無詠唱? キャンピングカーで大冒険。虐げられた少女を拾った俺は、規格外の力と文明の利器で彼女を全力で救う件

Gaku

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第4章:雪解けと、騎士の鎧

第16話:雨上がりの朝、魂の雪解け〜「世界」とは、「心のフィルターを映すスクリーン」である〜

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意識の浮上は、泥の底からゆっくりと気泡が昇っていく感覚に似ていた。

冷たさがない。
骨の髄まで凍てつくような、あの死の気配がない。

メイはゆっくりとまぶたを持ち上げた。
最初に視界に飛び込んできたのは、暴力的なまでに鮮烈せんれつな「白」だった。

それは朝の光だ。
昨夜の嵐が嘘のように、窓の外からは洗い立ての空気が、カーテンの隙間を縫って滑り込んでくる。

(……ここは?)

見慣れない天井。清潔なシーツの匂い。そして、温かい。
メイは自分が柔らかいベッドの上に寝かされていることに気づいた。

記憶が混濁こんだくしている。
森の中、容赦なく降り注ぐ冷たい雨、足に食い込んだ鉄の罠、溢れ出る鮮血、そして……幻。

「あ……」

右足を動かそうとして、包帯が巻かれていることに気づく。
恐る恐る少し動かしてみるが、驚くべきことに痛みは全くなかった。

昨夜、あれほど肉が裂け、骨が砕けるような音がしたはずなのに、まるで最初から傷などなかったかのような軽さだ。

生きている。
その事実を認識した瞬間、メイの全身に鋭い戦慄せんりつが走った。

生きているということは、誰かに助けられたということだ。
メイの手が、震えながら自分の顔へと伸びる。
指先が頬を伝い、まぶたの上を滑る。

ない。
いつも左目を覆っていた、あの薄汚れた布がない。

心臓が、早鐘を打つような音を立てて跳ね上がった。
呼吸が止まる。血の気が引いていく。

布がない。隠していない。
つまり、この部屋に自分を運んだ誰かは、あの「紫の瞳」をまだ見ていないはずがない。

知ったらどうなる。
自分が救った女の目が紫だと知ったら。

(逃げなきゃ)

本能が警鐘を鳴らす。
罵声ばせいを浴びせられる前に。汚いものを見るような目で見られる前に。

「出て行け」と言われるその前に、自分から消えてしまわなければならない。
それが、メイがこれまでの旅で学習した、唯一の防御策だった。

メイは悲鳴を押し殺し、ベッドから飛び降りようとして――
すぐ横にある椅子に、誰かが座って眠っていることに気づき、凍りついた。

瞬だった。

彼は椅子に深く腰掛け、ベッドの縁に頭を預けるような無防備な体勢で、寝息を立てていた。

その顔はひどく疲れて見えた。
髪は乱れ、服には昨夜の森の泥がこびりついている。
そして、そのまぶたは赤く腫れ上がっていた。

(なんで……?)

思考が追いつかない。
彼は私の目を見たはずだ。

それなのに、なぜここにいる?
なぜ、私を森に捨てていかなかった?
なぜ、剣を抜いていない?
なぜ、そんなにも苦しそうな顔で、私のそばにいる?

その時、不意に瞬の肩が動き、彼がゆっくりと目を覚ました。
メイの喉が引きつる。

目が合う。
瞬の黒い瞳と、メイの紫の瞳が、何の遮蔽物しゃへいぶつもなく、真っ直ぐに絡み合う。

来る。
メイは身構えた。

驚愕きょうがくの表情。嫌悪の叫び。軽蔑の眼差し。
いつものやつだ。世界はいつだってそうだ。

期待なんてするな。傷つくだけだ。
メイは唇を噛み締め、罵倒される準備をした。

しかし。

「……あ」

瞬の口から漏れたのは、気の抜けたような、けれど心の底から安堵したような吐息だった。
彼は目を丸くし、それからクシャクシャに顔を歪めた。

「よかったぁ……」

その声は掠れていた。
瞬はふらりと立ち上がると、ベッドの柵を掴み、メイの顔を覗き込んだ。

「目が覚めたんだな。よかった、本当によかった……」

瞬はふと、メイの足元に視線をやった。

「足、痛くないだろ? 酷い怪我だったけど、手持ちの回復薬を一本まるごとぶっかけたからな。骨まで元通り、傷跡ひとつ残ってないはずだ」

特級ヒール草。
あの時、彼が「薬草採取」のついでに岩山を崩して手に入れた、あの光る草だ。

まさか、あの時の行動が今の私を救うなんて。
メイが呆然としていると、瞬は続けて言った。

「門を通ると騒ぎになるから、城壁を飛び越えて直接部屋に戻ったんだ。誰にも見られてないから安心してくれ」

(……は?)

メイの思考回路がショートする。
彼は今、私の目を見ている。間違いなく見ている。

窓から差し込む朝日に照らされて、この紫色は普段よりも鮮やかに輝いているはずだ。
隠しようがない。

なのに、瞬の反応がおかしい。
怪我を治し、城壁を飛び越えてまで私を守ったというのか。

「……なんで?」

乾いた唇から、掠れた声が出た。
瞬が不思議そうに首を傾げる。

「ん? お腹すいた? 水飲むか?」

「ちがう……」

メイは震える手で、自分の左目を指差した。

「なんで、何も言わないの?」

「え?」

「見てるでしょ? 私の目、見てるでしょ?」

瞬は瞬きをして、まじまじとメイの左目を見た。
そして、なんてことのない世間話でもするかのように言った。

「ああ、見てるよ。すげー綺麗だな」

時が止まった。
鳥のさえずりも、風の音も、全てが遠のいた。



「うん。昨日、月明かりで見た時も思ったけど、太陽の下だとすげー透き通ってて、宝石みたいだ」

メイの呼吸が乱れ始める。
理解できない。受け入れられない。

この瞳は「呪い」だ。「不幸」だ。「災厄」だ。
そう教え込まれてきた。

村を追い出され、石を投げられ、泥水をすすってきた原因だ。
それを、「綺麗」だなんて。

そんな馬鹿なことがあるはずがない。
それは嘘だ。同情だ。からかっているんだ。

そうでなければ、今までの私の苦しみはなんだったの?
私が耐えてきた地獄は、全部間違いだったっていうの?

「嘘だ!」

メイは叫んだ。自分でも驚くほど大きな声だった。

「そんなの嘘! みんな嫌がるもの! みんな気持ち悪がるもの! 不幸を呼ぶ魔女だって、疫病神だって!」

叫びながら、涙が溢れてきた。
止めどなく溢れる涙が、頬を伝ってシーツに落ちる。

「騙されない……優しくされたって、どうせまた追い出すくせに! 期待なんかさせないでよ! 私は……私は……!」

パニックだった。
過去の記憶が津波のように押し寄せ、現在の視界を塗りつぶしていく。

村人たちのさげすんだ目。商人の冷たい背中。騎士たちの抜き身の剣。
それらが瞬の顔に重なり、メイを押し潰そうとする。

メイは両手で顔を覆い、子供のように泣きじゃくった。

「ごめんなさい……ごめんなさい……生まれてきてごめんなさい……」

世界は敵だ。私は一人だ。ここには居場所なんてない。
その暗く冷たい「思い込み」の殻に閉じこもろうとした、その時だった。

ふわり、と。
温かい何かが、メイを包み込んだ。

力強く、それでいて壊れ物を扱うような優しさで、瞬がメイを抱きしめていた。
彼の体温が、服越しに伝ってくる。

泥と汗の匂い。そして、太陽のような日向の匂い。

「ごめんな」

耳元で、震える声がした。
メイの動きが止まる。

「ごめん。俺がもっと早く気づいてやればよかった」

瞬の声は濡れていた。彼もまた、泣いていた。

「君が顔を隠してた理由も、なんであんなに怯えてたのかも、街の連中の騒ぎを聞いてだいたい察しがついた。君がどんな思いをしてきたか、俺はなんにも知らなくて……無神経に布を取って、傷つけた」

瞬の腕に力がこもる。

「辛かったよな。怖かったよな。一人で、ずっと痛かったよな」

その言葉は、メイが一番欲しくて、けれど一番諦めていた言葉だった。

「綺麗な目だ」という賞賛よりも、「魔女じゃない」という否定よりも。
ただ、「痛かったね」と。

その痛みを、その孤独を、ありのまま認めてくれる言葉。

メイの心の中で、何かが音を立てて崩れ落ちた。
それは、自分を守るために必死で積み上げてきた、「どうせ愛されない」という巨大な氷の壁だった。

「……う、うぅ……」

「もう隠さなくていい。俺の前では、何も隠さなくていい」

瞬はメイの背中を、子供をあやすようにポンポンと優しく叩いた。

「俺が決めた。世界中が君の敵でも、俺は君の味方だ。君が不幸を呼ぶ魔女だなんて言う奴がいたら、俺がぶっ飛ばしてやる」

「……ほんとに……?」

「ああ」

「私の目を見ても……嫌いにならない……?」

「なるわけないだろ。

瞬は体を離すと、ぐしゃぐしゃの泣き顔で、ニカっと笑った。
それは英雄の顔ではなかった。ただの、恋する少年の顔だった。

「俺は君を守る。だから、もう大丈夫だ」

窓の外で、一陣の風が吹き抜けた。

雨上がりの木の葉についた雫が、風に揺らされて一斉に降り注ぎ、朝日に照らされて光の雨のように輝いた。
キラキラと舞う光の粒子が、部屋の中を満たしていく。

メイの目から見た世界が、変わった。
灰色だった景色に、色が戻ってくる。

朝日の金、空の青、木々の緑。
そして、目の前にいる、泥だらけで泣き虫な英雄の、温かい肌の色。

ふと、開け放たれた窓枠に、黒い影が舞い降りた。
あの奇妙なカラスだ。

昨夜の嵐の中、メイとはぐれてしまったと思っていたが、どうやら彼もここまで追いかけてきていたらしい。

カラスは、抱き合う二人を見て、まるで安心したかのように「アホー」と間の抜けた声で鳴いた。

「しゅん……」

メイは、瞬の服をぎゅっと握りしめた。

「うぁぁぁぁぁぁ――――――っ!!」

メイは泣いた。
悲しみの涙ではなかった。
恐怖の涙ではなかった。

それは、長く降り続いた冷たい雨が止み、雪解け水となって流れ出すような、浄化の涙だった。

瞬もまた、ボロボロと涙を流しながら、再びメイを抱きしめた。

「よしよし、泣け泣け。水分補給はあとでしよう」

「……なにそれ……」

メイは泣き笑いのような声を漏らし、彼の胸に顔を埋めた。

この日、この朝。
世界からみ嫌われた少女の「地獄」は終わった。

何かが解決したわけではない。世界から偏見が消えたわけではない。
ただ、彼女の世界を見る「目」が変わったのだ。

恐怖というフィルターが外れ、愛という光が差し込んだ時、世界はこんなにも美しく、優しい場所になり得るのだと。

窓の外では、小鳥たちが嵐の去った空を祝うように、賑やかに歌い始めていた。
その声は、カラスの鳴き声と共に、まるで二人を祝福するファンファーレのように、いつまでも響いていた。
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