない。それを見越して頼みがある。」
そう言うと、男は身体を前のめりにして静かな声で囁いた。
「お前達の一家に裏切り者がいる。Omeruta(血の掟)を破った者がいる。」
心当たりは無かった。
一家の信頼関係は強固な物だった。
「後でこの店の向かいにあるバーに来い。そこの取り巻きは悪いが来ないでくれ。俺はお前に頼みたいんだ。」
男はそう告げると、足早に店を出て行った。
「お前達、この事はまだ一家に内緒にしておけ。今は混乱を招く。とりあえず俺一人で行く。今日はもう帰れ。」
そう言い残して俺はバーに向かった。
重厚な店の扉を開けると、男は奥のソファに腰掛けてグラッパを飲んでいた。
「言われた通り一人で来てくれたんだな。正直疑ってたんだが悪かった。俺も臆病になったもんだよ。まあ座ってくれ。」
俺はその男の正面に腰掛けた。
「俺はあんたの一家に居た頃はassassino(殺しの請負人)てシンプルな通り名で呼ばれてたんだ。殺した数は百はくだらねぇ。それが今じゃこのザマだよ。」
聞いた事がある通り名だった。
やはりこの男から漂う冷たい殺気は勘違いではなかったのだ。
俺はブランデーを頼み、一口飲むとその男から話を聞いた。
「あんたは唯、二時間後にここに戻って来てくれれば良い。情報料は結構だ。俺は一家を裏切り、兄貴を失望させた。最後に何かしてやりたいんだ。俺はもう長くない。先月情報を売った相手にスパイだと疑われてる。遅かれ早かれ俺は消されるだろう。その前にこれだけはやっておきたいんだ。わかったな。二時間後にもう一度ここに来い。宜しく頼むぞ。」
男は金を置き、店を出て行った。
ふと男が座っていたソファに目をやると一枚の手紙が残されていた。
封を開けると一枚の写真と手紙が出てきた。
そこには、rosso famigliaで一番腕利きの殺し屋、grim reaper(死神)の写真と「彼を粛清しろ」とだけ書かれた手紙が入っていた。
俺は直ぐに家へ向かった。
あの男が言っている事が正しいなら大問題だ。
抗争はあの殺し屋が居ないと成立しない。
だが、Omerutaを破った者は粛清されるのは当然だ。
血の掟だからだ。
次第に灰皿には煙草が山積みになっていく。
もうすぐ約束の時間だ。
俺は身支度を済ませ、胸ポケットに小型のペンナイフを入れると、家を後にした。
男はまたあのソファに腰掛けて居た。
「約束の時間だ。安心してくれ。この店は俺達が何を行おうと干渉しない。その分金は積んだが、もう俺には必要の無いものだから惜しまなかったよ。奥へ来てくれ。」
男は臙脂色のソファから立ち上がるとソファをスライドさせた。
すると、そのソファの下に隠し扉が出てきた。
「付いて来い。この下に裏切り者を監禁した。」
俺達はゆっくりとその地下室へ降りて行く。
掌から冷たい汗が滲んできた。
人を殺すのは初めてだ。
でも、もうここまで来たらやるしか無い。
地下室へ入ると、錆びた椅子に顔をぐるぐる巻きにされた男が座っていた。
「舌を抜いて声帯の一部を切り取ったから声は出ない。さあ、この裏切り者にOmerutaを分からせてやれ。」
俺はおもむろにペンナイフを取り出し、その男の喉元に突き付けた。
「人を殺すのは初めてだろう?躊躇はするな。かえって苦しんでいる姿を目に焼き付ける事になる。しばらく何も食えなくなるぞ。何なら銃を貸しても構わない。ここは防音だ。さっさと終わらせてここを出よう。」
俺はナイフを捨て、銃を手にした。
そして、裏切り者の額に当て、引き金を引いた。
薄暗い部屋に閃光が瞬き、男は頭を仰け反らせ、血を吹き、崩れ落ちた。
ふと、後ろを振り返るとあの男は居なかった。
「おい!どこへ行ったんだ!おい!」
返事は無い。
嫌な予感がした。
俺は裏切り者の顔のテープを少しづつ剥がしていった。
そいつは写真の男でもgrim reaperでも無かった。
「ボス…!」
その男は俺達のボスだった。
その後の事はあまり覚えていない。
恐らく情報屋のあの男は自分の兄貴の事を恨んでいたんだ。
そして裏切り者がいると俺達に告げ、自分の手を汚す事なく目障りな俺達の一家の主君を消す事に成功した。
あの日トラットリアに居た俺の部下達は跡形も無く硫酸で溶かされてしまった。
身動きが出来ない。恐らく車のトランクだろう。
数時間経ち、俺はゆっくり歩かされた。
冷たい風が身体を撫で、歩を進める度、木の枝が折れる音が聞こえる。
恐らく森の中だ。
目元に布が巻かれて前が見えない。
カチャッ…
金属が擦れる音が聞こえたその時、乾いた音と共に、何も聞こえなくなった。
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