寄せ集めの英雄と、涙を隠した君の笑顔。この世界の結末は俺たちが決める!

Gaku

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第七章:古都の影、解き放たれた言霊(ことだま)

第66話:言の葉の呪い

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どこか冷たさを帯び始めた秋風が、馬車の幌(ほろ)をぱたぱたと不規則に揺らしていた。王都での激戦と北の海での死闘を経て、神田 駿(かんだ しゅん)たち一行が次なる目的地として目指した古都・綾杜(あやのもり)は、もう目前まで迫っていた。街道の両脇には、黄色や赤に色づき始めた木々が連なり、その葉擦れの音は、まるで囁き合う声のようだ。空は高く澄み渡り、浮かぶ雲は刷毛で描いたように薄く、どこまでも伸びている。

「まあ! 見てくださいまし、駿様! あれが綾杜にございますのね!」

アリア姫が、興奮した様子で馬車の窓から身を乗り出し、前方を指差した。彼女の視線の先、盆地のように窪んだ土地に、碁盤の目のように整然と広がる街並みが見えていた。幾重にも連なる瓦屋根の波、その中に点在する寺社の壮麗な伽藍(がらん)、そして街の中心には、天を突くようにそびえる五重塔のシルエット。それは、これまでのどの街とも違う、歴史と格式を感じさせる、雅(みやび)やかな光景だった。

「おお! これは壮観ですわ! 『綾錦織りなす古都』とはよく言ったものです! あの道幅、都市計画の精緻さ、防火対策としての広小路の配置…ああ、早く図書館でこの街の歴史書を紐解きたいですわ!」

栞(しおり)もまた、学者としての知的好奇心を全開にして目を輝かせている。彼女の分厚い眼鏡の奥の瞳は、すでに街の構造分析を始めているようだった。アリア姫と栞は、初めて訪れる古都の美しさと歴史の深さに、すっかり心を奪われている。その様子は、まるで遠足に来た子供のようでもあり、束の間の平和な雰囲気が一行を包んでいた。

しかし、その和やかな空気の中に、一人だけ明らかに異質な気配を放つ者がいた。小夜(さよ)だった。

街が近づくにつれて、彼女の顔からは血の気が引き、その小さな体は目に見えて硬直していた。普段から人見知りで口数の少ない彼女だが、今はそれ以上に、まるで目に見えない重圧に押しつぶされそうになっているかのようだ。彼女は、馬車の隅で膝を抱え、ただじっと俯いている。時折、肩に乗る式神カラス「ヤタ」が心配そうに「キュウ」と鳴き声を上げるが、それすらも耳に入っていないようだった。

駿は、そんな小夜の様子が気になっていた。海の民の集落で、彼女がこの綾杜の出身であり、あまり良くない思い出があるらしいことは聞いていた。しかし、これほどの拒絶反応を示すとは。「大丈夫か、小夜?」声をかけると、小夜はビクリと肩を震わせ、さらに小さく縮こまってしまう。その怯えきった瞳は、ただ一点、虚空を見つめていた。その瞳に映っているのは、目の前に広がる美しい古都の景色ではない。彼女の心の中、深く暗い場所にしまい込まれた、忌まわしい過去の光景だった。

(小夜の回想)

そこは、神域のはずだった。

年に一度、都の安寧と五穀豊穣を祈願する、最も重要で神聖な大儀式。その年の主役を、わずか十歳にして任されたのが小夜だった。月詠(つくよみ)の家に生まれ、歴代の陰陽師の中でも百年、いや千年に一度の天才と謳われた彼女にとって、それは当然の名誉であり、同時に、一族からの期待という重圧でもあった。

境内には、色とりどりの幟(のぼり)がはためき、雅楽の厳かな音色が響き渡る。祭壇には清められた供物が山と積まれ、集まった公家や神官たちは、息を殺して儀式の始まりを待っていた。空気は張り詰め、神聖な気配に満ちている。しかし、その荘厳な雰囲気の水面下で、澱んだ感情が渦巻いていたことを、幼い小夜は知る由もなかった。

彼女の才能を妬む同門の兄弟子たちがいた。彼らは、小夜の天賦の才に嫉妬し、彼女が失敗する様を望んでいた。その歪んだ感情が、彼らを恐ろしい企てへと駆り立てた。彼らは密かに、儀式で小夜が使うはずだった霊力を増幅させるための祭具に、禁忌とされている呪符を仕込んだのだ。それは、清浄な霊力を暴走させ、荒ぶる魂――荒魂(あらみたま)――を呼び覚ますための、悪意に満ちた罠だった。

何も知らない小夜は、白い祭祀装束に身を包み、祭壇の中央へと進み出た。深呼吸を一つ。彼女が祝詞(のりと)を唱え始めると、その幼い体からは想像もできないほどの、清浄で強大な霊力が溢れ出した。境内の空気が震え、光の粒子がきらきらと舞い始める。彼女が守護の式神を召喚しようと、印を結び、真言を唱えた、その瞬間だった。

仕込まれていた呪符が発動した。

小夜の霊力は、呪符によって歪められ、制御不能な濁流へと変わった。彼女が呼び出そうとした守護の式神――本来ならば、慈悲深く、美しい光の龍となるはずだった――は、おぞましい姿へと変貌を遂げた。天を覆うほどの巨大な影、血のように赤い目、空間そのものを切り裂くかのような禍々しい咆哮。それは、守護とは真逆の、破壊と混沌を撒き散らす荒魂だった。

境内に悲鳴が響き渡る。人々は恐慌状態に陥り、逃げ惑う。荒魂は、その巨大な爪で祭壇を薙ぎ払い、建物をなぎ倒し、炎を吐き散らす。小夜は、自分の力が引き起こした惨状を前に、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。(違う、違う、こんなはずじゃなかった…!)心の叫びは、誰にも届かない。

その時だった。荒魂の爪が、恐怖で動けなくなっていた小夜自身に振り下ろされようとした瞬間。

「危ない!」

一人の青年が、小夜の前に立ちはだかった。兄弟子の一人で、いつも孤立しがちな小夜に、唯一優しく声をかけてくれた青年、月白(つきしろ)。彼は、身を挺して小夜を庇い、その背中に荒魂の爪をまともに受けてしまった。鮮血が舞い、月白の体は力なく地面に崩れ落ちる。

月白の負傷に激昂したのか、あるいは守るべき対象を見失ったのか、荒魂はさらに暴れ狂い、境内は地獄絵図と化した。最終的に、月詠の当主である小夜の父と、数人の高位の陰陽師たちが命懸けで荒魂を鎮めることに成功したが、儀式は完全に失敗し、境内は見るも無残な姿となっていた。

そして、小夜の隣には、血に濡れた包帯を巻かれ、意識を失った月白が横たわっていた。自分の足元に広がる、月白の血溜まり。周囲を取り囲む、恐怖と非難に満ちた大人たちの視線。小夜は、ただ震えていた。世界から色が消え、音が消え、ただ冷たい絶望だけが、彼女の心を支配していた。あの日の光景、血の匂い、人々の囁き声。それらが、綾杜の門が近づくにつれて、鮮明に蘇ってくる。

(回想終わり)

「…よちゃん、小夜ちゃん!」

駿の声に、小夜はハッと我に返った。いつの間にか、馬車は綾杜の都門をくぐり、賑やかな大通りを進んでいた。駿が心配そうに彼女の顔を覗き込んでいる。

「大丈夫か? 顔、真っ青だぞ」
「…だ、大丈夫、です」

か細い声で答えるのが精一杯だった。しかし、彼女の体はまだ小刻みに震えている。

「無理すんなよ。疲れてるなら、宿に着いたらすぐ休めばいい」

駿のぶっきらぼうだが優しい言葉に、小夜は小さく頷いた。そうだ、今は一人じゃない。駿さんがいる。千夏さんはいないけれど、栞さん、鈴ちゃん、源さん、桔梗さん、彩葉さん、龍之介さん…みんながいる。あの頃とは違う。そう自分に言い聞かせようとするが、心の奥底で凍りついた恐怖は、簡単には溶けてくれなかった。

一行は、ひとまず拠点となる宿を探して、都大路を歩いていた。古都の整然とした街並み、すれ違う人々の落ち着いた物腰、時折聞こえてくる寺の鐘の音。全てが、彼女の記憶の中にある綾杜のままだった。それが、小夜の心をさらに締め付ける。

「わあ、見てください、駿様! あれは何のお店でしょう? とても綺麗なお菓子が並んでいますわ!」
アリア姫が、老舗らしき和菓子屋の店先に目を輝かせている。
「ふむふむ、あの看板の意匠は室町時代の様式ですね。ということは、創業五百年以上…? いけませんわ、早くお店の方にお話を伺わないと!」
栞が、またしても学術調査モードに入りかけている。

その時だった。一行は、ひときわ大きな寺院の前に差し掛かった。玄武寺。この綾杜の中でも特に大きな力を持つ寺院の一つだ。その壮麗な山門の下で、一人の青年が、黙々と箒(ほうき)を使い、散り敷いた紅葉を集めていた。

質素な作務衣(さむえ)に身を包み、その顔には少し疲労の色が見える。しかし、背筋はすっと伸び、落ち葉を掃くその一つ一つの所作には、無駄がなく、どこか洗練された気品のようなものが感じられた。まるで、 choreographed(振り付けられた)舞を舞っているかのようだ。年の頃は、三十代半ばだろうか。

「すみません、ちょっと道を伺いたいんですが」

駿が、何気なくその青年に声をかけた。青年は、箒を持つ手を止め、ゆっくりと顔を上げた。そして――息を呑んだ。

その視線は、駿ではなく、彼の背後に隠れるように立っていた小夜に向けられていた。驚きに見開かれた瞳。信じられないものを見たかのように、微かに震える唇。

「…小夜、ちゃん?」

掠れた、ほとんど囁きに近い声だった。しかし、その声は、雷鳴のように小夜の全身を貫いた。

目の前にいる青年。少しやつれてはいるが、その面影は、彼女の記憶の中にある優しい兄弟子の姿と寸分違わなかった。最後に見たのは、血に塗れ、意識なく横たわる姿。生きていた。生きて、ここにいた。

予期せぬ、十数年ぶりの再会。

[cite_start]それは、陰陽師としての力を失い、今は大僧正・玄心の寺で、過去を隠すように雑役係として暮らす、月白(つきしろ)だった [cite: 9]。

小夜もまた、その場で石のように固まってしまった。声が出ない。呼吸すら、忘れてしまったかのようだ。ただ、大きく見開かれた瞳が、目の前の月白の姿を捉えて離さない。

時間の流れが、止まったかのようだった。

ざわめく街の喧騒も、仲間たちの戸惑いの視線も、全てが遠のいていく。二人の間には、十数年の時を超えた、重く、気まずく、そしてあまりにも悲しい沈黙だけが流れていた。

駿たちは、小夜と月白の間に、ただならぬ過去があることを瞬時に察した。誰も、何も言えなかった。ただ、この予期せぬ再会が、これから始まるであろう古都での出来事の、重要な序章となるであろうことを、漠然と予感していた。

「カサリ」

古都の秋風が、まるでいたずらをするかのように、月白が掃き集めたばかりの真っ赤な紅葉を、高く舞い上げた。それは、まるで止まっていた過去の時間が、再びゆっくりと動き出す合図のようにも見えた。紅葉は、はらはらと、二人の間に降り注いでいた。

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