寄せ集めの英雄と、涙を隠した君の笑顔。この世界の結末は俺たちが決める!

Gaku

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第三章:信じること、見つめる先

第24話:届かなかった刃、届いてしまった言葉

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闘技場の熱狂と喧騒は、まるで別世界の出来事のように遠ざかっていた。

龍之介が駿たちを招き入れたのは、賭博場の喧騒が嘘のような、静かで薄暗い私室だった。部屋には、安酒の酸っぱい匂いと、長い間掃除されていないであろう埃の匂いが満ちている。床には空になった酒瓶がいくつも転がり、壁には使い込まれたであろう数本の剣が、主の無頓着さを表すかのように無造作に立てかけられていた。

窓はなく、部屋を照らすのは、テーブルに置かれたランプの頼りない灯りだけ。その光が、部屋の隅に積まれたガラクタの山に、長い影を落としていた。

龍之介は、椅子にどかりと腰を下ろすと、新しい酒瓶の栓を歯で器用に抜き、ラッパ飲みで喉を鳴らした。その喉仏が、ごくりと大きく上下する。一行は、誰一人として口を開かず、ただ彼の次の言葉を待っていた。張り詰めた空気の中、ランプの芯がパチリと小さな音を立てた。

「……俺と、そこの姫さんはな」

龍之介は、空になった酒瓶をテーブルに叩きつけるように置くと、ぽつり、ぽつりと語り始めた。その声は、いつものような軽薄さも、闘技場で見せた鋭さもなく、ただひどく疲れているように聞こえた。

「外界から隔絶された、剣術の隠れ里の出身だ。里の名は、『桜花の里』。まあ、名前の通り、春になりゃあ、嫌になるくれえ桜が咲き乱れる、桃源郷みてえな場所だったよ」 

彼の言葉と共に、駿の脳裏に、彩葉がかつて呟いた言葉が蘇る。『わたくしの故郷は昔、桜がとても綺麗な村でしたの』。点と点が、悲しい線で結ばれていく。

「俺たちは、許嫁だった」 

その一言に、駿の心臓が、どくんと大きく跳ねた。他の仲間たちも、息を呑むのが分かった。

「あいつは里長の娘で、俺はまあ、次代の師範候補、みたいなもんでな。ガキの頃から、日がな一日、木刀を打ち合ってた。あいつは昔から、いつもふんわり笑ってるくせに、剣の筋だけは、とんでもなく鋭くてな……」

龍之介の眇められた片目が、遠い過去を懐かしむように、優しく細められる。しかし、それも束の間、その光はすぐに深い闇に閉ざされた。

「……その里は、もうねえ。『紅い刃』とかいう、クソッタレ共に滅ぼされた。生き残ったのは、俺と、あいつだけだ」 

彼の独白は、淡々としていた。しかし、その淡々とした語り口が、かえって、彼がその胸の内にどれほど巨大な悲しみと怒りを押し殺しているのかを物語っていた。

「俺は、ずっとお前を探してたんだぜ、彩葉」

龍之介の視線が、部屋の隅で影のように佇む彩葉へと向けられる。

「お前のその剣は、憎しみに汚れちまった。そんな剣を振るっても、里の皆は喜ばねえ。親父さん……いや、師匠も、悲しむだけだ」 

その言葉は、ぶっきらぼうだった。しかし、その奥には、復讐という修羅の道に堕ちてしまった、かつての許嫁を止めたいという、切実で、痛いほどの想いが込められていた。

彩葉は、何も答えなかった。
ただ、静かに立ち上がると、鞘に収まったままの刀を手に取り、部屋の扉へと向かった。

「――貴方に、わたくしの何が分かりますというのです」

その声は、鈴の音のように澄んでいるのに、真冬の氷のように冷たかった。



闘技場の熱狂は、すでに過ぎ去っていた。
観客たちは去り、血と汗と酒の匂いが染みついた土の上に、ただ静寂だけが横たわっている。鉄格子の隙間から差し込む月明かりが、闘技場の中央で対峙する二人の男女の姿を、まるで舞台の上の演者のように、白く照らし出していた。

もはや、そこに賭け試合の熱はない。
あるのは、十数年という歳月をかけて熟成された、憎しみと、愛情と、そして深い後悔だけだった。

「行くぞ」

龍之介の短い呟きと同時に、二人の体が弾けた。
それは、もはや剣戟という言葉では表せない、神域の舞だった。

互いの癖も、呼吸も、思考の僅かな揺らぎすらも知り尽くした二人の刃が、火花を散らしながら交錯する。龍之介の剣は、荒々しい嵐のように、全てを薙ぎ払わんとする剛の剣。彩葉の剣は、流れる水のように、全ての力を受け流し、その隙を穿つ柔の剣。

それは憎しみ合いではなく、言葉にならない想いを互いの刃に乗せてぶつけ合う、あまりにも悲しい対話そのものだった。

剣が打ち合わされるたびに、二人の脳裏に、あの日の記憶が、悪夢のように鮮烈に蘇る。

――燃え盛る里。 

美しい桜並木は業火に焼かれ、白い花びらが、黒い灰と共に空を舞う。それは、地獄の底で見る夢のように、絶望的に美しい光景だった。 

――「ぐあっ!」
圧倒的な敵の力の前に、里の仲間たちが、桜の花びらのように次々と散っていく。まだ幼かった彩葉が、恐怖に足がすくみ、その場に立ち尽くす。彼女に振り下ろされる、血に濡れた刃。

――「彩葉ぁっ!」
龍之介が、彼女を突き飛ばすようにして庇う。彼の左目に、敵の刃が深々と突き刺さった。 

――「龍之介……? 龍之介!」
混乱の中、二人は離れ離れになる。  最後に見たのは、血を流しながらも、「逃げろ!」と叫ぶ、彼の必死の形相だった。

戦いは、いつしか互いの心を抉り合う、泥仕合と化していた。
「お前は、あの時、何も守れなかったじゃねえか!」
龍之介の叫びは、彩葉の心を抉る。
「貴方こそ、わたくしを一人にしたではありませんか!」
彩葉の刃は、龍之介の過去を断罪する。

そうだ、守れなかった。
そうだ、一人になった。

憎しみと、愛情と、後悔が、毒のように二人の心を蝕んでいく。その剣筋は、もはや互いを殺すためではなく、自分自身を傷つけるためのものに変わっていた。

その、あまりにも痛ましい光景を、駿はただ見ていることしかできなかった。
違う。そうじゃないだろ。
あんたたちが、本当に言いたいことは、そんなことじゃないはずだ。

駿は、気づけば駆け出していた。
本能が、叫んでいた。止めなければ、この二人は、本当に壊れてしまう、と。

「――いい加減にしろ、二人ともッ!」

駿は、空間歪曲の力を、ただ一点、二人の剣が交錯する、その寸前の空間に集中させた。 


キィィィンッ!
ガラスが軋むような甲高い音と共に、二人の刃は、見えない壁に阻まれたかのように弾かれ、明後日の方向へと逸れた。 

闘技場の中央に、無様に転がり込むように割って入った駿は、肩で息をしながら、魂の底から叫んだ。

「守りたかったものは、同じじゃないか!」
「彩葉は、龍之介に生きててほしかった! 龍之介は、彩葉を守りたかった! ただ、それだけだろ!」
「なのに、どうして今、傷つけ合ってるんだよ!」 

その言葉は、何の飾りもない、あまりに単純で、子供じみた、凡人の叫びだった。
しかし、だからこそ。
そのあまりに純粋な言葉が、復讐心という名の、複雑に絡み合った執着の糸(集諦)でがんじがらめになっていた二人の心を、雷のように、貫いた。 

そうだ。
本当は、ただ。
ただ、生きていてほしかった。
ただ、それだけだったのだ。

龍之介の構えが、ゆっくりと解かれる。彼の持つ木刀が、カラン、と乾いた音を立てて土の上に落ちた。
彩葉の瞳から、一筋、また一筋と、大粒の涙がこぼれ落ちる。彼女の手から、愛刀が滑り落ちた。 

二人は、まるで糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちるように膝をついた。 



闘技場に、朝の光が差し込み始めていた。
夜通し続いた、長すぎる戦いの終わりを告げる光。
鉄格子の隙間から差し込むその光は、まるでスポットライトのように、静かに涙を流す二人の横顔を、優しく照らし出していた。 

それは、十数年もの間、固く凍りついていた彼らの過去が、ようやく溶け始めた瞬間だった。

駿は、その光景を、ただ黙って見つめていた。
言葉は、もう必要なかった。

やがて、龍之介は、涙でぐしゃぐしゃになった顔を乱暴に拭うと、ふっと、まるで憑き物が落ちたかのように、柔らかく笑った。彼は、駿の方へ向き直ると、少し照れくさそうに、しかし真っ直ぐな目で言った。

「……お前さんが、こいつの新しい『守るべきもん』になるってんなら、俺もそれを見届けるまで、ついて行ってやるよ」 

こうして一行は、最強の剣豪(で、どうしようもなく酒癖の悪い中年)という、新たな仲間を得たのだった。 
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