無詠唱? キャンピングカーで大冒険。虐げられた少女を拾った俺は、規格外の力と文明の利器で彼女を全力で救う件

Gaku

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第7章:過去の嘘と、真実の絆

第32話:完璧な計算と、予測不能な夕食 〜欠けているからこそ、誰かと繋がることができる〜

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 季節の移ろいというものは、グラデーションのように曖昧で、それでいてある日突然、明確な境界線を越えることがある。

 王立魔導学院の窓から見える景色は、あの春の嵐のような桜吹雪から一転して、むせ返るような緑に覆われていた。  初夏。  太陽の高度が上がり、日差しが肌を刺すような熱を帯び始める季節。風には湿り気と、若草をすり潰したような青臭い匂い、そして雨上がりの土の匂いが混じり合い、世界全体が発酵し始めたかのような濃厚な生命力を放っていた。

 その「生」のエネルギーは、静寂を愛する象牙の塔の住人にとって、頭痛の種以外の何物でもなかった。

「……暑苦しい」

 エリーゼ・フォン・ヴァイデマンは、研究室の窓辺でため息をついた。  彼女が言っているのは、気温のことだけではない。  彼女の完璧で、静寂で、予測可能だった日常を土足で踏み荒らす、あの「台風」のような連中のことだ。

 あれから数週間。  レオンたちは、本当に毎日やってきた。  雨の日も、風の日も、時には衛兵に追いかけられながらも。  「焼き芋が美味く焼けたから」「変な形の雲を見たから」「ただ暇だったから」。  理由はいつも小学生レベルで、論理的整合性のかけらもない。  彼らはエリーゼの研究室を「秘密基地」か何かと勘違いしているらしく、勝手にくつろぎ、お菓子を食べ、散らかして帰っていく。

 そして、エリーゼ自身もまた、その騒音に慣れ始めてしまっている自分に戸惑っていた。  彼らが来ない日は、時計の針の音がやけに大きく聞こえる。  数式に没頭していても、ふと「今日は何を持ってくるのかしら」と考えてしまっている。  それは、彼女が長年かけて築き上げてきた「孤独の城壁」が、内側から溶け始めている証拠だった。

 そして今日。  ついに彼女は、彼らのしつこさと、自身の内側にある「未知への好奇心」に根負けし、彼らの「冒険」に同行することを承諾してしまったのだ。

 ***

「よっしゃあ! 出発だァァァ!!」

 レオンの雄叫びが、初夏の森にこだまする。  王都から少し離れた、「さえずりの森」の奥地。  今回の依頼は、街道に出没する「オークの群れ」の討伐だ。  Aランクパーティを目指す彼らにとって、それは通過点に過ぎない初歩的なクエストのはずだった。

 しかし、エリーゼにとっては違った。  彼女にとって、これは「実験」であり、「証明」の場だった。  自分の知識と魔法が、実戦というカオスな状況下でどれだけ通用するか。そして、自分が「足手まとい」ではなく「有益な存在」であることを証明しなければならない。

「皆さん、聞いてください」

 森の入り口で、エリーゼは羊皮紙を広げた。  そこには、地形図と、緻密な計算式、そして完璧なタイムスケジュールが書き込まれている。

「オークの生態データと、この森の地形、そして本日の風向きと湿度を計算に入れた結果、最適解が導き出されました」

 彼女は、指示棒(実際には落ちていた木の枝)で図面を指した。

「まず、ボルグが風下から接近し、音響玉を使って敵をこの谷間へ誘導します。推定所要時間は三分二十秒。次に、セラが光魔法で目くらましを行い、敵の視界を奪います。その隙に、私が上空から広範囲氷結魔法を展開し、敵の足を止めます。最後に、レオンが動けなくなった敵を各個撃破。……被弾率ゼロ、魔力消費効率最大、所要時間五分四十五秒の完璧な作戦です」

 エリーゼは胸を張った。  完璧だ。  このプラン通りに動けば、誰も怪我をせず、汗もかかず、スマートに勝利できる。  これこそが「知性」ある戦い方であり、彼女の存在意義だ。

「……へぇ、すげぇな」  レオンが羊皮紙を覗き込む。 「お前、こんな細かい字、よく読めるな。俺なら三分で寝る自信がある」 「読んでください。そして頭に叩き込んでください。いいですか、絶対に私の合図があるまでは……」

「よし! わかった! 作戦名は『ガンガンいこうぜ』だな!」

 レオンはニカっと笑うと、剣を抜き放った。

「は?」

「行くぞ野郎どもォ! オークどもをビビらせてやれェェ!!」

 エリーゼが制止する間もなかった。  レオンは、猪突猛進という言葉を擬人化したような勢いで、森の奥へと駆け出してしまったのだ。  隠密行動? 誘導? そんなものは彼の辞書にはない。  あるのは「見つけたら殴る」という、原始的な本能のみ。

「ちょ、ちょっと待ちなさい! 計算が! タイムスケジュールが!」  エリーゼが叫ぶが、レオンの背中はもう見えない。

「あーあ、行っちゃった」  ボルグが肩をすくめる。 「諦めなよ、お嬢。あいつに『待て』ができるなら、今頃王宮騎士団長にでもなってるって」 「あらあら、レオン君ったら元気ですねぇ。私たちも行きましょうか~」  セラがのんびりと杖を持って歩き出す。

 エリーゼは、手元の完璧な作戦図を握りしめた。  クシャリ、と紙が歪む音が、彼女のプライドが傷つく音のように響いた。

 (バカなの!? 野蛮人なの!? 私の計算をなんだと思っているの!?)

 彼女はヒールのあるブーツで地面を踏みしめ、怒り肩で彼らを追った。  こうなったら、彼らが失敗して泣きついてくるのを見届けて、「ほらご覧なさい」と言ってやるしかない。

 しかし。  戦場に到着した彼女が見たのは、予想外の光景だった。

 ドゴォォォォン!!

 爆音と共に、オークが空を飛んでいた。  魔法ではない。物理的に、殴り飛ばされて飛んでいるのだ。

「うぉぉぉぉ! 気合だァァァ!!」

 レオンが、雄叫びを上げながらオークの群れの中央で暴れ回っていた。  剣を使っているのかどうかも怪しい。剣の腹で殴ったり、蹴り飛ばしたり、時には頭突きをかましたりしている。  それは「剣術」ではなく「喧嘩」だった。  泥だらけになり、返り血を浴び、それでも彼は楽しそうに笑っている。

「おいボルグ! 右から来るぞ! 足引っ掛けて転ばせろ!」 「へいへい、人使いが荒いねぇ!」  ボルグが影のように移動し、オークの死角から足を払う。 「セラ! 回復頼む! 擦りむいた!」 「はいは~い、痛いの痛いの飛んでいけ~(物理防御アップ)」

 めちゃくちゃだ。  エリーゼの計算など、何一つ守られていない。  陣形は崩壊しているし、魔力効率は最悪だし、そもそも被弾しまくっている。  美しくない。スマートじゃない。

 けれど。  彼らは、勝っていた。  圧倒的な熱量と、言葉にしなくても通じ合う阿吽の呼吸で、数で勝るオークたちを蹂躙していく。  そこには、数式では表せない「勢い」と「信頼」があった。

 (……なんなの、これ)

 エリーゼは、杖を構えたまま立ち尽くしていた。  入る隙がない。  自分の完璧な魔法など、この泥臭い乱戦の中では、味方を巻き込む危険性があるだけで、役に立たない。

 私は、ここにいる意味があるの?  彼らにとって、私は「必要」なの?

 その時、一匹のオークが、包囲を抜けてエリーゼの方へ突進してきた。  手負いの獣。殺気立った瞳。  エリーゼはハッとして詠唱を始めようとするが、焦りで言葉が出てこない。  (計算……距離……角度……間に合わない!)

「させねぇよッ!!」

 横合いから、赤い影が飛び込んできた。  レオンだ。  彼はエリーゼとオークの間に滑り込み、剣でオークの棍棒を受け止めた。  ガキンッ!  重い金属音。火花が散る。

「レオン……!?」

「ボーっとしてんじゃねぇよ天才! お前の頭は飾りか!?」  レオンは歯を食いしばりながら叫んだ。 「来るぞ! 氷漬けにしてやれ!」

 その言葉に、エリーゼの思考がクリアになった。  彼は、私を守ったのではない。  私に「トドメを刺す機会」を作ったのだ。  私を信頼して、背中を預けてくれたのだ。

 エリーゼは杖を突き出した。  迷いはない。計算はいらない。  ただ、目の前の敵を止めるという意思だけを込めて。

「……凍りなさい!!」

 瞬間、絶対零度の冷気が放たれた。  オークの足元から氷柱が伸び、その巨体を一瞬にして氷像へと変えた。  レオンがバックステップで回避していなければ、彼ごと凍らせていただろう。

「うおっ! あっぶねぇ! 殺す気か!」  レオンが文句を言いながらも、ニカっと笑った。 「でも、ナイスだ! さすが天才!」

 その笑顔に向けられた瞬間、エリーゼの胸の奥で、固く結ばれていた何かが、少しだけ解けた気がした。  計算通りじゃなくても。泥だらけでも。  「結果オーライ」という言葉が、これほど心地よく響くなんて知らなかった。

 ***

 戦いが終わり、夕暮れが森を染める頃。  一行は川辺でキャンプを張ることになった。

 オーク討伐の報酬は予想以上に多く、レオンたちは上機嫌だ。  エリーゼは、疲労困憊だった。  慣れない長距離移動。予想外の戦闘。そして精神的な消耗。  ドレスの裾は泥で汚れ、綺麗にセットしていた髪も乱れている。  「完璧」からは程遠い姿。

「さーて、飯にするか! 腹減って死にそうだ!」  レオンが焚き火の前で伸びをする。 「今日は特別だ。俺たちが獲ってきた『とっておきの肉』があるぜ」

 そう言って彼らが取り出したのは、謎の巨大な肉塊だった。  見たこともない色をしている。毒々しい紫色の斑点がある。

「……それは何ですの?」 「これは『バジリスクの尻尾』だ! 滋養強壮にいいらしいぞ!」 「絶対に食べたくありません」

「じゃあスープは任せた! お前、魔法で火加減とか調整できるんだろ? きっとすげぇ美味いスープが作れるはずだ!」

 レオンが無茶振りを投げてくる。  スープ。  エリーゼは固まった。  彼女は、魔薬の調合なら目をつぶっていてもできる。毒薬の生成もお手の物だ。  だが、「料理」というジャンルにおいて、彼女の経験値はゼロだった。  実家では使用人が全てやっていたし、学院では食堂があった。  自分で鍋を火にかけたことすらない。

 だが、ここで「できない」とは言えなかった。  戦闘では彼らに助けられた。ここで役に立たなければ、本当にただの「足手まとい」になってしまう。  プライドが、彼女を突き動かした。

「……ふん。料理など、化学実験の一種に過ぎませんわ。温度と分量さえ間違えなければ、誰にでもできます」

 彼女は自信満々に鍋の前に立った。  野菜を切る。大きさは不揃いだが、まあいい。  肉を入れる。  そして、味付けだ。

 (塩分濃度は〇・八%が人間が最も美味しいと感じる数値……。香草は臭み消しのために……これも、これも入れておきましょう。相乗効果で旨味が増すはずです)

 彼女は、実験室でポーションを作るのと同じ感覚で、次々と材料を投入した。  見たこともない色のキノコ(魔力を含んでいて綺麗だったから)。  希少な薬草(体力回復効果があるから)。  そして、隠し味に、少しの魔力を込めて「美味しくなる魔法」をかけた。

 グツグツと鍋が煮立つ。  だが、漂ってくる匂いは、食欲をそそる香りではなかった。  硫黄のような、あるいは実験室の失敗作のような、鼻をつく刺激臭。  鍋の中身は、禍々しい紫色に変色し、ボコッ、ボコッという不穏な音を立てて泡立っている。

「……できたわ」

 エリーゼは、震える声で宣言した。  どう見ても失敗だ。計算は完璧だったはずなのに、出来上がったのは「毒の沼地」だった。

「お! できたか!」  レオンたちが集まってくる。  そして、鍋の中身を見た瞬間、全員が沈黙した。

「……おい、天才」  ボルグが顔を引きつらせる。 「これは何だ? 俺たちへの拷問器具か?」 「ス、スープですわ! 栄養価は計算されています!」 「色がヤバいって! 毒沼スライムが溶けた色してるぞ!」

 ボルグの容赦ないツッコミが、エリーゼの心に突き刺さる。  やっぱり、駄目だった。  私は何もできない。魔法が少し使えるだけで、生活能力は子供以下だ。  彼らは呆れているだろう。幻滅しただろう。  「使えない奴だ」と、心の中で見下しているに違いない。

 恥ずかしさと情けなさで、エリーゼの目頭が熱くなる。  穴があったら入りたい。いや、このまま転移魔法で自分の塔に逃げ帰りたい。

「ごめんなさい……私、料理なんてしたことがなくて……」  彼女はうつむき、声を絞り出した。 「やっぱり、私なんて足手まといね。帰ります……」

 彼女が背を向けようとした、その時。

 ズズッ。

 音がした。  振り返ると、レオンが器にその「紫色の液体」をよそい、豪快に口をつけていた。

「っ!? レオン、やめなさい! 死にますわよ!」  エリーゼが慌てて止めようとする。

 レオンは一気に飲み干し、どん! と器を置いた。  彼の顔色が、青から紫、そして赤へと信号機のように変化する。  そして。

「……まっず!!!!」

 森の鳥たちが飛び立つほどの大声で叫んだ。

「なんだこれ!? 靴下の煮汁か!? 舌が痺れるぞ!」 「だから言ったでしょう! 捨ててください!」  エリーゼが泣きそうになって叫ぶ。

 だが、レオンはニカっと笑った。  その笑顔は、不味さで歪んでいるが、嘘のない快活なものだった。

「でも、元気は出るな!」  彼は自分の力こぶを叩いた。 「体がカッカしてきやがった! さすが魔女の特製スープだ、薬効成分だけはすげぇ!」

「え……?」

「おいボルグ、お前も飲め! 罰ゲームだ!」 「ふざけんな! お前一人で死ね!」 「あらあら、じゃあ私がいただきましょうか。……あら、意外と癖になるお味ですぅ」  セラが平気な顔で飲んでいる(彼女の味覚も大概おかしい)。

 焚き火を囲んで、馬鹿騒ぎが始まった。  不味いスープを押し付け合い、笑い転げる彼ら。  そこには、「失敗」を責める空気など微塵もなかった。  むしろ、その失敗さえも「面白いネタ」として楽しみ、共有してくれている。

 エリーゼは、呆気にとられていた。  私の世界(計算式)では、「失敗=無価値」だった。  完璧でなければ意味がない。役に立たなければ居場所がない。  そう思っていた。  けれど、彼らの世界は違った。  凸凹で、不格好で、失敗だらけ。でも、それが噛み合って、温かい場所を作っている。

「ほら、エリーゼも食えよ」  レオンが、焼けた肉を差し出した。  それは黒焦げだったが、スープよりはマシな匂いがした。

「完璧じゃなくていいんだよ」  セラが、優しくエリーゼの手を握った。  彼女の手は温かかった。 「できないことがあってもいいの。そのために仲間がいるんだから。エリーゼちゃんが料理できないなら、レオンくんが肉を焼けばいいし、ボルグくんが木の実を採ってくればいい。私たちは、パズルのピースみたいに、凸凹でちょうどいいんですよ」

 パズルのピース。  仏教でいう「縁起」の世界観。  独立して完璧な存在などない。互いに支え合い、欠けた部分を補い合うことで、初めて全体として機能する。  「私一人で完璧にならなきゃ」という執着(苦)が、フッと軽くなるのを感じた。

 エリーゼは、差し出された黒焦げの肉を受け取った。  一口かじる。  苦い。硬い。筋っぽい。  宮廷料理人が作る食事とは比べ物にならないほど粗末な味。

 けれど。  今まで食べたどんな料理よりも、美味しかった。  喉を通る時、熱い塊となって、冷え切っていた心の空洞を満たしていく。

「……不味いですわ」  エリーゼは、涙を隠すように微笑んだ。 「でも……悪くない味です」

「だろ!?」  レオンが得意げに笑う。

 焚き火の火の粉が、夜空に向かって舞い上がる。  満天の星空。  虫の声と、仲間の笑い声。  エリーゼの中で、世界の方程式が書き換わった音がした。

 『完璧=正解』ではない。  『不完全+不完全=調和』。  そんな、非論理的で、愛おしい数式へ。

 彼女は、そっとレオンの横顔を見た。  焚き火に照らされたその顔は、子供のように無邪気で、そして誰よりも頼もしく見えた。  この瞬間が、永遠に続けばいいのに。  柄にもなく、そんな「願い(執着)」を抱いてしまうほどに、この夜は温かかった。

 だが、夜は必ず明ける。  そして季節は巡る。  この幸せな時間が、砂時計の砂のようにサラサラと落ちていくことを、彼女はまだ知らないふりをしていたかった。

 夏草の匂いが、夜風に乗って鼻をくすぐる。  それは、エリーゼが初めて知った、「役立たずの自分」が許された夜の匂いだった。
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