寄せ集めの英雄と、涙を隠した君の笑顔。この世界の結末は俺たちが決める!

Gaku

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第三章:信じること、見つめる先

第28話:王都からの凶報

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魂の対話によって、鈴とシロを縛り付けていた悲しい呪縛が解けてから、数日が過ぎた。一行は、すぐには宿場町を立たず、祠を拠点に周辺の森の調査と、心身の休息にあてていた。あれほどよそよそしく、恐怖の視線を向けていた町の人々も、自警団の男たちが頭を下げて謝罪してからは、少しずつ態度を軟化させ、今では遠巻きながらも食料などを差し入れてくれるようになっていた。

確かなものなど、何もない。人の心も、状況も、昨日と同じ姿で今日を迎えるとは限らない。世界は、まるで呼吸するかのように、絶えず変化し続けている。駿は、この世界に来てから、その当たり前の事実を、嫌というほど肌で感じていた。

そして、その変化は、駿たち一行という小さな集団の中にも、確かに訪れていた。

「龍のおじさん、それ、ちょうだい」
朝餉の焚き火の前。鈴が、串に刺してこんがりと焼いた川魚を手に、龍之介の持つ猪肉の串焼きを、キラキラとした瞳で見上げている。
「……おじさん、じゃねえ。龍のお兄さんと呼べと、何度言ったら分かるんだ、このちんちくりんが」
龍之介は、こめかみに青筋を浮かべながらも、どこか満更でもない様子で、自分の串を差し出す。
「はい、お兄さん」
「おう、よろしい」
満足げに頷いた龍之介だったが、鈴は彼の猪肉を受け取ると、自分の持っていた小さな川魚をひょいと彼の手に渡し、くるりと背を向けて小夜の隣にちょこんと座ってしまった。
「……って、物々交換かよ! しかもどう考えても価値が釣り合ってねえだろうが!」
「あらあら、龍之介さん。子供相手に本気になって。みっともないですわよ」
隣で茶をすすっていた彩葉が、くすくすと微笑む。
「うるせぇ! これは威厳の問題だ!」
「おじいさま、と呼ばれないだけ、よろしいのではなくて?」
「誰がおじいさまだ!」
龍之介の怒号に、源が腹を抱えて笑っている。その傍らでは、栞が「猪肉と川魚のタンパク質含有量の差異から導き出される栄養学的価値の不等式は」と、ぶつぶつと分析を始めている。

駿は、その光景を眺めながら、思わず苦笑した。数日前まで、互いに腹の底を探り合い、あるいは無関心を装っていた者たちが、今ではこうして、一つの焚き火を囲んで笑い合っている。特に、鈴という最年少の仲間が加わったことで、一行の空気は明らかに変わった。彼女の存在は、ギスギスしていたこの寄せ集めの集団に、家族のような温かい潤滑油を注いでくれたのだ。

一番の変化は、小夜だったかもしれない。
「鈴、熱いから、気をつけなさい」
彼女は、まだ少し辿々しいながらも、ヤタを介さず、自分の声で鈴に話しかけていた。鈴という妹のような存在ができたことで、彼女の中に「守りたい」という明確な意志が芽生え、それが彼女を縛り付けていた沈黙の殻を、少しずつ破り始めている。鈴もまた、そんな小夜を実の姉のように慕い、いつもその傍を離れようとしなかった。孤独だった二人の少女が、互いの傷を舐め合うように、しかし確かに、新しい絆を紡いでいた。

(平穏、か……)
駿は、食べかけのパンを口に運びながら、ぼんやりと空を見上げた。澄んだ青空を、白い雲がゆっくりと流れていく。風は心地よく、木々の葉を揺らす音が耳に優しい。こんな穏やかな時間が、ずっと続けばいいのに。
そう思った瞬間、彼は自嘲気味に口元を歪めた。続くわけがない。この世界は、決してそんなに甘くはないのだということを、彼はもう知っていた。

その予感は、最悪の形で現実のものとなる。

一行が、祠に残された「紅い刃」の手がかりを元に、次の目的地を話し合っていた、昼下がりのことだった。
開けた丘の上で休憩を取っていると、空の彼方から、一つの黒い点が、驚くべき速さでこちらに向かってくるのが見えた。
「鳥……? いや、速すぎる」
源が、警戒して腰を落とす。その言葉通り、黒い点は瞬く間に大きくなり、風を切り裂く鋭い音と共に、一行の目の前に舞い降りた。それは、精悍な顔つきをした一羽のハヤブサだった。
ハヤブサは、他の仲間たちには目もくれず、寸分の狂いもなく、すっと桔梗が差し出した左腕の籠手に止まった。それは、ただの鳥ではない。厳しい訓練を受けた、プロフェッショナルの空気を纏っていた。
「幕府からだ」
桔梗が、短く呟く。和やかだった空気が、一瞬にして凍りつき、全員の視線が彼女に注がれた。

桔梗は、ハヤブサの足に結び付けられていた、指先ほどの小さな黒い筒を、慣れた手つきで解いた。筒の中から出てきたのは、固く巻かれた、指の第一関節ほどの小さな羊皮紙だけだった。彼女がそれを開いても、そこには何も書かれていないように見えた。
しかし、桔梗は動じない。彼女は、羊皮紙を左の掌に乗せると、右の人差し指を軽く自身の唇にあて、そして、その指先を羊皮紙の中央に、そっと押し当てた。
すると、不思議なことが起こった。彼女の指先から、ごく微かな、青白い光が放たれ、それが羊皮紙に染み込んでいく。何も書かれていなかったはずの紙の上に、まるで水が染み込むように、黒い文字がじわりと浮かび上がってきたのだ。
「『朧流』にしか解読できん、霊媒インクだ。幕府の中でも、ごく一部の者しかこの存在を知らんはずだが……」
桔梗は、眉間に僅かな皺を寄せながら、その密書に素早く目を通していく。

最初は、無表情だった。しかし、読み進めるにつれて、その陶器のような顔から、すうっと血の気が引いていくのが、駿たちにも分かった。やがて、彼女は密書を最後まで読み終えると、ぎゅっとそれを握りつぶし、顔を上げた。
その瞳には、これまでに見たこともないほどの、厳しい光が宿っていた。

「どうした、桔梗。何が書いてあった」
龍之介の問いに、桔梗は、短く、しかし地を這うような、重い声で告げた。

「――王都が、戦場になるぞ」

その一言で、場の空気は完全に変わった。
桔梗は、仲間たち一人一人の顔を見渡し、冷静に、だがその声に確かな緊張を滲ませながら、報告を続けた。
「『紅い刃』が、王都近郊の森に、大規模な部隊を展開した。その数、把握できているだけで三千以上。目的は不明。だが、複数の高位の術者が、王都全域を覆うほどの、大規模な術式の準備を進めている形跡がある、と。王都騎士団は、迎撃の準備に入ったが、敵の動きはあまりに早く、組織的だ」

「紅い刃」が、ついに水面下の活動ではなく、国家に対する明確な攻撃を仕掛けてきた。しかも、その舞台は国の心臓部、王都。そこが陥落すれば、この国は機能不全に陥り、滅びる。
その、あまりに衝撃的な一報に、仲間たちは、それぞれの表情で反応した。

源、彩葉、龍之介、そして鈴。
四人の瞳に、同時に闘志の炎が燃え上がった。彼らにとって、「紅い刃」は、故郷を、師を、家族を、そして未来を奪った、不倶戴天の敵。ようやく訪れた、因縁に決着をつける時だった。

栞と小夜。
二人は、王都で待つであろう、これまでにない規模の戦いに、恐怖で顔を青ざめさせていた。しかし、その瞳の奥には、仲間と共に立ち向かおうという、確かな決意の光が宿っていた。もう、無力なまま震えているだけの少女ではなかった。

そして、駿。
彼は、世界の危機という壮大な話よりも、もっと個人的な、切実なことを考えていた。
(千夏……!)
「紅い刃」と、彼女が所属する「天つ鏡」。二つの巨大な組織が王都で激突するならば、彼女もまた、必ずそこにいるはずだ。彼女は、無事なのか。そして、今度こそ、彼女の口から真実を聞くことができるのか。

目的は、再び一つになった。向かうべき場所も、一つ。
駿は、仲間たちに向き直ると、赤く染まり始めた東の空――王都の方角を、まっすぐに見据えた。彼の声は、不思議なほど落ち着いていた。
「行こう。理屈は後だ」
その言葉に、仲間たちは、誰一人異を唱えることなく、静かに、しかし力強く頷いた。
それぞれの思惑は違えど、目の前の巨大な危機を食い止めるという一点で、彼らの心は、再び固く一つに結ばれた。
一行は、休む間もなく、国の心臓部で起ころうとしている大いなる災厄を食い止めるため、東へと、その歩みを進めた。平穏な日々は、唐突に終わりを告げた。世界は、否応なく彼らを、物語のクライマックスへと引きずり込んでいく。
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