寄せ集めの英雄と、涙を隠した君の笑顔。この世界の結末は俺たちが決める!

Gaku

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第三章:信じること、見つめる先

第29話:氷の女、現る

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王都へ向かう道は、まるで世界の終わりを予感させるかのように、荒涼とした景色を一行に見せつけていた。空は、厚く垂れ込めた鉛色の雲に覆われ、太陽の光はどこにも見当たらない。肌を刺すように吹き付ける風は、乾いた土埃を巻き上げ、視界を悪くしていた。道の両脇に広がるのは、枯れた草木が広がるだけの荒野。時折、風に運ばれてくる鉄錆のような匂いが、この先に待つ戦いの不吉さを暗示しているようだった。

馬たちは、乗り手の焦燥感を敏感に感じ取っているのか、荒い息を吐きながら、休むことなく蹄を打ち鳴らしている。その規則正しい音だけが、重く沈んだ空気の中で、唯一の確かなもののように響いていた。

「急げ! 一刻も早く王都へ!」
先頭を走る源が、檄を飛ばす。彼の顔には、因縁の敵との決着を前にした、闘志と焦りが浮かんでいた。他の仲間たちも、皆、口を閉ざし、険しい表情で前を見据えている。

平穏は、あまりにも脆く、儚い。つい先日まで、焚き火を囲んで他愛のないことで笑い合っていた日々が、まるで遠い昔の夢のようだ。確かなものなど何もなく、全ては移ろい、変化していく。その抗いようのない世界の法則を、駿は馬上で揺られながら、改めて噛み締めていた。

その時、先頭を走っていた龍之介が、不意に手綱を引き、馬を止めた。
「……ん? ありゃなんだ」
一行も、つられるように馬を止める。龍之介が顎でしゃくった先、遥か前方の街道のど真ん中に、ぽつんと、一つの人影が立っていた。あまりに遠く、陽炎のように輪郭が揺らめいているが、その人影がこちらをじっと待っていることだけは、不思議と分かった。

「敵の待ち伏せか!」
桔梗が、低い声で警戒を促す。仲間たち全員が、即座に武器に手をかけ、臨戦態勢に入った。しかし、その人影は、一人きりだった。仲間がいる気配も、罠が仕掛けられている気配もない。ただ、静かに、そこに佇んでいるだけ。

馬をゆっくりと進め、距離が縮まるにつれて、その人影の輪郭がはっきりとしてくる。見慣れた、しかし、こんな場所にいるはずのない服装。万事屋組合の、事務的な制服。そして、その人物が誰なのかを認識した瞬間、駿は息を呑んだ。
「静……さん」
万事屋組合の、あの氷のように無表情な受付嬢。静だった。
彼女の周りだけ、空気が凍てついているかのような錯覚を覚える。吹き荒れる風も、彼女の衣服や切り揃えられた黒髪を、僅かに揺らすだけ。彼女は、まるでこの世の全ての出来事に興味がないかのように、ただ、まっすぐに駿たちを見つめていた。その瞳には、一切の敵意も、感情の揺らぎも見えなかった。

「話があります、神田駿」

静は、冷たく、しかし凛と響く声で、そう告げた。その声は、組合のカウンターで聞いた時と何一つ変わらない、事務的な響きを持っていた。しかし、その背後にある意味は、全く違っていた。
彼女は、自らが駿と千夏を監視していた組織**「天つ鏡(あまつかがみ)」**の現場指揮官であることを、何の躊躇もなく、あっさりと明かした。
「我々『天つ鏡』の目的は、『紅い刃』を含む、この世界を歪める全ての病巣を排除し、一度世界を無に帰してから、本来あるべき清浄な姿へと再生させること。彼らは、我々の大義にとっても、排除すべき障害なのです」

その言葉に、仲間たちは息を呑んだ。世界の、再生。それは、聞こえはいいが、今ある世界を一度、完全に破壊することを意味していた。
「それは、貴方たちの独善的な正義に過ぎませんわ!」「その理論は、結果的に『紅い刃』がやろうとしていることと、何が違うのです!」
彩葉と栞が、強い口調で反論する。しかし、静の氷の仮面は、びくともしない。
「違います。我々は、破壊の先にある『創造』を見据えている。腐敗し、病に侵された肉体を一度滅ぼし、清浄な魂だけの世界を創る。それが、我らが主、ウツロ様の御心であり、この世界の唯一の救済なのです」
その瞳には、狂信ともいえる、揺るぎない意志の光が宿っていた。彼女は、自分の信じる正義のためなら、数億の命が失われることも、必要経費としか考えていない。駿は、その底知れない異質さに、背筋が凍るような寒気を感じた。

静は、懐から一通の、固く封をされた手紙を取り出し、駿に差し出した。
「これは、千夏からの伝言です。彼女は今、別の任務についています」
「千夏は、無事なのか!?」
駿が、思わず声を荒らげる。静は、初めて、ほんの僅かに、その表情を動かした。それは、憐憫とも、侮蔑ともつかない、微かな笑みだった。
「彼女の身の安全は、貴方の今後の行動にかかっています」
駿は、静を睨みつけながらも、震える手でその手紙を受け取った。封蝋を剥がし、中の便箋を広げる。そこには、見慣れた千夏の、少しだけ走り書きのように乱れた、しかし、彼女の温かさが滲み出るような文字で、こう書かれていた。

『駿へ。

ごめんなさい。貴方を、貴方たちを騙すつもりはありませんでした。
でも、私には、どうしてもやらなければならないことがあるんです。
だから、今は何も話せません。

どうか、王都を、そこにいる罪のない人々を、貴方のその力で助けてください。
私は、私のやり方で、必ず『紅い刃』の計画を阻止してみせます。

信じて、なんて、虫のいいことは言いません。
でも、一つだけ、覚えていてほしい。

初めて会った日の、あの薄暗い路地裏で、無力なくせに無謀に私を助けようとしてくれた貴方の優しさは、私にとって、何にも代えがたい、本物でした。

千夏より』

手紙を読み終えた駿の心は、激しく揺れていた。裏切られたという怒りと絶望。それが、彼女の文字を追ううちに、徐々に溶けていく。彼女は、やはり敵ではなかったのかもしれない。彼女もまた、何か大きなものと、たった一人で戦っている。組織の命令と、彼女自身の良心との間で、苦しんでいる。その葛藤が、この短い手紙の、インクの滲みから痛いほど伝わってきた。

駿の葛藤を見透かしたように、静は最後の情報を告げる。
「『紅い刃』は、王都で古の『災厄』を呼び覚ますつもりです。それは、我々の『再生』の計画にとっても、看過できない。一時的に、貴方たちとは利害が一致するでしょう」
敵か、味方か。あるいは、そのどちらでもないのか。ただ、共通の敵がいる。それだけが、今の唯一の事実だった。
静は、駿の返事を待つでもなく、それだけを告げると、ふっと影に溶けるように、その場から姿を消した。まるで、最初からそこに誰もいなかったかのように。

残された駿は、千夏の手紙を、しわが寄るほど強く握りしめた。
顔を上げると、遥か東の空が、夕焼けとも違う、禍々しい光で、血のように赤く染まり始めていた。
それは、王都の方角だった。
彼女も、あの光の下で戦っている。そう思うと、もう迷いはなかった。
駿は、仲間たちに向き直ると、静かに、しかし力強く言った。
「行こう。王都へ」
その瞳には、もう迷いの色はなかった。
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