無詠唱? キャンピングカーで大冒険。虐げられた少女を拾った俺は、規格外の力と文明の利器で彼女を全力で救う件

Gaku

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第8章:孤独な悪役令嬢

第36話:黄金の招待状と、禁断の暗号 〜秘密は、理解者という名の共犯者を求めている〜

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 冒険者ギルド「竜のあくび亭」の朝は、いつも通りの喧騒から始まった。
 エールのジョッキがぶつかる音、依頼書の奪い合いによる怒号、そして昨夜の武勇伝(八割は嘘)を語る大声。
 そのむさ苦しい熱気の中に、一陣の爽やかな――いや、常識を破壊する嵐が吹き込んできた。

「おはようございまーす! 新しい仲間連れてきたぞー!」

 バンッ! と扉が開け放たれ、朝日の逆光を背負って瞬(シュン)が入ってきた。
 その隣には、白いアイガードをしたメイ。
 そして後ろには、いつもの白銀の鎧(ただし首元に薄汚れた布切れ付き)を着たゼイク。

 ここまでは、ギルドの住人たちも見慣れた光景だった。
 「ああ、またあいつらか」「今日も騒がしくなるな」と、誰もが苦笑いで済ませるはずだった。
 ――瞬の反対側に立つ、もう一人の人物を見るまでは。

 深紅のドレスの上に、知的なローブを羽織った金髪の美女。
 その手には食べかけの真っ赤なリンゴ。
 透き通るような白い肌と、サファイアブルーの瞳は、この薄汚いギルドにはあまりにも不釣り合いな気品を放っている。

 ギルド内の時間が止まった。
 ジョッキを傾けていた手が止まり、ポテトを口に運んでいたフォークが空中で静止する。

 カウンターの奥で、受付嬢のリナが引きつった笑顔のまま固まっていた。
 彼女の脳内データベースが、目の前の人物と、過去の要注意人物リストを高速で照合する。
 特徴:金髪、青い瞳、圧倒的な魔力、そして極度の人嫌い。
 該当者一名。

「……え?」

 リナの口から、可愛くない音が漏れた。

「あ、リナちゃん! 約束通り連れてきたよ! 『魔女の隠れ家』のエリーゼさんだ!」

 瞬がニカっと笑い、親指で美女を指した。
 エリーゼは優雅にリンゴをかじりながら(皮ごとだ)、リナに向かって軽く手を挙げた。

「ごきげんよう、リナさん。……久しぶりに外の空気を吸ったら、お腹が空いてしまって」

 シャクッ、といい音が響く。

 リナの手から、羽ペンが滑り落ちた。
 カラン、という乾いた音が、静まり返ったギルドに虚しく響く。

「う……うそ……でしょ……?」

 リナは震える指で瞬を指差した。

「あの……あの『幻の魔女』ですよ!? 貴族からの招待状も燃やして捨てる、あの引きこもりの天才魔女ですよ!? なんでリンゴ片手に遠足気分でここにいるんですかぁぁぁ!!」

 リナの絶叫がこだまする。
 彼女は知っていた。エリーゼがいかに気難しく、いかに人間を拒絶していたかを。
 その鉄壁の心を、この能天気な男はどうやってこじ開けたのか。

「いやぁ、リンゴ拾ってあげたら懐かれちゃってさ!」
「野良猫じゃないんですよぉぉぉ!」

 リナは机の下で、隠し持っていたストレス解消用のゴムボールを握り潰した。
 頭が痛い。
 規格外の英雄・瞬。
 紫の瞳の魔女・メイ。
 石頭の騎士団長・ゼイク。
 これだけでも胃に穴が空きそうなのに、そこに王都一の偏屈天才魔女・エリーゼまで加わった。

「最強……いえ、最凶ですぅ……。このパーティ、混ぜるな危険の劇薬しか入ってません……」

 リナはガクリと項垂れたが、そこはプロの受付嬢。瞬時に営業スマイルを貼り付け直した。

「は、はいぃ! 登録ですねぇ! 喜んでぇ! ……あ、エリーゼさん、職業欄は『大魔導師』でいいですか? それとも『リンゴ愛好家』にしますぅ?」
「『研究者』にしておいてくださる? その方が知的でしょ」

 手続きが進む中、ゼイクが呆れたように腕を組んだ。
「やれやれ。受付嬢をいじめるのも程々にしろ、瞬」
「いじめてねぇよ! 俺たちはただ、世界を救うために集まった英雄一行だろ?」
「訂正しろ。『世界を騒がせるトラブルメーカー一行』だ」
その場の全員が思う

 ***

 登録手続きが終わると、リナの表情がすっと真顔に戻った。
 彼女はカウンターの下から、一枚の豪奢な封筒を取り出した。
 封筒は漆黒で、封蝋には黄金の薔薇の紋章が押されている。

「シュンさん。……実は、あなたたちを『指名』で依頼が入っているんです」

 いつもよりトーンの低い声に、瞬も少し真面目な顔になる。
「指名? 俺たちにか?」

「はい。依頼主は……王都随一の大富豪、ローゼンバーグ侯爵家です」

 ローゼンバーグ家。
 王都に住む者なら知らぬ者はいない、国内最大の資産家であり、貿易と魔道具開発で財を成した名門貴族だ。

「内容は『宝物庫の警備』。なんでも、最近巷(ちまた)を騒がせている義賊団『黒猫』から、襲撃の予告状が届いたそうで……」
「へえ、義賊か。面白そうじゃん」
 瞬が目を輝かせるが、リナは首を横に振った。

「面白がっている場合じゃありませんよ。……はっきり言いますけど、この依頼、かなり『ヤバイ』ですぅ」

「ヤバイ?」

 リナは周囲を警戒するように声を潜めた。

「ローゼンバーグ家には、黒い噂が絶えません。先代の当主様が数年前に急死して、娘のアリス嬢が実権を握ってから、家のやり方が一変したんです。まるで『未来を知っている』かのような投機で莫大な利益を上げたり、出所不明の未知の魔道具を開発したり……」

 リナの瞳に不安の色が揺れる。

「それに、アリス嬢に近づいた人間が、何人も行方不明になっているという噂もあります。……ただのお金持ちじゃありません。得体の知れない『何か』なんです。ギルドとしては、あまり関わってほしくないのが本音ですぅ」

 場に重い沈黙が落ちた。
 ゼイクが眉をひそめる。
「騎士団でも似たような噂は聞く。法には触れていないが、倫理的に際どい実験をしているとかな」
 メイも不安そうに瞬の袖を掴む。
「瞬……なんだか怖そうだよ」

 だが、瞬はニカっと笑った。
 その笑顔は、警告されればされるほど燃え上がる、困った男のそれだった。

「へえ、怪しい屋敷に、未知の魔道具か。……最高じゃん」
「しゅ、シュンさん!?」
「リナちゃん、心配してくれてサンキュ。でもさ、ヤバイってことは、そこに『助けを求めてる誰か』がいるかもしれないってことだろ? 俺たちは行くよ」

 リナはため息をつき、「もう、知りませんからねぇ!」と言いつつも、どこか安堵したように依頼書を渡した。

 ***

 ローゼンバーグ家の屋敷は、王都の一等地にそびえ立っていた。
 屋敷というよりは城だ。
 広大な庭園には手入れの行き届いたバラが咲き乱れ、噴水からはクリスタルのような水が湧き出している。建物自体も白亜の大理石で作られ、屋根には金の装飾が施されていた。

「うわぁ……俺の実家(アパート)が百個入りそう」
 瞬が口を開けて見上げる。
「感心している場合か。襟を正せ、瞬。貴族の前で粗相があってはならん」
 ゼイクは緊張した面持ちで、汚れたマントの端切れを隠すように鎧を整えた。

 大広間に通された四人を待っていたのは、まるで絵画から抜け出してきたような少女だった。

「ようこそお越しくださいました、英雄の皆様」

 アリス・ローゼンバーグ。
 侯爵家の一人娘であり、今回の依頼の責任者だ。
 年齢は十七、八だろうか。
 美しく整えられた金髪は、一筋の乱れもなくセットされ、光を受けて宝石のように輝いている。身に纏ったドレスは深紅のベルベットで、レースとリボンがふんだんにあしらわれているが、決して下品には見えない。
 そして何より、その立ち居振る舞いが完璧だった。

 彼女は、扇子を優雅に揺らしながら、四人の前でスカートの裾をつまみ、完璧な角度でカーテシー(膝を曲げるお辞儀)をして見せた。

「わたくし、アリスと申します。この度は、わたくしどもの勝手な願いを聞き入れてくださり、感謝の言葉もございませんわ」

 鈴を転がすような声。
 慈愛に満ちた微笑み。
 そこには一点の曇りもなく、まさに「深窓の令嬢」という言葉が服を着て歩いているようだった。

「お、おお……」
 あの堅物のゼイクが、感嘆のため息を漏らした。
「なんと……完璧な。所作、言葉遣い、姿勢。すべてが教科書通り……いや、それ以上に洗練されている。これぞ、貴族の鑑(かがみ)だ」

 メイもまた、憧れの眼差しで見つめている。
「すごい……お人形さんみたい……」
 エリーゼは興味深そうに観察している。
「ふうん。噂とは大違いね。あんな重そうなドレスで、よく平然としていられるわ」

 だが、瞬だけは違った。
 彼は挨拶を返しながらも、心の奥でリナの警告を思い出していた。
 『得体の知れない何か』。
 確かに、完璧すぎる。人間味がなさすぎて、逆に不気味だ。

「あら、あなたが噂の瞬様ですのね?」

 アリスは扇子で口元を隠し、目を細めた。
 そのサファイアのような瞳が、瞬を射抜く。

「黒髪に黒い瞳……。ふふ、まるで異国の物語に出てくる勇者様のようですわ」

「よく言われるよ。で、本題に入ろうか。俺たちは何をすればいい?」

「ええ、そうですね。わたくしどもとしましても、一刻も早く警備体制を整えたいのです」

 アリスは、懐から一枚の小さなメモ用紙を取り出した。
 折りたたまれたそれは、一見するとただの配置図のように見える。

「こちらに、わたくしが考えた警備の配置案がございますの。瞬様、ご確認いただけますこと?」

 アリスは、そのメモを広げ、四人に見せた。
 そこには、サラサラとした流麗な筆致で、奇妙な記号が書かれていた。

「……なんだこれは?」
 ゼイクが眉を寄せる。
「古代文字か? それとも魔術のルーンか? 幾何学的だが、意味が読み取れん」

「わたくしにも読めませんわ」
 エリーゼも首をかしげる。
「暗号の一種かしら? でも、魔力の流れは感じないわね」

 メイも不思議そうに覗き込んでいる。
 この世界の住人たちには、それはただの意味不明な記号の羅列にしか見えなかった。

 だが。
 瞬だけは、息を呑んだ。
 心臓がドクンと跳ね上がり、背筋に冷たいものが走る。

 そのメモに書かれていたのは、まぎれもなく**「日本語」**だった。

 『あなたは、日本から来ましたか?』

 見間違えるはずがない。
 平仮名と漢字が混ざった、見慣れた母国の文字。
 瞬は驚愕のあまり、言葉を失ってアリスの顔を凝視した。

「……っ!?」

 その反応を、アリスは見逃さなかった。
 扇子の陰で、彼女の口元がニヤリと歪んだ気がした。
 一瞬だけ、完璧な淑女の仮面が剥がれ落ち、獲物を見つけた狩人のような鋭い光が瞳に宿る。

「あら、瞬様? どうなさいましたの? 何か、気になることでも?」

 アリスの声は、相変わらず甘く、優しい。
 だが、瞬にはわかった。これは「確認(カマかけ)」だ。
 この文字が読めるのは、この世界で俺と――お前だけだ、と告げている。

「……いや、なんでもない。……すごく、分かりやすい配置図だと思ってな」

 瞬は平静を装って答えたが、汗が滲むのを感じた。
 この令嬢、ただ者じゃない。
 リナが言っていた「未来を知っているような投機」や「未知の魔道具」。
 そのすべての点と点が、今、一本の線で繋がろうとしていた。

「うふふ、お褒めにあずかり光栄ですわ」

 アリスはメモをパタンと閉じると、艶然と微笑んだ。

「では、詳細な配置や、さらに深い『機密事項』につきましては……瞬様。あなた様と『二人きり』で、別室にてお話しさせてもらえませんこと?」

「えっ? 二人きり?」
 メイが不安そうに声を上げる。
「しゅ、瞬だけですか?」

「ええ。隊長である瞬様に、我が家の秘密を直接お伝えしたいのです。……ダメかしら?」
 アリスが小首をかしげて上目遣いをする。
 ゼイクやエリーゼには、それが「か弱い令嬢のお願い」に見えているだろう。
 だが、瞬には分かっていた。
 これは、「お前が同郷人だと確信したから、裏で話をつけようぜ」というサインだ。

 ゼイクが咳払いをした。
 「瞬、行け。依頼主の要望だ。それに、機密情報の管理において指揮官のみへの伝達は合理的だ」
 エリーゼも肩をすくめる。
 「行ってらっしゃい。私たちはここでお茶でもいただいているわ」

 外堀は埋まった。
 瞬は覚悟を決めた。
 (上等だ。そっちがその気なら、化けの皮を剥がしてやるよ)

「わかった。いいよ、アリス嬢。案内してくれ」

「ありがとうございます。こちらへどうぞ」

 アリスは優雅に背を向け、廊下へと歩き出した。
 その背中は、やはり完璧な淑女のそれだった。
 だが、瞬の後ろ姿を見送るメイの不安げな顔と、何も知らないゼイクたちの対比が、これから起こる波乱を予感させていた。

 重厚な扉が閉まり、二人の姿が見えなくなる。
 その扉の向こう側で、この世界の「真実」を知る者同士の、奇妙なお茶会が始まろうとしていた。
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