寄せ集めの英雄と、涙を隠した君の笑顔。この世界の結末は俺たちが決める!

Gaku

文字の大きさ
30 / 85
第三章:信じること、見つめる先

第30話:選択の刻

しおりを挟む

静が影に溶けるように消えた後、荒涼とした丘の上には、ただ冷たい風だけが吹き抜けていった。彼女が残した言葉は、目に見えない重石となって、仲間たち一人一人の心に、ずしりと重くのしかかっていた。誰も、すぐには口を開けなかった。鉛色の空の下、遠くに見える王都の方角だけが、これから進むべき道を示している。しかし、その道が、どこへ続いているのか、もはや誰にも分からなかった。

最初に沈黙を破ったのは、龍之介だった。彼は、鞘に収まった刀の柄を指で弄びながら、吐き捨てるように言った。
「……決まりだな。あの氷の女の言う通り、一時的に手を組む。どんな手を使っても、『紅い刃』を潰せるなら、俺は悪魔にだって魂を売ってやるぜ」
その言葉には、彼の過去――故郷を焼かれ、仲間を奪われた復讐者としての、揺るぎない覚悟が滲んでいた。
「私も、賛成」
次に口を開いたのは、鈴だった。彼女は、龍之介の隣で、小さな拳を強く握りしめていた。その瞳には、子供らしからぬ、硬い憎しみの光が宿っている。
「あいつらは、父ちゃんも母ちゃんも、みんな殺した。あいつらを倒せるなら、私は何だってする」

しかし、その意見に、静かに、しかしきっぱりと異を唱えたのは彩葉だった。
「お待ちください、お二人とも。その考えは、あまりに短絡的ですわ」
彼女は、いつものおっとりとした微笑みを消し、真剣な眼差しで二人を見つめた。
「『天つ鏡』の目的は、世界の破壊。それに加担することは、たとえ『紅い-刃』を倒すためであったとしても、父上の教えに、そして人としての道に背くことです。それでは、我々もまた、彼らと同じ修羅の道に堕ちるだけですわ」
「綺麗事だな、姫さん。だが、俺たちはもう、とっくの昔に修羅の道に足を踏み入れてるんじゃねえのか?」
龍之介の皮肉な言葉に、彩葉は唇を噛み、何も言い返せなかった。

「その理論は、結果的に『紅い刃』と同じ、独善的な正義にすぎませんわ」
今度は、栞が分厚い眼鏡の奥から、厳しい視線を龍之介と鈴に向けた。
「目的のためなら手段を選ばない、という思考は、最も危険なものです。歴史上、その考えがどれほどの悲劇を生んできたことか。倫理的に、断じて許容できるものではありません」
学者の彼女らしい、理路整然とした反論。しかし、その言葉は、憎しみに心を焦がす者たちの胸には、どこか空虚に響くだけだった。

「どちらも信用できん。それだけは確かだ」
腕を組み、黙って議論を聞いていた源が、低い声で呟いた。
「『紅い刃』も『天つ鏡』も、俺たちにとっては敵だ。ならば、今は互いを利用させ、最後に漁夫の利を狙う。それが、最善手だろう」
「私も源殿の意見に賛成だ」
いつの間にか木の幹に寄りかかり、気配を消していた桔梗が、静かに口を開く。
「どちらの組織も、一枚岩ではないはずだ。内部の情報を探り、亀裂を生じさせ、自滅させる。それが、我々のような少数で、巨大な敵に立ち向かう際の定石。感傷に流されるのは、三流のやることだ」
復讐、理想、戦略。それぞれの過去と経験に裏打ちされた、それぞれの「正義」。どれもが正しく、そして、どれもが相容れない。仲間たちの間に、初めて修復しがたいほどの、深い溝が生まれようとしていた。

駿は、その議論の輪から少し離れた場所で、ただ黙って仲間たちの顔を見ていた。どの意見にも一理あり、どの意見も、彼らの人生そのものから生まれた、偽りのない本心だと分かった。だからこそ、彼は何も言えなかった。
(俺には、こいつらを裁く権利なんてない)
駿の心に、深い孤独感が広がっていく。自分は、この世界の人間ではない。部外者だ。復讐に人生を懸ける者の気持ちも、理想を貫こうとする者の気高さも、任務に徹する者の非情さも、頭では理解できても、本当の意味で共感することはできない。
正しい答え(正見)とは、何なのだろうか。
それは、立場や状況によって、いくらでもその姿を変えてしまう、まるで陽炎のようなものではないのか。世界の複雑さと、答えのない問いの重さに、駿は押しつぶされそうになっていた。

議論は、完全に平行線を辿っていた。誰もが自分の正しさを信じ、譲ろうとしない。仲間たちの声は、徐々に熱を帯び、互いを非難するような響きさえ含み始めていた。
絆が、壊れていく。
駿が、何とかしなければ、と焦燥感に駆られた、その時だった。

「……あれは、なんだ?」
桔梗が、鋭い声で空を指差した。
仲間たちは、ハッとして口を噤み、一斉に彼女が指差す方角――王都の方角――へと視線を向けた。
空が、赤く染まっていた。
それは、美しい夕焼けなどでは断じてなかった。地平線の彼方から、まるで巨大な筆で血を塗りたくったかのように、禍々しい赤色の光が、天頂へと向かって急速に広がっていく。
やがて、その赤い光は、空の一点に収束し、巨大な紋様を描き出し始めた。無数の幾何学模様が複雑に絡み合った、街一つを覆い尽くさんばかりの、巨大な魔法陣だった。

その、人知を超えた圧倒的な光景を前に、仲間たちは言葉を失い、ただ立ち尽くす。
さっきまでの、あれほど白熱していた議論が、まるで子供の言い争いのように、ちっぽけで、無意味なものに思えた。
目の前にあるのは、今まさに始まろうとしている、世界の危機という、動かぬ現実だけだった。

静が最後に残した言葉が、駿の脳裏に雷のように蘇る。
『答えは、王都で見つかるでしょう』
そうだ。俺たちがここで、ああでもないこうでもないと理屈をこねている間に、世界は、待ってはくれない。
駿の心の中で、何かが、ぷつりと切れた。

(正しい答えなんて、どこにもないのかもしれない)
駿は、赤く染まる空を見上げながら、心の中で自問自答した。
(天つ鏡の言うことも、紅い刃の言うことも、もしかしたら、どっちも間違ってないのかもしれない。それぞれの正義があって、それぞれの守りたいものがある。そんなの、俺に決められるわけがない)
(でも)
彼の脳裏に、千夏からの手紙の文字が浮かび上がる。
『どうか、王都を、そこにいる人々を助けてください』
(でも、そんなことは、どうでもいい)
駿の心に、一つの、あまりにもシンプルな答えが、すとんと落ちてきた。
(今、あの光の下で、泣いている人がいる。怯えている人がいる。そして、あいつが、助けを求めている。なら、俺たちがやるべきことは、一つしかないだろうが!)

駿は、仲間たちに向き直った。その瞳には、もう迷いの色はなかった。彼は、赤く染まる王都を、まっすぐに指差した。
「行こう。理屈は後だ」
その言葉は、命令でも、説得でもなかった。ただ、彼の魂からの、偽りのない叫びだった。
そのあまりに純粋な一言に、仲間たちは、ハッとしたように顔を見合わせる。そして、誰一人異を唱えることなく、静かに、しかし力強く頷いた。
それぞれの思惑は、まだ違うだろう。心に抱えた傷も、信じる正義も、まだバラバラのままだ。
だが、目の前の危機を食い止める。大切な誰かを、助ける。
その一点で、彼らの心は、再び固く、一つに結ばれた。
物語は、王都を舞台にした最大の危機を前に、駿に、そして読者に、重大な選択の意味を問いかけ、次なる章の幕を開けようとしていた。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

『専属メイド全員が重すぎる愛で迫ってくる!~大学生の僕、11人?の美女に24時間甘やかされ尽くす生活~』

まさき
青春
僕は、ちょっと普通じゃない日常を送ることになった――それは、専属メイドが全員僕のことを溺愛してくれる暮らしだ。 朝は髪を整えてくれるリナ、朝食で笑顔を見せてくれるミユ、どの瞬間も全力で僕を甘やかす。掃除、料理、悩み相談まで、僕のためだけに動くメイドたち。 「ご主人様の笑顔が見たいんです」 その一言で、僕の毎日はちょっとドキドキ、ちょっと幸せ。 全員が僕を独占したいと競い合う日常の中、僕はどうやってこの溺愛地獄(?)を生き抜けばいいのか――!? 甘々、至れり尽くせりの日常ラブコメ、開幕。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について

のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。 だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。 「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」 ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。 だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。 その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!? 仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、 「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」 「中の人、彼氏か?」 視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!? しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して―― 同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!? 「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」 代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

ダンジョン冒険者にラブコメはいらない(多分)~正体を隠して普通の生活を送る男子高生、実は最近注目の高ランク冒険者だった~

エース皇命
ファンタジー
 学校では正体を隠し、普通の男子高校生を演じている黒瀬才斗。実は仕事でダンジョンに潜っている、最近話題のAランク冒険者だった。  そんな黒瀬の通う高校に突如転校してきた白桃楓香。初対面なのにも関わらず、なぜかいきなり黒瀬に抱きつくという奇行に出る。 「才斗くん、これからよろしくお願いしますねっ」  なんと白桃は黒瀬の直属の部下として派遣された冒険者であり、以後、同じ家で生活を共にし、ダンジョンでの仕事も一緒にすることになるという。  これは、上級冒険者の黒瀬と、美少女転校生の純愛ラブコメディ――ではなく、ちゃんとしたダンジョン・ファンタジー(多分)。 ※小説家になろう、カクヨムでも連載しています。

処理中です...