無詠唱? キャンピングカーで大冒険。虐げられた少女を拾った俺は、規格外の力と文明の利器で彼女を全力で救う件

Gaku

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第8章:孤独な悪役令嬢

第37話:転生者たちのティーパーティー 〜愛さないことは、傷つかないための最強の鎧である〜

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重厚なオーク材の扉が閉まり、カチャリと鍵がかかる音がした。  案内されたのは、ローゼンバーグ家の「小鳥の間」。  壁一面に美しい花鳥風月のフレスコ画が描かれ、床にはふかふかの絨毯。中央には猫脚のテーブルと、高級そうなソファセットが置かれている。  密室。  瞬(シュン)とアリス、二人きりの空間だ。

 アリスは扉に背を預けたまま、ゆっくりと扇子を閉じた。  そして、天井のシャンデリアに向かって指を弾いた。  パチン。  微かな魔力の波動が広がり、部屋全体を薄い膜のように包み込む。

「……防音結界(サイレント・フィールド)。これで、外には何も聞こえないわ」

 アリスの声から、あの鈴を転がすような甘ったるい響きが消えていた。  代わりに現れたのは、もっと低く、地を這うような、疲労感のにじむ声色。

 彼女はそのままズルズルと扉に背中を滑らせ、床にぺたんと座り込んだ。  完璧だった姿勢が崩れ、行儀悪く足を投げ出す。  そして、大きく、深いため息を吐いた。

「あーーーーーっ、疲れたッ!! マジで肩凝るわ、このドレス! 重すぎでしょ、これ何キロあんの!?」

 瞬は目を丸くした。  目の前の少女が、いきなり豹変したからではない。  彼女が発したそのイントネーションが、あまりにも懐かしい「現代日本」のそれだったからだ。

 アリスは、頭に飾っていた重そうな髪飾りを乱暴に引き抜き、テーブルの上に放り投げた。  さらりと金髪が解ける。  彼女は瞬を見上げ、ニカっと笑った。  それは淑女の微笑みではない。仕事終わりの居酒屋で同僚に向けるような、親しげで、ぶっちゃけた笑顔だった。

「久しぶりだね、同郷人(ニホンジン)。……いや、『お疲れ様です』って言ったほうがいい?」

 日本語だった。  この世界に来てから一度も聞くことのなかった、母国の言葉。

「お前……マジで……」  瞬が呆然と呟く。

「マジだよマジ! ずっと待ってたんだから! この世界、イケメンは多いけど話の通じる相手がいなくてさぁ! もう、猫かぶるの限界だったんだよぉ!」

 アリスは立ち上がると、ソファに向かってダイブした。  ボフッ、とクッションに顔を埋め、「生き返るぅ~」と手足をバタバタさせる。

「座りなよ。あ、そこの冷蔵庫……じゃなくて、魔導冷却箱にコーラもどきがあるから、適当に飲んでいいよ」

 瞬はおそるおそるソファに腰を下ろした。  状況が飲み込めない。  さっきまでの「深窓の令嬢」はどこへ行った? 目の前にいるのは、まるで休日の自宅でダラけているOLそのものだ。

「……確認するけど、アリス・ローゼンバーグだよな?」 「うん。今の体はね。中身は元・社畜のOLだけど。こっちに来てもう十七年……人生二周目もそろそろ成人かな」

 アリスは炭酸水をラッパ飲みし、「ぷはーっ!」とオッサンくさい息を吐いた。

「君の噂は聞いてたよ。規格外の魔力、常識外れの行動。そして何より、あのメモを見た時の反応……ビンゴだったね」

 彼女は身を乗り出した。サファイアの瞳が、好奇心でキラキラと輝いている。

「ねえ、どうやって死んだの? 私は過労死。ブラック企業で13連勤した後にさ、デスクでちょっと仮眠したら、気づいたらこの豪華なベッドの上だったってわけ。神様も粋な計らいをするよねぇ、有給の代わりに異世界転生なんてさ」

 笑いながら言うが、その瞳の奥には現代社会の闇を見た者の乾いた色が混じっている。

「君は? 定番のトラック?」

「……机の角だ」 「は?」 「居眠りして、机の角に頭ぶつけて死んだ」

 一瞬の沈黙。  そして、アリスが爆笑した。

「あっはははは! 何それ! 私より酷い! ダサすぎ! トラック転生よりレアじゃん! 最高!」

 彼女は腹を抱えて笑い転げた。  瞬もつられて苦笑する。  (なんだこいつ。……意外と、普通の奴じゃんか)  リナが言っていた「黒い噂」や「得体の知れない何か」という評価とは程遠い。  ただの、明るくてノリのいい同郷の女性だ。

 ひとしきり笑った後、アリスは涙を拭いながら、真剣な表情に戻った。

「でもさ、よかったよ。君が来てくれて」  彼女は瞬の手を、ぎゅっと握った。  その手は小さく、そして微かに震えていた。

「一人だったんだ。ずっと。この世界、綺麗だけどさ……なんか『作り物』みたいじゃん?」

「作り物?」

「そう。魔法とか魔物とか、設定がガバガバだし。まるで誰かが作った乙女ゲームか、ラノベの世界みたい」

 アリスの瞳から、温度が少しだけ下がった。

「だから私、決めたの。この世界を『攻略』してやるって」

「攻略?」

「うん。プレイヤーは私と、そして君だけ。他の人間はみんな……ただの**NPC(モブ)**だから」

 空気が、変わった。  部屋の温度が数度下がったような、冷たい違和感。

 瞬は眉をひそめた。 「NPC……って、この世界の住人のことか?」

「そうだよ」  アリスは何でもないことのように言った。

「彼らはプログラムされた通りに動いて、設定されたセリフを喋ってるだけ。感情があるように見えるけど、それは『そういう設定』なだけ。だってそうでしょ? こんな都合のいい世界、リアルなわけないじゃん」

 彼女は窓の外、庭園を警備している兵士たちを見下ろした。  その目は、人間を見ている目ではなかった。  壊れたおもちゃや、道端の石ころを見るような、徹底的にドライで、冷酷な眼差し。

「だからさ、瞬くん。一緒にやろうよ」  アリスは瞬に向き直り、甘い声で囁いた。

「私たち転生者(プレイヤー)が手を組めば、この世界なんて思い通りだよ。私、株とか商売の知識もあるし、君のチート能力があれば無敵だわ。効率よくレベル上げして、レアアイテム独占して……最強の『勝ち組』になろうよ! 前世みたいに搾取される側じゃなくて、今度こそ支配する側になるの!」

 彼女の提案は、魅力的かもしれない。  同じ価値観と言語を共有できる仲間。圧倒的な財力と情報網。  もし瞬が、この世界をただの「ゲーム」だと思っていたなら、喜んで手を取っただろう。

 だが。  瞬の脳裏に浮かんだのは、仲間の顔だった。  泥だらけになって笑うゼイク。  過去のトラウマを乗り越えて泣いたエリーゼ。  そして、白いアイガードの下で、恥ずかしそうに微笑むメイ。

 彼らの涙は、プログラムなのか?  彼らの温もりは、データなのか?  違う。  あの日、森の中で抱きしめたメイの体温は、震える肩の感触は、痛いほどに「生きて」いた。

 瞬は、握られていたアリスの手を、そっと離した。

「……悪いけど、断る」

 アリスの笑顔が凍りついた。 「え……? なんで? メリットしかないじゃん。効率悪いこと嫌いなんでしょ?」

「効率の問題じゃない。俺にとって、あいつらはNPCじゃない」  瞬は真っ直ぐにアリスを見据えた。

「メイもゼイクも、エリーゼも、リナちゃんも……みんな、必死に生きてる人間だ。泣いたり笑ったり、悩んだりしながら生きてる。俺は、あいつらが好きなんだよ」

「好き……?」  アリスが馬鹿にしたように鼻を鳴らす。 「まさか、感情移入しちゃったの? ゲームのキャラに? 現実逃避もそこまで行くと重症だよ?」

「ああ、しちゃったよ。ていうか……」  瞬は少し顔を赤らめながら、でもはっきりと言った。

「俺、メイに恋してるんだ。本気で」

 静寂。  アリスは、まるで未知の生物を見るような目で瞬を凝視した。  そして、乾いた声で笑った。

「はは……うっそぉ。本気?」 「本気だ」 「データだよ? いつかバグって消えちゃうかもしれないんだよ? セーブデータが消えたら、忘れちゃう存在なんだよ?」

 アリスの声が、次第に荒くなっていく。  それは怒りというよりも、苛立ち、あるいは悲鳴に近い響きだった。

「そんな不確かなものに心を開いて……馬鹿みたい。虚しくないの? 愛したって、システム一つで消えちゃうのに!」

「虚しくなんかない」  瞬は即答した。 「明日消えるとしても、今ここで笑ってるなら、俺はそれを守る。それが俺の『攻略法』だ」

 アリスは口を閉ざした。  彼女は瞬を睨みつけた。その瞳の奥に、暗く深い闇が渦巻いているのが見えた。  それは「嘲笑」ではない。  もっと根深い、癒えない傷跡から来る「拒絶」だった。

 彼女はかつて、この世界を愛そうとしたのかもしれない。  NPCだなんて思わずに、誰かを心から愛し、信じたことがあったのかもしれない。  けれど、それが「バグ」のように理不尽に奪われたとしたら?  前世で会社に尽くして裏切られたように、この世界でも心を壊されるほどの喪失を味わったとしたら?

 『愛さなければ、傷つかない』  『これはゲームだと思い込めば、死も別れも怖くない』

 彼女の「NPC扱い」は、傲慢さではなく、彼女自身を守るための悲しい「鎧」なのかもしれない。

「……ふーん。そっか」

 アリスは、興味を失ったように視線を逸らした。  彼女は再び「淑女の仮面」を被り直そうとしていた。冷たく、硬い表情で。

「残念だわ。同郷人なら、もっと賢いと思っていたのに。……社畜根性が抜けてないんじゃない?」

 彼女は立ち上がり、窓の外を指差した。  日は落ちかけ、屋敷の庭には長い影が伸びている。

「もうすぐ時間よ。盗賊たちが来るわ」  アリスの声は、完全に他人に戻っていた。

「今回のクエスト、クリア条件は『盗賊の殲滅』。……せいぜい、大切なNPCごっこを楽しみなさいな」

 彼女はドレスの裾を翻し、部屋を出て行こうとした。  瞬は、その小さな背中に声をかけた。

「アリス」

 彼女が立ち止まる。

「お前もさ……本当は、寂しいんじゃないのか?」

 アリスの肩が、ピクリと震えた。  彼女は振り返らなかった。  ただ、小さな声で、吐き捨てるように言った。

「……バカじゃないの」

 バタン、と扉が閉まる。  残された瞬は、空になった炭酸水の瓶を見つめた。  甘くて、シュワシュワして、すぐに消えてしまう泡。  アリスのハイテンションな明るさは、この炭酸の泡のようだった。  弾けた後に残るのは、ただの苦い水だけなのかもしれない。

「……攻略難易度、高そうだな」

 瞬はため息をつき、立ち上がった。  窓の外では、雨雲が近づいていた。  今夜は、荒れそうだ。  盗賊たちとの戦い、そして、心を閉ざした孤独な転生者との戦いが、幕を開けようとしていた。
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