寄せ集めの英雄と、涙を隠した君の笑顔。この世界の結末は俺たちが決める!

Gaku

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第三章:信じること、見つめる先

第26話:呪われた少女と、悲しい絆

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無法都市「龍の巣」の混沌とした空気を肺から追い出すように、一行は西へと続く街道を歩いていた。竜の頭蓋骨でできた巨大な門が遥か後方に見えなくなる頃には、あれほど鼻をついた欲望と暴力の匂いはすっかり消え、代わりに土と草いきれの匂いが満ちる、穏やかな山道に入っていた。

秋の始まりを告げる、少しだけ冷気をはらんだ風が、木々の葉を揺らし、心地よい音を立てている。陽光は夏の名残を惜しむかのようにまだ強いが、その光を浴びて黄金色に輝くススキの穂が、季節の移ろいを静かに告げていた。

「いやー、やっぱ田舎は空気が美味えなあ! 龍の巣の空気は、魂まで腐りそうだったぜ!」
龍之介が、両腕を天に突き上げ、気持ちよさそうに大きく伸びをする。その無邪気な姿は、数日前、賭場のチャンピオンとして屈強な男たちを赤子のようにあしらっていた剣豪の姿とは、到底結びつかない。

「龍之介さん、貴方のせいで龍の巣の賭博場、半壊したじゃないですか。修理代、きっちり俺たちの報酬から天引きされてましたけど」
駿が、頭を抱えながら恨みがましい声を出す。
「ちっちぇえことを気にするな、駿の旦那。勝負の世界は非常なのよ。それに、おかげで『天つ鏡』なんていう面白い情報も手に入ったんだ。安いもんだろうが」
「安くありません! 俺たちの食費が! 命が!」

そんなやり取りを、彩葉はくすくすと微笑みながら見守っていた。彼女の隣を歩く源は、腕を組み、ただ黙々と前を見据えている。彼の心の内は、まだ誰にも読めない。後方では、栞と小夜が、鈴やシロを連れて静かについてきていた。栞は道端の珍しいキノコを見つけては、「これは! カエンタケの亜種! 猛毒ですが、適切な処理を施せば神経伝達を阻害する薬に……」とぶつぶつ呟き、小夜がヤタを介して「食べるな、絶対に」と冷静にツッコミを入れている。

数日間の旅を経て、一行が辿り着いたのは、山々に深く抱かれるようにして存在する、静かな宿場町だった。街道の休憩地点として、かつてはそれなりに賑わっていたのだろう。しかし、今の一行の目に映るその町は、どこか活気がなく、家々の戸は固く閉ざされ、道行く人々の表情も一様に暗かった。よそ者である一行に気づくと、人々はあからさまに視線を逸らし、ひそひそと何かを囁き合う。まるで町全体が、見えない病に侵されているかのような、重く、閉鎖的な空気が漂っていた。

「……なんだか、嫌な感じの町だな」
駿の呟きに、仲間たちも無言で頷く。
そんな空気を読めないのか、あるいは読む気がないのか、龍之介だけは町に入るなり、早速小さな賭場を見つけて目を輝かせた。
「おっ! こんな寂れた町にも、男の魂を燃やす場所があるじゃねえか! ちょっと一勝負!」
「ダメに決まってるでしょ! また問題起こす気ですか!」
駿が慌ててその襟首を掴む。しかし、龍之介は聞く耳を持たない。その時、ふわり、と彩葉が龍之介の前に立った。
「あらあら、龍之介さん。少しは、静かにお過ごしになることはできませんこと?」
にこやかだ。いつものおっとりとした微笑みだ。だが、その瞳の奥には、シベリアの永久凍土よりも冷たい、絶対零度の圧力が宿っていた。龍之介は、その笑顔の真の意味を即座に理解し、冷や汗をだらだらと流しながら、すごすごと引き下がった。
「……へ、へい。姫様がおっしゃるなら」

一行が、情報収集も兼ねて町の広場を通りかかった、その時だった。
広場の中心にある古井戸の周りに、十数人の町人たちが集まり、誰かを取り囲んで罵声を浴びせている場面に遭遇した。
「出ていけ、呪われ者!」
「お前のせいだ! お前のせいで、山の神様がお怒りなんだ!」
「この町から疫病神がいなくならねえ限り、俺たちは救われねえ!」
憎悪に満ちた言葉の石礫。その中心に、一人の少女が、ただ黙って耐えるように立っていた。

年の頃は十五、六だろうか。着物は擦り切れ、あちこちが泥で汚れている。長く伸ばした黒髪は手入れされておらず、顔や手足は痩せ細っていた。しかし、俯いた顔を上げたその瞳には、侮蔑や憎悪に屈しない、強い芯の光が宿っていた。彼女の名は、鈴。犬神使いの、鈴だった。

町の子供が、どこからか拾ってきたのであろう石を、少女に向かって投げつけた。
「えいっ!」
乾いた音を立てて、石は鈴の額に当たり、細い額からすっと一筋、赤い血が流れた。
その瞬間、場の空気が変わった。
グルルルルル……。
獣の唸り声とも違う、地の底から響くような不気味な音が、鈴の傍らから響き渡った。それまで、ただの影のように彼女の足元に控えていた存在が、陽炎のようにその輪郭を揺らめかせ、実体化する。
白い。雪のように、あるいは死者の骨のように白い毛並みを持つ、巨大な犬の霊。その体は半透明で、向こう側の景色が透けて見える。しかし、その存在感は、どんな巨岩よりも重く、見る者を圧し潰さんばかりの威圧感を放っていた。犬神「シロ」。
シロは、鈴の額から流れる血を一瞥すると、その琥珀色の瞳を怒りの炎で燃え上がらせ、町人たちに向かって牙を剥いた。その巨体は見る見るうちに膨れ上がり、もはや大型の牛ほどもある。
「ひぃっ!」「化け犬め!」
人々は悲鳴を上げて後ずさる。鈴は、血が滲む額を押さえながらも、必死にシロの首筋に手を回し、その体を撫でてなだめていた。
「やめて、シロ……! だめ、この人たちを傷つけちゃダメ……!」

その光景に、駿は見過ごすことができず、無意識に足を踏み出していた。
町の自警団らしき男が、錆びた剣を抜きながら叫ぶ。
「危ねえ、よそ者はどけ! そいつは呪われてるんだ!」
しかし、駿は動かない。彼は、町の男たちにも、そして怯える少女と、怒りに震える犬神にも聞こえるように、はっきりと言った。
「呪われてる? どこがだよ。俺の目には、ただ必死に家族を守ろうとしてる奴と、それを守ろうとしてる奴にしか見えねえけどな」
彼は、鈴とシロの前に立ちはだかった。特別な力を使うでもなく、ただ、その小さな背中で、町人たちの敵意を一身に受け止めるように。

町の長老らしき老人が、ため息混じりに重い口を開いたことで、事の次第が明らかになった。
鈴の一族は、代々この土地の守り神である犬神を祀る、由緒ある家系だった。しかし、数ヶ月前の嵐の夜、一族は山賊に襲われ、鈴を除いて皆殺しにされたのだという。
「それ以来じゃ。シロ様が、人を寄せ付けんようになられたのは。あの子(鈴)を守るためなのは分かっておる。じゃが、その力が強大すぎるあまり、山は荒れ、作物も育たん。あれはもはや守り神ではなく、荒ぶる神、呪いそのものじゃよ」
一族の無念と、唯一生き残った主人を守らねばという過剰な使命感。それが、シロを破壊の権化に変えてしまっていた。鈴はシロを唯一の家族として愛しているが、その強大すぎる力を制御することができず、結果として、町の人々から「呪われた子」として疎まれ、石を投げられる。その敵意が、さらにシロを凶暴にさせる。悪循環。誰もが、そのどうしようもない現実に、ただ顔を曇らせるだけだった。

その話を聞きながら、小夜は、石を投げられ、孤独に耐える鈴の姿に、かつての自分を重ねていた。
力を恐れられ、一族から孤立した自分。誰も、自分の本当の気持ちなど見てはくれなかった。彼女は、ヤタを介さずに、か細く、しかし仲間たちにはっきりと聞こえる声で呟いた。
「あの子……私と、同じ……」
その声には、彼女自身の痛みと、鈴への深い共感が、込められていた。



駿たちが鈴を保護し、町人たちをなんとか説得して、彼女が寝泊まりしているという山の麓の小さな祠を訪れたのは、日が西に傾きかけた頃だった。
祠は、長老の話の通り、ひどく荒れ果てていた。屋根には穴が開き、祭壇には厚く埃が積もっている。ここで、この幼い少女が、たった一人と一体で、誰にも理解されず、寒さと空腹に耐えていたのかと思うと、駿の胸は締め付けられるようだった。
栞が、懐中から取り出した魔導ランプで祠の内部を照らす。その時、彼女が「あっ」と小さな声を上げた。
祠の最も奥、祭壇が置かれていた石壁に、何かが深く刻み込まれていたのだ。それは、奇妙な渦巻きのような紋章だった。これまでに見てきた「紅い刃」や「天つ鏡」の紋章とは、明らかに系統が違う。もっと古く、もっと根源的な、畏怖の念を抱かせるような力が、その紋様から滲み出ているようだった。

鈴は、祠の隅で膝を抱えながら、震える声で、あの日――一族が皆殺しにされた夜――のことを、ぽつりぽつりと語り始めた。
「あいつら……山賊なんかじゃ、なかった。みんな、同じ、赤い刃を持ってた。そして……何かを探してた。『契約の鍵』はどこだ、って……何度も、何度も……」
「契約の鍵?」
駿の問いに、鈴は小さく首を横に振る。「わからない。でも、じいちゃんは、死ぬ前に『それだけは渡すな』って……」。
その時、それまで鈴の傍らで静かにしていたシロが、ふと顔を上げた。そして、おもむろに立ち上がると、彩葉と龍之介の元へと歩み寄っていく。二人が警戒して身構えるが、シロは敵意を見せず、ただ二人がそれぞれ腰に下げている、布に固く包まれた「何か」に、鼻を寄せ、クンクンと匂いを嗅ぎ始めた。
それは、二人が肌身離さず持ち歩いている、桜花の里で折れた御神刀の欠片だった。シロは、その二つの包みに交互に鼻を寄せると、微かに、しかし確かに、喜びとも悲しみともつかない声で、喉を鳴らした。
霊的な存在であるシロだけが、二つの刃に込められた、特別な力とその宿命に、気づいていたのかもしれない。

この少女もまた、「紅い刃」の犠牲者だった。そして、彼女の一族が、命を懸けて守っていた「契約の鍵」とは、一体何なのか。
物語は、新たな謎と、救われるべき一人の少女の悲しみを提示し、次なる嵐の中心へと、静かに歩を進めていた。
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